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第三章 立志編

聖女の反撃

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「聖女様!飲み物をお持ちしました。」

「聖女様!よろしければこちらをお召し上がりください。」

「聖女様!」

多くの男達が聖女に傅き、飲み物や軽食を持って甲斐甲斐しく、聖女の世話を焼いている。聖女は優し気な笑みを湛え、男達に礼を言った。

「ありがとうございます。」

小鳥のさえずりのように美しい声に周りの男性はホオ…、と感嘆の溜息を吐いている。
美しいのは声だけじゃない。
黄金の髪と目…。真珠のような白い肌にサクランボのような唇。均整の取れた女らしい体つき。
黄金の薔薇姫と謳われたヨランダ王妃よりも遥かに美しい。
絶世の美貌とは、まさしく聖女様のことをいうのだろう。そう納得してしまう程の美しさだった。

リスティーナは思わず聖女に見惚れてしまう。
グラスに口をつけたり、口元に手を当てて、微笑むちょっとした仕草すらも優雅で美しい。
まるで清らかさが人の形をして現れたかのよう…。
暫く、聖女の美しさに見惚れていたリスティーナだったがハッと我に返り、見惚れている場合じゃなかったと思い直した。慌てて、聖女に近付こうとするが…、聖女はたくさんの見目麗しい貴族の男達に囲まれていて、迂闊に近づけない。
ど、どうしよう…。まさか、無理矢理割り込んでいく訳にもいかず、リスティーナは途方に暮れた。

すると、聖女は不意に男性達に何かを言い、一人でどこかに行こうとしている。
名残惜しそうにする男達だったが聖女に何か言われたのかその後を追う事はしなかった。
リスティーナは慌てて聖女の後を追った。これを逃したら、もう聖女様と接触できないかもしれない。
しかし、人が多すぎて、段々聖女との距離が離れていく。聖女が会場を出て、廊下を出て行った所までは見たのだが、曲がり角を曲がると、聖女の姿はどこにもいなかった。

「聖女様…?」

どうしよう!見失ってしまった…!どっちに行ったのかしら?
リスティーナはキョロキョロと辺りを見回しながら、聖女の姿を探した。

「何かお困りですか?レディ。」

不意に背後から声を掛けられ、リスティーナは反射的に振り返った。
そこには、銀髪碧眼の美しい貴公子が立っていた。綺麗な人…。リスティーナは思わず目を瞠った。

「もしかして、道に迷ったのですか?それでしたら、会場まで私がご案内しましょう。」

「あ、いえ!大丈夫です。道に迷った訳ではなく、ある方を探してて…、」

「そうでしたか。それは失礼しました。どなたかと待ち合わせをしていたのですね。」

「い、いえ…。約束がある訳ではないんです。ただ、聖女様とお話がしたかっただけで…、」

「聖女様に?そういえば、先程、聖女様らしき女性と擦れ違いましたが…。」

「ほ、本当ですか?あの、差し支えなければ、どちらに行ったのか教えて頂いても…、」

「確か…、庭の方に向かっているのを見かけましたが…。」

「ありがとうございます!」

リスティーナは挨拶もそこそこに紳士にぺこり、と頭を下げると、タッと駆け出した。
そんなリスティーナの後姿を見ながら、銀髪の貴公子はぼそり、と呟いた。

「綺麗な子だな…。あんなご令嬢、ローゼンハイムにいたか?あの馬鹿兄貴が見たら、無理矢理関係を迫りそうだな。それにしても、あの馬鹿はどこに行ったんだ…。また問題を起こさない内に連れ戻さないと…、」

ハア、と溜息を吐きながら、リスティーナとは正反対の方角に歩き出した。




ダン!と音を立てて、ルーファスは壁に身体をぶつけてしまう。足がふらついて、倒れそうになってしまったのだ。壁に凭れかかりながら、ルーファスは痛みに耐えるような表情を浮かべた。
額には汗が滲み、苦しそうに息をしながらも一歩、一歩足を進める。
ルーファスは苦痛に顔を歪めながらも、薄暗い廊下を歩き続けた。

「…リス、ティーナ。」

時折、リスティーナの名を呟きながら、ルーファスは夜会の会場へと向かった。



リスティーナは庭に足を運んだ。
辺りを見渡すが誰もいない。…あっちの薔薇園の方かしら?そう思いながら、リスティーナは薔薇園に足を向ける。すると、どこからか女の声が聞こえた。

