127 / 222
第三章 立志編
炎の勇者
しおりを挟む
「うっ…!」
ルーファスはゴホッ!ゴホッ!と咳き込んだ。
突き刺すような痛みが心臓に走る。
全身の血が沸騰したかのように身体が熱い。息が切れて、上手く呼吸ができない。
手や足に痺れもでてきた。上手く立って歩くこともできず、ベッドから出ることすらままならない。
少し動くだけで眩暈がする。気持ち悪い…。食べても戻してしまう為、何かを口に入れる気にもなれなかった。今は点滴で何とか栄養を補強している状態だった。
リスティーナから貰ったハンカチを握りしめ、何とかその苦しみに耐えようとする。
すると、どこからか声が聞こえてきた。
「え、それ本当?招待客の中に帝国の第五皇子、ハリト様がいるって…、」
「何でよりによって、ハリト皇子が?」
「さあ…?」
「最悪…。できるだけ、関わり合いにならないように気を付けないと…。万が一、ハリト皇子に見初められたら、無理矢理妾にされるかもしれないし…!」
廊下にいる侍女達の話し声が聞こえる。
ハリト皇子。確か、そいつは前にリスティーナを…、
ルーファスはゆっくりと起き上がった。
ベッドから降りようとするが点滴が邪魔になり、腕が引っ張られる。
ルーファスは点滴の針を抜き、ベッドから降りた。手早く着替えを済ませると、そのまま、おぼつかない足取りで部屋を出て行った。
結局、リスティーナは人の視線を避けるようにして壁の花となっていた。
冷たい視線が突き刺さり、居心地の悪さを感じる。…早く聖女様、お見えにならないかな。
リスティーナは早くも自分の部屋に帰りたくなった。
果実酒が入ったグラスを持ち、チビチビと口につける。
「あら。リスティーナ様じゃないの。」
名を呼ばれ、ふと顔を上げれば、そこには黒と金のドレスを身に纏った褐色の美女がいた。
アーリヤだ。
「アーリヤ様!?」
リスティーナは驚いて、声を上げた。
「久しぶりね。」
アーリヤはにこやかに笑い、リスティーナに話しかける。リスティーナは慌てて挨拶を返した。
「お久しぶりでございます。アーリヤ様。…アーリヤ様も来ていらしたのですね。」
「ええ。まあね。今日の夜会にはお兄様も来られるから。」
そうだった。祝賀会には炎の勇者、ラシード殿下も招かれている。アーリヤ様にとっては、実の兄。
参加しない訳がない。
アーリヤは不意に声を潜めて、リスティーナの耳元に囁いた。
「それより…、風の噂で聞いたのだけど、色々と大変だったみたいね。無事で良かったわ。あなたが倒れたと聞いた時はすごく心配したのよ。」
「あ…、ありがとうございます。アーリヤ様。」
「本当はお見舞いにも行きたかったんだけど…。殿下からあなたには近づくなってきつく注意されていたから…。」
アーリヤが落ち込んだような表情を浮かべ、悲しそうにそう言った。
「アーリヤ様…。すみません。殿下も何か考えがあってそう言っているだけだと思うのです。殿下は一見、言葉が冷たく感じますけど、決してアーリヤ様を故意的に傷つけるつもりはなくて…、」
ルーファス様は今まで他人に傷つけられた為、あまり他人に心を許さず、人間不信な一面がある。
でも、それも当然だ。ずっと命を狙われ続け、殺伐とした環境に身を置いていたのだから。
だから、人一倍、警戒心が強い。でも、本当は誰よりも優しい。それを分かって欲しくて、リスティーナはアーリヤに訴えた。
そんなリスティーナにアーリヤは目を細めた。
「リスティーナ様は随分と殿下を信用してらっしゃるのね。それに、心なしか前よりも幸せそう。何かいい事でもあったのかしら?」
「あ…、ええと…、それは…、」
リスティーナはルーファスと相思相愛になったことを思い出し、ポッと頬を染めた。慌てて顔を俯いた。
「そ、そういえば!今日の夜会はアーリヤ様のお兄様がいらっしゃっているんですよね?」
リスティーナはそう言って、話題を変えた。さすがにルーファス様とのことは恥ずかしくてここでは話せなかった。
「ええ。そうよ。…あら、もしかして、リスティーナ様もお兄様に興味があるの?」
