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脈動
ベルネット子爵領
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六年の月日が経ち、ワンクリック詐欺みたいな手口で転生させられた理不尽も受け入れられていた。そしてこれだけ時間が経つと亘も気持ちの整理ができて(死んで転生なのか魂だけなのか気になるところではあったが)、ヴィクターとして生きていく決心がついていた。
「マリー、この本の続き持ってきてくれない?」
「かしこまりましたヴィクター様」
あの事件以来、ヴィクター付きのメイドとなったマリーは早足で本を運び手渡した。
「ありがとう。助かるよ」
「それにしても何度目ですか?このシリーズを読まれるのは。私は三回も読めばもう飽きますよ」
ヴィクターは恥ずかしそうに頬をかいた。
「街の地下にある巨大な迷宮。それに挑む無謀で無法な冒険者たち。男ならこれほど心が踊る物語はないよ」
「憧れるのはいいですが、間違っても冒険者になろうなんて思わないでくださいね。ヴィクター様はベルネット家の期待なんですから」
「うん。わかったよ」
ヴィクターは生返事気味に答える。本心では二度目の人生しかもファンタジー世界なら冒険をしてみたいという気持ちと、どの道フリードリヒが継ぐのだからいいんじゃないかという気持ちが強かった。
「そういえば、ヴィクター様は文字の習得も早く、早々に本に興味を示されましたが、お外には興味がないのですか?フリードリヒ様が同じぐらいの頃は毎日のように庭でお遊びになられていましたよ」
「今はここで本を読んでいる方が楽しいんだ。どの道もう少ししたら剣術と魔法の訓練が始まるだろ。体を動かすのはそれからでいいよ」
(それに早く前世との知識の乖離を埋めないといけないしね)
そうはいっても祖父が揃えたこの本棚は殆どが冒険譚で社会常識や地理程度しか学べることはなかったが……。
この世界の社会はいわゆる中世ファンタジーで描かれるものそのもので、特権階級である王家、貴族が存在する封建的なものであり、その中でベルネット家は大陸一、二を争う大国、スヴェト・ヴラドニア王国南部地域に存在する子爵家であった。
王国南部は古くからの街が多く、北に行くにしたがって新しくなっていく傾向にあり、東部には巨大湖が存在し開運で栄え、西部は農耕地帯になっている。
冒険譚から誰でも使える魔法と一部の人しか使えない魔法があることはわかったが、専門的な書籍は見つからなかった為に原理や使用方法はわからなかった。
また通貨はデナという単位が用いられ、物価の違いを考慮する必要はあるが、凡そ一デナは一円ほどの価値を持っている。
「さま……ヴィクター様」
「近っ!」
気がついたらマリーが顔が接してしまいそうなほど近づいていた。
「この紙落とされました?恐らく本に挟まっていたものなのですが」
受け取って見てみるとどうやらベルネット領内に関する報告書のようだった。
(今は些細なことでも情報が欲しい)
「僕のじゃないと思うけど、ちょっと読んでみてもいいかな?」
「重要書類という程でもなさそうなのでよろしいかと」
分かったことは二つ。
一つはベルネット子爵家が父上の代になってから一度の赤字も出しておらず、貯蓄を積み上げる安定的な財政をしていること。
そしてもう一つは、ベルネット領の特に農民中心に高い税金のせいで貧困化が進みつつあることだった。
「マリー、領内の税金って他領と比べてどうなの?」
「わたくしの口から確実なことは言えませんが、あくまで一般論として申し上げますと高い水準にあると言えると思います」
「じゃあベルネット家への評価は……」
マリーは周囲を見渡し、難しい顔をしながらヴィクターに手招きし、庭に歩いて行った。
__________________________________
「そんなに話にくいことなら無理に聞かないよ」
ヴィクターの制止も気にせず彼女は庭の端へ歩みを進めた。
「ここでならいいでしょう」
幾秒か見つめあったのち、息を吐き口を開いた。
「正直言って、ベルネット家の評価は低いと言わざるを得ません。先ほどの書類にもあったように重税で農家の一部は食べる分さえも差し出さなければいけない状況です。それにトラウゴット様が招致される商会は庶民向けとは言えないものでベルネット家関係の有力者のみがいい暮らしをしており、格差を感じる者が多くなっています」
