上 下
12 / 66
包囲されたはじめての街

幕間・歴史資料館

しおりを挟む
歴史資料館館長代理と肩書だけきくと偉い役職のようにも聞こえるが、この館には社員は俺を含めて三人しかいない。

榎本弥一館長(62歳)・重工で部長までいって定年退職したシルバー雇用 大阪出身
木内宏館長代理(62歳)・やはり重工を定年退職したシルバー雇用 神奈川県小田原出身
そして、俺 風間孝太郎館長代理(25歳)


この資料館は呉市の郷土資料館を兼ねてるらしく市の教育委員会から二名出向者がいるが、二人とも60歳代である。

俺以外全員還暦過ぎてる。まるで「いつ、辞表出しても良いよ!」と言われているかのような人事である。

因みに、俺のようなスキャンダルや、出世争いで敗れて地方の閑職に飛ばされる社員のことを社内では”落ち武者”と呼ぶ。

俺は自分の身に起きた急変に心身ともに疲れ果て、もう”落ち武者”でいいや!という気分だった。地方に行って休養したいくらいに思ってこの人事を受け入れたのだ。

さて、この資料館、来てみると中々面白い収蔵品が多くあることがわかった。

重工の開発した歴代の製品のレプリカ、設計資料、第一次大戦・太平洋戦争の兵器の資料もある。同時代の他社開発兵器の資料もいくつかあった。

中にはアメリカの高校生が時の大統領に送ったという原子爆弾の設計図の写しなんてのもあった。もちろんこれは非公開資料である。

資料館の閉館は18時。もちろんこんな職場に残業なんてあるわけなく、18時半には退社することになる。こんなに早く自由時間が手に入るのは子供の頃以来である。

友人もいない地方都市で自由時間が多くあってもやることはあまりない。最初は自宅近くの漫画喫茶に行っていたが、そこで異世界ものラノベに出会いあまりの面白さにすっかりハマってしまった。

化学やら物理法則やら自分が関わってきた研究分野自体が、そんなへ理屈関係ねえ!と言われてる気がしたのだ。

以来、異世界魔法物の作品コミックを読み漁る日々、ネットの小説投稿サイトも読み漁り、今までの自分の人生を全否定するように異世界読書三昧の日々をおくった。
PCやスマホで異世界を舞台にしたゲームにも手を出した。


*呉市 居酒屋「大和」にて*

『どう?風間君、新生活にはもう慣れたかい?』

俺は今日は榎本館長と二人で飲みに来ている。

「はい、大分落ち着いてきました。」

『そりゃ良かった。まあ、人生には休憩ポイントみたいなものが必要だよ。君は学生の頃からずーーとエリート街道だったそうじゃないか。今回の事は人生のサービスエリアくらいに思ってはゆっくり過ごすと良いよ。そういう意味じゃこの呉はなかなか良い処だろ?食べ物も酒も美味いし』

「そうですね。お気遣い有難うございます。」

『館の収蔵品目録はもう見終えたかい?』

「ええ、我が社の資料館だと思っていましたが、他社さんの資料も結構あるんですね。あと。イスラム錬金術の英語版なんてのもありました。」

『うん、それはね、私も前任の柚木(榎本の前の館長)さんから聞いた話だが、 太平洋戦争末期に軍部が重要資料の一括廃棄を命じたそうでね。命じられた人の実家は広島県の山間部の旧家の出らしいんだが、勿体ないと思って廃棄資料を全部、軍から実家に送ってしまったらしいんだ。それで、戦後、その資料をうちの資料館が出来るときに全部寄贈してくれたらしいんだよ』

「だから、他社さんの資料もあるんですね」

『そうなんだよ。それと、イスラム錬金術ね。もしかして風間君は読んだの?あれ英語だった?私は外国語はさっぱりでね、あんなミミズが這ったような文字読む気にもならないから知らなかったな。目録にはイスラム錬金術としか書いてなかっただろ?』

