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第一章 出会い編

笑顔

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「君は…、本当に呆れる位のお人好しだな。」

え…、リスティーナはルーファスを見つめた。理解できないとでも言いたげにこちらを見ながら、彼は微かに口角を上げ、柔らかい表情を浮かべていた。
わ、笑っている…。私、殿下が笑っている顔なんて初めて見た…!
いつも無表情で無機質な表情をしているだけにリスティーナは驚いてしまう。
が、すぐにその笑みは掻き消えてしまい、またいつもの無表情に戻ってしまう。

「そ、そうでしょうか?」

彼の笑った顔を見ただけで胸が高鳴ったこの気持ちを誤魔化すかのようにリスティーナは彼から目を逸らした。

「俺の話はこれで終わりだ。…ところで、俺からも君に聞きたいことがある。」

ルーファスの言葉にリスティーナは顔を上げて、彼に視線を向ける。

「君は…、あの時、俺と似ていると言ったな。苦しんだのは自分だけでもないとも。あれは、一体どういう意味だ?」

「…!」

リスティーナは息を呑み、身体を強張らせた。

「あ、あの…、それは…、」

「もしかして、君は出自のせいで今まで王家や周りの人間に冷遇されていたのか?」

ギクッとするリスティーナにルーファスは目を細めたまま、数秒黙った。やがて、口を開くと、

「話したくないのなら、無理に答える必要はない。…不躾な質問をして悪かったな。」

そう言って、それ以上は聞かない彼の言葉にリスティーナはあ、あの…!と声を上げた。

「あの…、私…、で、殿下がお望みでしたら、全てお話します…。」

自分でもどうしてこんな事を言ったのかリスティーナは分からなかった。
過去の事とはいえ、メイネシア国で過ごした日々の出来事はリスティーナの心に深い傷を残している。
昔の事は思い出したくもないし、こんな惨めな過去を知られたくなかった。
でも…、彼はリスティーナに誠意を持って話してくれた。
それなら、私もその誠意に応えたいと思った。彼が苦しい胸の内を打ち明けてくれたように…。
何より、彼はリスティーナに強制するでもなく、無理に聞き出そうとしない。だからこそ、リスティーナは彼に全てを話そうと決意した。リスティーナは一度深く息を吐くと、話し出した。

「殿下にはお話ししましたが…、私の母は平民です。私には半分だけ平民の血が流れています。
そんな私を…、ずっと父である国王は疎んでいました。父にとって私は娘でも何でもなくて…、ただの道具でしかないのです。半分は血の繋がった兄弟達も私に冷たく当たりました。
唯一の心の支えは母の存在でしたがその母も十年前に亡くなってしまって…、」

メイネシア国にいた日々を思い出すだけで身体が震える。地獄のような日々だった。
何度、ここから逃げ出したいと思った事か…。王女としての責務も義務も全部捨ててしまいたい。
そんな風に考えたこともあった。けれど、結局、自分一人で逃げ出す勇気も行動力もなく、ずっと耐えるしかなかった。弱い私には逃げた所でその先どう生きていけばいいのか分からなかったから。
煌びやかで贅を凝らした王宮はリスティーナにとっては冷たい牢獄のような場所だった。
あそこには私の居場所はない。もう二度とあそこには戻りたくない。
ルーファスは黙ったままリスティーナの話を聞いてくれた。

「国王である父にとってずっと私は目障りな存在で…。
殿下に嫁ぐことが決まったのも父が私を厄介払いする為のものだったんです。
本来なら、王妃様の子であるレノアお姉様が殿下に嫁ぐことになっていたのです。
けれど…、お姉様を溺愛している父がそれを許さなくて…。」

