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第三章・前章、夏休み~校内大会・帝国編~

第百話:奇妙な繋がり

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「……ここ、どこさ」

 気づけば、見知らぬ場合に居た。
 どこまで覚えているのかを問われれば、アークたちが来て、デュールと何やら話していたことまでは覚えている。
 だが、デュールをトラウマ並みに苦手としていたはずのアークが、まさか自分を助けるためだけに彼に立ち向かうとは思わなかった。

 ――本当は、逃げ出したくて仕方がなかったのかもしれないのに。

 それにしても、ここはどこなんだろう、とキソラは思う。
 きらきらと無数の星々に覆われた、まるで宇宙空間のようなこの場所に居たくないというわけではないが、あの後にどうなったのかが分からない以上、アークたちが心配である。

「まあ、あいつ……あの人も一緒だったなら、大丈夫なんだろうけど」

 言い直した理由は特に無いが、そこはまあ、今はどうでも良い。
 裏方でありながら、その気になればキソラたち空間魔導師を倒すことが出来るかもしれない・・・・・・実力を持つ彼なら、デュールの気を逸らすことぐらい、何てことはなさそうだ。

 ――まあ、だからこそ、ある条件と引き換えに・・・・・・・・・・、前線の偵察を頼んだのだが。

「とりあえず、まずはここから出ないとなぁ」

 空間魔導師であるが故に、今居る場所が何らかの空間であることは理解したが、そこまでだ。
 誰かの気配がするわけでもなければ、視線すら感じない。正真正銘、キソラのみが存在する空間だった。

「……」

 もし、この場が(キソラの)精神空間の一つであるのだとすれば、きっと脱出することも容易いはずだ。
 このまま、ずっと、ここに居ても、アークたちを心配させるだけなのだ。だったら、早く戻った方が賢明だろう。

「そういうわけだから、私はこの場所から出ていくよ」

 誰かに告げるかのように、キソラはそう言うと、くるりと振り返る。
 今まで、キソラ以外に誰も存在しなかったのだが、いつの間に現れたのか、表情は分からないながらも、黒髪の少女は笑みを浮かべていた。

「そう。じゃあ、頑張って。これは、貴女の人生なのだから」

 黒髪の少女はそう告げると、キソラが居なくなったのと同時に、その場から姿を消した。

   ☆★☆   

 ダメージは、自分たちが思っていた以上にあったらしい。
 いまだにキソラが目を覚ますような様子が無いまま、眠っている彼女を見ていたアークは心配そうにしつつも、目を横に逸らす。

「それで、お前は何者なんだ?」

 アークの目の前に居る男は、何やらキソラに用があったらしいが、どういうわけか、彼女の張った『ゲーム』用の結界を、そんなものは無いと言わんばかりに無視するかのように、アークとともにキソラのサポートを行い――現在はキソラの寮部屋に居た。
 ちなみに、部屋に入る際に必要となった鍵は、その在処ありかをあっさりと彼が見つけ出し、「ほら、入った入った」と我が家であるかのように、アークに入室を促してきたのだ。この部屋の主はキソラである上に、彼女と部屋を今でも時折共用しているアークが開けるならだしも、だ。
 まあ、そんなことはさておき――

「ああ、そうだったな。俺はシオン・フォルテックス。シオンでいいよ。あと、クライシアという姓もあるから、先に言っておく。こいつ――キソラとは友人というか、奇妙な関係だ」

 偽名かどうかはともかくとして、アークは今も眠り続けるキソラの髪を撫でる男――シオンの言葉に首を傾げる。

「奇妙な関係?」
「ああ。そうだな、例えるなら――お前とキソラの関係、とかかな?」

(こいつ……)

 その台詞だけで、アークの中にあった警戒心のレベルが引き上げられる。
 だが、シオンはアークが警戒するのも、その度合いを引き上げることも予想済みだったらしい。

「そんなに警戒しなさんな。お前とキソラの関係は、冒険者とその紹介者・・・・・・・・・なんだろ? だったら、そのまま依頼をこなせばいいさ。不自然な行動をすれば、それこそ疑われるぞ?」

 シオンが言ったのは、キソラとアークの表向きの関係であり、彼が言っていることも間違ってはないのだが、アークには、どうにも彼に真実を掴まれているような気がしてならないのだ。

