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第二章 相思相愛編
黒い紋様の正体
しおりを挟む「ねえ、あの噂聞いた?鼠が大量発生したのって、王族や貴族達が狐を狩りすぎたのが原因なんですって。」
「聞いた。聞いた。それで、幾つかの村で反乱が起こっているって話よ。」
「鼠の大量発生の話が出た頃に王家主催の狐狩りを開いたのはまずかったわよね。」
メイネシア国の王宮内で使用人達が口々に囁き合っていた。
今、メイネシア国は荒れていた。各地で反乱が起き、王も重臣もその対策に追われているのだ。
そのせいか、最近の王城内はピリピリと張り詰めた空気が漂っている。
エルザが広めた噂は思った以上に効果が出たようだ。エルザはほくそ笑んだ。
鼠の大量発生はあくまでもきっかけに過ぎない。民衆はずっと我慢していたのだ。
重税を課せられ、民はいつも貧しい暮らしを強いられていた。それなのに、王族や貴族は夜会や茶会を開き、湯水の如く民の血税で贅沢をする毎日…。
民の不満はずっと蓄積されていた。鼠が大量に発生した原因が王族と貴族にあるのだという噂が民の間で広まった所でもう我慢の限界に達したのだろう。次々と反乱が各地で発生した。
経済的に苦しくなった王家は以前のように贅沢をしなくなった。さすがにこれ以上、散財したらまずいとあの愚王も気付いたのだろう。
レノアは暫く、ドレスや宝石を買うのを禁じられてしまい、毎日苛ついている。
ヒステリックに叫ぶレノアをエルザは表面上は優しく宥めながらも、内心高笑いしたい気分だった。
大好きな贅沢ができなくて、さぞや苦しいだろう。ざまあみろ。
エルザは忘れていない。この女が今までリスティーナに何をしてきたのか…。全部、覚えている。
リスティーナの食事に虫の死骸を入れたことも。
取り巻きの女にリスティーナの髪を切らしたりしたことも。
無理矢理お茶会に参加させ、レノアが着なくなった古いドレスを着たリスティーナを散々、笑い者にしたことも。腐ったお菓子を無理矢理食べさせたことも…。
余興と称して、嫌がるリスティーナの口の中に無理矢理、鼠や蜥蜴を押し込めたことも…。
そのせいで嘔吐したリスティーナを使用人達と一緒に嘲笑っていたことも…。
レノアがリスティーナにしたことを挙げればキリがない。エルザは全て覚えている。絶対に忘れるものか。
リスティーナは気付いていないが、レノアはリスティーナの美貌に嫉妬していた。
古いドレスを着せても、着飾らなくても、リスティーナの美しさは隠し切れない。
レノアの婚約者候補の男ですらも、リスティーナの美しさに目を奪われていた。
だから、レノアはずっとリスティーナを妬み、敵意を向けていた。
リスティーナは王女とはいえ、平民の血を引く側室の子という理由から他の貴族から軽んじられていた。
それに、王妃とレノアの目もあったから、あからさまに言い寄る男はいなかった。
でも、リスティーナの美しさは男達の劣情を誘った。
側室の子。しかも平民の血を引いた女だから、手を出しても問題ない。
そう考える下衆な男達が多かった。
王妃や王女達に虐げられてきたのだから少し優しくすればすぐに落とせると陰で笑いながら話し、誰がリスティーナを落とせるか賭け事までする貴族達もいた。
が、リスティーナは警戒心が強く、上辺だけ優しくしてきた男が近付いてきても心を許すことはなかった。一見、大人しくて御しやすいと舐められやすい見た目のリスティーナだが、長年虐げられ続けたせいか他人をあまり信用しないのだ。
身体を許そうとしないリスティーナに焦れた貴族の何人かが暗がりに連れ込んで無理矢理事に及ぼうとしたが、そいつらは全員、エルザが魔法で撃退した。
時には、近衛騎士を使って事前に防いだこともある。