「あ、ええと…、そ、そういう訳では…、」
ただ話題を変える為に上げただけだとは言えず、リスティーナは押し黙った。
全く興味がないどころか、苦手ですだなんてさすがにアーリヤ様の前では言えない。
「そういえば、リスティーナ様ってお兄様と会ったことはないの?確か数年前に外交の関係でお兄様がメイネシアに滞在していた時期があったらしいけど…、」
「あ…、実は…、私、その時、体調を崩してまして…、ラシード殿下にお会いすることができなかったのです。」
「そうなの…。王宮で会う事もなかったのかしら?」
「…ずっと、部屋に閉じこもっていましたので…。」
リスティーナはそう言って、誤魔化した。王宮ではなく、離宮にいたからラシード殿下に会う事もなかったなんて言える訳ない。メイネシアの醜聞を他国の王族のアーリヤ様に聞かせられる訳がない。
アーリヤはそう、と言って、それ以上は追及しなかった。アーリヤは扇越しにニコッと好意的な笑みを浮かべると、
「ねえ…、リスティーナ様。もし、良ければ…、あなたの事を呼び捨てで呼んでもいい?私の事もアーリヤって呼んでくれて構わないから。」
「え!?で、ですが…、」
「駄目、かしら?私、この国に来てから、心を許せるお友達がいなくて…、正直ね。あなたに近付いたのもあなたといいお友達になりたいなと思ったからなの。私にそう思われるのは迷惑かしら?」
ジッとハシバミ色の目が不安そうに揺れ、うるうると涙目になっている。
王族らしい気品と堂々とした佇まい、自信に満ちたオーラを纏ったアーリヤ様がこんな表情をなさるなんんて…。リスティーナは同性なのに、胸がキュン、とした。
アーリヤ様にここまで言われたら、断れるわけない。王族の方は華やかに見えるけど、その反面、孤独も抱えているのかもしれない。リスティーナはゆっくりと頷いた。
「わ、私でよければ…、」
「まあ!嬉しい!ありがとう!リスティーナ!」
アーリヤはぱあ、と顔を輝かせ、リスティーナに抱き着いた。
「え!?あ、アーリヤ様!?」
「あら、ごめんなさい。私ったらつい…。」
ギョッとして、顔を赤くするリスティーナにアーリヤはすぐに身体を離した。
「私ったら、パレフィエ国にいた時の癖が抜けなくて…、私の国ではこれが挨拶みたいなものだったから。」
「そ、そうなんですね。大丈夫です。ちょっと、びっくりしただけですので…。」
国の文化や価値観、風習が違うのは仕方がない。リスティーナはそう納得した。
アーリヤがクスッと微笑んだ。背筋がゾクッとした。…?何?今の…?今、一瞬だけ悪寒が走ったような…。
リスティーナがそう戸惑っていると、
「ねえ、リスティーナ。良かったら、あなたのことお兄様に紹介したいわ。私の友達として。」
「え…。」
ラシード殿下に!?幾らアーリヤ様の兄とはいえ、相手は勇者…。できれば、関わりたくない。
もし、失態を犯したらと思うと…。リスティーナはギュッと手を握り締めた。
それに、勇者様に関われば周りの女性達にどんな目に遭わされるか…。
社交界で女性達に人気のある男性に近付けば、どんな目に遭わされるかは想像がつく。
例え、こちらから近づいていなかったとしても、だ。あの人達は容赦がない。嫉妬に狂った女性達は何をするか分からないのだから…。
「あ、あの…、私…、」
何とか断ろうとするリスティーナだったが…、不意にきゃあ!と黄色い声を上げる女性達の声に掻き消されてしまった。
「あら、噂をすれば…、お兄様がいらっしゃったみたいね。」
アーリヤの言葉にリスティーナは思わずアーリヤの視線の先を見つめる。
そこには、アーリヤ様と同じ深紅の髪にハシバミ色の目、褐色の肌をした男性がいた。
「!」
リスティーナはその男性を見て、目を見開いた。
背が高く、がっしりとした体格、彫りが深く、精悍な容姿…。
タイプは違うが、エルヴィン殿下やヴィルフリート殿下と並ぶ程の美形だ。
令嬢や貴婦人はうっとりと見惚れている。
が、リスティーナはみるみるうちに顔色を悪くした。あの人…!北の森で出会った男の人だ!
