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第二章 相思相愛編

諦めないで

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ノエルの死から一か月が経った頃…、ルーファスはいつものように池に佇んでぼんやりと水面を眺めていた。

―ニャア。

その時、どこからか現れた黒い猫がルーファスに擦り寄ってきた。
その猫は青い目と赤い目をしていた。
オッドアイか。珍しいな。しかも、この猫…。
それ以上見ていたくなくて、ルーファスはその場から立ち去ろうとした。すると、猫がついて来た。

「おい。ついてくるな。」

ミャー。黒猫は返事をするように鳴いた。
そして、甘えるようにルーファスの足元に擦り寄った。
その懐いてくる仕草は弟のノエルを彷彿させる。

「…お前は何だかノエルに似ているな。」

そう言って、ルーファスは黒猫を触った。
ゴロゴロと気持ちよさそうに喉を鳴らす黒猫にルーファスはフッ、と笑みがこぼれる。

「俺に関わってもいい事なんて何もないぞ。」

黒猫はスリスリとルーファスの手に顔を擦りつけた。

「…変な猫だな。」

ルーファスは呆れたように呟き、数秒悩んだ後、黒猫を抱き上げた。

「一緒に来るか?」

そう言うと、黒猫はにゃあ、と鳴いた。果たして、分かっているのかいないのか…。
そう思いつつ、これも何かの縁だと思い、ルーファスは黒猫を自室に連れ帰った。
まるでノエルがこの黒猫をルーファスに引き合わせてくれたかのような気がした。
自分を慕い、甘えてくるこの黒猫は何となくノエルに似ている気がする。
だから、ルーファスはこの黒猫の名前をノエルと名付けた。

ノエルはすぐにどこかにいなくなるし、問題ばかり起こす猫だが、いつもルーファスの傍にいた。
ルーファスが激痛に苦しんでいる時も、悪夢で魘されている時も、ローザに婚約破棄された時も正妃や側室達に殺されかけた時も…。ルーファスが傷ついている時はいつも傍にいて、寄り添ってくれた。
ルーファスにとってノエルは心の支えだった。




「だから、ノエルには感謝している。弟のノエルが死んでから立ち直れたのはあいつのお蔭だ。」

「そう、だったんですね…。ノエルはずっと殿下の傍にいて支えてくれていたんですね…。」

彼にそんな過去があったなんて知らなかった。何か事情があるとは思っていたが、そんな苦しい過去があったなんて…。
大切な人が目の前で惨たらしく、殺され、それだけでも辛いのに…。
ただ偶然、その場に居合わせたというだけで犯人として疑われ、周囲から酷い言葉で責められ、殺されかけてしまうだなんて…。
彼の心の傷はどれだけ深かったのだろうか。
きっと、ノエルはそんなルーファスをずっと支えてくれていたんだ。
ノエルは猫だけれど、二人の間には強い絆があるのだと強く感じた。

「長々と話して、すまなかったな。聞いていて、気分のいい話ではなかっただろう。」

リスティーナは首を横に振った。

「そんな事、ないです。話してくれて、ありがとうございます。」

「…あんな血生臭い話を聞いて、礼を言うだなんて君も大概、変わっているな。」

ルーファスはそんなリスティーナにフッ、と笑った。
彼は時々、こうしてリスティーナに笑みを見せてくれるようになった。
少しだけ…、私に心を開いてくれていると自惚れてもいいだろうか。

「でも…、あの…、ノエル殿下の犯人は結局、見つからなかったのですか?」

「ああ。調査の段階で俺は父上に進言したがまともに取り合ってくれなかった。父上だけじゃない。周りの人間も誰一人俺の言葉を信じなかった。むしろ、ただの言い訳だと思われていたな。
まあ、無理もない。実際に犯人を目撃した俺でさえ、あいつは何者だったのか分からないのだから。
あれは、果たして、人間と呼べるのか…。未だに俺にはその答えが分からない。」

「そんな…。」

悔しい。幼い命を奪っておいて、犯人はのうのうと生きているのかと思うと、やるせない。
何て理不尽な世の中なのだろう。一人の人生を奪っただけでなくて、母親の人生すらも狂わせたその犯人の所業は決して許されることではない。

それにしても、その犯人とは本当に何者なのだろうか。
殿下の話だと、一見、獣かと見間違える程の異様な姿をした人間…。想像がつかない。
しかも、幼子を食べてしまうという狂った凶行をする人だ。
同じ人間がすることだとは思えない。

