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第三章 立志編
失態
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た、助かった…。これで最悪の事態は避けられた。後はこの場を上手く乗り切れば…!
「これはこれは!ラシード殿下!お久しぶりですなあ。今夜は是非、我が娘を紹介したく…、」
「初めまして。キャロラインと申します。」
その時、リスティーナとラシード殿下の間に割って入るように二人の親子が現れた。親子と言っても、二人は全然似ていない。髪が薄く、少しふくよかな壮年の男性はお世辞にも美しいとはいえない。それでも着ている服は高級品で高位貴族の出であるとすぐに分かる。
ご令嬢の方は目を瞠る程の美しい女性だ。
豊満な肉体を扇情的なドレスで身に包んでいる。胸と背中が大胆に開いたドレスにリスティーナは思わず頬を赤くする。す、凄い肉体美…。
チッ、とアーリヤが横で舌打ちをする音が聞こえた。驚いて、思わずアーリヤを見るがアーリヤは人畜無害な微笑みを浮かべているだけだった。…気のせい?そう思っていると、
「…ああ。どうも。ローチェ公爵閣下。」
ラシードはそう言って、にこやかに二人の親子に微笑みかけた。どうやら、ラシード殿下と懇意の仲らしい。
「娘はこう見えて、踊りが上手いと評判でしてな。是非、殿下とも踊って頂きたく…、」
「殿下と踊れるだなんて光栄ですわ。」
ラシード殿下は微笑んだまま、二人の親子に愛想よく受け答えしている。
邪魔にならないように早く立ち去った方がいいかも…。
「それは楽しみだな。貴殿の頼みとなっては断らない訳にはいかないな。それに、相手はこんなにも美しいレディだ。喜んで相手をさせて頂こう。」
「まあ!そんな…!美しいだなんて…!」
キャロライン嬢はまんざらでもなさそうな様子で頬を染める。
挨拶もしたし、もういいよね?そう思い、リスティーナは会釈をして立ち去ろうとした。
その時、突然、リスティーナは強烈な眩暈を感じた。そのせいで足元がふらつき、バランスを崩してしまった。
「あっ…!?」
倒れる…!リスティーナは反射的にギュッと目を瞑った。
が、リスティーナが倒れそうになった瞬間、誰かが身体を支えてくれた。
そのお蔭でリスティーナは転倒を免れた。力強い腕が肩と腰に回されている。アーリヤ様かな?そう思い、リスティーナは相手に目を向け、お礼を言おうと口を開いた。
「あ、ありがとう、ございます…。」
「どういたしまして。怪我がないようで何よりだ。」
「ッ!?」
リスティーナはギョッとして目を見開いた。
ハシバミ色の目が間近でリスティーナを見下ろしていた。アーリヤと同じ色の瞳だが、相手はアーリヤではなかった。リスティーナを支えてくれた相手は、ラシードだった。状況を理解すると、リスティーナは顔色が真っ青になった。
「も、申し訳ありません!」
慌てて、ラシードから身を離し、リスティーナは深く頭を下げて謝った。
勇者様の前でこんな失態を犯すだなんて…!リスティーナはガタガタと震えた。
「あの女…!何て無礼な!」
「あざとい女…!あんな見え見えの手で勇者様の気を惹いて…!」
「何て浅ましいの!」
周囲の女性達が口々に非難する。ど、どうしよう…!今のはわざとではないけど、無礼を働いたのは事実だ。あんなにも失態を犯さないようにと心がけていたのに…!リスティーナはギュッと目を瞑った。
「…そんなに怯えるな。俺は怒っていないから気にする必要はない。
それより、酷い顔色だな。もしかして、あんまり体調が良くないのか?久々の夜会で緊張して、無理をしたんだろう。アーリヤ。お前が付き添って彼女を休ませてやれ。」
「はい。お兄様。」
兄の言葉にアーリヤは快く頷いた。リスティーナはホッとした。思ったより、寛大な方で良かった。
「お気遣い痛み入ります。殿下。」
そう言って、リスティーナはスカートの裾を持ち上げて、頭を下げた。アーリヤに促され、リスティーナはラシード殿下の前を立ち去ろうとした。ラシードの前を通り過ぎようとしたその時、ラシードがぼそりと何かを呟いた。
「…この前と違って、今日は随分と小綺麗な格好じゃないか。」
近くにいたリスティーナにしか聞き取れない程の小さな声。が、その意味深な言葉にリスティーナはギクッとした。思わずラシードに視線を向ける。ラシードは口角を吊り上げて笑い、目を細めた。その目は全て知っているぞとでもいいたげな目だった。
ま、まさか…!気付かれてたの!?最初から!?