リスティーナは一目見て、すぐに気づいた。あの時は、旅装束の格好をしていたけれど、今は夜会用の赤い正装服を着ている。その風格は王族らしい威厳に満ち溢れていて、堂々としている。
服装や雰囲気は変わっていても、あのハシバミ色の目を見ればすぐに同一人物だと分かる。
獰猛な鷹のような鋭い眼差し…。あの目は一度見たら、忘れられない。
リスティーナはダラダラと冷や汗を流した。
ど、どうしよう!まさか、あの方がラシード殿下だったなんて…!
と、とにかく隠れないと…!リスティーナは慌てて目を伏せ、ラシード殿下に気付かれないようにそー、とその場を立ち去ろうとしたが…、
「さあ、リスティーナ。こっちへ。お兄様を紹介するわ。」
「ええ!?ちょ、ま、待って下さい!」
しかし、逃亡はあえなく失敗した。アーリヤはリスティーナの手首を掴むと、そのままリスティーナを引っ張るようにして、ラシードの元へ上機嫌に向かった。
リスティーナは必死に抵抗するが、アーリヤは女性なのに意外と力が強く、振り解けない。
しかも、アーリヤとリスティーナでは身長差があり、圧倒的にリスティーナが不利だった。
そのまま抵抗空しく、リスティーナはラシードの元へと連れて行かれてしまう。
「お兄様。」
「アーリヤじゃないか。久しぶりだな。」
女性に囲まれていたラシードだったが、アーリヤが近付くと、女性達は自然と道を空けていく。
アーリヤはすんなりとラシードの前に辿り着いた。リスティーナはせめてもの抵抗といわんばかりにできるだけ下を向いていた。
ま、まずい…!こ、このままだとあの時、北の森で会ったのが私だとバレる…!
後宮にいる側室が王宮の外にいたなんて知られたら大問題だ。
私が罰せられるのはいい。でも、私のせいでルーファス様が罰せられたらどうしよう…!
リスティーナはカタカタと身体が震え、頭が混乱した。
「ん?その隣にいる女は誰だ?」
「紹介するわ。お兄様。彼女は私と同じルーファス殿下の側室で私のお友達よ。彼女も私と同じ一国の姫君なの。メイネシア国の第四王女、リスティーナ様よ。」
アーリヤはリスティーナの腕を組み、親し気な雰囲気を醸し出した。周囲の女性達は一斉にリスティーナを睨みつける。
「あの女…!アーリヤ様に取り入るだなんて小賢しい真似を…!」
「何て意地汚い女なの!これだから、下賤な血を引く女は…!」
「王族の側室でありながら、他の男に色目を使うだなんて…!」
し、視線が痛い…!リスティーナは否定したかった。ものすごく否定したかった。
こんな状況、望んでもないし、取り入ったつもりもない!と。…言った所で逆効果なのは分かっているけど。リスティーナはもう今すぐこの場から逃げ出したくなった。でも、できない。
アーリヤに紹介された以上、リスティーナは挨拶をするしかない。リスティーナは覚悟を決めて、最上級のカーテシーをした。
「…お目にかかれて、光栄です。炎の勇者であり、パレフィエ国の王太子殿下。ご紹介に預かりました。ルーファス殿下の側室のリスティーナと申します。王太子殿下の妹君、アーリヤ様には日頃からお世話になって…、」
リスティーナは長々と形式的な挨拶を終えて、目を伏せたまま面を上げない。これが目上の人間に対する敬意だ。…失敗は許されない。礼を失さないようにしないと…。
「顔を上げろ。」
許しが出たのでリスティーナはゆっくりと顔を上げた。鷹のような鋭い目と視線が合った。
思わず、ビクッとする。震えそうになる手を何とか堪える。ラシードはジッとリスティーナを見下ろす。
彼の目は何を考えているのか真意が読めない。だからこそ、怖い。リスティーナは怯えながらも目を逸らすことはしなかった。すると、ラシードはフッと口角を上げ、笑った。
「へえ。あんたがリスティーナ姫か。初めまして。俺はラシード・ド・パレフィエ。会えて嬉しいぞ。妹と仲良くしてくれて兄として、礼を言いたいと思ってたんだ。…アーリヤと仲良くしてくれて感謝する。これからも、仲良くしてやってくれ。」
「は、はい!勿論でございます!」
き、気付いていない…?
