甘い毒の寵愛

柚杏

文字の大きさ
上 下
17 / 23

17

しおりを挟む
 ハリス公が毒を盛っている黒幕ならシアンは邪魔な存在でしかない。
「……ノア王子も、その文献を読んだと言っていました。それでオレを探し出したと」
 一か八かの賭けだ。これでハリス公がどう出てくるか。
「ノア王子は幼い頃からロマンティストだったから、初代国王に憧れたのだろうね」
「どういう意味ですか?」
 おかしそうに、どこか懐かしそうにハリス公は微笑む。
「赤い髪の人間を娶れば自分も初代国王みたいになれると思っているのかもしれない。立派に育ったと思ったけれど、まだまだ子供だなぁ」
 薬草の手入れをしながら、フフと声を出したハリス公。
 遠回しに、王子はシアンに惚れているのではなく憧れを形にしただけだと言っていた。
 おまえなんかには王族の長い歴史に勝てはしないのだと。
 そんなことは最初からわかっている。けれど他の人に言われると傷付く。
「ハリス公」
「はい、なにでしょう?」
「王子の食事に毎回毒が盛られているのは知っていますか?」
 薬草を手入れする手を止めてハリス公はゆっくりとこちらを向いた。その顔はもう笑っていなかった。
「王子の食事に? それは本当ですか? 誰がそんなことを?」
「王子本人です。だから王子はオレを探し出した。――毒の治療のために」
 心臓がバクバクとうるさい。
 少し離れたところにハリス公の従者が控えてはいるけれど、味方ではない。今ここでシアンになにかあっても誰も助けてくれない。
「赤い髪の一族に毒の無効化の力があるとは書いてあったが……まさかそれを信じて探し出したと? 本当に君にその力が?」
 冷たい声だった。
 気味の悪い、闇を背負ったような。
「では……君にこれを飲ませても、平気だと?」
 ポケットから出した小さな小瓶にはいかにも毒の色をした液体が入っていた。
「これは?」
「たった一口で、一瞬で死ねる毒です」
「なんでそんな物持ってるんです? 物騒ですね」
 そんな毒を盛られたら隣にいても治療が間に合うかどうか。
 その毒を王子に使われたくない。
「薬草を煎じるうちに毒も作れるようになったんです。もしこれを飲んでも君が平気なら、その力が本物だと信じましょう」
「別に信じなくてもいいですよ。王子が信じてくれてますんで」
 毒の入った食事を食べても平気だったから自分の身体の中に毒を取り込んでも中和されるのはわかっている。しかし一口で死ぬ毒を飲むのはリスクが高すぎる。
「では、その王子の食事に入れたら?」
 思わずシアンはハリス公を睨んだ。この人ならやりかねない。そう感じてハリス公の手から強引に小瓶を奪った。
「飲んでもいいですよ。でも代わりに答えてくれませんか?」
「飲んで、平気だったらいいですよ」
 小瓶の蓋を取って中身を覗いた。お世辞にも美味しそうとは思えない。
「王族を唆して毒を盛らせたのは貴方ですか? 第二王子もそうやって毒を盛っていたんですか? その時は上手くいったみたいですけど、ノア王子は絶対にそうさせませんから」
 キッと睨み付けると、冷酷な目がシアンを鋭く射貫いた。
 ビクリとしたが負けるわけにはいかなかった。
「どうぞ、飲んでください」
 手が震えて小瓶の中の液体が揺れる。
 ふぅ、と息を吐いてシアンはその毒を飲み干した。
「まずっ」
 一瞬で死ぬならもう効果が出ているはず。けれどシアンの体質はそれを無効にする。もしかしたら時間差で効いてくるかもしれない。
 怖い。今まで生きてきてこんなに怖いのは初めてだ。
 この体質で王子を助けてこられたことを誇りに思う。これで死んでしまっても後悔はしない。
「さぁ、答えてください。貴方が毒を盛らせていたんですか?」
 ハリス公は大きく目を見開いた。
 毒が効いていないのを見て驚いている。
「……本当に、効かないのか……」
「だから……そう言ってるでしょ……」
 効かないはず。だけど身体が、胃の中が酷く熱い。今にも吐いてしまいそうなくらい気持ち悪い。毒の中和が間に合っていないのかもしれない。
「……毒を盛らせていたのは……」
 目が回る。立っていられない。呼吸が苦しくなってきた。
(オレ、このまま死ぬのかな……)
 しかし、それでも構わない。もう王子に盛られていた毒は減って、食事の場も崩壊している。王子は自室で毒の盛られていない美味しい食事を口にできる。
「そう、私が毒を盛らせていた。第二王子もそうだ。とても残念だ。継承権を放棄すれば命まではとるつもりはなかったのに」
 やはりハリス公が――。
 これを王子に伝えなければ。
 だけど――目の前が暗くなってきた。何も見えない。今、自分が立っているのか座っているのか。それとも倒れているのかもわからない。
(王子に……つたえなきゃ……)
 シアンの意識はそこで途絶えた。