「そうですね、明礬からアルミをつくるとか今の化学の授業では教わらないことも多くて、実験したくなっちゃいました」

『へえ、化学のプロから見てもそうなの?私なんか錬金術ってだけで眉唾物と思ってしまったけどね。あの本はね、明治時代に日本はイギリスと同盟してたでしょ。その頃に日本に入ってきた物らしいよ。私もそれ以上詳しくは知らないが・・』

榎本館長は良い人だけど、結構飲む人なんだよね。

『風間君は太閤殿下がサルと本当に呼ばれていたと思っているかい?あれ、嘘だから』

「タイコウデンカ?ですか?」

『そう、太閤秀吉だよ。私たち大阪者で太閤殿下をサルなんて呼ぶ奴は一人もおらんよ。あれは江戸幕府の創作だよ。政権にある勢力は前政権者を悪く扱うのが普通だからね。徳川の前の天下人だった太閤殿下をこき下ろしたくてサルなんてあだ名を付けたんだろうね。』

「なるほど、そうなんですね」

コックリ、コックリ。あっ館長が船を漕ぎ始めた。こりゃおあいそだ。

常連だけあって、店の対応も慣れたもの。会計を終わらせると、あっという間にタクシーを呼んでくれて、館長を乗せたあと、タクシーチケットを運ちゃんに渡し、送り出した

会社から支給されたタクシーチケットこんなことに使って良いのか?まあ決済するのは館長当人だしね。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

性転換マッサージ

廣瀬純一
SF
性転換マッサージに通う人々の話

戦艦大和、時空往復激闘戦記!(おーぷん2ちゃんねるSS出展)

俊也
SF
1945年4月、敗色濃厚の日本海軍戦艦、大和は残りわずかな艦隊と共に二度と還れぬ最後の決戦に赴く。 だが、その途上、謎の天変地異に巻き込まれ、大和一隻のみが遥かな未来、令和の日本へと転送されてしまい…。 また、おーぷん2ちゃんねるにいわゆるSS形式で投稿したものですので読みづらい面もあるかもですが、お付き合いいただけますと幸いです。 姉妹作「新訳零戦戦記」「信長2030」 共々宜しくお願い致しますm(_ _)m

暁のミッドウェー

三笠 陣
歴史・時代
 一九四二年七月五日、日本海軍はその空母戦力の総力を挙げて中部太平洋ミッドウェー島へと進撃していた。  真珠湾以来の歴戦の六空母、赤城、加賀、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴が目指すのは、アメリカ海軍空母部隊の撃滅。  一方のアメリカ海軍は、暗号解読によって日本海軍の作戦を察知していた。  そしてアメリカ海軍もまた、太平洋にある空母部隊の総力を結集して日本艦隊の迎撃に向かう。  ミッドウェー沖で、レキシントン、サラトガ、ヨークタウン、エンタープライズ、ホーネットが、日本艦隊を待ち構えていた。  日米数百機の航空機が入り乱れる激戦となった、日米初の空母決戦たるミッドウェー海戦。  その幕が、今まさに切って落とされようとしていた。 (※本作は、「小説家になろう」様にて連載中の同名の作品を転載したものです。)

性転換タイムマシーン

廣瀬純一
SF
バグで性転換してしまうタイムマシーンの話

蒼海の碧血録

三笠 陣
歴史・時代
 一九四二年六月、ミッドウェー海戦において日本海軍は赤城、加賀、蒼龍を失うという大敗を喫した。  そして、その二ヶ月後の八月、アメリカ軍海兵隊が南太平洋ガダルカナル島へと上陸し、日米の新たな死闘の幕が切って落とされた。  熾烈なるガダルカナル攻防戦に、ついに日本海軍はある決断を下す。  戦艦大和。  日本海軍最強の戦艦が今、ガダルカナルへと向けて出撃する。  だが、対するアメリカ海軍もまたガダルカナルの日本軍飛行場を破壊すべく、最新鋭戦艦を出撃させていた。  ここに、ついに日米最強戦艦同士による砲撃戦の火蓋が切られることとなる。 (本作は「小説家になろう」様にて連載中の「蒼海決戦」シリーズを加筆修正したものです。予め、ご承知おき下さい。) ※表紙画像は、筆者が呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)にて撮影したものです。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