「あっ…、あっ…!」

もしかして、聖女様かしら?
何だか苦しそうな声…。リスティーナは急いで声がする方に向かった。あの茂みの奥から聞こえる。
リスティーナはそっと中を覗き込んだ。
すると、そこには…、ほぼ半裸に近い格好で身体を重ねている二人の男女の姿があった。

「!」

リスティーナは声も出せずに固まった。
木の幹に背を預けた女に覆いかぶさり、男が鼻息荒く、夢中で腰を動かしている。
グチュ、グチュ、と卑猥な音と女の嬌声がやけに生々しく聞こえる。
暗がりで二人の顔はよく見えないが、何をしているのかはすぐに分かる。
や、野外でこんな恥ずかしい事をするなんて…!

リスティーナはかああ、と顔を赤くした。男が太っているせいで女性がよく見えない。男にすっぽりと隠れている。男は背を向けているのでリスティーナの姿が見えない。
つまり、二人はリスティーナの存在に気付いていないのだ。
リスティーナはソッ、と足音を消して、その場を立ち去ろうとした。見なかったことにしよう。
その時、雲で隠れていた月が顔を出し、女性の顔を照らした。男が女の胸に顔を埋める。女性の顔が露になった。黒髪黒目に雪のように白い肌、真っ赤な唇…。お人形さんのように美しい容姿…。
リスティーナは目を見開いた。ミレーヌ様!?

唖然とするリスティーナにミレーヌは視線を向ける。リスティーナと目が合ってもミレーヌは動揺した様子もなく、じっとこちらを見つめるだけだった。ニコリともせず、無表情のまま目を細めるミレーヌ。
その目は…、とても冷ややかで冷たい光を放っていた。
身体を重ねているというのに、ミレーヌの目には快感も欲情も愛情も見受けられない。ただ、無があるだけだった。ミレーヌは無言でリスティーナを見つめていたが、そのままプイ、と目を逸らすと、男の顔を上向かせ、

「ああ…!ハリト様…!気持ちいいですう!もっと、もっと突いて…!」

そう言って、恍惚とした表情を浮かべた。

「ハハッ…!そうか!そうだろう!お望み通り、激しくしてやろう!」

そんなミレーヌに男は気を良くしたのかそのままミレーヌの唇を貪るように濃厚な口づけをした。
熱っぽい目で男を見つめ、甘い声を上げるミレーヌはさっきまでとは別人のようだった。さっきのあの表情は見間違いではないかと思う程の豹変振り…。リスティーナは頭が混乱してしまい、訳が分からないまま急いでその場を立ち去った。

「い、今のは…、一体…?」

さっきのあれは何だったの?どうして、ミレーヌ様はあんな…、リスティーナは訳が分からなかった。
ミレーヌ様はイグアス殿下以外の男性とも関係を持っていたの?どうして?
考えても分からないことだらけだ。…いけない!今はそんな事より、聖女様だ!
早く聖女様を探さないと…!そう思い、歩き続けていると、不意に黄色い薔薇が咲いている花壇の近くに聖女様の後姿が見えた。
いた…!リスティーナはパッと顔を輝かせた。喜び勇んで聖女の元に駆け寄ろうとしたその時、

「お放し下さいませ。」

見れば、聖女は一人じゃなかった。死角になって気付かなかったが、一人の貴族の令息が聖女の手首を掴んでいた。

「少し位、いいではありませんか。」

「お戯れはお止め下さいませ。」

どうやら、男が聖女に言い寄っている様だ。

「そんなつれないことを仰らず…、僕はただ…、あなたのお力になりたいだけなのです。」

そう言って、男は聖女の手首を掴んだまま、距離を詰める。ズイ、と顔を近づけ、そのまま聖女の耳元に囁く。そして、自信ありげに聖女の顔を覗き込んだ。
が、聖女は笑みを浮かべながらもその表情に変わりはない。スルッと男の手をすり抜けると、

「失礼しますわ。」

そう言って、男に会釈をして、その場を立ち去ろうとした。すると、男は一瞬、ぽかんとした顔をしたかと思うと、次の瞬間には憤怒で顔が赤く染まった。

「ッ!この…!ちょっとばかり、顔がいいからって調子に乗って…!」

聖女の態度に相手の男性はカッとなって聖女の肩を掴むと、そのまま手を振り上げた。パン!と乾いた音が辺りに響いた。男が聖女を叩いたのだ。

「!」

リスティーナは思わず口を手で覆い、顔面蒼白になった。せ、聖女様に何て事を…!