 どのくらい眠っていたのか、目が覚めるとそこは暗い地下のようだった。
 カビ臭い匂いが鼻につく。微かに蝋燭の灯が揺れている。
 冷たい石の床の上で寝ていたらしく、身体中が冷たく、どこからか水が漏れているのか服も髪も少し濡れていた。
 起き上がろうとして、両手両足に鎖の手錠を掛けられているのに気が付いた。
 気を失ってハリス公に捕まってしまったのだ。なんて間抜けなのだろうと唇を噛んだ。
「気が付きましたか?」
 暗い中にハリス公の声が響いた。よく目をこらして見てみると壁にもたれて腕を組むハリス公の姿があった。
「さすがにあの毒を飲んで平気ではいられなかったみたいだね」
「……あんな不味い毒、二度と飲みたくないね」
 王子を守れるならこの命を投げ出しても構わないと覚悟していたけれど、ハリス公の所業を王子に伝えるまでは絶対に死ねない。
 この身体はどうやらどんなに強い毒でも死ぬことはない。王子を治療することもできて、自分にも効力がないのなら毒に対しては無敵だ。
「それで、オレをどうするつもり? 殺す?」
「そうだねぇ……」
 足音をさせて近付いてきたハリス公が目の前までやってきた。なんとか起き上がって立ち膝でハリス公を下から見上げると、グッと赤い髪を掴まれた。
 強引に髪を引っ張られ、その痛みにシアンは顔を歪ませた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

はな六はプロ棋士を辞めてただのアンドロイドになります。(改訂版)

BL
 クマともタヌキともつかないぽんぽこりんな見た目のアンドロイド“はな六”は、囲碁のプロ棋士をしていた。だが長年の戦績不良etc.により、とうとうプロ棋士を辞めることを決意する。  プロ棋士を辞めアンドロイド棋院を退会するにあたり、クマともタヌキともつかないぽんぽこりんのボディと囲碁にまつわる記憶を棋院に返上することになったはな六。彼はVRショッピングモールで買い求めたボディに魂を移植し、第二の人生を歩むことになる。  ところがはな六が購入したボディは、美しい青年型のセクサロイドだった。  セクサロイドとは? なんだかよくわからないまま、はな六はセクサロイドの元の所有者である“サイトウ”のもとで居候生活を始めるのだが……。 ☆第8回BL小説にエントリーしました。 ※本作は昨年末から今年の4月にかけて投稿した同タイトルの作品を加筆修正したものです。ストーリーの大筋にはあまり変更はありません。 ※本作の初稿はムーンライトノベルズに、第2稿はfujyossyに投稿済みです。 ※アルファポリスにて投稿済みの本作初稿は、BLコンテストが終わるまで非公開にします。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

「優秀で美青年な友人の精液を飲むと頭が良くなってイケメンになれるらしい」ので、友人にお願いしてみた。

和泉奏
BL
頭も良くて美青年な完璧男な友人から液を搾取する話。

真・身体検査

RIKUTO
BL
とある男子高校生の身体検査。 特別に選出されたS君は保健室でどんな検査を受けるのだろうか?

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

処理中です...