「……お前、本当に何者なんだ?」
「それは――」
「――王城の諜報及び隠密部隊所属の人間、だよ」
「……ッツ!!」

 横から聞こえてきた声に対し、ここで初めて、シオンが分かりやすく反応した。

「起きたのか」
「私の回復力、めんな。私が治らなかったら、世界のどこかで自然災害が起きてるから」
「確かに……」

 起き上がろうとしたキソラをアークが支え、くっくっと笑いながら同意するシオンだが、彼女に厳しい目を向ける。

「けど、勝手にバラすのは感心しないなぁ」

 それに対し、キソラもキソラで寝ぼけ眼のような目をシオンに目を向ける。

「まあ、勝手にバラしたのは謝るけど、彼なら大丈夫だから」
「ふーん……君にしては、随分とまあ彼を信頼してるんだ」

 そう言ったシオンの目には、羨望せんぼうと呆れが含まれていた。
 キソラの兄であるノークを除けば、王城内に居る人物で彼女がほとんど壁を作らず接するのは、ノークの友人であるイアンとレオン、第二王子であるカーマインと王弟であるアイゼンぐらいだろう。
 逆に、それ以外には一定の距離を保っている。初対面で心のうちをさらけ出す者は居ないだろうが、キソラの場合はそれなりに親しくなった相手に対しても、どこか壁を作っている。まるで、自分での内側に踏み込ませたくないかのように――

「あー……まあね」

 そんな意外とガードが硬いキソラが、あっさりと信頼し、壁が無いかのようにそばで話して見せているのだ。アークよりも、彼女との付き合いがそれなりに長いシオンにとって、その点には少しばかり嫉妬し、どこか羨ましくもあった。
 だから、普段の彼なら気付いたであろう、キソラの歯切れの悪さを指摘するようなことはしなかった。彼に言われたことで、キソラが意識・無意識に関わらず、アークに対して、壁を作っていないことについて、キソラ本人が一瞬でも驚き、あのような返答になったなど、誰が予想出来ようか。
 もちろん、二人のやり取りを見ていたアークですら「どうかしたのか?」程度の表情の変化であり、認識だったわけなのだが、気まずさから視線を何気なく移動させたことで、あることに気づいたキソラの次の発言に、二人は別の意味で固まることとなる。

「ところで――私の治療をどっちがやったの?」
「……」
「……」

 答えない男二人に、キソラは再度――ゆっくりと、問う。

「どっちが、やったの?」
「……どっちもやってない。顔や腕とかだけでも治療しようかと思ったら、骨折系まで治ってんだから、しようがない。それと、あいつには忠告しといてやったよ。深追いするなって」
「……そう」

 凄んだキソラに、顔を引きつらせながらもシオンが言った「あいつ」とは、きっとデュールのことだろう。
 これはある意味、キソラにも原因があることなので、彼女とて別に二人を責めるつもりはないが、デュールに与えられた傷が治っているのは事実だ。

(『生と死』の能力……にしては、回復スピードがいやに早いな)

 先程、二人には回復力で誤魔化したが、いくら『生と死』の能力であったのだとしても、戦闘中でない限り、この回復速度はあり得なかった。
 だとすれば、あの世界で一瞬のみ出会った黒髪の少女が何かしたのか、とキソラは考える。

(うん、考えるのを止めよう)

 似たようなことが再度起こるならだしも、我が身に起きたばかりの事象について考えてもキリがない。もし、どうしても考えないといけないのなら――それは、二度目が起きたときだ。

「明日、学校行けそうか?」
「うん。ま、治っちゃってるし、休むわけにはいかないでしょ」

 体力も眠れば回復するのだから、そんなに心配はしていない。
 唯一問題があるとすれば、魔力面だろう。魔欠から回復しつつあるはずなのに、短期間で再度魔欠になるとは……と疑問が浮かび上がれば、余計なことまで疑いかねられない。

(結界展開で使用したことにしておこう)

 少なくとも、ノエルたち親しい友人以外――クラスメイトや学院の教師陣は誤魔化せるだろうし、騙せるはずだ。馬鹿正直に、「戦闘行為で魔法を使っちゃいました」なんて言えるはずもない。裏取りでもされたら面倒だ。

「さて、と。キソラも起きたことだし、今日は一旦帰るわ」
「じゃあ、用件は明日?」
「そうだなぁ……明日と言いたい所だが、特に急いでいるわけでもなければ、こっちにもやることはあるし、用件に関しては、また後日だな」
「そっか」
「つーわけで、この部屋に入るのを誰かに見られてたら厄介だし、勘違いして叩き出される前に出ていくわ」

 だから、あんたも早く出ていくことだ、とシオンに指摘され、アークはキソラと顔を見合わせる。
 そんなシオンを見送れば、アークは「あ」と声を洩らす。

「そういえば俺、あいつに名前聞いておきながら、こっちからは一言も名乗ってないんだが……」
「ま、大丈夫でしょ。どうしても気になるなら、また今度来るようなこと言ってたし、その時に名乗れば良いよ」
「それもそうか」

 キソラは言わない。
 諜報部隊員である彼が、分からないことについては調べようとすることを。――それが、人であっても同じであるということ、をキソラは言わない。

(ま、シオン側の情報をぶちまけておきながら、アークのことで余計な詮索されたらマズいし、設定増やすとかして、どうにかしないとなぁ……)

 自分でうっかり増やしてしまった問題に、キソラは内心頭を抱えるのだった。
 そして、後日シオンから聞かされた用件に悩み、呆れることになることを今のキソラは知る由もなかった。
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