「つまり、その姉とやらが呪われた王子である俺に嫁ぎたくないから、君を身代わりに差し出したということか。」

ルーファスの言葉にリスティーナは言葉に詰まった。

「花嫁の相手が変わったと聞いた時からそんな気はしていたが、こうまであからさまだと逆に感心するな。メイネシア国の王がここまで愚かだったとは…。」

ルーファスの怒りが滲んだ言葉にリスティーナはハッと顔を上げた。怒りを孕んだ目にリスティーナは顔色を青褪めた。

「も、申し訳ありません!」

今更ながらにリスティーナは父がした行為がどれだけ危険で愚かな判断であったかを思い知る。
花嫁の相手を代えるなど普通は有り得ない事だ。しかも、相手はローゼンハイム神聖皇国。立場が上の大国相手にこんな無礼、皇帝の怒りを買って戦争になってもおかしくはない。
この国に庇護してもらえなければメイネシア国のような小国は生き残れないというのに…。
何てことをしてしまったのだろう。リスティーナはそんな思いで身体が震えた。

「いや。君を責めている訳じゃない。…怖がらせて悪かったな。」

ルーファスはリスティーナが怯えているのに気が付いたのかそう言った。彼の目にはもう怒りの色は見えなかった。

「そ、そんな…。殿下が謝る必要は…、」

「それは、君も同じ事だろう。そもそも、母国でそんな扱いを受けてきた君が国王の命令に逆らうことなどできなかったはずだ。姉の身代わりに無理矢理嫁がされて…、」

「わ、私は…!最初は父の命令で殿下に嫁ぎました。ですが…、今は違います!」

リスティーナの言葉にルーファスは怪訝そうな表情を浮かべる。

「い、今は…、殿下の妻になれて…、良かったと思っています…。」

リスティーナは俯きながら小声でそう話した。恥ずかしくて、彼の顔が見れなかった。けれど、今言った事は紛れもなくリスティーナの本心だった。

「は…?」

ルーファスは一瞬、呆けたような声を上げ、暫く黙ったままだった。
い、言ってしまった…!私ったら、何て事を口走ってしまったんだろう。殿下相手にこんな生意気な口を聞くなんて…!これでは、最初は私が望んだわけじゃないと暴露しているようなものだ。

「…すまない。もう一度、言ってくれないか。」

「ち、違うのです!い、今のはその…、殿下が嫌だとかそういう意味ではなく…!」

リスティーナは焦った。どうしよう。小国の王女風情が偉そうな事を言うなと怒らせてしまっただろうか。そう思っていたが…、

「俺の聞き間違いでなければ…、今、君は俺の妻になれて良かった、と。そう言ったのか?」

「は、はい…。」

リスティーナは怯えながらコクンと頷いた。

「俺の妻にされて、おぞましい、汚らわしいと嫌悪されることはあっても、良かったなどと言った女はいない。ダニエラ達も、そして、君も…、全員が望んで俺に嫁いだわけじゃない。命令に逆らえずに無理矢理嫁がされただけだ。俺は他人を不幸にする事しかできない。」

リスティーナは思わず顔を上げた。そこには、無表情でありながらも傷ついたような目をした彼の姿があった。

「きっと、君も…、いつか傷つけることだろう。最悪、俺に殺されることだってあるんだ。…そんな、俺に君はどうして、そんな事を言うんだ。」

「…大丈夫です。」

リスティーナは彼の目を見つめてはっきりと答えた。

「殿下は私を傷つけるなんてことはしません。殿下は他人が傷ついていれば、心を痛める優しい心の持ち主ですから。そんな殿下が…、私や誰かを傷つける筈がありません。だから…、大丈夫です。」

リスティーナはルーファスに微笑んだ。

「もし、私が殿下に傷つけられたり、殺されたりしてもそれは私の責任です。
殿下の力は危害を加えることによってその攻撃を跳ね返す力があるのでしょう?
だとしたら、それはきっと、私が殿下を傷つけた時です。
でも、私は…、殿下を傷つけたりはしません。そのような事、したくないです。」

「……。」

ルーファスはリスティーナをじっと見つめる。
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