リスティーナはラシードの初対面の人を対応したかのような反応にホッとした。
な、何だ。そっか…。よく考えれば、私はあの時、汚れて、ボロボロの格好をしていたし、同一人物だと気づかなかったんだ。
それに、私とラシード殿下はたった一度会ったばかりだ。
きっと、私の顔なんて、覚えていなかったのね。
今の私はドレスを着てるし、あの時のみすぼらしい姿とは別人だし‥。
良かった!なんとか気付かれずにすみそう。
リスティーナは内心、胸を撫で下ろした。
ルーファスはゴホッ!ゴホッ!と咳き込んだ。
突き刺すような痛みが心臓に走る。
全身の血が沸騰したかのように身体が熱い。息が切れて、上手く呼吸ができない。
手や足に痺れもでてきた。上手く立って歩くこともできず、ベッドから出ることすらままならない。
少し動くだけで眩暈がする。気持ち悪い…。食べても戻してしまう為、何かを口に入れる気にもなれなかった。今は点滴で何とか栄養を補強している状態だった。
リスティーナから貰ったハンカチを握りしめ、何とかその苦しみに耐えようとする。
すると、どこからか声が聞こえてきた。
「え、それ本当?招待客の中に帝国の第五皇子、ハリト様がいるって…、」
「何でよりによって、ハリト皇子が?」
「さあ…?」
「最悪…。できるだけ、関わり合いにならないように気を付けないと…。万が一、ハリト皇子に見初められたら、無理矢理妾にされるかもしれないし…!」
廊下にいる侍女達の話し声が聞こえる。
ハリト皇子。確か、そいつは前にリスティーナを…、
ルーファスはゆっくりと起き上がった。
ベッドから降りようとするが点滴が邪魔になり、腕が引っ張られる。
ルーファスは点滴の針を抜き、ベッドから降りた。手早く着替えを済ませると、そのまま、おぼつかない足取りで部屋を出て行った。
結局、リスティーナは人の視線を避けるようにして壁の花となっていた。
冷たい視線が突き刺さり、居心地の悪さを感じる。…早く聖女様、お見えにならないかな。
リスティーナは早くも自分の部屋に帰りたくなった。
果実酒が入ったグラスを持ち、チビチビと口につける。
「あら。リスティーナ様じゃないの。」
名を呼ばれ、ふと顔を上げれば、そこには黒と金のドレスを身に纏った褐色の美女がいた。
アーリヤだ。
「アーリヤ様!?」
リスティーナは驚いて、声を上げた。
「久しぶりね。」
アーリヤはにこやかに笑い、リスティーナに話しかける。リスティーナは慌てて挨拶を返した。
「お久しぶりでございます。アーリヤ様。…アーリヤ様も来ていらしたのですね。」
「ええ。まあね。今日の夜会にはお兄様も来られるから。」
そうだった。祝賀会には炎の勇者、ラシード殿下も招かれている。アーリヤ様にとっては、実の兄。
参加しない訳がない。
アーリヤは不意に声を潜めて、リスティーナの耳元に囁いた。
「それより…、風の噂で聞いたのだけど、色々と大変だったみたいね。無事で良かったわ。あなたが倒れたと聞いた時はすごく心配したのよ。」
「あ…、ありがとうございます。アーリヤ様。」
「本当はお見舞いにも行きたかったんだけど…。殿下からあなたには近づくなってきつく注意されていたから…。」
アーリヤが落ち込んだような表情を浮かべ、悲しそうにそう言った。
「アーリヤ様…。すみません。殿下も何か考えがあってそう言っているだけだと思うのです。殿下は一見、言葉が冷たく感じますけど、決してアーリヤ様を故意的に傷つけるつもりはなくて…、」
