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第二章 相思相愛編

太陽のペンダントと刺繍

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眠れ 眠れ 眠れ
銀に輝くお月様がキラキラと輝いている 月の光の下で花が眠っている
薔薇の花に覆われて 揺り籠の中で お休み 我が子よ
庭も野も静まり返り、羊も小鳥も母の手に抱かれ 眠っている
森の木も静かにざわめいて、夢のようにささやく 眠れ、眠れ、眠れよ、我が子よ
空にはきらきらお星さま 星があなたを優しく見守っている
さあ お休み 愛しい我が子よ 明日の日の光を浴びるまで ゆっくりと眠りなさい
優しく、幸せな夢を 眠れ 眠れ 眠れ 愛し子よ

懐かしい声が聞こえる。これは…、母がよく私に歌って聴かせてくれた子守唄だ。
母がリスティーナの髪を撫でながら、子守唄を聴かせてくれる。
母の温もりを感じながらその歌を聴いていると、ウトウトと微睡んでしまう。

「お休み ティナ。」

母の温もりが離れていく。リスティーナはそこで目が覚めた。

そこは、いつものリスティーナの部屋だった。当たり前だが、母の姿はない。
リスティーナはベッド脇にある机の引き出しを開け、母の形見のペンダントを取り出した。
黄金色の太陽の形を模ったペンダント…。ペンダントを手に取り、それを眺めながらリスティーナは口元を綻ばせた。

ふと、隣を見れば、そこにはルーファスがいた。
穏やかな寝息を立てながら、眠るルーファスを見て、リスティーナは自分も彼も裸であることに気付き、慌てて、掛布団を手繰り寄せて、身体を隠す。

私…、昨日ルーファス様と…!
昨夜の情事を思い出してしまい、かああ、と顔を赤くした。
リスティーナは火照った頬を冷やすかのように頬に手を当てた。
知らなかった…。好きな人に抱かれると、こんなにも幸せな気持ちになれるんだ。
リスティーナはルーファスにそっと身を寄せた。
普段は仮面で顔を隠しているからこうやって間近で顔を見る機会はなかなかない。

じっとルーファスの顔を観察する。
改めて見てみると、ルーファス様は凄く顔が整っているような気がする。
ルーファス様は病弱で不眠症のせいかいつも顔色が悪く、目の下に隈がある。
それに加えて顔にある黒い傷痕のせいで一見、分かりにくいがよく見ると、肌は白いし、目鼻立ちは整っているし、唇も薄くて綺麗な形をしている。
この黒い紋様の痕がなかったら、かなり美形なのではないだろうか?

「ん…?」

リスティーナは彼の顔の刻まれた黒い紋様を見ている内にある事に気が付いた。
ルーファス様の顔に刻まれたこの黒い文字…、どこかで…?
リスティーナは思わずルーファスの顔に手を伸ばした。
リスティーナの手が触れると、ルーファスの瞼がピクッと震え、

「…?リス、ティーナ…?」

「ッ!?す、すみません!殿下!勝手に触れたりして…!」

目が覚めたルーファスを見て、リスティーナは焦り、慌てて謝った。

「いや。別にそれは構わないが…。」

ルーファスは肘をついて、リスティーナの顔を覗き込んだ。

「それより、君の方こそ、大丈夫か?その…、昨夜は君に無理をさせてしまったから…。」

目を逸らしながら、少し頬を赤らめてそう言うルーファスにリスティーナもつられて赤くなった。

「だ、大丈夫です!むしろ、殿下はとても丁寧に優しくして下さいましたから。それに、その…、き、気持ち良かったです…。」

リスティーナは赤くなった顔を隠すようにシーツで口元を隠し、俯きながら小さな声でそう言った。

「そ、そうか…。それなら…、良かった。」

数秒、無言の沈黙が続いた。不意にルーファスがリスティーナの頭を掴んで引き寄せ、抱き締めると耳元で囁いた。

「俺も…、気持ち良かった…。」

リスティーナはドキン、と心臓の鼓動が高鳴った。嬉しい…。彼も私と同じように気持ち良くなってくれていたんだ…。

「また…、今日の夜、君を抱いてもいいか?」

「ッ!…はいっ!」

リスティーナはルーファスの言葉に頷いた。今夜も来て下さるんだ…。
リスティーナの返事にルーファスは柔らかい笑みを浮かべ、

「ありがとう…。次はもっと、君を喜ばせられるようにする…。」

「そんな…。昨日の夜も十分、優しくしていただいたのに…。」

リスティーナはルーファスの柔らかい笑みを見て、ドキドキした。

「俺はこういった事は経験がないから加減が分からないんだ。だから、君に無理をさせてしまうんじゃないかと…。」

「そ、そんな事ないです。殿下はこれ以上ない位に私を気遣って下さって…。殿下は経験がないと仰っていましたけど、そんな風には見えませんでした。正直、私、殿下に言われなければ、気付かなかったと思います。」

ルーファスはリスティーナが初めての相手だと言っていたがそうとは思えない位に上手だった。
リスティーナもルーファスが初めてだから、他に比べようがないのでよく分からないが。
そういえば、アリアから聞いたことがある。
アリアの婚約者は童貞だったので慣れるまでに相当の回数と時間がかかったとか…。
清楚な見た目とは裏腹に、意外にも男性経験が豊富なエルザは下手な男を相手にすると苦痛なだけだとも話していた。