リスティーナは愕然とし、その場に立ち尽くした。キャロライン嬢の手を取り、そのままダンスの輪に入っていくラシードの姿が視界から消えるまでリスティーナはその場から動くことができなかった。周囲の女性達の囁き声も耳に入らない。ただ、リスティーナは頭の中でグルグルと先程のラシードの言葉が駆け巡り、耳にこびりついて離れなかった。
あの後、何とかその場を離れて、リスティーナはバルコニーで風に当たり、そこで項垂れていた。
「大丈夫?リスティーナ。まだ気分が悪いの?」
「大丈夫です…。すみません。アーリヤ様。ご迷惑をおかけして…、」
「いいのよ。気にしないで。」
付き添ってくれたアーリヤは甲斐甲斐しく、リスティーナの世話を焼いてくれる。
申し訳ない気持ちから、リスティーナはシュン、とした。
ああ!私の馬鹿!どうして、いつも私はこうなのだろう。エルザやスザンヌだったらこんな失敗しなかっただろうに私はどうして、いつも…。悶々と自己嫌悪に浸っているリスティーナをアーリヤは励ました。
「そんなに落ち込まなくてもいいわ。お兄様はあんなことで目くじらを立てる性格じゃないもの。基本的にお兄様は女相手には寛容なの。大体は泣いて謝れば水に流してくれるわ。ま、男性相手には一切、容赦がないんだけどね。」
「でも、私…、殿下にあんな無礼な真似を働いてしまって…、」
「大丈夫よ。あなたがわざとじゃないことは私がよく分かってるわ。周りの女達が言った事を気にしてるの?あれは、ただの妬み僻みだから気にする必要はないわ。」
「後から、不敬罪で罰せられないでしょうか…?」
不安そうにアーリヤを見上げるリスティーナにアーリヤは一瞬、息を呑んだ。そっと扇で顔を隠すアーリヤにリスティーナは首を傾げた。
「アーリヤ様?」
も、もしかして、やっぱりそういった可能性があるの?リスティーナがそんな不安に駆られていると、
「そんな事ないわ。大丈夫よ。例え、外野が何か言ってきたとしても、私が守ってあげる!お兄様の妹の私の言葉に楯突く人なんてそうそういないから安心して頂戴。」
「アーリヤ様…。ありがとうございます。」
リスティーナはホッとした。やっぱり、アーリヤ様はいい人だ。
どうして、ルーファス様はアーリヤ様をこんなにも警戒するのかな?
やっぱり、ローザ様の件でラシード殿下と確執があったからかな?
