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第一章 出会い編
エルザの本音
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「エルザ…。お前、まさか…、」
エルザはピタッと動きを止めて、母を見つめた。
「もうすぐよ…。もうすぐ、あいつらに復讐できる!やっとこの時が来た!」
エルザは目を爛々と輝かせ、頬は上気して、興奮した表情を浮かべる。興奮したせいで手に持っていたオレンジを握りつぶしてしまい、果汁がエルザの腕に滴り落ちる。
「あら。いけない。あたしったらつい…。」
エルザはそう呟きながら、腕についた汁をペロッと舐めとった。
「エルザ。お前は本当にそれでいいのかい?」
「当たり前でしょう。何の為にあたしがあの馬鹿女の侍女になったと思っているの?」
エルザは低い声で呟いた。
「あたしがあの女の侍女になったのはあいつらが苦しむ姿をこの目で見届ける為。復讐する為だけに決まっているじゃない!」
「それがどれだけ危険な事か分かっているのかい?」
「危険?何、言っているの。そんなの、今更じゃない。あたし達はずっとその危険と隣り合わせで生きてきたじゃない。それが少し増えただけの話でしょう。
それに、今のあたし達にはもう失うものなんてない。ティナ様がいなくなった今、こんな国どうなったって構わないわ。母様だってそうでしょう?」
エルザの見透かしたような眼差しをニーナは黙ったまま見つめる。
「…姫様がそれを望んでいなかったとしても?」
「そうするように仕向けたのは母様でしょう。」
エルザの鋭い視線にニーナはギクリとした。
「ヘレネ様と母様の気持ちは分かるわ。ティナ様を守るためにはああするしかなかったってことも。
でも、だからといって、ティナ様が今まで受けてきた数々の仕打ちを見過ごせって言うの!?
ティナ様だけが我慢して、我慢して、傷ついて、いいように利用されて…。それが本当にティナ様の為なの!?母様はティナ様を見て、何とも思わないの!?」
「それは…、」
「母様だって、悔しいでしょう!?憎いんでしょう!?あいつらが全員!」
黙り込むニーナにエルザは言った。
「ティナ様には、醜い感情を抱かせてはいけない。あの方は、復讐や憎悪に囚われずに綺麗なままでいて貰わないといけない。なら!私がティナ様の代わりに復讐を果たす!ティナ様にできないのなら、私が!」
「…。」
ニーナは俯き、はあ、と溜息を吐いた。
「私が何を言った所で聞きやしないのだろう。お前は私に似て、頑固なところがあるからね。…あまり、無茶をするのでないよ。」
母の言葉にエルザは頷いた。
「心配しないで。母様。慎重に事を運ぶわ。」
「そうしておくれ。くれぐれも周りにバレないように。」
ニーナは娘を止めることはしなかった。部屋に戻った娘の姿をただ複雑そうな表情で見つめた。
自室に戻ったエルザは鏡に映った自分を見つめながら、前髪を掻き上げた。
前髪の根元には微かに亜麻色の毛が生えていた。それが本来のエルザの髪色だった。
金色の髪は染めているのだ。…彼女の主人と同じ色に。
「そろそろ、染め直さないといけないわね。」
そう呟きながら、エルザは前髪から手を離した。
そっと服の袖を捲ると、腕にはくっきりと痣が残っていた。
強く掴み過ぎたみたいね。エルザはそう自嘲した。ああでもしないと、我慢できなかった。
自分がそう仕向けたとはいえ、リスティーナを見下したような発言に腸が煮えくり返りそうになった。
あんたに何が分かる!と叫びたくなった。睨みつけそうになるのを必死に耐えた。
「馬鹿みたい。…そんな資格、あたしにはないのに。」
エルザはぽつりと呟いた。目的のためとはいえ、思ってもいないことを口にして、目の前でリスティーナを侮辱されてもヘラヘラと笑っている自分が心底、嫌になる。
誰よりも大切で大好きな人なのに…。生涯かけてお守りしようと心に誓った方なのに…。
鏡に映る自分の姿をぼんやりと見つめる。そっと鏡に手を当て、見つめ続ける。
グッと唇を噛み締め、鏡に爪を立てた。
「笑え…。笑うのよ。エルザ。今までだって…、そうしてきたじゃない。」
エルザは鏡の中に映る自分に言い聞かせた。
目の前でリスティーナを侮辱されても、ずっと心を殺してきた。楽しくもないのにニコニコと愛想笑いを浮かべ、リスティーナを泣かせて傷つけた最低な人間に媚を売った。
そんな自分に何度も吐き気がした。でも、そうやって積み上げることで信頼を勝ち取ってきたのだ。
これを利用しない手はない。そう頭では分かっているのに…、エルザはギリッと歯を食い縛った。
苦しい。苦しくて、仕方がない。ハッハッ、と息が上がり、上手く息ができなくなる。思わず喉元を押さえる。
「て、ティ、ナ…、様…。」
苦し気に息をし、救いを求めるように名を呼ぶ。鏡台に置いていた紅いリボンを咄嗟に握り締める。
このリボンはリスティーナがくれた物だった。
「エルザ。」
リスティーナの姿と声を思い出すだけでエルザは呼吸が穏やかになった。
ああ。あたし、今、ちゃんと息をしている。いつだって、そう。あたしが苦しい時は彼女が寄り添ってくれた。自分を見失いそうになった時もしっかりと手を握って励ましてくれた。
何度、あたしはそれに救われただろう。だから、だからこそ…、あたしは…!