やっぱり、騎士達に愛想良くして正解だった。彼らはエルザが助けを求めればすぐに駆けつけてくれた。
最後の一線を越えなかったとはいえ、エルザはリスティーナを襲った男達を許すつもりはなかった。
だから、エルザはそいつらに男の機能を駄目にする薬を盛ってやった。
風の噂で聞いたが、そいつらは家を継ぐことができず、子供も作れないから結婚もできないらしい。
ざまあみろ。ティナ様に手を出した報いだ。エルザは心底、そう思った。
やっぱり、薬草や毒薬の知識は役に立つ。材料さえ揃えば自分で調合することができるのだから。
裏ルートを使えば、毒薬や劇薬を買ったりすることはできるが、そうすると足がつく可能性がある。
でも、自分で調合すればその心配はない。万が一、エルザがやったことを知られれば、ティナ様の立場がまずくなる。だから、エルザはいつも慎重に用心深く行動した。
エルザが魔法だけでなく、薬の知識も身に着けたのは全てティナ様の為だ。
あの屑な国王や性悪王女に毒を盛ってやるのもいいがそれじゃあ駄目だ。あいつらにはもっともっと苦しんでもらわないと。毒であっさり死ぬなんて許さない。
パタン、と扉を閉めて、エルザは自分の部屋に戻ると、机の上に置いてある白い包装紙に目を注いだ。
「スザンヌはこの茶葉を調べる様にって言っていたけど…、何でまたこんな物を…?」
これがスザンヌ個人の頼みなら、エルザは間違いなく、断っていた。
当然だ。エルザは今、忙しいのだ。一日でも早くティナ様を迎えに行くためにもやることはたくさんあるのだから。今のエルザにそんな暇はない。
だから、最初は断ろうとしたのだが、スザンヌから「姫様から頼まれた事なのだけど…、」と言った瞬間、任せて!と速攻で引き受けた。
その時のスザンヌの視線が呆れを含んだものだったがエルザはそんな視線に気付かなかった。
エルザは移動魔法ですぐに例の茶葉をスザンヌから受け取った。
エルザはカサ、と包装紙に包まれた物を開いた。中身は一見、普通の茶葉だった。
スザンヌはこの茶葉の成分を調べるようにいっていた。エルザはそれを一摘みして、匂いを嗅いだ。
「!この、匂い…。」
エルザは目を見開いた。
どういうこと?何でこんな物がティナ様の元にあるの?
一体、ローゼンハイムで何が起きているの?まさか、ティナ様の身に何か…、エルザは嫌な予感がした。
「はあー。」
やっぱり、どこにも呪いを解く方法何て書いてない…。
リスティーナは本を閉じると、ガックリと項垂れた。
やっぱり、聖女か巫女の力を借りるしか方法はないのかもしれない…。
リスティーナは読み終わった本を片付け、紙とペンを手に取った。
呪いに関する本はある程度、目を通したし、他にすることがないからルーティア文字の羅列を書いてみようと思ったのだ。
ルカにルーティア文字を教えると約束したし、できるだけ分かりやすく纏めて、それをルカにあげよう。
ルカはいつもルーファス様によく仕えてくれているし、数少ないルーファス様の味方なのだから…。
そう思いながら、リスティーナはルーティア文字を書き連ねていく。ふと、ペンを持つ手が止まった。
「あら?そういえば…、ルーファス様の黒い紋様ってルーティア文字によく似ているような…?」
リスティーナはずっと彼の黒い紋様はどこかで見たことがあると思っていた。今、その理由が分かった気がする。あれはルーティア文字だったんだ。だから、見覚えがあったんだ。
早速、今夜にでも、ルーファス様にお伝えしないと…。もし、本当にあの顔に刻まれた紋様がルーティア文字だったとしたら、私でも解読できるかもしれない。
「俺の顔に刻まれた黒い紋様がルーティア文字かもしれない?」
「はい!恐らくは。もし、本当にその黒い紋様がルーティア文字だったら、私でも解読できるかもしれません。ですから、一度傷痕を見せて頂いてもいいでしょうか?」
「別に構わないが…。」
「ありがとうございます!」