リスティーナはルーファスに抱かれた時、初めての時は痛かったが昨日はあまり痛みなんて感じなかった。痛みよりも快感の方が強かった位だった。
ルーファスは二回目とは思えない位に上手だったと思う。

「俺は閨の教育は受けなかったが性教育は爺から教えてもらっていたんだ。それに…、個人的にも興味があったから性に関する本を読んだこともある。だから、知識だけはある。」

「そうだったんですか…。」

本だけの知識であそこまで上手くなれるものだろうか?
リスティーナはルーファス様ってすごいと純粋にそう思った。

「そういえば、君のその手にあるのは何だ?」

ルーファスの視線の先にはリスティーナがずっと握り締めていた太陽のペンダントがあった。
リスティーナは自分が母の形見を持ったままでいる事に気付き、

「あ…、これは母の形見なんです。今日は母の夢を見たので懐かしくて、つい…。」

「形見…?ということは、君の母親は…、」

「母は五年前に亡くなっているんです。流行病に罹ってしまって、そのまま…、」

「そうだったのか。…辛かったな。」

ルーファスに頭を撫でられ、リスティーナは泣きそうになった。

「君にとって、そのペンダントは大切な物なんだな。」

「…はい。」

リスティーナはコクン、と頷いた。

「それは、太陽か?」

「はい。これは、太陽をモチーフにしたペンダントなのだそうです。母の一族に伝わる特別な物で…。」

リスティーナはルーファスにペンダントを見せながら、そう答えた。

「そういえば、君の母親は踊り子だが一族に伝わるまじないがあると言っていたな。君の母親の一族とは一体…?」

「母の一族はもうなくなってしまったみたいで…。
私も詳しくは知らないんです。母はあまり昔の事を話したがらなかったので…。」

母にその話を聞くと、母はいつも悲しそうな顔をした。だから、リスティーナも無理に聞こうとは思わなかった。母の悲しい顔を見ていたくなかったから。

「…そうなのか。」

「よければ、ご覧になりますか?あまり高価な物ではないのですが、真ん中に黄水晶が嵌められてて、日の光を当てると、キラキラしてとても綺麗なんです。」

リスティーナは母の形見のペンダントをルーファスに差し出した。

「俺が触ってもいいのか?大事な物なんだろう。」

「いいのです。殿下にも是非、見て頂きたくて…。」

母には他人に軽々しく見せてはいけないと言いつけられていた。
なので、リスティーナはその言いつけを守り、今まで信頼のできる乳母やスザンヌ達にしか見せたことがない。
だけど、リスティーナは迷わず、ルーファスにペンダントを見せた。
何故だろう。不思議と彼になら大丈夫だと思ってしまった。
何より…、リスティーナはルーファスに隠し事をしたくないと思った。
ルーファスはリスティーナからペンダントをそっと受け取った。

「成程…。確かに中央に水晶が嵌め込まれているな。」

ルーファスはペンダントを見て、不意に眉を顰めた。
それに気付かず、リスティーナは薄紫色の肩掛けの存在を思い出した。

そうだ。あの肩掛けにも同じ太陽の刺繍があるのだった。ええと…、あの肩掛けはどこに…?

「この形…。どこかで…?」

ルーファスの微かな呟きに気付かず、リスティーナはキョロキョロと視線を巡らし、ベッドの下に落ちている薄紫色の肩掛けを見つけた。

「あ…、あった。殿下。この肩掛けも母の形見なんです。これは、母が刺繍した物なんですよ。」

リスティーナはそう言って、ルーファスに肩掛けを見せた。
ルーファスはペンダントから肩掛けに視線を移した。

「この刺繍は…、同じ太陽の…?」

ルーファスはペンダントと肩掛けに施された太陽の刺繍を見て、そう呟いた。

「はい。そうなんです。この肩掛けにもペンダントと同じ太陽の形をした刺繍がされているんです。
この太陽の刺繍は一族の間で語り継がれたものなのだと母が話してて…、」

「……。」

じっと太陽の刺繍を凝視して、深刻な顔をして何かを考え込んでいるルーファスの表情にリスティーナは不思議そうに声を掛けた。

「殿下?」

ルーファスはリスティーナに名を呼ばれ、ハッとした顔をしたがすぐに頭を振ると、

「っ、何でもない。見事な刺繍だとつい見惚れてしまった。君の母親は踊りではなく、刺繍の腕も優れていたんだな。そういえば、君が俺にくれた刺繍もよくできていた。」

「ありがとうございます。母のように上手くはないのですけど、小さい頃から母に刺繍を教えてもらっていたので…。」

リスティーナは母に言われた言葉を思い出した。
この太陽の刺繍は特別な物なのだと…。だから、この刺繍もあまり他人に見せてはいけない。
特別な人にだけ見せなさいと…。
特別な人…。リスティーナはルーファスを見つめた。
リスティーナにとって特別な人は彼しかいない。
あの刺繍をした物をルーファス様に差し上げたら…、受け取って下さるかしら?
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