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脈動

歴史に囚われし者

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「ほんとに良かったの?ローゼンミュラーおじ様なら大金だって要求できたのに」

「旅人の身分じゃ到底行けないところを紹介して貰えたんだ。お金には変えられないよ。ちょうど気になってたところだし」

「ヴィクターは変わったね。あの時より自由で楽しそう」

 籠の中の鳥が籠を抜け出しても、飼い主の家までは抜け出せない。限定的な仮初の自由。許してくれる父に感謝しながらも、何か足りないような気がしているオリビアにとって、完全な自由を手にしたヴィクターは眩しく、羨ましく見えた。

「私はおじい様に報告しないとだから、また村で」

「また」

 手を振りオリビアが向かったのは、貴族区域の中でも中心の方向。一方ヴィクターは町人区域の方向に向かって行った。

 貴族区域と町人区域を分ける薄い城壁付近に歴史研究院は存在した。お世辞にも綺麗とは言えない。蔦がまとわりつき、所々外壁の石が剥がれ落ちている、そんな建物だった。ヴィクターが扉を遠慮がちに叩いた。

「はーい」

 間延びした声とともに、 眠そうに目を擦り、ダルダルのローブを身にまとった眼鏡っ娘が現れた。

(眼鏡っ娘!!)

 オタクが反応せずにいられるだろうか、否である。

「おーい。大丈夫?」

 目の前で何度か手を振られた事で、やっと意識を取り戻した。

「あっはい」

「歴史研究院に何か用事?こんな見た目でも国の機関だから、許可証が必要なんだけど」

 ヴィクターは先程ローゼンミュラー家の執事から渡された、やけに格式ばった書類を眼鏡っ娘に差し出す。

「ロッ、ローゼンミュラー侯爵家の紹介状!?何卒何卒」

 高卒(大学入学)。 

「僕はただの旅人です。そんなに畏まらないでください」

「そうなの。なーんだ気にして損した。ほら入って入って」

 紹介状が与えられるということは、それなりの関係があるということなのだが、眼鏡っ娘は全く意識から吹き飛ばした様子で、ヴィクターを建物に招き入れた。

「ようこそ歴史研究院へ。私はここの所長ツァイラー・ガブリエラだ」

 案内された部屋は外観と違わず、言葉を選ばず言えばボロく散らかっていた。

「散らかっててごめんね。予算も人員も何もかも足りてなくて。それで、何の用かな」

「ヘルトシュタットで勇者伝説の資料を読んだのですが、古代語がわからず、専門家の方に伺いたくて」

「それならちょうど私の研究分野だ」 

 ガブリエラはぐちゃぐちゃのデスクから、雪崩を起こし何枚かの資料を取り出した。

「かつて大陸全土を支配した大帝国ヴェーリカヤ・インペリヤの言語は、一部の単語を除いて現在用いられるヴラドニア語とかけ離れているため素人の翻訳は困難。故に我々が居るッ」

 腰に手を当てて、ドヤ顔を披露する。

「あっはい」

「滑ったね。真面目に話そう。解析の結果、勇者の出自は当時も不明で、突然現れた以上の説明は不可能。大帝国といえど扱いには大変困ったらしいが、人類存亡の危機に気にはしてられないと国賓待遇で迎え入れたそうだ。その効果は絶大で、当時未熟であった魔法体系を現代のものと同質にまで引き上げ、更に高度な冶金技術までをもたらした。まさに勇者と呼ばれるにふさわしい活躍だよ」

 そのあまりにもな活躍にヴィクターはある可能性に至る。 

(まるで転移モノのラノベだな)

 転生が存在しうること、魔法のイメージに長けていたこと、明らかに高度な技術を有していることは、そう考えるに十分な証拠だった。

「続けるよ。異民族をエンデ大山脈以北に押しやった後は、多大なる功績により貴族へと任命された。平和な時代に強大すぎる力は驚異となる。時の皇帝は反逆を恐れ帝都から追放。南部の辺境領地に封じた。以後の記録は帝国崩壊の混乱で失われており、最先端の研究でも勇者ヴィクトルのその後については一切不明となっている。当時流行ったとされる英雄譚の最後で、家庭を持ったと描かれていることから、子供がいたのではと言われているが、なにせ証拠がないからね、真偽はなんとも。記録が少なすぎるせいで研究自体進んでいなくて。あまり新しい事を話せなくてすまない」

「どうして、そんなに文書が残ってないのでしょうか?昔であることはそうなんですけど、世界を救った勇者の記録が、ほとんど一つの町にしか残らないのは不自然に思います」

 ガブリエラの瞳が獲物を見つけた獣のものへと変わる。

「いい疑問だヴィクター。考慮すべき点として、勇者の活躍期間が戦時で情報に混乱があった可能性、ヴェーリカヤ・インペリヤの崩壊に伴う紛失や失伝は大いにありうる。だが」

 語気が強まった。

「だが、それで片付けるのは学者として失格だ。不自然な点がある限り、明らかにしなければならない。私は勇者記録は何者かによる作為的な影響があると考えている」

「勇者の活躍が面白くない、邪魔になるとなると、教会か、王国か」

「ヴィクターは筋がいい。私はその両者だと考えている。王国はその成り立ちを、教会の聖典に描かれるある奇跡としている。奇跡にとって勇者が不都合であれば消すだけの理由になる。国家権力に宗教権威があれば、一人の男の痕跡を絶やすことなど容易だ。調べようがないから、仮説の域は出ないが」

 現代日本において古墳の調査に宮内庁の許可が必要なように、教会関係の調査を国の機関とはいえ、一介の研究者が行うことなど不可能だ。 

「他に聞きたいことはあるか?」

「最後にひとつだけ。勇者ヴィクトルと、僕の名前ヴィクターに関連性はあると思いますか?」

「ヴェーリカヤ・インペリヤ語のヴィクトルが、現ヴラドニア語へと移り変わる過程で変化していった。関係があるもなにも本来は同じだ。しかしヴィクターが知りたいのはそれだけではないんだろう。現代にまで残る勇者の名。そして南部に生まれた自分がその名を名乗る理由。今すぐ答えを出すのは難しい。少しでもわかり次第、ギルドを通じで手紙を出そう」

「本当にありがとうございます」

「ローゼンミュラー侯爵の紹介した人を無下にしたとなったら、もっと予算を削られる。それだけは避けないと。そうだヴィクター。私の対応が良かったと伝えておいてくれ。これで予算が増えれば万々歳だ」

 善意と研究欲からくる申し出と思われたそれは、予算増と言う切実で世知辛い事情故だった。いつの時代もどこでも研究で食べてくのって大変なものだ。

 ヴィクターにとって革新的といえるほどの知識を得ることは叶わなかったが、勇者ヴィクトルが自らと似た境遇であった可能性は、好奇心を刺激するのには十分過ぎた。 

(せっかくだから、これを旅の目的のひとつにしよう)

 ガブリエラの見送りで古びた建物を出たヴィクターは、旅人の装いでは息苦しい貴族区域を抜けるべく足早に門へと向かった。

 

 一方その頃レオンは。

「俺たちの勝利に」

「勝利に」

「「かんぱーい」」 

 トーマスと共に豪快に丸焼きにした魔物肉を食べ、祝杯をあげていた。
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