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「おとなしく毒に蝕まれることに怯えて王位継承権を放棄しておけば良いものを、おまえみたいな者がいるから計画が台無しだよ」
そこにはもう温厚なハリス公はいない。いや、最初からシアンに対してハリス公は温厚な人柄を一度も見せていなかった。
赤い髪の一族が本当に毒を無効化できるのかずっと疑いの目で見ていたのだろう。そして実際に毒が効かないとわかり、本性を出した。
「計画って……? あんた、王様になりたいの?」
もう敬うことも礼儀を気にすることもない。こちらも素のままで返事をする。
「あの兄とその子供がいる限り、私は王にはなれぬ。王になるのは私はではない、私の子供だ」
「は……? あんたの子供って、継承順位かなり下だろ?」
ノア王子が継承権を放棄したとして、その下にはまだ二人、弟がいる。
第二王子と第三王子が相次いで毒に侵され継承を放棄したとなれば、その下の弟たちの警護は今より強化され簡単には手を出せなくなる。
その二人を始末してハリス公の子供が継承するとなると、他の王族や臣下たちが黙っていないだろう。
「私の子は今、一歳。継承順位は二番目だ」
「え……?」
頭が混乱してきた。なんで現国王の子供を抜いて、弟の子供が二番目の順位になるのだ。
「兄の小さな子供二人は兄の子ではない。第四王子と第五王子は私と王の側室の間にできた子だ」
まさか、侍女たちの噂話のうちの一つが本当だったとは。
驚いているうちに髪を掴む手が離され転がされると、ハリス公は腰に帯刀していた剣を抜いた。
暗い中に剣が鋭く光る。
「兄は義姉を心底愛している。だから側室を作ったりはせずに今まで来た。そんな兄が侍女に手を出したとなれば長年一緒にいた義姉は傷付き引きこもる。兄は妻の機嫌を直そうと必死になり、私の偽装工作まで頭がいかない」
手口はとても簡単だった。酒の弱い王に強めの酒と睡眠効果のある薬草を入れて飲ませ、眠り込んだところにハリス公の手付きの侍女を横に寝かせておくだけ。
「朝起きた兄が青い顔をしていたのが滑稽だったよ。信じられないことに一国の王が今まで王妃以外抱いたことがないのだから。ほしいものはいくらでも手に入れることのできる国王が、だ」
後は手付きになったとして側室に召し上げ、たった一回の共寝で懐妊したことにすればいい。同じ手を使って二人目の側室を召し上げれば、まだ王に心が残っていた王妃の愛情もなくなる。
王と王妃の仲が良くなければ、そのギスギスした空気は周りにも伝わる。
食事の席にも二人は来なくなり、権威の目がなくなったその席では王子の食事に毒を混入させることに躊躇していた王族も、感覚が麻痺して何度も毒を入れるようになる。
人の心を操るのはハリス公にとってはとても容易なことだった。
幼い頃から虐げられて育った彼には、王族の汚い仕打ちをたくさん見てきた。
「なんでそんな面倒くさいことを……。自分が王になればそれで十分じゃないのか?」
何年もかけて、こんなやり方で自分の子供を王につかせるより、ハリス公ならもっと上手く周りを動かして玉座を手に入れることができたはずだ。
「側室の子供がどんな仕打ちを受けて育ったか……君にはわからないだろう」
「……酷い目にあっていたってのは聞いた。でも努力して今の地位にいるって」
「努力だけじゃどうにもならないこともあった。兄は私を嫌っているからね。側室の子供なんて汚らわしいと面と向かって言われた私の気持ちは私にしかわからない」
「確かに。オレにはあんたの苦労はわからないよ……でもわかることもある。オレはここに来る前まで奴隷だったから……」
セシルが見つけなかったら今もまだ奴隷として生きていた。綺麗な服を着て、髪を結ってもらうことなんてなかった。
