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第一章 出会い編
王子side
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「で、殿下…。」
そーとまるで獰猛な獣にでも近づくかのような足取りで部屋に入る侍従。
部屋は灯りがついておらず、カーテンも閉められているため、薄暗い。
部屋の主は日の光に弱く、弱視だからだ。
部屋の中はまたいつものように乱雑に散らかっており、壁には剣で斬りつけられたような跡や焦げた形跡がある。本や割れたコップやガラス等が床には散乱している。
まるで強盗にでも襲われたかのような部屋の荒らしようだ。だが、ここはまがりなりにも、王子の私室。
賊などそう簡単に侵入できる筈がない。
犯人は確実に部屋の主である。この部屋の惨状は特に珍しい光景ではない。
毎日、メイドが定期的に掃除をしているのだが数日に一度はこうして部屋を荒らしてしまうのだ。それは、大抵、主の機嫌が悪い時だった。
つまり、今、部屋の主は機嫌が悪いという事だ。
何故、よりによってこのタイミングで…、と侍従は泣きたくなったが逃げる訳にもいかず、おそるおそる部屋の主に話しかける。
「さ、先程、メイネシア国の第四王女、リスティーナ姫が到着なさいました。」
ずっと部屋にいた男は背を向けたままベッドに腰掛けている。無言なままなのが恐ろしい。
侍従は膝をガクガクと震わせながらも男の言葉を待った。
やがて、男はゆっくりと振り返った。その素顔は隠され、黒い仮面で顔の半分を覆っている。
男は侍従を見つめた。ただ、視線を向けただけなのに侍従はヒイッ!と悲鳴を上げそうになった。
さすがに不敬なので実際に悲鳴は上げなかったが。
「…ああ。以前父上が話していた女か。次から次へとご苦労な事だ。」
男は低い声で煩わしそうに呟いた。
「ひ、姫君は既に漆黒の後宮のお部屋にお通ししています。陛下より、姫君との対面の準備をせよと…、」
侍従の言葉に男はピクリ、と不快気に眉を顰めた。
「…酒を持ってこい。」
「は?」
「聞こえなかったのか!さっさと酒を持ってこいと言ったのだ!」
「ひ、ヒイイ!か、畏まりましたあああ!」
侍従は転がるように部屋を出て行った。
侍従が出て行った後、男はギリッと苛立たしそうに歯を食い縛った。
「…無駄な事を…。女を宛がった所でどうせ、そいつも……るというのに…。」
部屋に残った男…、ルーファスは唸るようにくぐもった声を上げた。
ルーファスにとって、妻など不要な存在だった。正妃も側室も父が勝手に押し付けただけに過ぎない。
政略的な形で結ばれただけの婚姻。
決まって初めての顔合わせで彼女達は自分の顔を見て、悲鳴を上げ、失神する。
気丈のある女もいたがその目には明らかに嫌悪と恐怖の色があった。
おぞましい化け物を見るかのような目…。
実の母親に化け物!と罵倒されたあの時と同じ目…。
こんな醜い男を愛する女などいない。
それが何故、分からないのか。
彼はとうに人から愛されることを諦めていた。
父は女を宛がえばそれでいいと思っているのだろう。だが、こんなのは、不毛だ。
その王女もただの生贄に過ぎないというのに…。
『いやあああ!化け物!』
『あなたのせいで私は不幸なのよ!』
『消えて!今すぐ消えてよ!二度と私の前に現れないで!』
かつて、自分にそう言った女達の言葉と表情が頭に浮かんだ。
ずきり、と痛んだ頭を押さえ、ルーファスは呟いた。
「…いいだろう。どうせ、その女も同じことだ。
‥‥。」
そして、彼は最後に低く、何かを呟いた。だが、その言葉は声にはならずに掻き消えてしまった。
そーとまるで獰猛な獣にでも近づくかのような足取りで部屋に入る侍従。
部屋は灯りがついておらず、カーテンも閉められているため、薄暗い。
部屋の主は日の光に弱く、弱視だからだ。
部屋の中はまたいつものように乱雑に散らかっており、壁には剣で斬りつけられたような跡や焦げた形跡がある。本や割れたコップやガラス等が床には散乱している。
まるで強盗にでも襲われたかのような部屋の荒らしようだ。だが、ここはまがりなりにも、王子の私室。
賊などそう簡単に侵入できる筈がない。
犯人は確実に部屋の主である。この部屋の惨状は特に珍しい光景ではない。
毎日、メイドが定期的に掃除をしているのだが数日に一度はこうして部屋を荒らしてしまうのだ。それは、大抵、主の機嫌が悪い時だった。
つまり、今、部屋の主は機嫌が悪いという事だ。
何故、よりによってこのタイミングで…、と侍従は泣きたくなったが逃げる訳にもいかず、おそるおそる部屋の主に話しかける。
「さ、先程、メイネシア国の第四王女、リスティーナ姫が到着なさいました。」
ずっと部屋にいた男は背を向けたままベッドに腰掛けている。無言なままなのが恐ろしい。
侍従は膝をガクガクと震わせながらも男の言葉を待った。
やがて、男はゆっくりと振り返った。その素顔は隠され、黒い仮面で顔の半分を覆っている。
男は侍従を見つめた。ただ、視線を向けただけなのに侍従はヒイッ!と悲鳴を上げそうになった。
さすがに不敬なので実際に悲鳴は上げなかったが。
「…ああ。以前父上が話していた女か。次から次へとご苦労な事だ。」
男は低い声で煩わしそうに呟いた。
「ひ、姫君は既に漆黒の後宮のお部屋にお通ししています。陛下より、姫君との対面の準備をせよと…、」
侍従の言葉に男はピクリ、と不快気に眉を顰めた。
「…酒を持ってこい。」
「は?」
「聞こえなかったのか!さっさと酒を持ってこいと言ったのだ!」
「ひ、ヒイイ!か、畏まりましたあああ!」
侍従は転がるように部屋を出て行った。
侍従が出て行った後、男はギリッと苛立たしそうに歯を食い縛った。
「…無駄な事を…。女を宛がった所でどうせ、そいつも……るというのに…。」
部屋に残った男…、ルーファスは唸るようにくぐもった声を上げた。
ルーファスにとって、妻など不要な存在だった。正妃も側室も父が勝手に押し付けただけに過ぎない。
政略的な形で結ばれただけの婚姻。
決まって初めての顔合わせで彼女達は自分の顔を見て、悲鳴を上げ、失神する。
気丈のある女もいたがその目には明らかに嫌悪と恐怖の色があった。
おぞましい化け物を見るかのような目…。
実の母親に化け物!と罵倒されたあの時と同じ目…。
こんな醜い男を愛する女などいない。
それが何故、分からないのか。
彼はとうに人から愛されることを諦めていた。
父は女を宛がえばそれでいいと思っているのだろう。だが、こんなのは、不毛だ。
その王女もただの生贄に過ぎないというのに…。
『いやあああ!化け物!』
『あなたのせいで私は不幸なのよ!』
『消えて!今すぐ消えてよ!二度と私の前に現れないで!』
かつて、自分にそう言った女達の言葉と表情が頭に浮かんだ。
ずきり、と痛んだ頭を押さえ、ルーファスは呟いた。
「…いいだろう。どうせ、その女も同じことだ。
‥‥。」
そして、彼は最後に低く、何かを呟いた。だが、その言葉は声にはならずに掻き消えてしまった。
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