大日本帝国領ハワイから始まる太平洋戦争〜真珠湾攻撃?そんなの知りません!〜

雨宮 徹
歴史・時代
1898年アメリカはスペインと戦争に敗れる。本来、アメリカが支配下に置くはずだったハワイを、大日本帝国は手中に収めることに成功する。 そして、時は1941年。太平洋戦争が始まると、大日本帝国はハワイを起点に太平洋全域への攻撃を開始する。 これは、史実とは異なる太平洋戦争の物語。 主要登場人物……山本五十六、南雲忠一、井上成美 ※歴史考証は皆無です。中には現実性のない作戦もあります。ぶっ飛んだ物語をお楽しみください。 ※根本から史実と異なるため、艦隊の動き、編成などは史実と大きく異なります。 ※歴史初心者にも分かりやすいように、言葉などを現代風にしています。

正しい歴史への直し方 =吾まだ死せず・改= ※現在、10万文字目指し増補改訂作業中!

城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
二度の世界大戦を無事戦勝国として過ごすことに成功した大日本帝国。同盟国であるはずのドイツ第三帝国が敗北していることを考えたらそのさじ加減は奇跡的といえた。後に行われた国際裁判において白人種が今でも「復讐裁判」となじるそれは、その実白人種のみが断罪されたわけではないのだが、白人種に下った有罪判決が大多数に上ったことからそうなじる者が多いのだろう。だが、それはクリストバル・コロンからの歴史的経緯を考えれば自業自得といえた。 昭和十九年四月二日。ある人物が連合艦隊司令長官に着任した。その人物は、時の皇帝の弟であり、階級だけを見れば抜擢人事であったのだが誰も異を唱えることはなく、むしろその采配に感嘆の声をもらした。 その人物の名は宣仁、高松宮という雅号で知られる彼は皇室が最終兵器としてとっておいたといっても過言ではない秘蔵の人物であった。着任前の階級こそ大佐であったが、事実上の日本のトップ2である。誰が反対できようものか。 そして、まもなく史実は回天する。悪のはびこり今なお不正が当たり前のようにまかり通る一人種や少数の金持ちによる腐敗の世ではなく、神聖不可侵である善君達が差配しながらも、なお公平公正である、善が悪と罵られない、誰もに報いがある清く正しく美しい理想郷へと。 そう、すなわちアメリカ合衆国という傲慢不遜にして善を僭称する古今未曾有の悪徳企業ではなく、神聖不可侵な皇室を主軸に回る、正義そのものを体現しつつも奥ゆかしくそれを主張しない大日本帝国という国家が勝った世界へと。 ……少々前説が過ぎたが、本作品ではそこに至るまでの、すなわち大日本帝国がいかにして勝利したかを記したいと思う。 それでは。 とざいとーざい、語り手はそれがし、神前成潔、底本は大東亜戦記。 どなた様も何卒、ご堪能あれー…… ああ、草々。累計ポイントがそろそろ10万を突破するので、それを記念して一度大規模な増補改訂を予定しております。やっぱり、今のままでは文字数が余り多くはありませんし、第一書籍化する際には華の十万文字は越える必要があるようですからね。その際、此方にかぶせる形で公開するか別個枠を作って「改二」として公開するか、それとも同人誌などの自費出版という形で発表するかは、まだ未定では御座いますが。 なお、その際に「完結」を外すかどうかも、まだ未定で御座います。未定だらけながら、「このままでは突破は難しいか」と思っていた数字が見えてきたので、一度きちんと構えを作り直す必要があると思い、記載致しました。 →ひとまず、「改二」としてカクヨムに公開。向こうで試し刷りをしつつ、此方も近いうちに改訂を考えておきます。

処理中です...