上 下
102 / 119
第三章・前章、夏休み~校内大会・帝国編~

第九十八話:世界最強と言われる実力を(前編)

しおりを挟む
「おはよ!」
「おはよう」
「おはよう。朝から元気だね」

 そう挨拶をしあって、歩いていく。
 あの後、何とか無事に寮に戻って来れたキソラは、登校の準備を手早く行い――途中、アークの置き手紙も確認し――、今は昇降口に向かっていた。

「ねぇ、覚えてる? この前話してた通り魔さ。捕まったみたいなんだよね」
「そうなの?」

 ノエルの言葉に、ユーキリーファがぼんやりとしたまま返す。

「ま、詳しいことはキソラの方が知ってそうだけど」
「知ってることが無くもないけど、詳細についてはよく分かんないから、私には話せないし、そっちの聞きたい情報じゃないかも知れないけど?」

 期待の眼差しを向けてくるノエルにそう返すキソラだが、彼女自身も今回の件に関しては分からないことの方が多いから――もし仮に話すつもりだったとしても――、話そうにも話せなかったりする。

「そっか。……って、え?」
「珍しい。キソラがよく知らないなんて」

 ノエルもそうだが、ユーキリーファも珍しそうにキソラを見る。
 二人にしてみれば、キソラが結界を利用して街を見ていることは知っているので、いつも通り、何か知っているかと思っていたのだ。
 ただ、キソラが隠しているという可能性もあるが、それが嘘でないことは長年の付き合いから分かっていることなので、特に責めたりはしない。

「それより、試験課題。どれだけ出来た?」
「私は一教科、終わらせた」
「あー……どうしても、得意教科から終わらせちゃうよね」

 今度はキソラからの問いに、ユーキリーファが先に答え、ノエルが遠い目をしながら返す。

「私、まだ一教科も終わってない。っていうか、手を付けられてない方の方が多い」
「何となく、そんな気はしてた。何か、今年はバタバタしてるもんね」
「今までで、一番忙しい?」

 確かに、今までのキソラなら、試験課題の一つぐらいは終わらせていたが、ノエルたちの指摘通り、いろいろと慌ただしかったためか、今年は手を付けられていない。

「まあ、ね」
「聞き飽きたとは思うけど、無茶しないでよ。キソラが倒れても、あいつら・・・・とは違って、私たちは喜ばないんだから」
「うん、知ってる。それに、今の所そこまで言われるほどの酷使はしてないから」

 ――だから、大丈夫。

 そう告げて、そのまま、キソラは昇降口へと歩いていく。
 そんな彼女に肩を竦め、ノエルたちもキソラの隣へと駆け寄っていく。

「じゃあまずは――目の前にある、試験課題を片付けていくことを優先しましょうか」

 先を行っていたキソラに追い付き、そう告げたノエルに対し、キソラはキソラでぎょっとする。

「課題未提出で、夏休みも学院に来たくはないでしょ?」

 ノエルと反対側からユーキリーファがキソラに告げる。

「大丈夫。三人でやれば、早く終わる」
「何なら、アリシアたちも誘って、勉強会っていうのも良いかもね」
「え? ちょっ、待っ……」

 はっきりと返事できない間に、規模だけが大きくなりそうで、キソラは戸惑うしかない。
 だが、そんなキソラの様子に、ノエルとユーキリーファはくっくっと少しずつ笑い始める。

「ごめんごめん。けどさ、キソラ。気負いすぎても駄目なんだからね?」
「……そう、だね」

 ノエルの言葉にキソラが頷けば、

「じゃあ、教室まで急ごう。そろそろ生徒会役員たちが来る頃でしょ」
「え、もうそんな時間!?」

 慌てて時計塔に目を向けたキソラは悪くない。

「大丈夫だよ。ここまで来ておいて、遅刻するわけじゃないんだし」

 そう言うユーキリーファも足を動かしている辺り、生徒会役員たちとあまり遭遇はしたくないらしい。

「言動が一致してないよ。ユーファ」

 そんなユーキリーファに、ノエルと揃って苦笑いするキソラ。

「けど、うん。遅刻するよりはマシか」
「だね」

 キソラがユーキリーファを追い掛ける形で歩き始めれば、ノエルも賛同するかのように歩き出す。

 だが、三人は知らない。
 そんな彼女たちを見ていた目があったことを――

   ☆★☆   

「今日も無し、か」

 あの日に別れたっきり、ウンディーネからの連絡は、ずっと無いままである。
 魔力供給率自体も変化が無いことから、きっと無事では居るのだろうが、さすがにここまで音沙汰無しだと、不安にもなってくる。
 それよりも、キソラはすぐ目の前にある状況をどうにかしないといけなかった。

