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第三章・前章、夏休み~校内大会・帝国編~

第九十二話:約三ヶ月の信頼関係に賭けて

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「今年は、やっぱりハードスケジュールだなぁ……」

 キソラが遠い目をしながら言う。
 去年はまだ良かったが、今年はそうは行かない。
 学院から出される宿題は何とかなるとしても、帝国行きで何日拘束されるか分からない。
 そもそも、後悔云々の前に、滞在予定日数の確認ぐらいはするべきだったのだ。下手をしたら、二学期の頭まで拘束されるかもしれないというのに。
 でも、引き受けた以上は、行かざるを得ないので――

「家探し、第二ラウンドだよ!」
「何で、使う予定の俺じゃなくて、お前が張り切ってるんだよ」

 次の休み、キソラはアークと家探しに来ていた。
 そのきっかけは、帝国に行っているはずのキソラの部屋の明かりが点いてたらマズい、というものなのだが、学院で「ハードスケジュールだ」と言っていたときとは違うテンションである。

「だって、帝国行ったら、守護者や兄さん、オーキンスさんたち空間魔導師とは話せても、アークとは確実に話せないよ? 今までなら二日や三日置きだったのに、それが週単位になるんだから」
通信メールも駄目か?」
「確実にバレないのは、守護者たちかな。私が『守護者通信』使っちゃえば、内容は管理者である私と兄さん、守護者たちにしか見れないし。兄さんたちと多分、空間魔導師勢とやり取りしてると内部情報を送ってるって思われそうだけどね。それに、一介の冒険者であるアークが帝国の標的ターゲットにでもされて、何か遭っても私は嫌だから」

 それを聞いて、アークは申し訳なく思う。
 こういうこと・・・・・・は、キソラに任せるしかないからだ。
 せめて生活面だけでも、とは思うのだが、食費はアークの分が増えただけで、キソラにしてみれば、それほど気にするほどでもないし、それなら家賃ぐらいは、と言い出しても、キソラは拒否していた。

 ――冒険者なんだから、最初は装備の強化とかに回しなよ。それに、アークは私の『相棒』なんだから気にしないの、と。

 とは言うものの、キソラの本音としては、「これ以上、貯金額を増やしたくない」という何とも羨ましい理由ものなのだが。
 そもそもランクアップ試験などで荒稼ぎしていれば、いやでも貯金額は増えるので、結局アーク一人の分を負担することに関しては、キソラにとって、何の問題もない。
 むしろ、十七歳という年頃なのにも関わらず、興味はあれど物欲が無い。
 一応は女の子なので、美形やアクセサリーなどにはそれなりに反応するが、キャーキャー騒いだりはしないし(分かりやすい時で言えば、生徒会やフェクトリアに対する反応)、美容関係でも、ケアはしていても化粧はしていない(というか、今はする必要がないと思っているのと、基本的に徹夜とかが多いから、その時間まで確保できず、それでもまだ化粧する時間があったとしたら、確実に睡眠時間に回していたことだろう)。
 そんな訳で、食材と生活必需品(食器や調理器具など)以外で金を使うこともなく、あったとしても誰かの誕生日プレゼントとかいうオチで、自分のために使うということは無いに等しかったりする。
 しかも、やっぱり相棒というべきか、アークも装備品とかには金は使うが、どちらかといえば、特に欲しいものが無いからか、おかげで貯金額だけではなく、二人の手元の金銭が増えていくばかりである(もしかしたら、合計が貴族レベルかもしれないことに関しては、見なかった・考えなかったで意見が一致している)。

 まあ、そんなときのアークの部屋探しだったのだが、せっかく良い物件(貸し部屋・提示した条件の割に安い場所)を手に入れたのに、戦争の被害に遭っていたのか、部屋の一角が犠牲になり、直せないこともないがどうするのかを話し合った結果――

「部屋、探そう」

 ということになったのである。
 部屋の件に関しては、他に巻き込まれた場所もあったためか、気にするなと不動産店の人は言っていたが、このままだと生活することも出来ないので、解約することとなった。
 ただ、最初の物件が物件だっただけに、先行きの不安もあるが、いちいち気にしていたらキリがないので、とりあえず、目的地に向かう。

(それにしても……)

 アークは目の前にある、ハーフアップにされた歩く度にゆらゆらと揺れる黒混じりの紺色の髪を眺めながら、数日前のやり取りを思い出す。

『それなら、何かプレゼントでもしてみたらどうだ?』

 キソラに何かお礼がしたい、と思って相談してみれば、そうギルバートが提案してきたのだが、どういう物なら喜んでくれるのだろうか。

 ケーキとか甘いもの?
 アクセサリーとか、装飾品?
 意外に、剣などの武器とか?

