甘い毒の寵愛

柚杏

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「一番上の兄は幼い頃から体が弱く国を統治するのは無理だと自ら権利を放棄した。二番目の兄は健康だっったが毒を盛られ療養中だ。毒のせいで視力を失ってしまったから権利は一番目のままだが療養が終わり落ち着き次第、権利を放棄すると言っている。だから実質、第一王位継承者は俺になる」
 シアンには違う世界の話しすぎて、ポカンと口を開いたまま王子が話す事実を聞いているしかできなかった。 
「毒を盛った犯人を捕まえても黒幕を吐くことなく自害されてしまう。しかも一人だけではない、何人もに狙われている。捕まえても捕まえてもきりがない。毒味係を置いても次々に死なれ、毎回いろんな毒を盛られているせいで解毒薬も効きづらい」
「王族は幼少の頃よりある程度の毒には慣らされています。しかし最近王子の食事に使われている毒はまだ解毒薬が出回っていない新種の毒薬のようで我々も頭を抱えております」
 補足するようにセシルが付け足し、今の状況がかなり危機的なものだということが理解できた。
「じゃあ、王子がさっき顔色悪かったのって、その食事のせいだったり?」
 朝起きた時は元気に見えたのに戻って来たら酷く顔色が悪かった。それも食事で毒を盛られたからだとしたら、相当強い毒なのではないか。
「その通り」
「え、だったらなんでそれ食べるんだよ? 違うの食べればいいんじゃないのか?」
「食事の時間はこの王宮に住む王族ができるだけ全員集まる。王位を狙う者が俺が毒で苦しんで死ぬ姿を今か今かと待っている席だ。もし俺がその席に行かなければそいつらは俺の命があと少しだと思うだろう。そして致命的な量の毒か、または寝込みを襲われるか。方法はいくらでもあるが弱ったところを暗殺とわからないように手を下すつもりだろう」
「そんな……そんなこと簡単にできんの?」
 もっと警備が厳しいものだと勝手に思い込んでいた。王族同士が表では何にもない顔をして裏で王子を暗殺しようと企むなんて、そんなことが起こる国ではないと。
「実際、二番目の兄はそれでじわじわと身体を蝕まれ視力を失った。視力を失った王など国をまとめられるわけがないと他の王族たちに言われ権利を放棄するようにと言われたんだ。命まで奪われなかったのが幸いだと思うしかないと兄は笑っていたが悔しかっただろう。俺になんとしてでも王になれと……」
 なんと声をかけたらいいのかわからずシアンは下唇を噛んだ。
「俺たち兄弟は仲が良かったからな、王位継承で争うことはないと兄たちも俺も安心していた。それがまさか兄弟以外の身内に狙われるとはな……」
「なかなか証拠が出ないのが口惜しくて仕方ありません……」
 セシルは自分の腕を爪が食い込むほど強く掴んだ。
「まぁ、俺も敵に弱っている姿を見せるのは嫌なもんだから毒が入っていると知っていても平気な顔して食べているが。今の俺ができる抵抗はそれくらいしかない。これ以上、毒味係を犠牲にしたくはないからな」
「王子は優しすぎます。王子のためならば命を捨てる者はいくらでもいるのですから、毒味を置くべきなのです!」
 セシルの言うことはもっともだとシアンも思った。国の王子の命を守るためなら喜んで毒味する者はたくさんいるだろう。しかも二番目の王子が毒で命を狙われたあととあらばなおさら。
「これ以上、毒味は置かない、絶対だ」
 それは王子としての命令だった。強く言われセシルはそれ以上、何も言えなくなった。
「今犯人を捜すつもりはない。捜しても意味はない。俺が王位継承権を放棄するか、死なない限り命を狙う輩はどんどん出てくる。今の王族は腐っているんだ」
「じゃあ、ずっと王子はこのまま毒を盛られ続けるのか?」
 せっかくの美味しい料理もそれでは味なんてしないだろう。その一口が王子の身体を蝕んでいくのを、王族の誰かは食事のたびにほくそ笑んで見ているのだから。
「まさか。やられっぱなしは性に合わない。俺は必ず王位を継承してこの国の王になる。そして腐りきった王族の体制を一掃してやる。膿は全部出し切る。それが今の俺の役目だ」
 その目には確かに大きく強い意志が宿っていた。
 シアンはそこに何者にも屈しない、未来の王の姿を垣間見た。
「それでも、少しでも怪しい者は排除するべきです!」
 セシルの懇願に王子は堂々とした態度で不適に笑んだ。
「決定的な証拠があればそのつもりだ。しかしまだ証拠がない。それにようやく毒に怯える必要がなくなった」
 王子とセシルが同時にシアンに視線を移した。シアンは問題の大きさに尻込みをして、ゴクリと生唾を飲んだ。
「おまえがここに連れてこられたのは俺を助けるためだ」
「助けるって……毒味をしろってことじゃなくて?」
 毒味はいらないと言っていたばかりだ。それにただ毒味するだけなら口付けする必要も、抱く必要もない。やはり慰み者として呼ばれたのだろうかと顔を顰める。
「おまえのその赤い髪。おまえ以外にそんな髪の色の人間を見たことはあるか?」
「髪……?」
 侍女によって複雑に結われた髪に触れてみる。綺麗に洗ってもらって触り心地も良く、髪の色に合わせた衣装のおかげで艶やかに映えている。
 ここに来るまではこの色は目立ちすぎて好きではなかった。奴隷同士で喧嘩などあれば何もしていないシアンが「そこの赤い髪!」と呼ばれて叱られるのだ。だから目立たないようにとわざと砂を被って汚れて見せていた。少し灰を被れば赤はすすけて見えて目立たなくなる。
 燃えるような、炎のような、赤。
 見る者が見れば不吉だと思うだろう。
 この赤い髪が珍しいから呼ばれたということなのだろうか。わざわざ従者が迎えに来るほどとは到底思えないが。
「セシルが王宮の山ほどある古い書物を調べてようやく見つけた古い文献に書かれていた。かつてこの国を建国した初代ユノヘス国王は敵が多く常に命を狙われていた。ちょうど、今の俺のように」
「それがなにか関係あるのか?」
「まあ、聞け。――しかし、王はどんな襲撃にあっても生き延びた。剣の腕が抜群で策略を巡らすことにも長けていた。そしてどんな猛毒を盛られても平然としていた。その王の隣にはいつも赤い髪の女がいた。王の妻だ」
「……赤い……髪……」
 小さな田舎町しか知らないシアンだが、同じような髪の色の人間は見たことがない。
 この国の王や騎士を主人公にした英雄譚は数多くあり、奴隷の身分でも知っている話はいくつかある。しかし、初代国王の妻の話は聞いたことはなかった。
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