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第一章 出会い編

第二王子の黒い噂

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「ねえ、聞いた?リスティーナ様の輿入れの話。」

「聞いた。聞いた。相手はあの王子でしょ?」

「呪われた王子と有名なあの王子に嫁がされるなんて、可哀想。」

「元々はレノア姫様にきたお話なんですって。でも、姫様が結婚を嫌がって代わりにリスティーナ様が嫁ぐことになったみたいよ。」

「仕方ないわよね。姫様が嫌がるのも分かるわ。
だって、あの第二王子、ルーファス様って化け物みたいな見た目をした醜い王子なんでしょう?
噂じゃ、王子の傍に近付けば呪いが移って死んでしまうとか…。」

「何それ…!怖い…!」

王宮の裏庭でメイドの話し声が聞こえる。
輿入れの準備のために王宮に呼び出されていたリスティーナは離宮に帰る途中でそのメイドの噂話に立ち止まった。
第二王子、ルーファス。
彼の噂は世間に疎いリスティーナも聞いたことがある。ルーファス王子は呪われた王子として有名でその呪いのせいで醜い容姿をしているそうだ。
その為、呪われた王子、化け物王子とも呼ばれている。ルーファス王子の噂では悪い噂しか聞かない。
実際、王子の周囲では突然死したり、大怪我をする人間が過去には存在するのだ。
ある者は突然、身体が炎に包まれ、全身に大火傷を負って亡くなったり、血を吐いて倒れたり、原因不明の皮膚病に侵されたり…、とにかく黒い噂が絶えない。それでも、王子が罰せられないのは証拠がないからだ。そして、あまりにも不可思議な現象にこれは呪いの力に違いないと囁かれた。その為、周囲の人間は呪いの影響を受けるのが怖くて、ルーファス王子を恐れた。

「おまけに妻といっても、ただの側室。
しかも、四番目の妻なんでしょう?」

「まあ、しょうがないわよね。王女とはいえ、この国は小国だもの。」

「ルーファス王子は王妃の子らしいけど、あの呪いのせいで次期皇帝にはふさわしくないと言われているんでしょう?次期皇帝になる王子ならともかく、皇帝にもなれない王子が相手じゃねえ…、」

「それはそうでしょう。万が一、ルーファス王子が皇帝になったら、呪いで国が滅びそう。」

好き勝手にお喋りをする侍女の言葉にリスティーナは目を伏せた。

「リスティーナ様もルーファス王子に嫁いだらどうなるのかしらね。ひょっとしたら、今までの人達と同じように呪いが移って死んでしまうかも…、」

「怖っ…!あたし、王女に生まれなくて良かった!王族に生まれてもいいことってないのね。」

「あなた達!そんな所で一体、何をしているのです!」

「ヒッ!?女官長!?」

女官長に見つかり、叱咤され、慌てて仕事に戻る侍女達がいなくなった後もリスティーナはその場から動くことができなかった。呪われた王子。化け物王子。そんな恐ろしい噂のある王子に嫁がなければならない。リスティーナはその事実に愕然とした。



「ここがローゼンハイム神聖皇国…。」

リスティーナは信頼できる侍女一人だけを供につけ、皇国にやってきた。
皇帝との挨拶を済ませ、後宮の一室に通される。
幸いな事にリスティーナは皇帝の不興を買う事もなく、殺されることもなかった。
とりあえず、自分が殺されることもなく、祖国が滅びる心配もない。
リスティーナはその事に少なからず安堵した。
殺されることに覚悟していたとはいえ、やはり死ぬのは怖い。
でも、少なくとも、今は殺される心配はないみたいだ。
といっても、あの噂を聞く限り、呪いで殺される可能性もあるのだが。
そういう意味では、完全に安心できるとは限らない。
つくづく私は運命の女神様に見放されているのだなと思った。

どうやら、皇帝は第二王子ルーファスにそこまで関心はなく、その王子の妻になる相手が誰であろうと構わないらしい。そんな反応をしていた。
幾ら、疎んじている王子とはいえ、王妃の子で第二王子という高貴な立場にある王子の妻にメイネシア国という弱小国家の姫を選んだ理由は分からないが、これはきっと人質の意味も兼ねているのだろう。
それに‥、もし、リスティーナが子を成せばその子を盾にしてメイネシア国の次期国王の座を手にすることができる。
そうすれば、簡単にメイネシア国が神聖皇国の手に入り、属国とすることができるのだ。
血を流さずに済み、平和的に手っ取り早く国が手に入る。ある意味一番賢い方法だ。
そんな政治的思惑を薄々と感じ取った。

リスティーナに与えられた部屋は以前に住んでいた古い離宮とは比べ物にならない位に立派な部屋だ。
王子にはそれぞれ後宮が与えられており、リスティーナが案内された後宮は漆黒の後宮と呼ばれている後宮だった。
煌びやかで贅を尽くした美しい後宮。だが、見た目通りに美しいとは限らないことをリスティーナはよく知っている。
後宮に入ってしまえば、お許しがでなければ外には出られない。まるで鳥籠のような世界。
ここで王子の寵愛を得る為に他の女達と競い合う。
女の園といえば聞こえはいいが実際は醜悪でドロドロした生臭いものだ。
美しいのは外見だけ。その実態をリスティーナは母国の城でいやというほど見てきた。
その女の醜い争いに巻き込まれた母の姿もずっと見てきた。
弱い者は蹂躙され、踏み潰される。そんな弱肉強食の世界。
私も…、母の様に最期は追い詰められて朽ち果ててしまうのだろうか。
そんな未来を想像し、リスティーナは俯いた。