 う~んと悩むアークに、ギルバートは苦笑いしていたが、

『あの子なら、どんなものでも、お前からの贈り物は喜ぶんじゃないのか?』

 と言った後、アリシアもそうだったぞ、と付け加えられた。

『ツンデレ付きだったけどな』

 素直じゃないアリシアとプレゼントを渡してニヤリと笑みを浮かべるギルバートのやり取りが、簡単に想像できた。

『そうか』

 だから、何とか決めて買ったは良いが、今度は渡すタイミングが掴めない。

「アーク?」
「っ、ああ、悪い」
「体調悪そうには見えなかったけど、やっぱり辛かったりする?」
「大丈夫だ。ただ、少し考え事していただけで」

 「なら良いけど」とキソラは引き下がるが、「無理なら言ってよ」と告げてくる辺り、やっぱり彼女は優しい。

「けど、どうしよっか。あれと同レベルとなると、多分、難しいだろうし」

 完全に元通りになったわけではないので、無事なところで探すとなると大変だろう。

「別に、同じである必要は無いからな? 最悪、雨風しのげれば良いし」
「言ったね? 雨風凌げれば良いって、言ったね?」

 いい笑み・・・・を浮かべるキソラに、アークは咄嗟に言葉を間違えた、と思った。

「あ、あくまで、最低ラインだからな?」
「分かってる分かってる」
「いや絶対、分かってない!」

 嫌な予感がするのは気のせいか。

「じゃあ、レッツゴー!」

 そのまま、アークの手を引いて、キソラは歩き出した。

   ☆★☆   

「あの……キソラさん? 一体、どこに向かってるんです?」
「いいから、いいから」

 戸惑うアークを余所に、キソラは目的地に迷うことなく向かっていく。

「……ちゃんと付いていくから、手は離してもらえないか? 本音を言うと、この状態は恥ずかしいんだが」

 それを聞いて、それもそうか、と思うキソラだが、目的地までの距離を考えると、今離しても大丈夫か、とも思う。

「まあ、もう着くんだけどね」

 そう言われ、内心首を傾けながらも、キソラに付いていく。

「着いたよ」

 そこにあったのは、一軒家。
 次にアークが周囲に目を向ければ、他にも家は立ち並んでいるが、感覚から判断するに、それぞれの敷地はそれなりに広そうにも見える。
 そのかんにもキソラは鍵を開け、扉を開ける。

「アーク、入らないの?」
「え? いやいやいや。勝手に入ったら駄目だろ」
「けど、入ってくれないと、事情説明すら出来ないんだけど」

 キソラが鍵を持っていた時点で、ある程度の予測は出来るのだが、彼女から何の説明も無かったことが、アークを躊躇させる。

「けどなぁ」
「家主が良いって言ってるんだから、素直に入ってきなよ」

 渋るアークに、肩を竦めながらキソラは言う。

「家主……?」
「ほら、さっさと来る」

 戸惑うアークの手を引くと、キソラも中に入る。

「ごめんね。こんな有り様だから、少しだけ待ってもらえると助かる」
「あ、ああ……」

 (キソラの場合は長期)休みの度に来ていたとはいえ、日数的には来ていなかった方が多いためか、埃が溜まったりしている所もあるが、キソラはとりあえず、換気のために片っ端から窓を開けていく。

(この有り様から察するに、兄さんはこっちに顔出せてないのか)

