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第二章、戦争

第七十二話:国内・学院攻防戦XVII(黒竜退治Ⅲ・過去からの因縁)

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 さて、黒竜を送還するとは言ったが、まずはその動きを封じなくてはいけない。
 だが、それすらも無理だった。
 その理由というのが――

「何かさぁ。こいつを返そうと躍起になってるみたいだけど、そう簡単に返させないわよ?」

 そう言いながら、黒竜の頭上にいきなり女が現れたからだ。

「もしかして、黒竜の召喚者さん?」
「そ。私はこいつの召喚者。召喚士サモナーよ」

 キソラの問いに、女は頷いた。
 だが、同時に厄介でもあった。前に一度言ったと思うが、迷宮管理者と違い、召喚士は召喚対象と主従関係になるからだ。
 もし、女の言う通り、黒竜が彼女の召喚獣なら、彼女に送還してもらう必要があるのだが。

「お姉さん。召喚者だけど、そいつを送還する気無いよね?」

 そもそも、そんな気が少しでもあれば、最初から黒竜を召喚しようとも思わなかったはずだ。

「あら、分かった?」
「目的は何なの」

 可愛らしく首を傾げる女に、キソラは単刀直入に尋ねる。
 返事次第では、黒竜の強制送還も厭わない。
 だが、女の返事は意外なものだった。

「貴女」
「は?」
「だから、貴女よ」

 再度同じことを言ったかと思えば、女は顔を歪めた。

「本っ当、あの女・・・が生きてるみたいで嫌になる」

 それを聞き、彼女から感じたのは、嫌悪などの負の感情。

あの女・・・って、多分……)

 ちらりとギルド長へと目を向ければ、珍しく厳しい表情を露わにしていた。

(うわぁ、当たってほしくなかったなぁ)

 まさかの正解に、内心そう思いつつ、キソラは息を吐いた。

「それで、用は何でしょう?」

 とりあえず、用件を聞いてみる。

「用? そうね――」

 その瞬間、キソラの目の前を何かが通り過ぎる。
 それが剣の切っ先だと分かったのは、とっさに回避した後だった。あともう少し遅ければ、真っ二つか目を駄目にされていただろう。
 そんなキソラを余所に、女は言う。

「貴女を殺すためよ」

   ☆★☆   

 甲高い音がぶつかり合う。
 女が放つ剣技や魔法は、こちらの剣技や魔法のことをよく分かってるのか、相殺したり打ち消したりするのだ。

「大体、母との因縁を娘である私にまで、巻き込まないでもらえます?」
「それは無理よ。恨むなら、顔が似ていることやあの女から生まれたことを恨みなさい」
「却下します。母親を貶すほど、親不孝者ではないので」

 さすがに、生身で戦うにはいろいろと限界があるので、上手いこと移動していたイフリートと“精霊憑依”したが、どうもおかしい。

『攻撃力、上がってるよね?』
『ああ。けど、あの女が何かしたんだろ』

 精神世界で会話するが、忌々しいと言いたげに、イフリートが顔を歪ませる。

(ま、知り合いだよね。お母さんの時にはもう居たわけだし)

『対黒竜用に魔力は残しておきなさいよ』

 とりあえず、意識を浮上させれば、女の相手に集中する。

「それにしても、貴女の恨みを買うほど、母が何かしましたか。娘である私にまで巻き込むほどの恨みみたいですけど」
「そうね。したわ。そして、あの女と同じ顔の貴女を見ると、いやでもあの女の顔を思い出すのよ!」

 風切り音を発しながら、女はキソラに向かって剣を振るう。

『単なる八つ当たりみたいなものじゃねーか!』

 イフリートの声が届く。

「……“精霊憑依”、解除」
『なっ……いきな――』

 いきなり“精霊憑依”を解除され、驚きの表情を向けるイフリートだが、言葉は最後まで続かなかった。
 何の感情も浮かんでいない、漆黒の眼が女を捉えていた。

「貴女が母をいくら恨もうと勝手ですが、やはり私まで巻き込むのは違うと思いますよ?」

 口は笑っているのに、目は笑っていない。

(怒りを通り越したか)