「ティナ様…。」
エルザは主人の名を呟き、深く息を吐きだした。あの方の為なら…、あたしは…、エルザはスッと顔を上げた。深緑色の目には決意の光が宿っていた。
もう種は捲いた。後は、芽が出るのを待つだけ…。
これからが本番よ…。今はまだ始まりに過ぎないのだから…。エルザは昏い目で窓の外から王城のある方向を見つめた。
「…。」
ニーナは窓際の椅子に座りながらぼんやりと昔の事を思い出していた。
復讐心に燃えた娘を見ると、昔の自分を思い出す。過去の自分だけでなく、ヘレネ様のことも…。
「許さない…!絶対に許さない…!復讐してやる…!」
血と汗と泥に塗れ、必死に逃げ延びたあの日…。
涙を流し、唇を噛み締め、憎悪に染まった表情で泣き叫ぶヘレネの姿が今でも鮮明に思い出せる。
どんな手を使ってでも、復讐は絶対に成し遂げる。
あの時のヘレネ様とエルザはよく似ている。そして、恐らくは自分も同じような表情をしていたのだろう。ヘレネ様も自分もあの時は復讐に囚われ、その為だけに生きてきた。
けれど…、
「ニーナ。…ごめんなさい。私…、できないわ。」
黄金のペンダントを握り締め、涙を流しながら震える声でそう言ったヘレナの弱々しい表情にニーナは何も言えなかった。
もし、あの時…、立ち止まらずに復讐の道を突き進めていれば…、どうなっていただろうか?
私もヘレネ様も満足できたのだろうか?
私達は、復讐を目前にしながらも、それを諦めた。
その選択に後悔はしていない。復讐よりも…、それ以上に守らなければならない大切な物ができたのだから。
けれど…、だからといって、あの悲劇を忘れた訳じゃない。後悔はしていないとはいえ、復讐を果たせなかったことは未だに胸の中で燻り続けていた。
「ヘレネ様…。本当にこれで良かったのでしょうか?」
ニーナがそう呟いた所で答えは返ってこなかった。
エルザはピタッと動きを止めて、母を見つめた。
「もうすぐよ…。もうすぐ、あいつらに復讐できる!やっとこの時が来た!」
エルザは目を爛々と輝かせ、頬は上気して、興奮した表情を浮かべる。興奮したせいで手に持っていたオレンジを握りつぶしてしまい、果汁がエルザの腕に滴り落ちる。
「あら。いけない。あたしったらつい…。」
エルザはそう呟きながら、腕についた汁をペロッと舐めとった。
「エルザ。お前は本当にそれでいいのかい?」
「当たり前でしょう。何の為にあたしがあの馬鹿女の侍女になったと思っているの?」
エルザは低い声で呟いた。
「あたしがあの女の侍女になったのはあいつらが苦しむ姿をこの目で見届ける為。復讐する為だけに決まっているじゃない!」
「それがどれだけ危険な事か分かっているのかい?」
「危険?何、言っているの。そんなの、今更じゃない。あたし達はずっとその危険と隣り合わせで生きてきたじゃない。それが少し増えただけの話でしょう。
それに、今のあたし達にはもう失うものなんてない。ティナ様がいなくなった今、こんな国どうなったって構わないわ。母様だってそうでしょう?」
エルザの見透かしたような眼差しをニーナは黙ったまま見つめる。
「…姫様がそれを望んでいなかったとしても?」
「そうするように仕向けたのは母様でしょう。」
エルザの鋭い視線にニーナはギクリとした。
「ヘレネ様と母様の気持ちは分かるわ。ティナ様を守るためにはああするしかなかったってことも。
でも、だからといって、ティナ様が今まで受けてきた数々の仕打ちを見過ごせって言うの!?