 さて、手も欲しいが、誰を喚んだものか。

「……ウンディーネ?」
『はい、喚びました?』
「……」

 まるで待っていましたとばかりに、間を置かずに現れたウンディーネに、自分の対応担当が彼女になったのでは、と思ってしまうキソラ。

「あー、あのさ。とりあえず、簡単に手伝ってくれるとありがたいかな」
『掃除ですか?』
「否定はしないんだけど……でも、いつ喚ばれても良いように、ずっと待ってたでしょ」
『……すみません』

 キソラにバレていたことに意気消沈するウンディーネ。

「理由はどうであれ、ちゃんと来てくれたことに関しては嬉しいから」

 本当なら、シルフィードにも来て欲しいところだが、ノークの方でバタバタしているだろうからと、彼女に関しては今回、喚ぶ予定だった面々から除外したのである。

『それで、彼はそのあいだ、どうなさるので?』
「先にリビング片付けて、そこで待ってもらうしか無いかなぁ」
「つまり、何だ。俺は放置か」

 近くで、キソラとウンディーネの会話を聞いていたのだろうアークが、不服そうに言う。

「いや、放置はしないから」
『全く、マスターにしては珍しく、掃除しないといけないことを忘れて、お客さん連れて来ちゃったんですね』
「今更、そのツッコミはいらないよ!?」

 慰めですらない。

「何なら、手伝うか? 大変そうだし」
『あ。いっそのこと、そうしましょうよ。手があるのに、利用しないのも勿体無いですし』
「却下。お客さんに掃除させる奴がどこにいる」
『ここにいますが』

 フォローにすらなっていない。

「とにかく、私たちでやるから、アークは手出し禁止。分かった?」
「……分かったよ」

 ここは家主であるキソラの言うことを聞いておいた方が良いと判断したアークは、落ち着かなくなることを予想しつつ、了承する。

『それじゃ、一斉にやっちゃいましょうか』
「そうだね」

 箒で掃いたりしながら、掃除を進めていく。

『これぐらいですかね?』
「かなぁ」
『それでは』

 ウンディーネが言うや否や、部屋中に水の玉が浮かぶ。

『“引き寄せ”て、“固定”して――“浄化”!』

 まだ残っていた埃などが、水の玉の方へと引き寄せられ、水の玉から埃の玉が出来上がる。
 次に、新たな水の玉を出したウンディーネが、一斉に空気を浄化する。

「ご苦労様。けど……」

 キソラがウンディーネを労うが――

「残った水分が、外気で蒸発し始めてるね」
『私にとって、夏は地獄です』
「イフリートの周囲なんか、もっと地獄だよ」
『……本人には言わないであげてくださいね?』

 さすがに分かっているとはいえ、直に言うのは、イフリートが可哀想である。

「それじゃ、アーク。ここに来た理由とその本題だけど」
「ああ」

 アークをリビングにある椅子に座らせると、キソラはお茶の用意を始めながら声を掛ける。

「ぶっちゃけると、今から探すと時間が掛かるから、もうウチで良いかなって。お金が減ってくれないのがデメリットだけど」
マスター、今の台詞は全国の貧乏な人たち等を中心に、謝るべきだと思います』

 リビングを見渡しながら言うキソラに対し、冷静に突っ込むウンディーネ。

「うん、そうだね。あと、ウンディーネ。“丘”付近で海洋生物が大暴れしているみたいだけど、様子見て来なくて良い?」
『大丈夫だと思いますよ? 最近、乙姫が戦いに飢えてるらしく、嬉々として対処してくれていると思いますし』
「……乙姫なのに、戦うのか?」

 アークは一度、子供用の本や絵本を見たことがあるのだが、聞き間違えで無ければ、あの『乙姫』で間違いないはずだ。

「戦うよー。後はね……って、あれ?」
『どうしました?』
「ねぇ、ウンディーネ。マーメイドは把握してるけど、ローレライなんて、居たっけ?」
『居るにはいますが……基本的に自分の住処からは移動しないはずですよ』

 ウンディーネが守護する“水の丘”は、基本的に水生生物が居着いている。
 もちろん、酸素が必要な面々も居るので、区画がいくつかに分けられ、上手くやりくりしている状況なのだが。