( 重税が問題なら単純に下げてしまえば不満は減るのだろうけど、完全に分断が起きてしまってる)
「こんなになるまで誰か父上に進言する者はいなかったのか?」
「民衆からの評判は悪いものの、貴族としての態度は正しいのです。家の発展のため家族や周囲にお金をかけ、商家の為に施策を行う。他の貴族家との交流もしっかりと行い繋がりを作る。周囲からしたら素晴らしい当主という以外ないでしょう」
「よく反乱が起きていないね」
「この国で合法的な反乱を起こすのには貴族家の統治を支える騎士家が主導する必要がありますが、ベルネット領五つの騎士家のうち四家がフリードリヒ様への代替わりに期待しているため起こっていないのが現状です」
「兄さんは賢いと評判だし、大きな問題はないんじゃない」
「表向きにはそうですが、屋敷使用人ともう一家の騎士はトラウゴット様同様の統治が行われると考えています」
せっかくの異世界、本音を言えば旅に出たいと考えているヴィクターにとって下手をすれば反乱かお家騒動な所に居続けるというのはリスクでしかなかった。
「マリーごめん。兄さんとは争いたくないし、それに旅を、冒険をしたいんだ」
「ですが!」
マリーが声を荒げたタイミングで茂みの奥から一人の男が現れた。
「ヴィクター大きな声がしたがどうかしたか?」
「大丈夫です。フリードリヒ兄さん」
フリードリヒ・ベルネット、ヴィクターの六歳年上の兄で十二歳にして要旨は整っており、魔法の才にこそ恵まれなかったものの、剣術、知能ともに平均を優に越していると言われている優秀な人物だ。
そんな人柄を知っているからこそマリーが言うことを信じ切ることができなかった。
「そうか、ならよかった。父上が呼んでいるからいってなさい」
「なんの用事かわかる?」
「感謝祭の話だろう。楽しみだな」
その年の収穫に感謝する年一番のお祭りである感謝祭。フリードリヒならともかくヴィクターは、役目もなく楽しみにするようなことの見当がつかなかったのでマリーに小声で話しかけた。
「今年の感謝祭って何かあるの?」
「六歳になった年の感謝祭では魔力を活性化させ魔法を使えるようにする儀式、開魔の儀が行われます」
「魔法が使えるってこと!?」
「分かりやすく言えばそうなります。それだけでなく、特殊な力が目覚めるケースもあります」
ヴィクターは口角が上がるのを止めることができなかった。
「では父上のところに行ってきます‼」
小走りで父の待つ執務室へと駆けていった。到着するころにはマリーとの話はすっかりぬけおちてしまっていた。
__________________
ヴィクターが去った後の庭にて、フリードリヒがマリーに近づき耳元で囁いた。
「メイド風情がベルネット家次男に指図とは偉くなったな」
「申し訳ございません」
「子供だから都合よく動かせるなどと思ったのだろうが、ヴィクターは貴族の一員だ。この国において支配する側であり、貴様ら被支配者とは住む世界が違うのだ。自分や家族、仲間の身が可愛ければおとなしくしておくんだな」
「しかし、ヴィクター様が自ら望まれたら」
フリードリヒは怒気を顔ににじませながらさらにマリーへと近づいた。
「ヴィクターがそれを選ぶことは無い。必ずな。我が弟は望みのままに旅に出かけると確信している。高々数年使えたぐらいで分かったような口を利く。これだから貴様らは」
「ヴィクター様が成長なさるまでほとんどお会いにならなかったあなたに何が分かるのですか?」
マリーは碧色の眼を強くにらみつけた。
「調子に乗りすぎだ。次はない。あいつがなついていることに感謝するんだな。俺はもう行く、汚らしい言葉で汚れた体を清めなければならないからな。さっさと仕事に戻れ」
豪華に飾られた屋敷を見つめながら、拳を爪の跡が残るほど強く握りしめた。
マリーにもわかっていた。ヴィクターには外へのただならぬ思いがあることや、兄との折衝、領内でのトラブルを望んでいないことに。でも期待せずにはいられなかった。気さくに接してくれる彼なら領民みんなの生活もよくなると期待せずにはいられなかった。助けてほしい。だけど彼を罪悪感と義務感で縛りたくはなかった。
(みんな、ヴィクター様。ごめんなさい。わがままなメイドで)
「マリー、この本の続き持ってきてくれない?」