アーリヤ様は見た目はすごくラシード殿下とよく似ているし…。
今、思えばどうして初めて会った時に気付かなかったんだろう。
ラシード殿下に北の森で会った時に既視感はあったのに…。
あの時、ラシード殿下に会った時、初対面にも関わらず、どこかで会ったことがあるような気がした。
その正体が今、はっきり分かった。アーリヤ様に似ていたからだ。我ながら、気付くのが遅すぎる…。
「それより、リスティーナ。さっきから、あなた私の事をずっと様付けで呼んでいるのね。呼び捨てでいいって言ってるのに。」
「そ、そんな!幾ら何でもアーリヤ様を呼び捨てで呼ぶだなんて、そんな事できません!」
幾らアーリヤ様が許してくれたからといって、そんなことできない。リスティーナはブンブンと首を横に振った。私の事を呼び捨てにするのは全然構わないけど、同じことをしろだなんて無理だ。
「あなたって慎み深いのね。…まあ、そういう所もいいのだけれど。」
「え?あの、すみません。最後の言葉がよく聞き取れなくて…。もう一度仰って頂いても…?」
あまりにも小さな声だったのでよく聞こえなかった。そんなリスティーナにアーリヤはニコッと笑い、
「何でもないわ。気にしないで。ただの独り言だから。」
「そ、そうですか?」
アーリヤ様がそういうのなら、とリスティーナは納得した。
「私、この後、お兄様と約束があるの。ここでは人目もあるし、折角久々にお兄様と会えたからゆっくり話そうかと思って別室を用意してあるの。あなたも一緒に来ない?」
「え…、ですが…、私は部外者ですし…。」
折角の兄妹水入らずの所に私が割り込むのは失礼だ。
「大丈夫よ。私は気にしないし、お兄様は私のお願いは何でも聞いて下さるの。私がお願いすれば、リスティーナが同席するのも許してくれるわ。」
「で、でも…、」
ラシード殿下に言われた言葉が頭をよぎる。どうしよう。北の森で会った女が私であることがバレている以上、何とかラシード殿下の口止めをしないといけない。でも…、何だかこれ以上、彼に関わるのは危ない気がする。リスティーナは迷った末、
「すみません。折角のお誘いですが…、やはり、お二人の時間を邪魔するのは心苦しいので…。」
そう言って、アーリヤの申し出を断った。アーリヤは目を見開いた。
「いいの?こんな機会、滅多にないのよ。上手くいけば、お兄様に気に入られるかもしれないわ。」
「まあ、アーリヤ様ったら…。」
リスティーナは思わず笑ってしまった。
「アーリヤ様もそんな冗談を言うんですね。ラシード殿下は炎の勇者様ですよ?それに、殿下には国中の美女が集まり、ハーレムに囲われていると聞いています。私のような女が殿下に気に入られるだなんて有り得ませんから。」
しかも、ラシードの妻の中には、ルーファス様の元婚約者、ローザ様もいる。巫女の血を引くローザ様も妻にしているラシード殿下にとって小国の王女の、しかも、平民の血を引くリスティーナに興味が惹かれる筈がない。リスティーナは王女という立場以外では何の役にも立たないのだから。
そんな自分にあのラシード殿下が価値を置くとは思えない。
私は美しさも魔力もないただの凡庸な女なのだから。
「成程、ね…。そういう事。」
ぼそり、とアーリヤが何かを呟いた。リスティーナはよく聞こえずに首を傾げた。
「アーリヤ様?」
アーリヤはリスティーナににっこりと笑い、
「リスティーナがそう言うのなら、仕方ないわね。」
そう言って、アーリヤはあっさりと引き下がった。
「そろそろ、戻りましょうか?私はお兄様の所に行くけど…、」
アーリヤが一緒に来る?とでも言いたげにリスティーナを見つめる。
「私は…、聖女様が来られるのを待っています。ですから、アーリヤ様。私の事は気になさらずに殿下の元へ行って差し上げて下さい。」
「聖女に?どうして、リスティーナが?」
