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第三章・前章、夏休み~校内大会・帝国編~

第百十二話:出場申請とメンバー召集Ⅰ

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「……あの、先生。受付まだやってますか?」

 その日は珍しいこともあるもんで、そう声を掛けられた担任の男性教師はぎょっとしたような顔をキソラに向ける。

「あ、ああ……」

 自分の記憶が正しければ、確か目の前にいる彼女には他にもやらなければならないことがあり、その仕事内容は大変と言われている教師の自分から見ても激務レベルであったはずだ。
 そんな彼女が『受付』について聞いてきたのである。この時期に『受付』が必要となるものなど、一つしか思い付かないが、果たして彼女を参加させていいものなのだろうか。

「まだ受け付けているのなら、私、出場します」

 一瞬、何を言われたのかと思考が飛んだ気がしたが、どうやらそれは間違っていなかったらしい。

「出場するので、必要書類をください」

 こちらに手を差し出すキソラに、担任教師は頭を抱えた。

「いや、エターナル。ちゃんと聞いていたから、同じことは二度も言わなくていい。だがな、君が出たら、何と言うか……」
「空間属性の魔法ちからは使いません。使うのは、各属性の魔法だけ・・・・・・・・。それなら、出ても構いませんよね?」

 いや、問題はそこではないのだが、空間魔導師でもある彼女はそこが問題だと思ったらしい。
 正直、これ以上やることを増やして、この子は大丈夫なのだろうか、と不安になるが、そもそもこの子に仕事を割り振る上も上だよなぁ、と担任教師は思う。

「それについては分かったが、お前、きちんと自己管理できてるのか? 疲労ってな、分かりにくいが溜まりやすいんだぞ。少しでも疲れてると思ったら休め」
「先生まで、そう言いますか」
「他の奴らからさんざん言われているだろうから、俺からも言われたくないなら、ちゃんと休め。お前に倒れられたら、お前の兄貴にぐちぐちと文句言われるのは俺なんだぞ」

 それを聞いて、キソラは遠い目をする。
 今はキソラ(たち)の担任をしている教師だが、一昨年はノーク(たち)の担任もしていたことがあり、彼らからキソラについては聞いたことがあった。

 ――まさか、妹の方の担任にもなるとは。

 それが学級名簿と本人を直接見て思った感想なのだが、彼女と接していると、やはり二人は兄妹なんだな、とも思うわけで。

 ただ、キソラの方もノークに過労や疲労で倒れたなんて報告はされたくないらしく、遠い目をしていたかと思えば、逸らされる。
 その隙に、とばかりにその場を離れようとする担任教師に気づいたキソラは声を掛ける。

「あ、先生。書類は――」
「自己管理も出来ん奴に誰が渡すか。もし、どうしても欲しければ、顔色をもう少しだけ良くしてこい」

 要するに、当日にぶっ倒れないという証拠を見せろ、ということなのだろう。
 だが、そう言われて“未来予知”など出来るはずもなければ、物的証拠を見せることすら叶わない。
 キソラの方としても、帝国行きの日時が少しずつ近づいているため、提出期限はギリギリになったとしても、申請書類ぐらいは早めに確保したいところではある。

「って、言われてもなぁ……さて、どうしたものか」

 遠ざかっていく担任教師の背を見送りながらも、キソラは思案する。

 そもそも、この『大会出場申請書類』。学院の校内大会はともかく、国内大会の出場申請書類が貰える場所は各地にあるのだが、そのうちの一つが学院を主とした各地にある学校であり、書類自体はそれぞれの事務室や職員室に保管されている。
 もし、各学校以外に貰うとなれば、各ギルドに行くしかないのだが、近場である冒険者ギルドはキソラの現状を把握しているため、申請書類を渡された所で受理されるかどうかは分からないのである。

「――で、どうしようか悩んでる訳か」
「そうなんだよぉ……」

 机に突っ伏すキソラに、「まーたこの子は……」みたいな目を向ける面々。

「そもそも、申請書類を受け取るにしたって、どっちの大会のことを言ってるのか、さらにどの部門に出るのか。伝えてないんでしょ?」
「それは、まあ……」
「だったら、まずはそれを伝えないと。どのことで勘違いしてるのかは分からないけど、それを伝えるなり訂正するなりしない限り、申請書を貰うのは無理じゃない?」
「う~……」

 ノエルのある意味正論とも取れる言葉に、キソラは頭を抱え、その様子に面々はやれやれと言いたげに息を吐く。

「あと、問題はそれだけじゃないからね? 個人戦ソロならともかく、団体戦参加となるとメンバーを集めないといけないんだから、もし仮に受付の締切前にメンバーが集まったとしても、本当にギリギリになるわよ」
「メンバーはまあ、何とかなりそうなんで良いんだけど……」

 今度はアリシアが現実を突きつけるが、団体戦の場合のメンバーに関しては当てが無いわけではないので、国内大会の方に出るのなら何とでもなるのだが、校内大会に出るとなれば、また話は変わってくる。
 だが、そこで何か勘付いたのか、アキトが尋ねる。

「一応聞くが、どいつを巻き込む気だ?」
「え、巻き込む前提なの!?」
「何で違うと思った。いいから、誰をメンバーにする気なのか、言ってみろ」

 アキトの早く言えというオーラに、キソラは目を逸らしつつ答える。

「迷宮の、守護者たち……?」
めろ。今すぐに止めろ」

 この際、何で疑問系なんだという疑問は横に置いておいて、アキトはすぐさま制止する。

「お前、自分が言ってること、分かってるのか? ノークさんにバレたら怒られる所じゃねぇぞ?」
「でもさぁ、アキトたちには迷惑かけてないじゃん」
「だからって、守護者たちは無いだろ……」

