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第一章 出会い編

ルーファスの侍女

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ルカは慌てて部屋を出て行き、一人の侍女を連れてきた。
白髪交じりの髪に皺が刻まれた顔…。今まで若い侍女しか目にしていなかったから、思った以上に高齢の女性が来たことに少し驚いた。女官長ですら二十代なのに…。
目の前の侍女は見た感じ七十台に見える。既に引退していそうな年齢なのに…。

「リリアナ。彼女のスカートを直してくれ。」

「はい。殿下。」

ルーファスの命令に侍女はしわがれた声で答えた。
高齢の侍女は裁縫道具を持って、リスティーナに近付いた。

「さあ、リスティーナ様。どうぞ、こちらへ。」

こちらを見て、にっこりと笑い、リスティーナを別室に誘導した。

「あ、あの…、私自分でやりますから…、」

「お気になさらず。」

そう言って、侍女は慣れた仕草で針と糸を使って破れた箇所を縫っていく。
リスティーナは椅子に座りながら、侍女が縫っていく様子を見つめた。

「裁縫がお上手ですね。」

思わずリスティーナがそう言うと、侍女は微笑んだ。

「まあ、ありがとうございます。リスティーナ様にそう仰って頂けるなんて光栄ですわ。」

「眼鏡なしでもそんなに器用に縫えるなんて凄いですね。」

「…え、ええ。私、目はいいのです。」

「そうなのですか?」

高齢になれば視力が落ちるらしいが、彼女は違うみたいだ。
侍女はリスティーナを見上げて、微笑んだ。

「申し遅れました。私、リリアナと申します。どうぞ、お見知りおきください。」

頭を下げてそう挨拶を返すリリアナにリスティーナも微笑んで挨拶を返した。

「リリアナさん…。こちらこそ、初めまして。リスティーナと申します。私こそ、どうぞ、よろしくお願いしますね。」

「どうぞ、リリアナとお呼び下さい。私のような下女に敬語も不要でございます。どうぞ、自然体でお話しくださいませ。」

「え、ええ。ありがとう。リリアナ。」

穏やかに笑うリリアナにリスティーナは好感を抱いた。優しそうな人…。
ふと、リスティーナは気になっていたことを聞いた。

「リリアナは家名を名乗っていなかったけれど、もしかして、平民の方なの?」

平民は姓を持つ人間と持たない人間がいる。平民の中でも裕福な家で育った人達は姓があるが、孤児院や身元が不確かだったり、移民の人間は姓を持たない。
ルカはきちんと家柄を名乗り、貴族としての姓を名乗っていたがリリアナは名前しか名乗っていなかった。
だとしたら、私と同じ…、母と同じ平民という事になる。

「わたしはその…、生まれは貴族なのですが…、今は平民です。」

「え、あっ…、そうなの?ごめんなさい。失礼な事を聞いてしまって…、」

「いえ。もう昔の事ですから。」

リリアナは寂しそうに笑った。きっと、彼女は色々と事情があったんだろう。
もしかしたら、家が借金か何かで没落したのかもしれない。リスティーナは気分を害してしまったかもしれないと落ち込んだ。

「リスティーナ様。ありがとうございます。」

「え?」

何故、お礼を言われるのが分からず、不思議そうにするリスティーナにリリアナは言った。

「今日は殿下とお話しして下さってありがとうございます。今日の殿下はいつもと少し違っていて…。
何だかいつもより楽しそうでした。いつも張り詰めた空気を出していた殿下ですが、今日は雰囲気がいつもより柔らかくて…、あんな殿下は初めて見ました。」

「で、殿下が?」

リリアナの言葉にリスティーナは驚いた。同時にそうだったら嬉しいと思っている自分がいた。
私が彼と一緒にいて嬉しいと思っているように…、彼も同じ気持ちを抱いてくれたいたら…。

「もし良かったら…、また殿下のお話相手になってくださいませんか?」

「は、はい!私でよければ…、」

「ありがとうございます。殿下も喜びますわ。」

リリアナはホッと安心した様に笑った。
彼女は殿下のことを大切に思っているのだと感じた。彼は一人じゃないんだと思うと、リスティーナも嬉しくなった。

「良かったです。殿下に仕えている侍女がリリアナで。」

思わず口から出た言葉にリリアナは目を瞠った。

「どういう意味でしょうか?」

「リリアナは殿下の事、とても大切に思ってるのだなと思って。殿下はよき使用人に恵まれているのですね。」

彼は家族には恵まれていないが使用人には慕われているみたいだ。彼の従者であるルカも周りの人と違ってルーファスをちゃんと主君として仕えているのがよく分かる。それが嬉しかった。

「逆ですわ。恵まれているのは私達の方です。」

「逆?」

リスティーナはリリアナに聞き返した。どういう意味?