不安はそれだけじゃない。リスティーナはぼんやりと夫である第二王子ルーファスの事を考えた。
リスティーナはまだ第二王子と面識がない。リスティーナは妻とはいえ、ただの側室。
正室ならともかく、側室を娶るのにわざわざ式を挙げる必要はない。
後宮で医師から簡単な診察を受け、健康状態に問題なければ王子と閨を共にすることが許される。
リスティーナは夫であるルーファス王子に会うのは今夜が初めてだ。
そのほぼ初対面の状態で初夜を過ごさなければならない。
王子に嫁ぐという事は勿論、夫婦の契りも交わさないといけない。
それは分かっているのだが、いざその現実が目前にくると、緊張と不安に襲われる。
当たり前だがリスティーナは王女であるため、生娘だ。だから、性の知識はあっても実体験は全くない。
だから、何をどうすればいいのか分からないのだ。乳母や侍女の話だと、夫になる方に身を任せればいいとのことだが…。

そういえば、ルーファス王子は一体どんな方なのだろう。リスティーナの夫である第二王子ルーファスは色々と黒い噂がある。呪われた王子、化け物王子と名高く、悪い噂しか聞かない。
けれど、王子がどんな性格をしているのかとか外見は何も知らないのだ。
リスティーナは王子の噂と他人から聞いた話を頭の中で整理した。

王子は生まれた時は普通の人と変わらない姿をしていたが幼い頃にいきなり高熱に罹ってしまう。
その時に顔や体に赤い痣が生じた。熱は一週間程で下がったが顔や身体には無数の痣が残ってしまった。
ただ、その痣ができた原因は分からず、また、その痣もただの痣とは違って、紋様のような形をしていることからこれは呪いなのではないかと王宮の魔術師の発言により、王子は呪いにかかり、呪いの印が身体に刻まれたのだと噂された。
母親である王妃はあまりの醜さに失神してしまったそうだ。
痣の色ははじめは紅かったのだが成長を重ねるごとに色が段々と濃く、黒ずんでいき、赤黒く変化していった。そして、その痣の色は今では闇のように黒い痣へと変化した。
呪いの印は顔の大部分が黒い痣で覆われており、身体中にもその痣が至る所に刻まれているらしい。
全身を黒い痣で覆われたその姿は人とは思えない程に不気味でおぞましいものらしい。
医師や呪術師、奇術師、占い師、魔術師に診てもらったが原因は不明。
原因が分からないから、治療方法も分からないままだ。
王子はそれから、ずっとその呪いを背負って生きてきた。今までに王子の周りでその呪いによって死んだ人間もいたと聞く。
そのせいか王子の侍女や執事をやりたがる使用人はおらず、皆が皆、腫れ物を扱うかのような態度で王子に接しているらしい。王子は呪われた王子、化け物王子以外にも仮面王子とも呼ばれていた。
呪いによって醜くなったその姿を隠す為に人前では顔を仮面で覆っているからだ。
皇帝と王妃はそんな息子を王家の恥とし、第二王子は滅多に人前に姿を現さない。
正妃の子で第二王子という高い地位にありながらも四人の王子の中では一番の末席の扱いで次期皇帝の座からは一番遠い立場にある。

そういえば、王子には正妃と側室を合わせて今は妻が三人いるが以前は他にも妻がいたと聞く。
一番目の妻は正妃だったがその正妃は呪いによって殺されたと聞く。他の妻も似たような経緯で突然死したそうだ。リスティーナは四番目の妻になるがその亡くなった妃も含めれば今回で七人目の妻になる。
そんな不吉な噂のある王子の妻になる。その事にリスティーナは漠然とした不安を抱いた。
もう、先行きの見えない不安しかない。ひょっとすれば、自分も前妻たちと同様に死んでしまうかもしれないのだ。

でも…、一体、呪いって何の呪いなのだろうか?
リスティーナはそう疑問を抱いた。
とにかく、会ってみないと先の事は分からない。
その王子がどんな人なのかは分からないが妻とはいえ、ただの側室であり、四番目の妻であるリスティーナにそこまで興味が惹かれるとは思わない。異母姉のように華やかな美貌も持っていないリスティーナなどすぐに後宮の隅に捨て置かれることだろう。リスティーナは鏡に映る自分を見つめながらそう思った。

金髪に翡翠色の瞳…。色合いこそ目立つかもしれないが全体的な華やかさに欠ける。
清楚で品のよいお顔だと侍女達は褒めてくれるがリスティーナは派手な容姿を持つレノアや王妃とその側室達に蔑まれて育ったせいか自分の顔がいまいち、美しいとは思えない。
でも、母親似のこの顔をリスティーナは気に入っている。あの父に似なくて本当に良かった。
母か父、どちらに似ていたいかといわれればリスティーナは迷うことなく母親を選ぶ。
だから、リスティーナは母に似たこの顔で満足していた。
別に特別な美人でなくても絶世の美女にならなくていい。日陰者の身の私にはこの顔で十分だ。
そう思い、リスティーナは鏡から視線を離した。
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