「聖女様にどうしてもお願いしたいことがあるのです。」
「もしかして、ルーファス殿下の件で?その為に夜会に出たの?」
「はい。」
リスティーナはコクンと頷いた。
「どうして、あなたが?本人にやらせたらそれでいいじゃない。」
「殿下はまだ病み上がりの身で安静にしていないといけない状態なのです。それに、これは私が勝手にやっていることで…。実は、殿下には内緒にしているんです。心配をかけたくないので…、それに、上手くいかなかったら殿下ががっかりするかと思いまして…、」
「心配?あの男が?」
「はい。多分、私が聖女様に会う事を話したら止めると思うので。あの方はご自分の事よりも他人の事を気にかける人なんです。」
だからこそ、余計にルーファス様が心配だ。あの方は自分の命を犠牲にしてまで、私を毒から救い出してくれた。そんなルーファス様を見ていると、リスティーナも同じように彼に返したいと思ってしまう。
私のできる事なら、何だってしてあげたい。心からそう思うのだ。
「へえ…。そう、そうなのね。」
アーリヤはそっと扇で口元を覆い、目を伏せた。
「あなたは本当に健気なのね。あなたに想われている殿下は幸せ者ね。」
「いえ。そんな…、」
私はまだルーファス様に何も返せていない。私のやる事なんて何もないかもしれない。それでも…、私は自分ができる精一杯の事をやりたい。リスティーナは強くそう思った。
「あら…。あれは…、」
ふと、アーリヤが視線を上げた先には、複数の男性が一人の女性に群がっていた。
さっきの勇者様の時と逆バージョンだ。男性に囲まれてよく見えないが、女性は白いドレスを着て、上品に微笑んでいる。その胸元には、十字架の紋章が光っていた。リスティーナはハッとした。一瞬だけ男性の間から見えた女性の容姿は黄金の髪と目をしていた。
「もしかして、あの方が聖女様…!?」
「ええ。あの方が光の聖女、フィオナ様。良かったわね。リスティーナ。漸くお目当ての人物が現れて。」
「ッ、はい!私、早速行ってまいります!アーリヤ様!色々とありがとうございました!失礼します!」
リスティーナはペコッと頭を下げて、足早に聖女の元へ向かった。そんなリスティーナをアーリヤは意味深に笑いながら見つめた。
「フフッ…、やっぱり、いいわね。欲しいわ。」
アーリヤの呟きは誰にも聞かれることはなかった。
「これはこれは!ラシード殿下!お久しぶりですなあ。今夜は是非、我が娘を紹介したく…、」
「初めまして。キャロラインと申します。」
その時、リスティーナとラシード殿下の間に割って入るように二人の親子が現れた。親子と言っても、二人は全然似ていない。髪が薄く、少しふくよかな壮年の男性はお世辞にも美しいとはいえない。それでも着ている服は高級品で高位貴族の出であるとすぐに分かる。
ご令嬢の方は目を瞠る程の美しい女性だ。
豊満な肉体を扇情的なドレスで身に包んでいる。胸と背中が大胆に開いたドレスにリスティーナは思わず頬を赤くする。す、凄い肉体美…。
チッ、とアーリヤが横で舌打ちをする音が聞こえた。驚いて、思わずアーリヤを見るがアーリヤは人畜無害な微笑みを浮かべているだけだった。…気のせい?そう思っていると、
「…ああ。どうも。ローチェ公爵閣下。」
ラシードはそう言って、にこやかに二人の親子に微笑みかけた。どうやら、ラシード殿下と懇意の仲らしい。
「娘はこう見えて、踊りが上手いと評判でしてな。是非、殿下とも踊って頂きたく…、」
「殿下と踊れるだなんて光栄ですわ。」
ラシード殿下は微笑んだまま、二人の親子に愛想よく受け答えしている。
邪魔にならないように早く立ち去った方がいいかも…。
「それは楽しみだな。貴殿の頼みとなっては断らない訳にはいかないな。それに、相手はこんなにも美しいレディだ。喜んで相手をさせて頂こう。」