「私もルカも…、他の使用人も…、殿下に救われたのです。」

リリアナはパチン、と糸を切った。スカートの破れた箇所が縫い終わった。リリアナは後片付けをしながら、話した。

「ここにいる使用人のほとんどは…、行き場のない者達なのです。私も…、殿下に拾われた身なのですよ。」

「リリアナも…?」

「婚約者に捨てられ、両親から勘当された私を殿下が拾ってくれたのです。その上、住む部屋と仕事まで与えてくれて…、」

「え、ど、どうして、リリアナがそんな目に…?」

婚約者に捨てられた上に家から勘当?てっきり、リリアナは没落貴族の娘かと思っていたが違ったらしい。リリアナが平民になったのは家から勘当されたということ?
でも、貴族の家から勘当されるなんて、一体何があったんだろう。

「…私、六年前に不治の病に侵されたのです。」

「不治の病…?え。でも、リリアナは病気を患っているように見えないけど…。」

不治の病と聞けば、寝たきりで病弱なイメージがある。リリアナは高齢に見えるが、侍女として働いている時点で年齢の割に健康で丈夫な体をしているように見える。そんな彼女が不治の病だなんて聞いても信じられなかった。

「リスティーナ様は…、私が何歳に見えますか?」

「え?ええっと…、そうね…。」

突然の質問にリスティーナは言葉に詰まった。
リリアナを見た時の第一印象は七十台位だろうとリスティーナは思った。でも、もし、違ったらリリアナに失礼だ。リスティーナは悩んだ末に最初に思ったよりも少しだけ若い年齢を言う事にした。

「ろ、六十台後半くらいかしら?」

「…いいえ。」

首を横に振るリリアナにリスティーナは外したと焦った。

「え、あ。も、もしかして、もう少し若かったの?ごめんなさい。じゃ、じゃあ、六十台前半…、いえ。もしくは、六十歳だったり…?」

「違います。リスティーナ様。私…、今年で二十二歳になるのです。」

「…。」

一瞬、聞き間違いかと思った。二十二?リリアナが二十二…。

「に、二十二歳!?」

リスティーナは動揺したあまり、叫んだ。

「ええ。そうです。」

頷くリリアナにリスティーナはパクパクと口を開けたり閉じたりを繰り返した。
う、嘘…!だって、リリアナはどう見たって二十代の顔つきじゃない。
リスティーナは信じられない思いでリリアナを見つめる。
やっぱり、どこからどう見ても高齢の人にしか見えない。
白髪も皺もくっきりと残っているし、手だって皺があるのに…!
声だって、若い女の声じゃない。老人そのものの声だ。それなのに、私と五歳しか歳が離れていないだなんて…!
とても信じられなかった。リスティーナは何度もリリアナを見返した。

「驚くのも無理はありません。私の不治の病とはこの見た目と関係しているのです。リスティーナ様は老化症という病をご存知ですか?」

「老化症?」

「その名前の通り、外見に反して、老化していく病です。発症したら、例え年齢が若くてもまるで老人のような見た目に変わる病気です。」

リスティーナは漸く理解した。じゃあ、リリアナのこの見た目はその老化症が原因で…?
じゃあ…、リリアナは本当に二十二歳の若い女性なの?

「知らなかったわ。そんな病気があるなんて…。」

「あまり、知られていない病ですから。老化症は原因不明の治療法もない不治の病ですし…。」

その老化症のせいでリリアナは婚約者から婚約破棄され、両親からは家の恥さらしとして、勘当されたという過去があったらしい。
婚約者も酷いが実の子供を病が理由で見捨てるなんて何て惨い事をするんだろう。
貴族とは平民と違って、政略結婚が多いせいか家族間の情が薄い傾向にあるのは知っていたがそれでも、血が繋がった家族なのに…。

「そんな私を殿下が手を差し伸べてくれたのです。」

「殿下が…。」

リリアナも殿下の優しさに救われたんだ。私と一緒で…。
ルーファスが本当は優しい人であることはリスティーナも知っている。
そして、その優しさで救われた人間は私以外にもいるんだ。
また、一つリスティーナは彼の一面を知ることができた。

「リスティーナ様。殿下は一見、冷たい方に見えるかもしれませんがそう見えるだけで本当はとても優しい方なのです。
殿下を呪いのせいで恐ろしいと思われるのも無理はありません。それでも…、どうか、呪いとは関係なく、ありのままの殿下を見て頂きたいのです。」

懇願するリリアナは真剣な眼差しでリスティーナを見上げる。

「リスティーナ様だけなのです。殿下の目を見て、お話しをして下さったのは。
どうか、お願いします。少しだけ…、ほんの心の片隅だけでも結構ですので殿下を気にかけてやって下さいませ。」

リスティーナはリリアナの皺だらけの手にそっと触れると、

「…ええ。勿論。私も…、殿下の事をもっと知りたいと思っているの。それに、私もリリアナと同じように殿下に助けられたの。」

「え…、リスティーナ様も?」

驚いて顔を上げるリリアナにリスティーナは微笑みながら、頷いた。
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