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第二章 相思相愛編

呼び捨て

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「ノエル。本の上に乗っちゃ駄目だって何度も言っているだろ。あ!こら!ったく…。逃げ足が速いんだから…。」

ルカはルーファスの部屋にいたノエルが本の上で毛繕いしているノエルを叱ろうとしたが、ノエルはすぐに逃げて行ってしまう。ルカは部屋を片付けながら、本に手を伸ばした。

「そういえば、この本、昨日から殿下が熱心に読んでいたな。あの人、いつも難しい本読むからなあ。一体、今度はどんな本を読んで…、」

ルーファスは基本的にベッドで寝たきりの生活を送っていたが体調が安定していた時は本を読んでいることが多い。しかも、読む本も外国語の本だったり、哲学や経済書、歴史書といったものばかり…。
今回はどんな本を読んでいるのかと興味本位で本のタイトルに目をやれば、

「『女性を喜ばせる上手な抱き方~入門編』?」

ルカは沈黙した。ルーファスが昨日読んでいた他の本も手当たり次第に確認する。
解剖書はまだマシな方だ。でも、よく見れば女性の身体が記載されている頁の所が折り曲げられている。
どこを読んでいたのかが丸わかりだ。たくさん線も引いているし、細かく何かを書き込んでいる形跡まである。
それ以外の本は全部性交に関する本ばかりだ。ご丁寧に図の解説書までついているものまである。
しかも、かなり際どい描写の。

あの人…、あんな真面目な顔して、こんなエロい本を読んでいたのか。

「ん?そういえば、昨日…、」

ルカはふと思い出した。昨日、ルーファスに変な事を聞かれたことを。
ルーファスは聞きたいことがあると言い、ルカに話しかけてきたのだ。そりゃ、もう真剣な表情で。
珍しいなと思いながら何ですか?と聞けば、唐突に女性経験はあるのかと質問されたのだ。

「は!?いきなり、何ですか!?そんなのある訳ないでしょう!僕は経験どころか、恋人もできたことありませんよ!」

「…そうか。」

それだけ言うと、ルーファスはくるり、と背を向けた。質問はそれだけだったらしい。
その背中は少しだけ落胆している様にも見えた。何だったんだ?とルカは疑問に思ったが仕事があったので特に気にしなかった。

「あー。成程…、」

ルカは何となく事情が分かった気がした。
リスティーナ様の所に行く前に事前学習していた訳か。いつもと変わらない無表情だったけど、内心は必死だったんだな。そう思うと、何だかおかしくて、ルカは笑ってしまった。






「そろそろ、侍女が起こしに来るな。」

そう言って、ルーファスはベッドから降りて、着替え始めた。

「あ、殿下…!着替えるのでしたら、どなたか、お呼びしましょうか?」

「いや。大丈夫だ。…この身体はあまり他人に見られたくないからな。着替え位、一人でもできるから気にするな。」

それなら、私がお手伝いを…、と言いかけるが手際よく着替えていくルーファスを見て、言葉を呑み込んだ。手伝う必要はないみたい。
ルーファス様は王族なのに身の回りの事は自分でできるのね。
貴族や王族の人達は自分で服を着たことがない人ばかりなのに…、凄いな。
自立していて、とても格好いい。

リスティーナも裸だったのでスザンヌが来る前に何か着ておこうと昨日の夜着に袖を通した。
ルーファスは仮面を着けて、手袋を装着した。あ…、残念。ルーファス様の素顔が隠れてしまった。

その時、扉を叩く音が聞こえた。スザンヌ達が起こしに来たのだ。

「ルーファス殿下、リスティーナ様。おはようございます。」

「お、おはよう。スザンヌ。」

スザンヌは以前ほど、怯えた表情を浮かべなくなった。ルーファスを前にしても落ち着いた表情をしている。後ろにいるミラ達は相変わらず、ビクビクと震えているが。

リスティーナはスザンヌ達に着替えを手伝って貰い、ルーファスと朝食を共にした。

「昨日、ロジャーと話しをしたいと言っていた件だが…、君はこの後、何か予定はあるのか?ないのなら、このまま俺と一緒に部屋に来るといい。」

「よろしいのですか?」

「ああ。」

「ありがとうございます。是非、ご一緒させてください。」

この後もルーファス様と一緒にいられるんだ。嬉しくて、リスティーナは口元が自然と緩んでしまう。
ルーファスはスープとサラダ、果物を食べて食事を終えた。
あれだけの量で大丈夫なのかしら?でも、普段あまり食べない人が無理に食べ過ぎると身体によくないらしいし…。
リスティーナはルーファスの食の細さが心配になった。ただでさえ、彼は身体が細い。
ちゃんと栄養が摂れているのだろうかと思ってしまう。

食事を終えたリスティーナにルーファスは手を差し出してくれる。
リスティーナはお礼を言って、彼の手を取り、部屋を出た。

「リスティーナ姫。」

「はい。何でしょう?」

不意に話しかけられ、リスティーナはルーファスに視線を向ける。

「その…、君の母親の形見のことなんだが…、あれは俺以外にも見た人間はいるのか?」

「?いえ。あれは、私が信頼している乳母と侍女にしか見せていません。男性では殿下が初めてです。母があまり他人に見せてはいけないと言っていたので…。」

これは、特別な人にだけ見せなさいと言われたことを思い出す。
何だか、それは恥ずかしくて彼に言えなかった。

「そうか。それならいい。今後も俺以外には見せないようにしてくれ。」

「はい。そのつもりですけど…、どうして突然、そのような事を?」

「…念のためだ。後宮には手癖の悪い使用人もいるから注意した方がいいと思ってな。」

「あ、そうなんですね。分かりました。気を付けます!」

リスティーナはルーファスの言葉に納得したように頷いた。

「……。」

そういえば、さっき、ルーファス様は私の事…、

「どうした?浮かない顔をしているが。」

「あ…、えっと…、」

リスティーナはギクッとした。言おうか迷ったが正直に白状することにした。

「あの…、昨日のように…、呼んでは下さらないのかと思って…、」

昨日、ルーファスはリスティーナの事を呼び捨てで呼んでくれた。
嬉しかった。彼との距離が一気に縮まった気がした。それなのに…、今はリスティーナ姫と敬称をつけて呼ばれた。それが何だか寂しかった。