「まあ!そんな…!美しいだなんて…!」
キャロライン嬢はまんざらでもなさそうな様子で頬を染める。
挨拶もしたし、もういいよね?そう思い、リスティーナは会釈をして立ち去ろうとした。
その時、突然、リスティーナは強烈な眩暈を感じた。そのせいで足元がふらつき、バランスを崩してしまった。
「あっ…!?」
倒れる…!リスティーナは反射的にギュッと目を瞑った。
が、リスティーナが倒れそうになった瞬間、誰かが身体を支えてくれた。
そのお蔭でリスティーナは転倒を免れた。力強い腕が肩と腰に回されている。アーリヤ様かな?そう思い、リスティーナは相手に目を向け、お礼を言おうと口を開いた。
「あ、ありがとう、ございます…。」
「どういたしまして。怪我がないようで何よりだ。」
「ッ!?」
リスティーナはギョッとして目を見開いた。
ハシバミ色の目が間近でリスティーナを見下ろしていた。アーリヤと同じ色の瞳だが、相手はアーリヤではなかった。リスティーナを支えてくれた相手は、ラシードだった。状況を理解すると、リスティーナは顔色が真っ青になった。
「も、申し訳ありません!」
慌てて、ラシードから身を離し、リスティーナは深く頭を下げて謝った。
勇者様の前でこんな失態を犯すだなんて…!リスティーナはガタガタと震えた。
「あの女…!何て無礼な!」
「あざとい女…!あんな見え見えの手で勇者様の気を惹いて…!」
「何て浅ましいの!」
周囲の女性達が口々に非難する。ど、どうしよう…!今のはわざとではないけど、無礼を働いたのは事実だ。あんなにも失態を犯さないようにと心がけていたのに…!リスティーナはギュッと目を瞑った。
「…そんなに怯えるな。俺は怒っていないから気にする必要はない。
それより、酷い顔色だな。もしかして、あんまり体調が良くないのか?久々の夜会で緊張して、無理をしたんだろう。アーリヤ。お前が付き添って彼女を休ませてやれ。」
「はい。お兄様。」
兄の言葉にアーリヤは快く頷いた。リスティーナはホッとした。思ったより、寛大な方で良かった。
「お気遣い痛み入ります。殿下。」
そう言って、リスティーナはスカートの裾を持ち上げて、頭を下げた。アーリヤに促され、リスティーナはラシード殿下の前を立ち去ろうとした。ラシードの前を通り過ぎようとしたその時、ラシードがぼそりと何かを呟いた。
「…この前と違って、今日は随分と小綺麗な格好じゃないか。」
近くにいたリスティーナにしか聞き取れない程の小さな声。が、その意味深な言葉にリスティーナはギクッとした。思わずラシードに視線を向ける。ラシードは口角を吊り上げて笑い、目を細めた。その目は全て知っているぞとでもいいたげな目だった。
ま、まさか…!気付かれてたの!?最初から!?
リスティーナは愕然とし、その場に立ち尽くした。キャロライン嬢の手を取り、そのままダンスの輪に入っていくラシードの姿が視界から消えるまでリスティーナはその場から動くことができなかった。周囲の女性達の囁き声も耳に入らない。ただ、リスティーナは頭の中でグルグルと先程のラシードの言葉が駆け巡り、耳にこびりついて離れなかった。
あの後、何とかその場を離れて、リスティーナはバルコニーで風に当たり、そこで項垂れていた。
「大丈夫?リスティーナ。まだ気分が悪いの?」
「大丈夫です…。すみません。アーリヤ様。ご迷惑をおかけして…、」
「いいのよ。気にしないで。」
付き添ってくれたアーリヤは甲斐甲斐しく、リスティーナの世話を焼いてくれる。
申し訳ない気持ちから、リスティーナはシュン、とした。
ああ!私の馬鹿!どうして、いつも私はこうなのだろう。エルザやスザンヌだったらこんな失敗しなかっただろうに私はどうして、いつも…。悶々と自己嫌悪に浸っているリスティーナをアーリヤは励ました。