王子を恋い慕うことすら――。
「そうか、君は奴隷だったか。男娼にしては色気がないと思っていたが、奴隷なら納得だ。だったら君にもわかるだろう。同じ人間なのに人間扱いされない非道さが」
同情の目で見られて哀しくなった。
同じ苦労してきた人間だと言っても、ハリス公は衣食住に困ったことはないだろう。虐げられたといっても奴隷ほどではない。
「色気なくて悪かったな」
精一杯、色気を振りまいていたつもりだったが全くハリス公には通用していなかった。それが悔しく、少し恥ずかしい。必死に演じていたのに。
「側室の子が王になる。それが私の兄への復讐であり、野望だ。――だから、ノア王子が王になっては困るのだ。私の子がもう少し大きくなるまでは兄が王でいてくれなければ。そして王が退位した時に真実を兄に暴露する。さぞ絶望するだろう……それが私の望み」
その前に正妃の子供たち三人を排除する。一人目はもともと身体が弱く、何もする必要はなかった。問題は第二王子と第三王子。
「私が首謀者だと知られないようにするのは簡単だ。王族たちは自分の利益しか考えてない。この王宮でどれだけ贅沢に生きていけるかばかり。だからこう言った。あの兄弟は仲が良い。その中の誰かが次期国王にでもなれば今の王室の体制を変えて王族を王宮から追い出すつもりだと。贅沢に慣れた王族たちは慌ててどうにかしようとする。そこでそっと囁く」
――少しずつ食事に毒を盛ればいい。
「命を王族に狙われていると知れば継承権を放棄するだろう。敵は王族のほぼ全員だ、どうにもできない。そう助言しただけ。あとは各々が毒を用意して食事に入れただけ。第二王子はこれで上手くいったのに、おまえがいるせいで王族たちは尻込みしてしまった。本当に邪魔な存在だ」
なんて歪んだ感情なのだろう。冷たくてずる賢い、自分の復讐のためなら誰でも利用する怖い人。
そんなに兄である王が憎いのか。半分は血が繋がっているというのに。
幼い頃から虐げられて育つとこんなにも性格が歪んでしまうものか。
そこにはもう温厚なハリス公はいない。いや、最初からシアンに対してハリス公は温厚な人柄を一度も見せていなかった。
赤い髪の一族が本当に毒を無効化できるのかずっと疑いの目で見ていたのだろう。そして実際に毒が効かないとわかり、本性を出した。
「計画って……? あんた、王様になりたいの?」
もう敬うことも礼儀を気にすることもない。こちらも素のままで返事をする。
「あの兄とその子供がいる限り、私は王にはなれぬ。王になるのは私はではない、私の子供だ」
「は……? あんたの子供って、継承順位かなり下だろ?」
ノア王子が継承権を放棄したとして、その下にはまだ二人、弟がいる。
第二王子と第三王子が相次いで毒に侵され継承を放棄したとなれば、その下の弟たちの警護は今より強化され簡単には手を出せなくなる。
その二人を始末してハリス公の子供が継承するとなると、他の王族や臣下たちが黙っていないだろう。
「私の子は今、一歳。継承順位は二番目だ」
「え……?」
頭が混乱してきた。なんで現国王の子供を抜いて、弟の子供が二番目の順位になるのだ。
「兄の小さな子供二人は兄の子ではない。第四王子と第五王子は私と王の側室の間にできた子だ」
まさか、侍女たちの噂話のうちの一つが本当だったとは。
驚いているうちに髪を掴む手が離され転がされると、ハリス公は腰に帯刀していた剣を抜いた。
暗い中に剣が鋭く光る。
「兄は義姉を心底愛している。だから側室を作ったりはせずに今まで来た。そんな兄が侍女に手を出したとなれば長年一緒にいた義姉は傷付き引きこもる。兄は妻の機嫌を直そうと必死になり、私の偽装工作まで頭がいかない」
手口はとても簡単だった。酒の弱い王に強めの酒と睡眠効果のある薬草を入れて飲ませ、眠り込んだところにハリス公の手付きの侍女を横に寝かせておくだけ。