ルーファス様は今まで他人に傷つけられた為、あまり他人に心を許さず、人間不信な一面がある。
でも、それも当然だ。ずっと命を狙われ続け、殺伐とした環境に身を置いていたのだから。
だから、人一倍、警戒心が強い。でも、本当は誰よりも優しい。それを分かって欲しくて、リスティーナはアーリヤに訴えた。
そんなリスティーナにアーリヤは目を細めた。
「リスティーナ様は随分と殿下を信用してらっしゃるのね。それに、心なしか前よりも幸せそう。何かいい事でもあったのかしら?」
「あ…、ええと…、それは…、」
リスティーナはルーファスと相思相愛になったことを思い出し、ポッと頬を染めた。慌てて顔を俯いた。
「そ、そういえば!今日の夜会はアーリヤ様のお兄様がいらっしゃっているんですよね?」
リスティーナはそう言って、話題を変えた。さすがにルーファス様とのことは恥ずかしくてここでは話せなかった。
「ええ。そうよ。…あら、もしかして、リスティーナ様もお兄様に興味があるの?」
「あ、ええと…、そ、そういう訳では…、」
ただ話題を変える為に上げただけだとは言えず、リスティーナは押し黙った。
全く興味がないどころか、苦手ですだなんてさすがにアーリヤ様の前では言えない。
「そういえば、リスティーナ様ってお兄様と会ったことはないの?確か数年前に外交の関係でお兄様がメイネシアに滞在していた時期があったらしいけど…、」
「あ…、実は…、私、その時、体調を崩してまして…、ラシード殿下にお会いすることができなかったのです。」
「そうなの…。王宮で会う事もなかったのかしら?」
「…ずっと、部屋に閉じこもっていましたので…。」
リスティーナはそう言って、誤魔化した。王宮ではなく、離宮にいたからラシード殿下に会う事もなかったなんて言える訳ない。メイネシアの醜聞を他国の王族のアーリヤ様に聞かせられる訳がない。
アーリヤはそう、と言って、それ以上は追及しなかった。アーリヤは扇越しにニコッと好意的な笑みを浮かべると、
「ねえ…、リスティーナ様。もし、良ければ…、あなたの事を呼び捨てで呼んでもいい?私の事もアーリヤって呼んでくれて構わないから。」
「え!?で、ですが…、」
「駄目、かしら?私、この国に来てから、心を許せるお友達がいなくて…、正直ね。あなたに近付いたのもあなたといいお友達になりたいなと思ったからなの。私にそう思われるのは迷惑かしら?」
ジッとハシバミ色の目が不安そうに揺れ、うるうると涙目になっている。
王族らしい気品と堂々とした佇まい、自信に満ちたオーラを纏ったアーリヤ様がこんな表情をなさるなんんて…。リスティーナは同性なのに、胸がキュン、とした。
アーリヤ様にここまで言われたら、断れるわけない。王族の方は華やかに見えるけど、その反面、孤独も抱えているのかもしれない。リスティーナはゆっくりと頷いた。
「わ、私でよければ…、」
「まあ!嬉しい!ありがとう!リスティーナ!」
アーリヤはぱあ、と顔を輝かせ、リスティーナに抱き着いた。
「え!?あ、アーリヤ様!?」
「あら、ごめんなさい。私ったらつい…。」
ギョッとして、顔を赤くするリスティーナにアーリヤはすぐに身体を離した。
「私ったら、パレフィエ国にいた時の癖が抜けなくて…、私の国ではこれが挨拶みたいなものだったから。」
「そ、そうなんですね。大丈夫です。ちょっと、びっくりしただけですので…。」