「そんなに落ち込まなくてもいいわ。お兄様はあんなことで目くじらを立てる性格じゃないもの。基本的にお兄様は女相手には寛容なの。大体は泣いて謝れば水に流してくれるわ。ま、男性相手には一切、容赦がないんだけどね。」
「でも、私…、殿下にあんな無礼な真似を働いてしまって…、」
「大丈夫よ。あなたがわざとじゃないことは私がよく分かってるわ。周りの女達が言った事を気にしてるの?あれは、ただの妬み僻みだから気にする必要はないわ。」
「後から、不敬罪で罰せられないでしょうか…?」
不安そうにアーリヤを見上げるリスティーナにアーリヤは一瞬、息を呑んだ。そっと扇で顔を隠すアーリヤにリスティーナは首を傾げた。
「アーリヤ様?」
も、もしかして、やっぱりそういった可能性があるの?リスティーナがそんな不安に駆られていると、
「そんな事ないわ。大丈夫よ。例え、外野が何か言ってきたとしても、私が守ってあげる!お兄様の妹の私の言葉に楯突く人なんてそうそういないから安心して頂戴。」
「アーリヤ様…。ありがとうございます。」
リスティーナはホッとした。やっぱり、アーリヤ様はいい人だ。
どうして、ルーファス様はアーリヤ様をこんなにも警戒するのかな?
やっぱり、ローザ様の件でラシード殿下と確執があったからかな?
アーリヤ様は見た目はすごくラシード殿下とよく似ているし…。
今、思えばどうして初めて会った時に気付かなかったんだろう。
ラシード殿下に北の森で会った時に既視感はあったのに…。
あの時、ラシード殿下に会った時、初対面にも関わらず、どこかで会ったことがあるような気がした。
その正体が今、はっきり分かった。アーリヤ様に似ていたからだ。我ながら、気付くのが遅すぎる…。
「それより、リスティーナ。さっきから、あなた私の事をずっと様付けで呼んでいるのね。呼び捨てでいいって言ってるのに。」
「そ、そんな!幾ら何でもアーリヤ様を呼び捨てで呼ぶだなんて、そんな事できません!」
幾らアーリヤ様が許してくれたからといって、そんなことできない。リスティーナはブンブンと首を横に振った。私の事を呼び捨てにするのは全然構わないけど、同じことをしろだなんて無理だ。
「あなたって慎み深いのね。…まあ、そういう所もいいのだけれど。」
「え?あの、すみません。最後の言葉がよく聞き取れなくて…。もう一度仰って頂いても…?」
あまりにも小さな声だったのでよく聞こえなかった。そんなリスティーナにアーリヤはニコッと笑い、
「何でもないわ。気にしないで。ただの独り言だから。」
「そ、そうですか?」
アーリヤ様がそういうのなら、とリスティーナは納得した。
「私、この後、お兄様と約束があるの。ここでは人目もあるし、折角久々にお兄様と会えたからゆっくり話そうかと思って別室を用意してあるの。あなたも一緒に来ない?」
「え…、ですが…、私は部外者ですし…。」
折角の兄妹水入らずの所に私が割り込むのは失礼だ。
「大丈夫よ。私は気にしないし、お兄様は私のお願いは何でも聞いて下さるの。私がお願いすれば、リスティーナが同席するのも許してくれるわ。」
「で、でも…、」
ラシード殿下に言われた言葉が頭をよぎる。どうしよう。北の森で会った女が私であることがバレている以上、何とかラシード殿下の口止めをしないといけない。でも…、何だかこれ以上、彼に関わるのは危ない気がする。リスティーナは迷った末、
「すみません。折角のお誘いですが…、やはり、お二人の時間を邪魔するのは心苦しいので…。」
そう言って、アーリヤの申し出を断った。アーリヤは目を見開いた。
「いいの?こんな機会、滅多にないのよ。上手くいけば、お兄様に気に入られるかもしれないわ。」
「まあ、アーリヤ様ったら…。」
リスティーナは思わず笑ってしまった。
