君の為に出来る事ー君に伝えたかった言葉と伝えられなかった事ー

＃20 病室で

　俺は受付で教えてもらった病室に行き個室なのでノックをする。
「はい」と云う返事と共にドアが開き母親らしい女性が顔を出す。
俺は会釈をしてから話し始めた。
「同じ学校の瀬戸といいます。彼女の鞄持って来ました。」
「ありがとう。真古都、もうそろそろ目が覚めると思うの。良かったら中で待っていてあげてくれる？」
そういって、ベッド脇の椅子を勧められた。
ベッドに近づくと彼女がまだ麻酔から覚めずに眠っている顔が見える。
傷口のある右側は包帯が幾重にも巻かれている。
「傷口が結構大きくて、頭だけでも何ヵ所か縫ったのに、顔だって２か所も縫ったのよ。女の子なのに…
だけど先生が失明しなくて良かったって」母親が涙声で話してくれる。

「瀬戸くん？」
目を覚ました三ツ木が俺の顔を見て言った。
「どうだ、どこか痛い所とかあるか？
欲しい物とか食べたい物とかあったら言ってみろ」
「やだ瀬戸くん、お母さんみたい」
目を覚ましたばかりの彼女に、質問の言葉を浴びせる俺を三ツ木は軽く笑った。
俺は少し恥ずかしくなり、目線を逸らしてしまう。

「そう云えば瀬戸くん体操服ごめんなさいね。新しいの直ぐに買って返すから」
母親が申し訳なさそうに言葉をかけてくれる。
「えっ？自分で洗うから大丈夫です」
「ダメよ！他人ひとの血がついた物なんて！それに洗って落ちる量じゃないから」
深く考えずに答えてしまった俺に三ツ木の母親は恐縮している。
「それじゃあ、お言葉に甘えてお願いします」

「お礼を言うのはこっちよ。救急隊の人も誉めてたわよ。側にいた先生よりしっかりしていたって」
「はあ…」
俺は少し決まりが悪かった。
「パニックになった真古都に
声をかけてくれたのも瀬戸くん
なんだって？救急車の中でも大変だったらしいから凄く感心してたわよ」

そこまで言われるともう、恥ずかしくていたたまれなくなってきた。
帰るつもりで拳を握って立ちかけた時、
三ツ木の母親が言った。
「この子、男の人本当に苦手で…話も出来ない事が多いから心配してたんだけど、何とか学校ではやってるみたいで安心した」
母親の言葉に俺も、多分三ツ木本人もその後の言葉がみつからなかった。
本当の事なんて言えるはずないからだ。

次の日、部活に顔を出すと部長クズ共はいなかったので二年の和泉先輩に話をして病院に向かった。
「事故の事は僕も訊いたよ。大変だったね。部活の方は心配いらないから、彼女によろしく伝えて」
さすが和泉先輩だ。ああ云う対応は本来部長がすべきはずなのに！
あのクズめ！


「ノートのコピーだ。お前のクラスとは進み方が違うから少し前までコピーしてある」
俺はコピーの束を三ツ木に渡す。
「ホントだ。A組ってこんなところ迄進んでるんだね。だけどこのノートなんか凄い…」
三ツ木はコピーをまじまじと見て言った。
「悪かったな、俺のノートだよ！汚くて見づらいだろうが我慢しろ。あと、足らないところとかもあったら言えよ」

他人ひとに見せられる様なノートではないのは判っている。
「あっ…ごめんなさい。違うの、あんまりびっしり書いてあって、しかもポイントごとに簡潔に纏まってるし、凄く解りやすいし、瀬戸くんの実直な性格がよく出てるね。これなら授業受けられなくても何とかなりそう」

三ツ木は俺が渡したコピーをえらく誉めてくれた。

中学の時、偶々覗かれたノートを
「そんなにびっしり書かないと解んないの？」
「なんだか神経質そうなチマチマした字だなぁ」
等と揶揄された事があったな。

こんなに絶賛されたのは初めてだ。