君の為に出来る事ー君に伝えたかった言葉と伝えられなかった事ー

＃23 周章狼狽

　病院へ着くと、真っ直ぐエレベーターに向かった。待っていると、横にある休憩所から聞き覚えのある声がする。

「帰って下さい。娘は会いたくないと申しております。」
「でも、一言お詫びを…」

「娘は何ヵ所も縫う大ケガだったんですよ！それを今頃のこのこやってくるなんて、どう云う了見何ですか？
女の子なのに、顔にキズが残ってしまう気持ちを考えてやって下さい」

相手に向かって言うだけ言うと、三ツ木の母親がこっちに向かって歩いて来る。
俺は咄嗟に物陰に隠れた。
母親はそのままエレベーターに乗って上がって行った。

俺も病室へ行こうとした時、相手側の親子が歩いて来た。

「くそっ！何だよわざわざ来てやったのによ！大体ブスの顔にキズが一つや二つ残ったってかわんねぇじゃん」
多分、鉢植えを落とした男子なのだろう。

「何言ってるの！賠償問題にでもなったらどうするの！ここは素直に謝っといた方がいいのよ！」

全く、子が子なら親も親だ！何だその言い方は！
それより、三ツ木のキズ…
やっぱり残るのか…
あの傷の具合から
そんな気はしていたが…

俺は三ツ木に何と言えばいいのか、病室に着くまでずっと考えていたが、気の利いた言葉一つ思い浮かばなかった。


病室に入ると、今までの包帯ではなく、眼帯をつけている。
三ツ木は俺を見るとやはりいつものように笑顔を向ける。

「あっ、瀬戸くん、今日ね包帯取れたんだよ」
「お…おう」

三ツ木はキズの事を知っているのだろうか？
俺はその事には触れずに変わらない態度で接した。

「辞書使ってるけど、どれも使いやすいよ。瀬戸くんのセレクトは流石だね」
三ツ木がいつもにも増して笑顔で話しかける。

『やっぱりキズの事、気づいてるのか…』

包帯を替える時、キズの具合を予想していたのかもしれない。
どうする？
コイツに何と言ってやったらいいんだ？
俺が口籠っていると三ツ木が不安そうな顔でこてらを見ている。

「お前といると気が楽だ」
くそっ！何言ってるんだ俺はっ！

「お前は単純なヤツだが、裏表がない
変な探り合いもいらない」
こんな事が言いたい訳じゃないのに！

「だから…その…何だ…俺の前では無理するな」

三ツ木の顔を、恥ずかしくて真面に見れない。

「せ…瀬戸くんの意地悪…」
震えている彼女の声が届いてくる。


チラリと目線だけ彼女の方に向けると、下を向いて唇を噛み締めている。

「三ツ木？」

「我慢してたのに！そんな事言うなんてずるいよ！」

そう言い終わるや否や、三ツ木は声を上げて泣き始めた。

「瀬戸くんのバカぁ！」

俺は一瞬面食らったが、大声で泣く三ツ木を見て何故かホッとする。

『なんだ、ちゃんと自分の気持ち出せるじゃないか』

普段、自分の気持ちに蓋をしている三ツ木が、堰を切ったように泣いてる姿に安堵したのも束の間、俺はこの状況に戸惑った。

この後どうしたらいいんだ？
泣く女程不愉快なものはないと思っていたのに、今の俺は大泣きする赤ん坊を前に、おろおろする父親の如く、みっともなく狼狽えている。

俺は腹を括ると、三ツ木の頭にゆっくり手を伸ばし、軽く撫でた。

『こ…こんなに軽々しく女の躰に触れて、不謹慎なヤツだって思われないか？
それより…いつまでこうしてればいいんだ？』

平静を装ってはいるものの、内心では周章狼狽もいいところだ。