「それは…、」

ルーファスは言葉に詰まった。

「俺も昨日は余裕がなかったから…、いや。すまない。こんなのはただの言い訳だな。馴れ馴れしく君の名を呼び捨てにして悪かった。次からは気を付けて、」

「違います!そうではないのです!私は…、殿下に呼び捨てにされて、嬉しかったです。」

ルーファスは目を瞠った。

「私は…、殿下にまた、リスティーナと呼んで頂きたいです。駄目…、でしょうか?」

おずおずと不安そうに見上げるリスティーナにルーファスは、数秒黙ったままだったが、

「リスティーナ。」

「ッ!」

彼は柔らかい表情を浮かべて、呼び捨てで呼んでくれた。
それだけで胸にじんわりと温かいものがこみ上げてくる。

「俺の事も…、名前で呼んでくれないか?」

「え…、よろしいのですか?私が殿下の名前を呼んでも…?」

ルーファスの言葉にリスティーナは目を見開いた。
ただの側室の私が…、馴れ馴れしく名前を呼んでもいいのだろうか?

「ああ。俺は…、リスティーナの名前を呼びたいし、俺の事も名前で呼んで欲しい。」

「っ、は、はい!それでは…、ルーファス様と呼ばせて頂きます。」

「ああ。」

リスティーナの言葉にルーファスは優しい目でリスティーナを見つめた。
ルーファス様に名前を呼び捨てで呼んでもらうようになったばかりか彼の名前を呼ぶことを許して貰えた。嬉しい…!
本当はずっと…、彼の事を名前で呼んでみたかった。でも、許可もなく、彼の名前を勝手に呼ぶことなんてできなかった。だから、リスティーナはずっと心の中で彼の名前を呼んでいた。
心の中で呼ぶことだけを許して欲しい。そう思っていたのに…、彼は私が名前を呼ぶことを許してくれた。
リスティーナはルーファスの手をキュッと握り返した。



「お待ちしていました。リスティーナ様。」

「ロジャー様。おはようございます。突然、お邪魔してしまい、すみません。」

「とんでもございません。」

ルーファスの部屋に入ると、ロジャーが温かく出迎えてくれた。
そこにノエルがにゃあ、と鳴きながら、トコトコと近付いてきた。

「あ、ノエル。」

リスティーナはしゃがみ込んで、ノエルの頭を撫でた。
愛らしく鳴く黒猫にリスティーナは微笑んでノエルを抱き上げた。
ソファーに腰掛け、膝の上にノエルを乗せながら、リスティーナはノエルを撫でた。

「ノエルはリスティーナ様に随分、懐いてますね。世話している僕の事は引っ掻く癖に。」

ルカが紅茶と茶菓子を用意しながらリスティーナに話しかけた。
そして、最後はジトッとした目をノエルに向ける。
ノエルはそんなルカに気付かず、リスティーナの膝の上で丸くなっている。

「リスティーナ様、紅茶は砂糖淹れますか?ミルクとレモンもありますよ。」

「ありがとう。それじゃあ、砂糖とミルクを…。」

ルカはリスティーナに砂糖とミルク入りの紅茶を淹れてくれた。

「リスティーナ様。殿下から、お話は聞いております。殿下の呪いを解くために協力して下さるとか…。
ありがとうございます。そのように言って下さった方はリスティーナ様が初めてです。」

「い、いえ!そんな…!頭を上げて下さい。私が好きで勝手にしている事ですから…!」

ロジャーに頭を下げられ、リスティーナは慌てた。

「ロジャー様も殿下の呪いを解くために一生懸命その方法を探してくれているのだと聞きました。それで、あの…、ロジャー様に色々と聞きたいことがありまして…、」

「はい。わたしで分かる事でしたら、何でも聞いて下さい。」

「ありがとうございます!」

「お礼を言うのはこちらの方ですよ。リスティーナ様のお蔭で殿下もやっと前向きになって下さって…。」

ロジャーはルーファスを見て、嬉しそうに言った。
ルーファスは少し気まずそうに視線を逸らした。
そうだった。昨日、ルーファス様と話した時、彼はいつ死んでもいいと言い、自暴自棄になっている様子だった。まるで生きていることをもう諦めているような…。
でも、その後でルーファス様は生きたいと言ってくれた。
きっと、それは彼にとって、とても大きな心の変化だったのだろう。
ルーファス様の生きたいという気持ちに報いる為にも頑張らないと!
リスティーナはグッと拳を握り締めた。

「光の聖女様の件ですが…、やはり、教会の上層部の者達が反対するので協力を得るのは難しいかと思います…。」

「そう、なんですか…。」

やっぱり、そうなんだ…。
ルーファス様からあらかじめ聞いていたとはいえ、もしかしたら…、と思っていたのに…。
ロジャーの言葉にリスティーナは落ち込んだ。
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