「お前なんて、光の加護さえなければただの薄汚い平民の癖に!聖女だからといって図に乗りやがって…!美しく、高貴なこの僕を拒むなんて何様のつもりだ!」

「……。」

「お前のような薄汚い平民出の女なんて、聖女でなければ誰が相手にするものか!どうせ、聖女なんてただただニコニコして、お祈りするだけしかしてないだろうが!人形なら、人形らしく黙って従え!」

酷い…!聖女様が平民だからってこんな…!
例え、平民出身だったとしても聖女様は紛れもなく、光の加護者であり、尊ばれるべき存在なのに…。
それなのに、国の宝である聖女様を軽んじるだなんて何て人なのだろう。こんな人が貴族だなんて…。
聖女は頬を押さえたまま俯いて、顔を上げようとしない。肩が震えている。泣いているのだろうか?
無理もない。いきなり、男の人に罵倒され、叩かれたのだ。怖いに決まっている。
そんな聖女を男は上から目線で見下し、

「フン!ようやく己の立場が分かったか!分かったら、さっさと僕を虚仮にした非礼を詫びて、今すぐその身体を僕に…、ウグッ…!?」

不意に男は奇妙な呻き声を上げ、苦しそうに喉を押さえた。

「ガッ…!アッ…!?」

男はそのまま地面に膝をつき、苦しそうに悶えた。その顔色はどんどん青くなっていき、口からは涎がダラダラと垂れている。
突然、苦しみだす男の姿にリスティーナは困惑した。
ふと、見れば、男の首元が光っていた。あれは、何?まるで光の輪のようなものが男の首を絞めつけている。クスッと笑い声が聞こえる。見れば、聖女が口元に手を当てて、おかしそうに笑っていた。
てっきり泣いているのかと思っていたのに、その逆だった。聖女は笑っていた。
そして、その黄金の目は微かに淡く光っていた。リスティーナはハッとした。
まさか、これは聖女様の光魔法…!?

「ッ、あ…!だ、だずけ…!」

助けを求めるように男の手が宙を切る。今にも息絶えそうな男を前に聖女は笑いながらもその目は笑っていない。その冷たい眼差しにリスティーナはゾクッとした。聖女は不意に手をパン!と叩いた。すると、男の首に嵌められた光の輪が消えた。

「ハッ…!ッ!」

いきなり、酸素を取り込んだことで男は盛大に咽た。呼吸を整えた男はギッ!と聖女を睨みつけた。

「き、貴様!今、僕に何をした!?」

聖女はハア、と溜息を吐くと、スッと表情を消した。さっきまで笑みを浮かべていた聖女の豹変ぶりにリスティーナも男もビクッとした。

「…黙りなさいよ。もう一度、息を止められたいの?」

「ヒッ…!」

男はガタガタと震えだした。

「無様ね。さっきまで、あんなに威勢が良かったのに…。どうせ、光魔法しか使えない私なら、ちょっと脅せば屈するって思ったんでしょ?でも、残念。光魔法って別に治癒魔法や防御魔法だけじゃないの。攻撃魔法も使えるのよ。ついでに言うと、私は治癒魔法よりも攻撃魔法の方が得意なのよ。この前の盗賊の討伐だって私は盗賊を百人ちょっと仕留めたんだから。」

「なあっ…!?」

「知らなかった?だって、これ公表していないものね。表向き、盗賊は兵士達が討伐したことになって、私は負傷した兵士を癒したという事になっているもの。」

初めて知る事実にリスティーナは驚いた。ミラ達の話から、聖女様が盗賊の討伐に参加していたことは知っていた。けれど、直接盗賊の討伐に加わっていたという話はなかった。負傷した兵士を癒したという話しか聞かなかったのでてっきり、聖女様はあくまでも後方支援で実戦には参加していないのだと思っていた。


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