国の文化や価値観、風習が違うのは仕方がない。リスティーナはそう納得した。
アーリヤがクスッと微笑んだ。背筋がゾクッとした。…?何?今の…?今、一瞬だけ悪寒が走ったような…。
リスティーナがそう戸惑っていると、
「ねえ、リスティーナ。良かったら、あなたのことお兄様に紹介したいわ。私の友達として。」
「え…。」
ラシード殿下に!?幾らアーリヤ様の兄とはいえ、相手は勇者…。できれば、関わりたくない。
もし、失態を犯したらと思うと…。リスティーナはギュッと手を握り締めた。
それに、勇者様に関われば周りの女性達にどんな目に遭わされるか…。
社交界で女性達に人気のある男性に近付けば、どんな目に遭わされるかは想像がつく。
例え、こちらから近づいていなかったとしても、だ。あの人達は容赦がない。嫉妬に狂った女性達は何をするか分からないのだから…。
「あ、あの…、私…、」
何とか断ろうとするリスティーナだったが…、不意にきゃあ!と黄色い声を上げる女性達の声に掻き消されてしまった。
「あら、噂をすれば…、お兄様がいらっしゃったみたいね。」
アーリヤの言葉にリスティーナは思わずアーリヤの視線の先を見つめる。
そこには、アーリヤ様と同じ深紅の髪にハシバミ色の目、褐色の肌をした男性がいた。
「!」
リスティーナはその男性を見て、目を見開いた。
背が高く、がっしりとした体格、彫りが深く、精悍な容姿…。
タイプは違うが、エルヴィン殿下やヴィルフリート殿下と並ぶ程の美形だ。
令嬢や貴婦人はうっとりと見惚れている。
が、リスティーナはみるみるうちに顔色を悪くした。あの人…!北の森で出会った男の人だ!
リスティーナは一目見て、すぐに気づいた。あの時は、旅装束の格好をしていたけれど、今は夜会用の赤い正装服を着ている。その風格は王族らしい威厳に満ち溢れていて、堂々としている。
服装や雰囲気は変わっていても、あのハシバミ色の目を見ればすぐに同一人物だと分かる。
獰猛な鷹のような鋭い眼差し…。あの目は一度見たら、忘れられない。
リスティーナはダラダラと冷や汗を流した。
ど、どうしよう!まさか、あの方がラシード殿下だったなんて…!
と、とにかく隠れないと…!リスティーナは慌てて目を伏せ、ラシード殿下に気付かれないようにそー、とその場を立ち去ろうとしたが…、
「さあ、リスティーナ。こっちへ。お兄様を紹介するわ。」
「ええ!?ちょ、ま、待って下さい!」
しかし、逃亡はあえなく失敗した。アーリヤはリスティーナの手首を掴むと、そのままリスティーナを引っ張るようにして、ラシードの元へ上機嫌に向かった。
リスティーナは必死に抵抗するが、アーリヤは女性なのに意外と力が強く、振り解けない。
しかも、アーリヤとリスティーナでは身長差があり、圧倒的にリスティーナが不利だった。
そのまま抵抗空しく、リスティーナはラシードの元へと連れて行かれてしまう。
「お兄様。」
「アーリヤじゃないか。久しぶりだな。」
女性に囲まれていたラシードだったが、アーリヤが近付くと、女性達は自然と道を空けていく。
アーリヤはすんなりとラシードの前に辿り着いた。リスティーナはせめてもの抵抗といわんばかりにできるだけ下を向いていた。
ま、まずい…!こ、このままだとあの時、北の森で会ったのが私だとバレる…!
後宮にいる側室が王宮の外にいたなんて知られたら大問題だ。
私が罰せられるのはいい。でも、私のせいでルーファス様が罰せられたらどうしよう…!