「小娘。あの男はどこだ」
「……」
「もう一度聞く。あの男は今、どこにいる?」

 目の前に現れたデュールの単刀直入な台詞に、キソラは亜空間へ手に持っていた荷物を放り込むと、肩を竦める。

「貴方の目的が分かってるっていうのに、そう簡単に言うと思う?」

 そして、今まで通り、そう易々とアークの居場所を教えるつもりも無かった。

「ほぉ、この俺に逆らうのか」
「逆らってるつもりは無いよ。場所を言っていないだけ」
「……まぁいい。無理矢理にでも、口を割らせるだけだ」
「わぁ、随分な自信。何か簡単に言ってるけど、貴方に出来る? 契約者パートナーから聞いてないわけじゃないでしょ」

 以前、会ったときに、キソラはデュールに空間魔導師について、契約者パートナーに聞いてみるように促していた。

「ああ、この世界では最強の魔導師みたいだな」

 契約者パートナーの説明を要約したのだろうデュールに、「現時点で、だけどね」とキソラは付け加える。

「そんな最強の魔導師が、何であいつと組んでいる」
「誰と組もうが私の自由でしょ。それとも、アーク以外の別の誰かと組めと? 例えば貴方とか」

 デュールをたとえで出してみるが、最終的には冗談じゃない、とキソラは告げる。

「やり方は違えど、パートナーチェンジの要請は貴方で二人目だよ」

 前回――イーヴィルの時と比べると、目的やら何やらが違っているが、誰に何をされ、何を言われようと、キソラはパートナーを変えるつもりはない。

「理解できんな」
「しなくて良いよ」

 そもそも、(デュール相手に)理解してもらおうとは思っていない。

「だから、大人しく帰れ」
「奴の居場所を話せば、素直に帰ってやる」

 それを聞いて、キソラは顔を引きつらせる。

相棒パートナーのストーカーの言葉を、信じられるわけが無いだろうが」
「ほぉ、ストーカーと来たか」

 どこか感心したように言うデュールだが、キソラはキソラで内心顔を顰めていた。

(やっぱり嫌いだ。こいつ)

 何とも表現しにくいが、とにかくデュールに対しては、『嫌』という感情しか浮かばない。

「なら、やはり無理矢理にでも聞き出すしか無さそうだな」
「やれるものならやってみなさい。でも、私だって、そう簡単に口を開くつもりは無いから」

 戦うことで聞き出すつもりらしいデュールに、キソラも構えることで応戦態勢に入る。
 二人の周囲には、すでに『ゲーム』用の結界が自動的に張られているから、遠慮なくり合える。

「世界のルールが違う中で、貴方がどれだけ戦えるか見てあげる」
「随分、上から目線だな」

 上から目線になってしまうのは仕方がない。世界レベルで見れば、キソラの方に地の利があるのは明らかなのだから。
 もちろん、世界レベルで見れば、なので、学院の敷地内にいる『ゲーム』関係者でこの場所での戦闘経験があれば、学院の敷地内であるこの場所がキソラに対して、必ずしも有利になるとは限らない。
 しかも、上空を自由に滑空する事も出来るアークやデュールのような、“異世界からの来訪者”であれば、戦闘可能フィールドは大幅に広がるわけで。

「うわ、ウザぇ」

 まるで当てられるものなら当ててみろ、と言いたげに、空中を移動するデュールに、キソラは顔を引きつらせる。
 こちらが空間魔導師と分かっていて挑発してくる者が居ないわけではないが、ここまで試すかのように挑発してきたのは、デュールぐらいじゃないのだろうか。

「ま、空中浮遊はそちらの専売特許じゃないわけだし」

 ――出来ないと思われていたら、心外だ。

 そもそも、騎竜していたアルヴィスたちを相手に、(見た目は)空中浮遊しながら応戦していたのだから、キソラだけではなく、空間魔導師たちも出来なくはない。魔力面の問題さえ無ければ。