『ですが、少し気になりますので、様子を見てきます』
「うん。対処できそうになかったら、ちゃんと呼びなさいよ」
『はい!』

 ウンディーネがその場から居なくなるのを確認すると、『守護者通信』を起動させる。

『“水の丘”に緊急事態発生!? みんなの所は大丈夫?』

 さっそく記事が作られていたが、コメントもいくつかあった。

『大丈夫だけど、せっかく一緒に遊べると思ったのにぃ』
『みんな火事起こすなよ! いくら守護者でも死ぬぞ』
『死んだら、もれなくネルの迷宮行きだぞ』
『うげ……行きたくねぇ』
『こっちこそ、お前らを受け入れるスペースなんか無いよ』

 ……などなど。途中から横道に逸れまくっているが、今は無視する。
 あと、ネルもネルで容赦ない。

『キソラです。“水の丘”に関して、何か情報ある人は提供しなさい。自分たちが同じようなことになったら、笑えないでしょ』
『はーい』
『はーい』

 キソラがコメントしたにも関わらず、チャット的なノリが変わらない。

「全く……」

 『守護者通信』を閉じて、溜め息を吐く。

「大変そうだな」
「そうだね。でも、何かはあるから、飽きることは無いんだよね」

 そう話した後に、キソラはアークに向き直る。

「さて、さっきの続きだけど、うちって見ての通り、無人じゃん? だから、防犯面から行くと安全とは言い切れないんだよ」
「そこで、俺が仮住まいとしても利用すれば、その点は問題無くなると」
「あとは、転移陣はともかく、私の設置した結界よりかは確実にこっちの方が安全だから」

 基本的に、この家にはキソラだけでなく、ノークの防犯対策がされている。
 その時点で、泥棒や空き巣は手出しできないのだが、さらに、キソラたちの身を案じていた両親の魔法が未だに残っているため、この家に入るとなると、キソラたちから許可されて合い鍵を持つか、彼女たちの同伴者として来るしかなかったりする。

「でも、何で俺に話したり、住むのを許可するんだ? 相棒とはいえ、お前とは約三ヶ月の付き合いだろ」

 一年ぐらいならまだしも、半年にも満たないのに、大丈夫だと信じるにしても無茶ではないのか。

「そうだね。長いようで短いけど、だからこそ、約三ヶ月の付き合いに賭けることにした。私は、アークなら大丈夫、って」
「……けど、お前だけの問題じゃないだろ」
「まあ、兄さんに対しての対処は、ちゃんと考えてあるから大丈夫」

 もう一人の家主であるノークには、勝手に決めたことに関しては怒られるだろうが、ちゃんと話すつもりではいる。
 ただ、残る問題は――

「けど、私もずっと一緒に居られるわけが無いからね。手紙を預けておくよ。こっちに来たら、渡してくれるかな」
「俺、お前の兄貴の顔を知らないんだが?」

 キソラから差し出された手紙の宛名を見たアークが問う。

「あー、兄さんって、私と似てるから、会えばすぐに分かると思うよ」

 確かに、エターナル兄妹は似ているといえば似ている。
 友人たちに言わせれば、さすが兄妹と言わせるようなことも何度かあったほどだ。

「そもそも、何で手紙で俺を介するんだよ。兄妹なら小型通信機で連絡できるんだろ?」
「そりゃあね。でも、今は連絡しない方がいいかなぁって。戦闘中とかだと目も当てられないから」
「そういうことか」

 アークはもしかしたらという状況に納得したらしいが、キソラにしてみれば、今は彼らの邪魔はしたくなかった。
 せめて、彼らの追っている件が解決したのが分かるまでは、キソラは連絡するつもりも無かった。

「とにかく、手紙は渡したから」
「ああ」

 キソラの手紙を受け取ったアークは、自身の鞄へと入れる。

「それと、今から部屋を用意するのは無理だから、もう少しだけ寮部屋で一緒だね」
「さすがに、部屋の用意については、手や口を出すからな?」
「分かってるよ。部屋の用意が完了し次第、家の中も案内するから、そのつもりでいてよ」

 その後、少しのんびりした後、二人は寮部屋へと戻るのだった。
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