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第三章 立志編

祝賀会

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「ルーファス様。見て下さい。庭にガーベラの花がたくさん咲いてたんです。」

リスティーナは自分が摘んできた花をルーファスに見せた。
赤やピンクに黄色やオレンジといった色とりどりのガーベラの花…。
ルーファスはじっとリスティーナを見て、口元を緩めると、

「…綺麗だな。」

「はい!」

リスティーナはニコッと笑った。ガーベラではなく、何故かこちらを見ていた気がするが、花の事を言っているんだよね?ルーファスの態度に内心、首を傾げながらもリスティーナは心の中でそう納得した。

「俺の為にわざわざ摘んできてくれたのか?」

「はい。せめて庭の花だけでも見たら、少しでも元気になれるかもしれないと思って…、」

ルーファスは回復したとはいえ、まだ病み上がりの身。医者からは絶対安静といわれている。
ずっと部屋にいては気分が滅入ってしまうだろうから、綺麗な花を見れば、ルーファス様の気分も少しは明るくなるのではないかと思ったのだ。
ルーファス様が元気になったら、一緒に庭を散歩したいな。リスティーナはそんな願いを抱いた。

「そうか。…ありがとう。」

ルーファスはそう言って、リスティーナが持っているガーベラの花を一輪手に取ると、それを髪に挿してくれた。

「よく似合っている。」

ルーファスに褒められ、リスティーナはポッと頬を赤く染めた。思わず赤くなった頬を花束で隠す。

「あ、ありがとうございます…。」

リスティーナは照れながら、お礼を言った。そっと髪に飾られたガーベラに触れる。…嬉しい。
リスティーナは花を生けるために花瓶を探した。花瓶の中に水を入れ、茎で鋏を切って、花を生ける。

「君は花が好きなんだな。」

「はい。私、昔から、花が好きなんです。綺麗ですし、見ているだけで癒されますから。」

宝石やドレスよりも生花の方がリスティーナは好きだった。

「何の花が一番好きなんだ?」

一番好きな花…。どの花も綺麗で好きだけど、どれか一つを選ぶとするのなら…、

「私は…、ミモザの花が一番好きです。」

「ミモザか…。春の花だな。」

「はい。あの黄色い花を見ると、春が来たのだなと実感します。それに、鮮やかでとっても綺麗で…。」

リスティーナが楽しそうに話すのをルーファスは黙って聞いてくれる。
ルーファスにハーブティーを淹れ、リスティーナはそういえば…、と先程の事を話した。

「そういえば、さっき王宮の侍女達が祝賀会について話しているのを偶然、耳にしました。今年の祝賀会は勇者様が来られるそうですね。」

「ああ。もう、そんな時期か。」

ルーファスはリスティーナが淹れてくれたハーブティーを口にして、そう呟いた。

「勇者様の話題で侍女達がとても盛り上がってました。勇者様って本当に凄い人気なんですね。」

「勇者は王族や貴族よりも地位が高く、誰よりも尊ばれる存在だからな。世の女が勇者に憧れるのも当然だろう。」

ルーファスはふと、リスティーナに目を向ける。

「君も…、その…、勇者に憧れていたりするのか?」

少しだけ不安そうな目をするルーファスにリスティーナはキョトンとした。
私が勇者様に憧れる?

「ま、まさか!勇者様の魔法はどんなものなんだろうって興味はありますけど、憧れるだなんて、そんな…。そもそも、王族よりも地位の高い勇者様にそのような感情を抱くなんて、恐れ多い事です。」

「…そうか。」

ルーファスはホッとしたように表情を和らげた。もしかして、ルーファス様は私があの侍女達と同じように勇者様に憧れていると思ったのかな?
そんな事、ある訳ないのに。私は恋をしたのもルーファス様が初めてなのだから。
ルーファス様以外の男性なんて考えたこともない。それなのに、あんなに不安な目をするだんて…。
少しだけ自惚れてもいいのかな?それだけ、私の事を想ってくれているって…。
リスティーナは胸の中にじんわりと温かいものが広がった。

「そういえば、祝賀会にはあのラシードも来るんだったな。」

ラシード殿下。リスティーナはドキッとした。
ルーファス様からローザ様を奪ったというパレフィエ国の王太子。
会ったことはないが、そういう背景があるせいか、リスティーナはあまりラシード殿下に対して、いい感情を抱いていない。幾ら勇者様だからといって、他人の婚約者を横取りするなんて…。

「ルーファス様はラシード殿下以外の勇者様と面識はあるのですか?」

「いや。俺はラシードしか会ったことがない。ほとんど人前には出なかったし、勇者と会う機会もなかったからな。」

そうだった。ルーファス様はずっと呪いで苦しんでいたから…。
ラシード殿下が来るという事は…、ローザ様もいらっしゃるのかな?

「あの…、ルーファス様。不躾な事を聞いてしまってすみません。…その、今回の祝賀会にはローザ様も出席なさるのですか?」

ローゼンハイムの祝賀会という一大イベントの式典なら、巫女であるローザ様も招かれている筈…。

「いや。ローザは参加しないらしい。」

「あ…、そ、そうですか。」

リスティーナは内心、がっかりした。
何だ…。残念。祝賀会にローザ様が参加するというのなら、接触できる機会があったかもしれないのに…。

「まあ、どのみち、俺は祝賀会に参加はしないからな。」

ルーファスは体調が回復するまでは夜会も控えるように医者から言われている。
だから、祝賀会には参加しないのだそうだ。そもそも、参加するつもりもなかったらしい。

「君はどうする?祝賀会には参加するのか?」

「あ…、いえ。私は…、」

ルーファス様が参加しないのなら、私も参加しない。そう考えていた。
けれど、リスティーナはふと、ある疑問を抱いた。

「あの…、ルーファス様。祝賀会には聖女様もいらっしゃるのでしょうか?」

勇者が参加するのなら、同じく大精霊の加護を受けた聖女も招待されているかもしれない。

「ああ。教会の代表として、聖女も祝賀会には出席するのだそうだ。」

「!」

聖女様が祝賀会に来られる?…ひょっとしたら、お話しできるチャンスが作れるかもしれない。
ローザ様が駄目なら、聖女様にお願いするしかない。
ルーファス様は呪いの件で聖女様に協力を依頼しても教会の上層部に断られていたと話していた。
それなら…、直接本人に直訴するのはどうだろう?
教会を介しての依頼が無理なら、聖女様本人に頼めば引き受けてくれるかもしれない。
ルカは聖女様は性格に難があるから、無理だと言っていたが試してみる価値は十分にある。
人の命がかかっているのだ。誠心誠意を尽くして、話せば分かってくれるかもしれない。
光魔法に呪いを解く力があるかどうかは分からない。
それでも、可能性があるのなら少しでもそれに賭けたい。光魔法の使い手である聖女様ならルーファス様の呪いを解けるかもしれない。そうと決まれば、私の取るべき道は決まっている。

元々、リスティーナは祝賀会の夜会には参加するつもりはなかった。
ミラ達には祝賀会の夜会は盛大だから参加してはどうですか?と勧められたがリスティーナは断った。
ミラ達には勿体ないと言われたが夜会が苦手だと言うリスティーナにそれ以上、何も言う事はなかった。

メイネシアの夜会もこの国で初めて参加した夜会もいい思い出のある夜会など一つもない。
何より、夜会に参加したところで貴族達から蔑んだ目で見られ、陰口を叩かれるのは分かっている。
わざわざ冷たい視線と言葉を浴びせられるのが分かっていて、参加する程、リスティーナの心は強くない。辛い思いをしてまで、夜会に出たくなかった。

でも…、聖女様に会うためには夜会に参加しないといけない。
そこで聖女様に接触して、何とか話をする機会を作らないと…!
リスティーナはグッ、と手を握り締めた。

「あ、あの…、ルーファス様。私…、祝賀会の夜会に参加したいです。私でも、参加できるでしょうか?」

リスティーナの言葉に少し意外そうな表情をするルーファスだったがすぐに頷き、

「勿論だ。君が参加したいなら、参加するといい。」

「ありがとうございます!…すみません。ルーファス様は体調が悪くて夜会に参加できない状態だというのに…。」

本当は夜会なんて行かずにルーファス様の傍にいたい。看病がしたい。でも、それはできない。これを逃したら、もう機会がないのだから。リスティーナは寂しさと罪悪感で一杯になった。

「いいんだ。君はいつも、俺の為によくしてくれている。たまには、息抜きをしてくるといい。」

そう言って、嫌な顔一つせずにルーファスは穏やかな表情でそう言ってくれる。
やっぱり、彼は優しい…。
そんな彼の優しさを利用するみたいで胸が痛い。
ごめんなさい。ルーファス様…。
リスティーナは心の中で謝る。
こんな機会はもうないかもしれない。絶対に聖女様を説得しないと…!




「グッ…!」

「そこまで!勝者はラシード殿下!」

剣が弾き飛ばされる音と地面に剣が落ちたと同時に審判の声が上がった。
きゃあああ!と女性の黄色い声が響き渡る。

『ラシード殿下ー!』

訓練場に見学に来た女性達は試合に勝った男…、ラシードに歓声を上げた。
そんな女性達に異国の王太子、ラシードは口角を吊り上げ、笑った。その魅力的な微笑みに何人かの女性はきゃあ!と声を上げ、失神した。

「ラシード殿下!よ、よろしければ、こちらを…、」

「ああ。ありがとう。」

女騎士が頬を赤くして、ラシードにタオルを手渡す。ラシードはそんな騎士に微笑みかけ、タオルを受け取った。

「クッ…!」

悔しそうに顔を歪めながらも、自分の手を押さえる男はダグラス王子だった。
ローゼンハイムの第一王子でありながらも、軍に所属しているダグラスは自慢の剣で負けたことが悔しいのか屈辱的な表情を浮かべた。
そんなダグラスにラシードは然して、興味もなさそうに一瞥する。
見学している女性達に目をやる。こっちを見たわ!と騒ぐ女達の中には金髪緑眼の女も何人かいる。
だが…、違う。この中には、ラシードが探しているあの女はいない。

アーリヤから貰ったリストと照らし合わせてみたが、当て嵌まる女は一人もいなかった。
おかしい。ローゼンハイムに嫁いでから人脈を広げ、顔が広いアーリヤに限って、見落とす筈がない。
アーリヤは本当に貴族の女なのかと言い、平民の女なのではないかと指摘したが‥。

ラシードはそうは思わない。
あの女の服装は一見、平民のように小汚く見えたが立ち振る舞いに品があったし、言葉遣いも丁寧だった。
持っている装飾品も高価な物だ。明らかに平民の出じゃない。あれは、貴族の女だ。
もしかしたら、高位貴族の女かもしれない。そう思ったのだが…、それらしい女が一人もでてこなかった。
すぐに見つかると思ったのに手がかり一つ見つけられないとは…。

まさか、あの女、他国の人間か?もしかしたら、祝賀会に招待された外国の貴族なのかもしれない。
だとしたら、夜会であの女に会えるかもな。
そう考えたラシードは愉し気な笑みを浮かべた。
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