 キソラ大好きな守護者たちなら、声を掛ければ嬉々として団体戦参加メンバーになるだろうが、もしそれが可能だったとして、同じ迷宮管理者であるノークにバレでもしたら、一体どうするつもりなのだ。
 ぶっちゃけ、怒られるのはキソラと協力した守護者たちなので、(怒られるだけだと考えれば)アキトとしてはさほど心配はしてないのだが、問題は戦力差である。

「いくらお前にどれだけの制限ハンデが掛けられたとして、守護者たちにも制限を与えたとして、それなりのメンバーを選べるのか?」
「あー……」
「考えてなかったみたいね」

 アキトの問いに対して、目を逸らすキソラに、アリシアが呆れたように声を出す。
 もし、ハンデを背負って負けるなんてことがあれば、その時に苦労するのはキソラである。
 そして、さらに言うのであれば、その点について、あんまり考えなかったことを、今までの疲労を言い訳にして良いわけがない。

「誰を連れていくにしろ、戦闘経験がそれなりにあって、ハンデがあっても勝率の大幅な変化が少ない。どうせ、それが守護者たちに求める一番の条件だろ?」

 そして、守護者以外で加えることになるであろうメンバーにも求める条件。

「……うん」

 キソラが守護者を参加させるということから、大体その辺りが条件なんじゃないか、とアキトが聞いてみれば、どうやら当たりだったらしい。

「まあ、キソラのことだから分かってるとは思うけど、いくら管理下の守護者を使うにしても、一朝一夕でコンビネーションが可能になる訳じゃないし。それに、そもそもさっき言った条件にあんたの現在いまの戦闘スタイルを把握してないと駄目、っていうのが入ってないのがねぇ……」

 別世界の住人だったアークやギルバートといった存在と『ゲーム』なんてもののせいでコンビを組んだり、戦ったりしているアリシアの経験から来る言葉の意味を、キソラとて分からない訳じゃない。
 もし仮にコンビネーションに問題が無かったとしても、組む守護者たちが以前のキソラの戦闘スタイルのままのイメージで居るのだとすれば、『現在の戦闘スタイル』という認識の修正も必要となってくる。

「でもさ。正直なところ、認識の擦り合わせそれって、いる?」
「ん、必要。キソラの戦闘スタイルは前と少しずつだけど変わってる。四聖精霊たちみたいに見てきたのならいいけど、情報でしか伝わってない場合は、今からでも合わせないと多分ギリギリ」

 何だかんだでずっと側に居たノエルやユーキリーファが言うのだ。普通なら当たり前すぎて気付かなかったりするのだろうが、その彼女たちでさえ『変わった』と言うのだから、やはり多少の変化はしているのだろう。

「でも、そうなると――……」
「そうね。戦闘経験もあって、ハンデが有ろうが無かろうが勝率の大幅な変化もなく、現在のキソラの戦闘能力やスタイルを把握していて、なおかつ制御役になれる存在」

 キソラの言葉を遮るようにして、さっきまでの条件を纏めるかのように口にするアリシア。
 だが、もし本当に守護者から選ぶにしても、こんな条件ではかなり限定されてしまう。
 というか、いくら守護者たちの実力などを把握しているとはいえ、本当にその条件を達成できる存在が居るのかどうかも怪しい。

「それに、現在進行形でまともに頭も回転できてないあんたを支えなきゃならないでしょ」
「えー」
「えー、じゃないでしょ。いつものキソラなら気付くようなことを、私たちに指摘されるまで気付かなかったことについて、どう説明するのよ」

 何度も何度も聞かされた、質問。
 そんなの、答えられるわけがない。

「んー、やっぱり、疲れが抜けきってないのかなぁ」

 キソラが唸る。
 ここ最近は、以前と比べると休めているはずなのだ。
 しかし、げんに昨日のシオンたちとの会話でも休めとは言われたし、担任教師には顔色を指摘されるし、友人たちには頭の回転力の低下を指摘されている。

「戦闘脳や脳筋じゃないだけマシだとは思うけど、かといって、思考能力の低下だけはマズいわね」

 現状、キソラと戦い、共闘したこともあるアリシアとしては悩みでしかない。
 もしここに『ゲーム』参加者が来たと仮定して、果たしてキソラが今まで通りに戦えるのかは、はなはだ疑問ではあるし、アリシアとしても、そんな状態の彼女をサポートしきれるかどうかは、やはり疑問なわけであり。

「もういっそのこと、一つの事に集中させたらどうだ?」
「というと?」
「他にやらなきゃならないことがあると頭にあるから、限界が来てパンクするんだ。目的となるものを大会なり何か一つに絞れば、意識は自然とそちらに向くから、後は余裕のある部分で宿題とか夕食とか考えたりすれば良いだろ」

 珍しいジャスパーからのアドバイスに、キソラを除く女性陣がおお、と声を出すが――

「つか、それを今のキソラに出来るかどうかが疑問だけどな」

 アキトが一番の問題点を口にする。

「あ、それは大丈夫です。“平行詠唱”可能なので、帝国おとなりさん行った後に、大会関係に意識を絞れば……」
「そうじゃないっ!!」
「そうじゃねぇっ!!」

 「あと“平行詠唱”関係ないから!」と友人たちに突っ込まれ、キソラは何とも言えない顔をする。

「もう、こうなったら最終手段だな」
「最終手段……?」

 面々が不思議そうな顔をする中、アキトは静かに頷いた。
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