ティナ様だけが我慢して、我慢して、傷ついて、いいように利用されて…。それが本当にティナ様の為なの!?母様はティナ様を見て、何とも思わないの!?」
「それは…、」
「母様だって、悔しいでしょう!?憎いんでしょう!?あいつらが全員!」
黙り込むニーナにエルザは言った。
「ティナ様には、醜い感情を抱かせてはいけない。あの方は、復讐や憎悪に囚われずに綺麗なままでいて貰わないといけない。なら!私がティナ様の代わりに復讐を果たす!ティナ様にできないのなら、私が!」
「…。」
ニーナは俯き、はあ、と溜息を吐いた。
「私が何を言った所で聞きやしないのだろう。お前は私に似て、頑固なところがあるからね。…あまり、無茶をするのでないよ。」
母の言葉にエルザは頷いた。
「心配しないで。母様。慎重に事を運ぶわ。」
「そうしておくれ。くれぐれも周りにバレないように。」
ニーナは娘を止めることはしなかった。部屋に戻った娘の姿をただ複雑そうな表情で見つめた。
自室に戻ったエルザは鏡に映った自分を見つめながら、前髪を掻き上げた。
前髪の根元には微かに亜麻色の毛が生えていた。それが本来のエルザの髪色だった。
金色の髪は染めているのだ。…彼女の主人と同じ色に。
「そろそろ、染め直さないといけないわね。」
そう呟きながら、エルザは前髪から手を離した。
そっと服の袖を捲ると、腕にはくっきりと痣が残っていた。
強く掴み過ぎたみたいね。エルザはそう自嘲した。ああでもしないと、我慢できなかった。
自分がそう仕向けたとはいえ、リスティーナを見下したような発言に腸が煮えくり返りそうになった。
あんたに何が分かる!と叫びたくなった。睨みつけそうになるのを必死に耐えた。
「馬鹿みたい。…そんな資格、あたしにはないのに。」
エルザはぽつりと呟いた。目的のためとはいえ、思ってもいないことを口にして、目の前でリスティーナを侮辱されてもヘラヘラと笑っている自分が心底、嫌になる。
誰よりも大切で大好きな人なのに…。生涯かけてお守りしようと心に誓った方なのに…。
鏡に映る自分の姿をぼんやりと見つめる。そっと鏡に手を当て、見つめ続ける。
グッと唇を噛み締め、鏡に爪を立てた。
「笑え…。笑うのよ。エルザ。今までだって…、そうしてきたじゃない。」
エルザは鏡の中に映る自分に言い聞かせた。
目の前でリスティーナを侮辱されても、ずっと心を殺してきた。楽しくもないのにニコニコと愛想笑いを浮かべ、リスティーナを泣かせて傷つけた最低な人間に媚を売った。
そんな自分に何度も吐き気がした。でも、そうやって積み上げることで信頼を勝ち取ってきたのだ。
これを利用しない手はない。そう頭では分かっているのに…、エルザはギリッと歯を食い縛った。
苦しい。苦しくて、仕方がない。ハッハッ、と息が上がり、上手く息ができなくなる。思わず喉元を押さえる。
「て、ティ、ナ…、様…。」
苦し気に息をし、救いを求めるように名を呼ぶ。鏡台に置いていた紅いリボンを咄嗟に握り締める。
このリボンはリスティーナがくれた物だった。
「エルザ。」
リスティーナの姿と声を思い出すだけでエルザは呼吸が穏やかになった。
ああ。あたし、今、ちゃんと息をしている。いつだって、そう。あたしが苦しい時は彼女が寄り添ってくれた。自分を見失いそうになった時もしっかりと手を握って励ましてくれた。
何度、あたしはそれに救われただろう。だから、だからこそ…、あたしは…!
「ティナ様…。」
エルザは主人の名を呟き、深く息を吐きだした。あの方の為なら…、あたしは…、エルザはスッと顔を上げた。深緑色の目には決意の光が宿っていた。
もう種は捲いた。後は、芽が出るのを待つだけ…。
これからが本番よ…。今はまだ始まりに過ぎないのだから…。エルザは昏い目で窓の外から王城のある方向を見つめた。
「…。」
ニーナは窓際の椅子に座りながらぼんやりと昔の事を思い出していた。
復讐心に燃えた娘を見ると、昔の自分を思い出す。過去の自分だけでなく、ヘレネ様のことも…。
「許さない…!絶対に許さない…!復讐してやる…!」
血と汗と泥に塗れ、必死に逃げ延びたあの日…。
涙を流し、唇を噛み締め、憎悪に染まった表情で泣き叫ぶヘレネの姿が今でも鮮明に思い出せる。
どんな手を使ってでも、復讐は絶対に成し遂げる。
あの時のヘレネ様とエルザはよく似ている。そして、恐らくは自分も同じような表情をしていたのだろう。ヘレネ様も自分もあの時は復讐に囚われ、その為だけに生きてきた。
けれど…、
「ニーナ。…ごめんなさい。私…、できないわ。」
黄金のペンダントを握り締め、涙を流しながら震える声でそう言ったヘレナの弱々しい表情にニーナは何も言えなかった。
もし、あの時…、立ち止まらずに復讐の道を突き進めていれば…、どうなっていただろうか?
私もヘレネ様も満足できたのだろうか?
私達は、復讐を目前にしながらも、それを諦めた。
その選択に後悔はしていない。復讐よりも…、それ以上に守らなければならない大切な物ができたのだから。
けれど…、だからといって、あの悲劇を忘れた訳じゃない。後悔はしていないとはいえ、復讐を果たせなかったことは未だに胸の中で燻り続けていた。
「ヘレネ様…。本当にこれで良かったのでしょうか?」
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