「アーリヤ様もそんな冗談を言うんですね。ラシード殿下は炎の勇者様ですよ?それに、殿下には国中の美女が集まり、ハーレムに囲われていると聞いています。私のような女が殿下に気に入られるだなんて有り得ませんから。」
しかも、ラシードの妻の中には、ルーファス様の元婚約者、ローザ様もいる。巫女の血を引くローザ様も妻にしているラシード殿下にとって小国の王女の、しかも、平民の血を引くリスティーナに興味が惹かれる筈がない。リスティーナは王女という立場以外では何の役にも立たないのだから。
そんな自分にあのラシード殿下が価値を置くとは思えない。
私は美しさも魔力もないただの凡庸な女なのだから。
「成程、ね…。そういう事。」
ぼそり、とアーリヤが何かを呟いた。リスティーナはよく聞こえずに首を傾げた。
「アーリヤ様?」
アーリヤはリスティーナににっこりと笑い、
「リスティーナがそう言うのなら、仕方ないわね。」
そう言って、アーリヤはあっさりと引き下がった。
「そろそろ、戻りましょうか?私はお兄様の所に行くけど…、」
アーリヤが一緒に来る?とでも言いたげにリスティーナを見つめる。
「私は…、聖女様が来られるのを待っています。ですから、アーリヤ様。私の事は気になさらずに殿下の元へ行って差し上げて下さい。」
「聖女に?どうして、リスティーナが?」
「聖女様にどうしてもお願いしたいことがあるのです。」
「もしかして、ルーファス殿下の件で?その為に夜会に出たの?」
「はい。」
リスティーナはコクンと頷いた。
「どうして、あなたが?本人にやらせたらそれでいいじゃない。」
「殿下はまだ病み上がりの身で安静にしていないといけない状態なのです。それに、これは私が勝手にやっていることで…。実は、殿下には内緒にしているんです。心配をかけたくないので…、それに、上手くいかなかったら殿下ががっかりするかと思いまして…、」
「心配?あの男が?」
「はい。多分、私が聖女様に会う事を話したら止めると思うので。あの方はご自分の事よりも他人の事を気にかける人なんです。」
だからこそ、余計にルーファス様が心配だ。あの方は自分の命を犠牲にしてまで、私を毒から救い出してくれた。そんなルーファス様を見ていると、リスティーナも同じように彼に返したいと思ってしまう。
私のできる事なら、何だってしてあげたい。心からそう思うのだ。
「へえ…。そう、そうなのね。」
アーリヤはそっと扇で口元を覆い、目を伏せた。
「あなたは本当に健気なのね。あなたに想われている殿下は幸せ者ね。」
「いえ。そんな…、」
私はまだルーファス様に何も返せていない。私のやる事なんて何もないかもしれない。それでも…、私は自分ができる精一杯の事をやりたい。リスティーナは強くそう思った。
「あら…。あれは…、」
ふと、アーリヤが視線を上げた先には、複数の男性が一人の女性に群がっていた。
さっきの勇者様の時と逆バージョンだ。男性に囲まれてよく見えないが、女性は白いドレスを着て、上品に微笑んでいる。その胸元には、十字架の紋章が光っていた。リスティーナはハッとした。一瞬だけ男性の間から見えた女性の容姿は黄金の髪と目をしていた。
「もしかして、あの方が聖女様…!?」
「ええ。あの方が光の聖女、フィオナ様。良かったわね。リスティーナ。漸くお目当ての人物が現れて。」
「ッ、はい!私、早速行ってまいります!アーリヤ様!色々とありがとうございました!失礼します!」
リスティーナはペコッと頭を下げて、足早に聖女の元へ向かった。そんなリスティーナをアーリヤは意味深に笑いながら見つめた。
「フフッ…、やっぱり、いいわね。欲しいわ。」
アーリヤの呟きは誰にも聞かれることはなかった。
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