仮面を外し、手袋を外したルーファスの黒い紋様をじっと見ていく。
「どうだ?やはり、これは、ルーティア文字か?」
「はい。間違いありません。」
やっぱり、この黒い紋様はルーティア文字だった。
確かにルーティア文字の特徴と一致している。どうして、今まで気付かなかったのだろう。
でも、ここで問題が発生した。彼の黒い紋様はどす黒く染まっていて、解読不可能な部分が多い。それに、薄くてよく見えない文字もある。
「でも…、所々が滲んでて…、よく読めなくて…、」
これだと解読は難しい。
「古き、時代…?霊…。この、者…、ばれし者…?」
どうにか解読できる文字を繋ぎ合わせていく。駄目だ…。全然読めない…。肝心の所が解読不能で所々しか解読できなかった。とりあえず解読できた部分をメモに残してみたが、読み返しても全然意味が分からなかった。
「すみません…。ルーファス様…。これ以上は、解読ができなくて…、」
「謝らなくていい。君が俺の為に一生懸命やってくれるだけで十分だ。」
「ルーファス様…。」
責めることなく、私を労ってくれるルーファス様にリスティーナは胸が苦しくなった。
「それより…、リスティーナ。俺は君と別の話がしたいんだが…、」
「別の話?」
何だろう?と不思議そうにルーファスを見上げる。
「君が嫌でなければ…、メイネシア国にいた頃の話を聞かせてくれないか?」
「え、私の故郷の…?」
「君にとって、母国にいい思い出はないのかもしれない。もし、思い出すのが辛いというのなら、話さなくていい。ただ…、俺は君の事を何も知らない。俺は君の好きな食べ物も飲み物も好きな色も何一つ知らない。」
それをいうなら、私だってそうだ。私はまだルーファス様の過去の一部しか知らない。
彼の好きな物は何も知らないのだから…。
「だから、君を少しでも知りたいと思った。この国に来る前の君が何をしていたのかが気になったんだ。」
ルーファス様は…、私を知りたいと思ってくれているんだ。リスティーナはそれがすごく嬉しかった。
「はい!勿論です!私は全然大丈夫ですよ。それに、全部が辛くて、苦しい思い出ばかりじゃないんです。メイネシアでは楽しい思い出もありました。」
リスティーナはルーファスに楽しかった思い出を語った。
王妃や側室、レノア達に虐められていたことは伏せて、楽しかった思い出だけを話す。
乳母に連れられて、スザンヌとエルザ、アリアと一緒に城下町に行き、買い物をしたり、食べ歩きをしたこと。誕生日には乳母とエルザがケーキを作ってくれて、母と皆で食べたこと。
庭が寂しいので花壇を作り、花や植物を育てたりしたこと。
母や乳母達と一緒にピクニックに行った事。
エルザ達と一緒に夜中に王宮を抜け出し、森や古城に行ったりしたこと。それがバレて、乳母にこっ酷く叱られたこと。どれもいい思い出だ。
「それから、エルザの魔法で空を飛んだりして、星空散歩をしたこともありました。スザンヌは高い所が苦手なので参加してませんでしたけど…。その時の景色がすごく綺麗で…。すごく近くで星が見えたから、迫力があって…、」
あの頃は楽しかった。冷たい王宮という名の小さな鳥籠の中で生きるのは息苦しかったが、母とニーナ達が傍にいてくれたから耐えることができた。
外に出れば、壮絶な虐めがあったがその中でも小さな幸せがあった。
異母姉のレノアのように煌びやかなドレスを着たり、たくさんの宝石なんかなくてもいい。
華やかなお茶会や夜会に出れなくてもいい。リスティーナはこの小さな幸せがあればそれで十分だった。
母と乳母とエルザ達がずっと傍にいてくれればそれだけで…、良かったのに。
それなのに…、母は病で亡くなってしまった。あまりにも早すぎる死だった。
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