「かしこまりましたヴィクター様」
あの事件以来、ヴィクター付きのメイドとなったマリーは早足で本を運び手渡した。
「ありがとう。助かるよ」
「それにしても何度目ですか?このシリーズを読まれるのは。私は三回も読めばもう飽きますよ」
ヴィクターは恥ずかしそうに頬をかいた。
「街の地下にある巨大な迷宮。それに挑む無謀で無法な冒険者たち。男ならこれほど心が踊る物語はないよ」
「憧れるのはいいですが、間違っても冒険者になろうなんて思わないでくださいね。ヴィクター様はベルネット家の期待なんですから」
「うん。わかったよ」
ヴィクターは生返事気味に答える。本心では二度目の人生しかもファンタジー世界なら冒険をしてみたいという気持ちと、どの道フリードリヒが継ぐのだからいいんじゃないかという気持ちが強かった。
「そういえば、ヴィクター様は文字の習得も早く、早々に本に興味を示されましたが、お外には興味がないのですか?フリードリヒ様が同じぐらいの頃は毎日のように庭でお遊びになられていましたよ」
「今はここで本を読んでいる方が楽しいんだ。どの道もう少ししたら剣術と魔法の訓練が始まるだろ。体を動かすのはそれからでいいよ」
(それに早く前世との知識の乖離を埋めないといけないしね)
そうはいっても祖父が揃えたこの本棚は殆どが冒険譚で社会常識や地理程度しか学べることはなかったが……。
この世界の社会はいわゆる中世ファンタジーで描かれるものそのもので、特権階級である王家、貴族が存在する封建的なものであり、その中でベルネット家は大陸一、二を争う大国、スヴェト・ヴラドニア王国南部地域に存在する子爵家であった。
王国南部は古くからの街が多く、北に行くにしたがって新しくなっていく傾向にあり、東部には巨大湖が存在し開運で栄え、西部は農耕地帯になっている。
冒険譚から誰でも使える魔法と一部の人しか使えない魔法があることはわかったが、専門的な書籍は見つからなかった為に原理や使用方法はわからなかった。
また通貨はデナという単位が用いられ、物価の違いを考慮する必要はあるが、凡そ一デナは一円ほどの価値を持っている。
「さま……ヴィクター様」
「近っ!」
気がついたらマリーが顔が接してしまいそうなほど近づいていた。
「この紙落とされました?恐らく本に挟まっていたものなのですが」
受け取って見てみるとどうやらベルネット領内に関する報告書のようだった。
(今は些細なことでも情報が欲しい)
「僕のじゃないと思うけど、ちょっと読んでみてもいいかな?」
「重要書類という程でもなさそうなのでよろしいかと」
分かったことは二つ。
一つはベルネット子爵家が父上の代になってから一度の赤字も出しておらず、貯蓄を積み上げる安定的な財政をしていること。
そしてもう一つは、ベルネット領の特に農民中心に高い税金のせいで貧困化が進みつつあることだった。
「マリー、領内の税金って他領と比べてどうなの?」
「わたくしの口から確実なことは言えませんが、あくまで一般論として申し上げますと高い水準にあると言えると思います」
「じゃあベルネット家への評価は……」
マリーは周囲を見渡し、難しい顔をしながらヴィクターに手招きし、庭に歩いて行った。
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「そんなに話にくいことなら無理に聞かないよ」
ヴィクターの制止も気にせず彼女は庭の端へ歩みを進めた。
「ここでならいいでしょう」
幾秒か見つめあったのち、息を吐き口を開いた。
「正直言って、ベルネット家の評価は低いと言わざるを得ません。先ほどの書類にもあったように重税で農家の一部は食べる分さえも差し出さなければいけない状況です。それにトラウゴット様が招致される商会は庶民向けとは言えないものでベルネット家関係の有力者のみがいい暮らしをしており、格差を感じる者が多くなっています」
( 重税が問題なら単純に下げてしまえば不満は減るのだろうけど、完全に分断が起きてしまってる)
「こんなになるまで誰か父上に進言する者はいなかったのか?」
「民衆からの評判は悪いものの、貴族としての態度は正しいのです。家の発展のため家族や周囲にお金をかけ、商家の為に施策を行う。他の貴族家との交流もしっかりと行い繋がりを作る。周囲からしたら素晴らしい当主という以外ないでしょう」