「降り注げ、“雷滝らいろう”」

 雷の滝が飛行中のデュールへと放たれ、降り注ぐ。

「っ、あの小娘……!」

 自身に降り注ぐ雷の滝を避けながら、舌打ち混じりにデュールは悪態をつく。
 開始早々、キソラによる“雷滝”の影響で行動範囲が限定された以上、デュールとしては高度を下げるしかない。

「あれだけ自信満々みたいな言い方をしておきながら、こんな小娘相手にかなりの高度を取らないといけないとか、なっさけない」
「あ゛?」

 挑発し返せば、苛立ったような声をデュールが放つ。

「そもそも、相手が空中戦出来ないのに、自分は空中戦をするとか、ふざけてるの? せめて最初は、試合条件ぐらい公平にしようと思わない?」

 少しばかりの嘘を交えながら、口ではそう良いながらも、キソラは魔法を放つ手を止めない。
 とにもかくにも、容赦が無かった。

「良いのか? 試合条件を一緒にして」
「何が言いたいのかな?」
「わざわざ全部言わせるまでもなく、分かってるんだろう? いくら強者であっても、その時の環境に作用されることを」

 デュールの言い分にも一理ある。
 いくら強いからと言って、その人の戦い方やフィールドによっては、得意不得意もある。
 つまり、デュールはそういうことを言いたいのだろうが、管理下にある迷宮の守護者たちや各国に居る迷宮管理者どうぎょうしゃしごかれたことがあるキソラには、あまり意味が無かったりする。

(ま、空間魔導師は世界一強い魔導師集団・・でもあるだけで、本当に強い人は強いからなぁ)

 ふと浮かんだ顔に、「最近、話してないなー」と思うキソラ。

(それに、相談してみないといけないこともあるし)

 そんなことを考えていたためか、はっきり言って――油断していた。

「っ、と」

 デュールの放ってきた魔法を、危機一髪で回避する。

あっぶなぁ……」
「仮にも戦闘中だというのに、他のことを考え事とは……随分と余裕だな」

 避けなかったら、と魔法が激突した地面を見て安堵するキソラだが、デュールの正論とも言える言葉に否定はしない。
 けれど、ふむ、と何を思ったのか、キソラはホーリーロードの姿を変える。

(ちょっとだけ、本気を出すか)

 威力が威力なだけに、なるべく出さないようにはしていたが、相手がやはり“異世界からの来訪者”である以上、制限された力だけでは限界も見えてしまう。
 それに何より――彼とて、こちらに本気を出してもらいたいはずなのだから。

「今の私は、まだ・・ツいているみたいだ」
「何を言って……」
「ここ最近、素直に戦えてる」

 否が応でも本気を出さざるを得ない『奴ら』よりも、戦う中で次第に解放していく方が、気持ち的にもまだ楽で居られる。

「さっき私は空中戦をしていた貴方を不公平だと言ったけど、それは取り消すよ」

 キソラの台詞に、デュールが内心訝りながらも、目を細める。

「貴方の得意とするフィールドでやってあげるよ。空中戦」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

【完結】7年待った婚約者に「年増とは結婚できない」と婚約破棄されましたが、結果的に若いツバメと縁が結ばれたので平気です

岡崎 剛柔
恋愛
「伯爵令嬢マリアンヌ・ランドルフ。今日この場にて、この僕――グルドン・シルフィードは君との婚約を破棄する。理由は君が25歳の年増になったからだ」  私は7年間も諸外国の旅行に行っていたグルドンにそう言われて婚約破棄された。  しかも貴族たちを大勢集めたパーティーの中で。  しかも私を年増呼ばわり。  はあ?  あなたが勝手に旅行に出て帰って来なかったから、私はこの年までずっと結婚できずにいたんですけど!  などと私の怒りが爆発しようだったとき、グルドンは新たな人間と婚約すると言い出した。  その新たな婚約者は何とタキシードを着た、6、7歳ぐらいの貴族子息で……。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

旦那様、愛人を作ってもいいですか?

ひろか
恋愛
私には前世の記憶があります。ニホンでの四六年という。 「君の役目は魔力を多く持つ子供を産むこと。その後で君も自由にすればいい」 これ、旦那様から、初夜での言葉です。 んん?美筋肉イケオジな愛人を持っても良いと? ’18/10/21…おまけ小話追加

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

処理中です...