「朝起きた兄が青い顔をしていたのが滑稽だったよ。信じられないことに一国の王が今まで王妃以外抱いたことがないのだから。ほしいものはいくらでも手に入れることのできる国王が、だ」
後は手付きになったとして側室に召し上げ、たった一回の共寝で懐妊したことにすればいい。同じ手を使って二人目の側室を召し上げれば、まだ王に心が残っていた王妃の愛情もなくなる。
王と王妃の仲が良くなければ、そのギスギスした空気は周りにも伝わる。
食事の席にも二人は来なくなり、権威の目がなくなったその席では王子の食事に毒を混入させることに躊躇していた王族も、感覚が麻痺して何度も毒を入れるようになる。
人の心を操るのはハリス公にとってはとても容易なことだった。
幼い頃から虐げられて育った彼には、王族の汚い仕打ちをたくさん見てきた。
「なんでそんな面倒くさいことを……。自分が王になればそれで十分じゃないのか?」
何年もかけて、こんなやり方で自分の子供を王につかせるより、ハリス公ならもっと上手く周りを動かして玉座を手に入れることができたはずだ。
「側室の子供がどんな仕打ちを受けて育ったか……君にはわからないだろう」
「……酷い目にあっていたってのは聞いた。でも努力して今の地位にいるって」
「努力だけじゃどうにもならないこともあった。兄は私を嫌っているからね。側室の子供なんて汚らわしいと面と向かって言われた私の気持ちは私にしかわからない」
「確かに。オレにはあんたの苦労はわからないよ……でもわかることもある。オレはここに来る前まで奴隷だったから……」
セシルが見つけなかったら今もまだ奴隷として生きていた。綺麗な服を着て、髪を結ってもらうことなんてなかった。
王子を恋い慕うことすら――。
「そうか、君は奴隷だったか。男娼にしては色気がないと思っていたが、奴隷なら納得だ。だったら君にもわかるだろう。同じ人間なのに人間扱いされない非道さが」
同情の目で見られて哀しくなった。
同じ苦労してきた人間だと言っても、ハリス公は衣食住に困ったことはないだろう。虐げられたといっても奴隷ほどではない。
「色気なくて悪かったな」
精一杯、色気を振りまいていたつもりだったが全くハリス公には通用していなかった。それが悔しく、少し恥ずかしい。必死に演じていたのに。
「側室の子が王になる。それが私の兄への復讐であり、野望だ。――だから、ノア王子が王になっては困るのだ。私の子がもう少し大きくなるまでは兄が王でいてくれなければ。そして王が退位した時に真実を兄に暴露する。さぞ絶望するだろう……それが私の望み」
その前に正妃の子供たち三人を排除する。一人目はもともと身体が弱く、何もする必要はなかった。問題は第二王子と第三王子。
「私が首謀者だと知られないようにするのは簡単だ。王族たちは自分の利益しか考えてない。この王宮でどれだけ贅沢に生きていけるかばかり。だからこう言った。あの兄弟は仲が良い。その中の誰かが次期国王にでもなれば今の王室の体制を変えて王族を王宮から追い出すつもりだと。贅沢に慣れた王族たちは慌ててどうにかしようとする。そこでそっと囁く」
――少しずつ食事に毒を盛ればいい。
「命を王族に狙われていると知れば継承権を放棄するだろう。敵は王族のほぼ全員だ、どうにもできない。そう助言しただけ。あとは各々が毒を用意して食事に入れただけ。第二王子はこれで上手くいったのに、おまえがいるせいで王族たちは尻込みしてしまった。本当に邪魔な存在だ」
なんて歪んだ感情なのだろう。冷たくてずる賢い、自分の復讐のためなら誰でも利用する怖い人。
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