「あれから、あの犯人は一度も俺の前に姿を現したことはない。…もし、次に会った時は必ず仕留める。」

ルーファスがグッ、と拳を強く握り締めた。

「殿下…。」

「俺は父上やダグラスの様に剣は使えないし、腕力だって人並み以下だ。だが…、俺にはこの力がある。この呪いの力があればあるいは…、」

勝てるかもしれない。そうルーファスは呟いた。

「でも…、力を使ってしまったらその分、身体に負担がかかるのでは…?」

「その時はその時だ。それに…、命を惜しんだ所でどうせ、俺は二十歳まで生きられない。」

「!?」

そうだ…。殿下は…、二十歳まで生きられないと余命宣告されている。
そんな…、そんなの…、

「…そんな悲しい事…、言わないで下さい…。」

自分がもうすぐ死ぬというのに表情一つ変えない彼を見ていると、リスティーナは泣きそうになる。

「私は…、嫌です…。殿下が死んでしまうなんて…。」

「え…?」

「まだ…、可能性はあります。殿下はまだこうして、生きています。きっと、まだ間に合います!
呪いを解くことができれば…、もしかしたら…!きっと…、きっと呪いを解く方法はあります!
諦めないでいれば、必ず道は開けると亡くなった母は言ってました。だから…、殿下も諦めないで下さい!私も…、私も殿下の呪いを解くために尽力します!だから…!」

リスティーナはルーファスの手を握り締めた。
呪いの力は確かに殿下を守ってくれている。その力を使えば確かにノエル殿下を殺した犯人を倒せるかもしれない。でも…、その分、彼の身体には負担がかかるのだ。
それでは、いつか身体が駄目になってしまう。今この瞬間ももしかしたら、彼の命の灯は消えかけているのかもしれない。

殿下はもうすぐ二十歳になる。残された時間は残り少ない。
冬になれば、彼は二十歳を迎えるのだ。それまでに何とか彼の呪いを解く方法を見つけないと…!
いつも私は彼に助けられてばかりだった。だからこそ…、今度は私が彼の助けになりたい…!
リスティーナは決意した。
彼の呪いを解くために私は私のできる精一杯の事をしよう、と。
私は彼に生きて欲しい。生き続けて欲しい。

「俺が死んだら…、君は悲しいのか?」

ルーファスは俯きながら、リスティーナにそう訊ねた。

「そんなの…、当たり前です!悲しいに決まっています!」

だって、私はあなたが好きなのだから…。でも、それは言葉にできなかった。
彼に自分の気持ちを知られるのが怖かった。
気持ちを知られたら、もう傍にいることも話してくれることもなくなるのではないかと思うと、怖かった。
彼に拒絶をされたら、それこそ耐えられない。それだったら、気持ちを隠したままの方がいい。
そう思ったリスティーナは苦し紛れの言い訳をした。

「わ、私は…、殿下の妻なのですから…。」

側室とはいえ、リスティーナは彼の妻だ。例え、妻の一人という替えのきく存在であっても今は彼の妻なのだ。

「そうか…。そうだな。君は…、俺の妻だ。」

ルーファスはどこか嬉しそうにフッと笑い、リスティーナの手を握り返してくれた。

「君は…、俺に生きていて欲しいのか?」

「勿論です!」

リスティーナはコクコクと頷き、ギュッと手を握った。

「俺は…、別にいつ死んでもいいと思っていたんだ。亡くなったノエルの分まで生きる。そう思っていたが…、俺にとって生きることは想像以上に苦しかった。正直、何度も死にたいと願った。
この苦痛から逃れられるなら、もう死んで楽になりたいと…。でも、今は違う。」

ルーファスはリスティーナを見つめた。

「君が俺に生きていて欲しいと願ってくれるのなら…、俺ももう少しだけ生きてみようと思う。」

ルーファスの言葉にリスティーナはパッと顔を輝かせた。
彼も生きたいと望んでくれていることが嬉しかった。

「もし…、奇跡が起きて、本当に俺の呪いが解くことができたら…、その先も君は俺の傍にいてくれるか?」

「っ、はい!殿下がお望みならばいつまでも傍にいます!」

「…そうか。なら…、俺も最後まで諦めずに足掻いてみようと思う。」

彼の目に少しだけ希望の光が見えた気がした。
その変化がリスティーナは嬉しかった。
自分が死ぬことを受け入れていた彼の姿は見ていて、とても辛かった。
でも…、今は少しずつ前向きな気持ちでいてくれている。

「はい!私も…、お手伝いします!」

リスティーナの言葉にルーファスは目を細め、笑った。
スッ、とルーファスがリスティーナの頬に手を触れた。
そのまま顔を近づけてくる。真剣な表情の彼にリスティーナはドキドキしながら、キュッと目を瞑った。
が…、彼の手はパッとすぐに離された。

「…ゴミがついていた。」

「え、あ…、ありがとうございます…。」

リスティーナは顔を赤くしながら、礼を言った。
…恥ずかしい。キスをされるかと思った。自分の勘違いが恥ずかしくて、リスティーナは彼の顔が見れなかった。

「俺はこれで失礼する。その…、また、夜に会おう。」

「は、はい!」

ルーファスの言葉にリスティーナは頷いた。
約束通り、来て下さるんだ…。嬉しい…。早く夜にならないかな…。
彼が帰った後もリスティーナは暫く、頬の熱がおさまらなかった。
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