「よく反乱が起きていないね」
「この国で合法的な反乱を起こすのには貴族家の統治を支える騎士家が主導する必要がありますが、ベルネット領五つの騎士家のうち四家がフリードリヒ様への代替わりに期待しているため起こっていないのが現状です」
「兄さんは賢いと評判だし、大きな問題はないんじゃない」
「表向きにはそうですが、屋敷使用人ともう一家の騎士はトラウゴット様同様の統治が行われると考えています」
せっかくの異世界、本音を言えば旅に出たいと考えているヴィクターにとって下手をすれば反乱かお家騒動な所に居続けるというのはリスクでしかなかった。
「マリーごめん。兄さんとは争いたくないし、それに旅を、冒険をしたいんだ」
「ですが!」
マリーが声を荒げたタイミングで茂みの奥から一人の男が現れた。
「ヴィクター大きな声がしたがどうかしたか?」
「大丈夫です。フリードリヒ兄さん」
フリードリヒ・ベルネット、ヴィクターの六歳年上の兄で十二歳にして要旨は整っており、魔法の才にこそ恵まれなかったものの、剣術、知能ともに平均を優に越していると言われている優秀な人物だ。
そんな人柄を知っているからこそマリーが言うことを信じ切ることができなかった。
「そうか、ならよかった。父上が呼んでいるからいってなさい」
「なんの用事かわかる?」
「感謝祭の話だろう。楽しみだな」
その年の収穫に感謝する年一番のお祭りである感謝祭。フリードリヒならともかくヴィクターは、役目もなく楽しみにするようなことの見当がつかなかったのでマリーに小声で話しかけた。
「今年の感謝祭って何かあるの?」
「六歳になった年の感謝祭では魔力を活性化させ魔法を使えるようにする儀式、開魔の儀が行われます」
「魔法が使えるってこと!?」
「分かりやすく言えばそうなります。それだけでなく、特殊な力が目覚めるケースもあります」
ヴィクターは口角が上がるのを止めることができなかった。
「では父上のところに行ってきます‼」
小走りで父の待つ執務室へと駆けていった。到着するころにはマリーとの話はすっかりぬけおちてしまっていた。
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ヴィクターが去った後の庭にて、フリードリヒがマリーに近づき耳元で囁いた。
「メイド風情がベルネット家次男に指図とは偉くなったな」
「申し訳ございません」
「子供だから都合よく動かせるなどと思ったのだろうが、ヴィクターは貴族の一員だ。この国において支配する側であり、貴様ら被支配者とは住む世界が違うのだ。自分や家族、仲間の身が可愛ければおとなしくしておくんだな」
「しかし、ヴィクター様が自ら望まれたら」
フリードリヒは怒気を顔ににじませながらさらにマリーへと近づいた。
「ヴィクターがそれを選ぶことは無い。必ずな。我が弟は望みのままに旅に出かけると確信している。高々数年使えたぐらいで分かったような口を利く。これだから貴様らは」
「ヴィクター様が成長なさるまでほとんどお会いにならなかったあなたに何が分かるのですか?」
マリーは碧色の眼を強くにらみつけた。
「調子に乗りすぎだ。次はない。あいつがなついていることに感謝するんだな。俺はもう行く、汚らしい言葉で汚れた体を清めなければならないからな。さっさと仕事に戻れ」
豪華に飾られた屋敷を見つめながら、拳を爪の跡が残るほど強く握りしめた。
マリーにもわかっていた。ヴィクターには外へのただならぬ思いがあることや、兄との折衝、領内でのトラブルを望んでいないことに。でも期待せずにはいられなかった。気さくに接してくれる彼なら領民みんなの生活もよくなると期待せずにはいられなかった。助けてほしい。だけど彼を罪悪感と義務感で縛りたくはなかった。
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=====
2020/12月某日
第二部を執筆中でしたが、続きが書けそうにないので、一旦非公開にして第一部で完結と致しました。
楽しみにしていただいてた方、申し訳ありません。
また何かの形で公開出来たらいいのですが…完全に未定です。
お読みいただきありがとうございました。
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