リスティーナはカタカタと身体が震え、頭が混乱した。
「ん?その隣にいる女は誰だ?」
「紹介するわ。お兄様。彼女は私と同じルーファス殿下の側室で私のお友達よ。彼女も私と同じ一国の姫君なの。メイネシア国の第四王女、リスティーナ様よ。」
アーリヤはリスティーナの腕を組み、親し気な雰囲気を醸し出した。周囲の女性達は一斉にリスティーナを睨みつける。
「あの女…!アーリヤ様に取り入るだなんて小賢しい真似を…!」
「何て意地汚い女なの!これだから、下賤な血を引く女は…!」
「王族の側室でありながら、他の男に色目を使うだなんて…!」
し、視線が痛い…!リスティーナは否定したかった。ものすごく否定したかった。
こんな状況、望んでもないし、取り入ったつもりもない!と。…言った所で逆効果なのは分かっているけど。リスティーナはもう今すぐこの場から逃げ出したくなった。でも、できない。
アーリヤに紹介された以上、リスティーナは挨拶をするしかない。リスティーナは覚悟を決めて、最上級のカーテシーをした。
「…お目にかかれて、光栄です。炎の勇者であり、パレフィエ国の王太子殿下。ご紹介に預かりました。ルーファス殿下の側室のリスティーナと申します。王太子殿下の妹君、アーリヤ様には日頃からお世話になって…、」
リスティーナは長々と形式的な挨拶を終えて、目を伏せたまま面を上げない。これが目上の人間に対する敬意だ。…失敗は許されない。礼を失さないようにしないと…。
「顔を上げろ。」
許しが出たのでリスティーナはゆっくりと顔を上げた。鷹のような鋭い目と視線が合った。
思わず、ビクッとする。震えそうになる手を何とか堪える。ラシードはジッとリスティーナを見下ろす。
彼の目は何を考えているのか真意が読めない。だからこそ、怖い。リスティーナは怯えながらも目を逸らすことはしなかった。すると、ラシードはフッと口角を上げ、笑った。
「へえ。あんたがリスティーナ姫か。初めまして。俺はラシード・ド・パレフィエ。会えて嬉しいぞ。妹と仲良くしてくれて兄として、礼を言いたいと思ってたんだ。…アーリヤと仲良くしてくれて感謝する。これからも、仲良くしてやってくれ。」
「は、はい!勿論でございます!」
き、気付いていない…?
リスティーナはラシードの初対面の人を対応したかのような反応にホッとした。
な、何だ。そっか…。よく考えれば、私はあの時、汚れて、ボロボロの格好をしていたし、同一人物だと気づかなかったんだ。
それに、私とラシード殿下はたった一度会ったばかりだ。
きっと、私の顔なんて、覚えていなかったのね。
今の私はドレスを着てるし、あの時のみすぼらしい姿とは別人だし‥。
良かった!なんとか気付かれずにすみそう。
リスティーナは内心、胸を撫で下ろした。
0
お気に入りに追加
282
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~
扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。
公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。
はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。
しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。
拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。
▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ
【R18 】後宮で新しいお妃様の付き人になったけど秘め事が刺激的すぎる
蒼月 ののか
恋愛
日本の南東の海上にある、神秘の国。日本で生まれ育ったわたしは、母親の出身地である、この国で、コネを頼って皇太子の侍女となった。
新しく後宮入りした皇太子妃の、お付きの侍女になって間もなく、神秘の国と言われる驚きの理由を知ることになる。
だけど、ある夜聞こえてきた皇太子と妃の秘め事は、そんな国の秘密ですらどうでも良くなるくらいに、わたしの心を、かき乱し……。
最初は年の差のつもりで書いていたのですが、諸般の事情で年の差要素を無くすことにしたので、「年の差」タグは削除しました。
初めて小説投稿サイトに作品を載せます。楽しんでいただけると嬉しいです。
※連載中の「変態皇帝の後宮から救い出されて、皇太子の寵妃になりました〜羅神国物語〜」とは世界観等を同一にしておりますが、年齢設定やシチュエーションが異なる別のお話です。
そちらをファンタジー小説大賞に応募しておりますので、応援頂けると、とても嬉しいです!
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃
紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。
【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる