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第二章 相思相愛編

変化

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リスティーナが逃げた姿を見ても、褐色の肌の男は追う事はしなかった。

「ハハッ!天敵に追われる兎みてえだ。」

 男は面白そうに笑い、リスティーナの後姿を見えなくなるまで眺めた。

「あーあ。逃げちまった。結構、いい女だったのになあ。ま、いいか。女に無理強いするのは趣味じゃないし。」

 褐色の肌の男はそう呟き、踵を返そうとした。すると、何かが地面に落ちていた。
それは、紫色の肩掛けだった。あの女の物か?肩掛けには太陽をモチーフにした刺繍が施され、その周りが花の刺繍で彩られている。よくできた刺繍だ。よく後宮の女達から刺繍がされたハンカチやらを貰うがここまで美しく刺繍できる女はいなかった。

「ん…?この、模様…。」

 じっとショールに施された刺繍を見つめる。この、太陽を彷彿とさせる刺繍は…。

「あの女…。」

 男はリスティーナが去った方向を見ながらぽつりと呟いた。これがあの女の物だとしたら…、男はフッと笑みを浮かべた。

「やっぱり、逃がさずに捕まえておくべきだったな。まあ…、いいか。」

 男は意味深に呟くと、肩掛けを持ったままその場を立ち去った。次に、あの女に会う時が楽しみだ。
そう言って男は口角を上げてククッと喉を鳴らして笑った。





北の森から後宮へ戻ったリスティーナは部屋に駆け込んだ。

「姫様!ご無事で…!」

リスティーナの姿にスザンヌは安堵した。無事を喜ぶスザンヌにリスティーナは焦ったように叫んだ。

「スザンヌ!水を汲んできて頂戴!できるだけ清潔な水を!」

「は、はい!」

リスティーナの切羽詰まった様子にスザンヌは慌てて部屋を飛び出した。リスティーナは手を洗い、採取した黄金の花を取り出すと、下洗いをした。茎と根っこの部分を切り取る。
そして、部屋の壁にかけていた魔除け用のヤドリギの枝を手に取った。

「姫様!こちら、お水です!」

「ありがとう。」

リスティーナはそのヤドリギの枝に水をつける。そして、上下、左右に木の枝を振った。そして、リスティーナはそっと手を組んで祈りを捧げた。

「どうか…、」

どうか…、ルーファス様の命が助かりますように…。彼の苦しみが取り去られますように…。そう心の中で必死に祈った。
乳母のニーナに教えてもらったので薬の作り方は知っている。薬を作るといってもやり方は簡単で、水に黄金の花を浸すだけだ。後は花の液体が抽出されるのを待つだけ。
リスティーナは黄金の花をゆっくりと水に浸した。透明の水が金色の光を帯びていく。
母から教えてもらったおまじないもした。
きっと、大丈夫…。
これで、ルーファス様を助けられる筈!
リスティーナは黄金の水を持って、急いでルカが待っている場所に向かった。

「ルカ!お待たせ!」

「リスティーナ様!もしかして、それが…?」

「ええ!黄金の花で作った水薬よ。これを早くルーファス様に飲ませないと!」

「じゃあ、今から僕が転移魔法をかけますので目を瞑って下さい。それ、落とさないようにしてくださいね!」

あらかじめ魔法陣を描いて転移魔法をする準備していたルカがリスティーナを魔法陣の上に立たせた。
リスティーナは目を閉じた。温かい光に包まれるような感覚がしたと思ったら、身体が浮遊するような感覚に襲われる。次に目を開けた時は、ルーファスの部屋に立っていた。

「ルカ!?リスティーナ様も!?」

部屋にいたロジャーとリリアナが驚いたように振り返った。

「ど、どうしたのです?その格好は…、それに、ルカも。一体今までどこに…、」

「これをとりにいっていたんです!」

リスティーナが持っている器の中に黄金の花が浮かんでいるのを見て、ロジャーが驚愕した。

「これは…!黄金の花!?ど、どうやって、これを…?」

「北の森からとってきました。」

「北の森!?」

「り、リスティーナ様がですか?」

「私だけじゃないわ。ルカも一緒にいてくれたので無事に帰って来ることができたんです。」

「えーと…、まあ…、何と言うか…。」

ルカは気まずそうに視線を泳がした。最後はリスティーナ一人に黄金の花を取りに行かせてしまったので罪悪感があったからだ。

「この花には病気や怪我だけでなく、毒を無効化にする効果があります!これを飲めばルーファス様はきっと助かります!」

「それで、わざわざ北の森へ?リスティーナ様…。何とお礼を申し上げればいいか…、」

ロジャーはリスティーナが見せた黄金の花を見て、驚きながらも深く感謝した。目には、うっすらと涙が浮かんでいる。

「いいのです。私がしたくて勝手にやったことですから。それより、早くルーファス様に薬を…!」

リスティーナは急いでルーファスが眠る寝台に行き、ベッドの横の卓上に置かれたグラスを手に取ると、黄金の水を注いだ。

「ルーファス様!しっかりしてください!さあ、こちらをお飲みください。」

そう言って、ルーファスの口にグラスを当てて、傾けて、飲まようとする。
が、もう飲む力がないのか口元が垂れてしまい、服が濡れてしまった。
リスティーナはすぐにグラスに口をつけ、黄金の水を口の中に含んだ。そのままルーファスに口づけて、口移しで飲ませていく。

お願い…。飲んで…。
口の中に入った水をルーファスは反射的にゴクッと飲み込んだ。
リスティーナは安堵した。そして、さっきと同じようにもう一度、ルーファスに口移しで水を飲ませた。

「う…。」

一杯分の水を飲み干したルーファスの身体はすぐに変化が起こった。
呼吸が安定し、顔色が少しずつ良くなっていった。苦しそうにしていた顔は段々と穏やかな寝顔へと変わっていった。咳と血も止まったように見える。ロジャーが驚きつつも、ルーファスの脈を取った。

「信じられません…。さっきまであんなにも脈が弱かったのに、今は安定している。」

薬が効いたんだ!さすが、魔法の花。こんなにもすぐに効果が現れるなんて!
リスティーナは思わずルーファスの手を握り締めた。

「ルーファス様…!良かった!」

リスティーナは涙を流して喜んだ。

「リスティーナ様…。本当にありがとうございます。殿下もきっと、喜びます。」

ロジャーの言葉にリスティーナは嗚咽を堪えるように口元を押さえ、コクコクと頷いた。
良かった…!本当に良かった…!
リスティーナは彼の心臓に手を置いた。
ちゃんと動いている。
リスティーナは彼の寝顔を見ながら、微笑んで手を握り締めた。
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