 何がキソラの琴線や逆鱗に触れたのかは分からないが、怒りを通り越すほど、感情が思いっきり振り切ったということだけは、近くにいるイフリートに分かった。

「っ、」
「次から次へと問題を増やさないでくださいよ。黒竜を片づけて終わりのつもりだったのに、親と因縁のある人が登場とか、全然笑えないし」

 キソラが一歩前に進めば、女は一種の恐怖を感じたのか、一歩後ろに下がり始める。

「黒竜、送還してくれません? ただでさえ広がっていた被害が、さらに広がるじゃないですか」
「それは無理よ。貴女を殺すためだけ・・・・・・に、召喚したんだから」
「あっそ」

 キソラはブレスを吐こうとしている黒竜に目を向け、ふっと笑みを浮かべた。

「じゃあ、私が送還しますね」
「はぁっ!? さっきまでの会話、聞いてた? 黒竜は召喚士である私の召喚したモンスターなのよ? それなのに、送還するって本気?」

 バカじゃないの、と鼻で笑う女に、キソラは彼女に目を向ける。

「本気も本気。この程度のこと、どうにも出来ないと思われるとか、迷宮管理者わたしも嘗められたものだなぁ」

 そう言いながら、四聖精霊たちに目を向ける。
 有り難いことに、魔力にはまだ余裕がある。

「全員、黒竜送還の準備をしておいて。私はこの人の相手もしないといけないから」
「相手『も』……?」

 キソラの言い方を、疑問に思ったらしい。

「そのことなんだけど、相手は私が代わりましょうか」
「ギルド長?」

 いつの間に屋根の上にいたのか、背後にいた人物――ギルド長に、キソラは首を傾げた。

「どうせ私も、あの時・・・の関係者です。それなら構わないでしょう?」
「私は、その子を殺したいんだけど?」

 ギルド長の問いに、女の目がキソラへと向く。

「私はギルド長が死なないと約束してくれるのなら、代わっても良いですよ」

 そうすれば、キソラは黒竜送還に集中できるし、話は聞こえていたのか、四聖精霊たちも意識を黒竜へと向ける。

「死にませんよ。私は」
「では、任せます」

 そもそも、人間最強なんて言われている人である。そんな人が、自分と同じ人間に負けるはずもない。

「ちょっと、話を勝手に進めないでちょうだい。私は許可してないわよ」
「貴女の許可なんて、必要ないですよね?」

 いくらキソラが標的でも、敵の許可は必要ない。

「っ、まあいいわ。さっさと倒して、貴女を狙えばいいんだし」
「そうなると良いですね」

 ギルド長が相手である以上、長引くのは目に見えているけど、とは言わない。

(意識は黒竜ターゲット、気配感知は全方位)

 そう思いながら、小さく息を吐きつつ、屋根の上を歩きながら黒竜の元へと向かう。
 気付かない間に、かなり離れていたらしい。

「――“セカンド・モード スタンバイ”」

 取り出した相棒にそう告げれば、了解の意思表示が伝わってくる。
 四聖精霊たちは心配していたが、管理下外の迷宮への送還で魔力が無くなることは覚悟済みだ。

(大丈夫。見ていて、お母さん)

 もう、この地に傷を増やさないためにも――

   ☆★☆   

 アキトは校内を歩いていた。
 だが、ただ歩いているのではない。走ると足音が響いてしまうため、はやる気持ちを抑えながら、なるべく早く目的地に向かうために歩いていた。

「っ、」

 リックスたちが帝国軍を叩き落とした後に現れた黒き竜に、一緒にいたジャスパーは驚き、アキトは舌打ちした。
 あんなの、もしキソラが感じ取れば、放っておくはずがない。
 だから、アキトは向かう。
 もしかしたら、足手まといだと言われるかもしれないが、そんなの行かないと分からないし、もし彼女が暴走でもしたら、四聖精霊たちと止めなくてはならない。

「っ、と」

 さっと角に身を寄せる。
 まだ見回りがいたらしい。

(まさか、いないのがバレた?)

 こういうときだから点呼をし、所在確認した可能性もある。

「……」

 このまま進むか、避難場所に向かうか。

(いや、考えるまでもないか)

 少しばかり考えていたためか、近付いてきた気配に気付かず、腕を引かれる。

「誰――」
「しーーっ! 気付かれるでしょ?」

 誰だ、と大声で問い詰めそうになったアキトに、指を口に当て、静かにするように告げる彼の腕を引っ張った主。

「ガーランド?」

 何でここに、と言いたげなアキトに、赤い髪のツインテールが特徴の少女――アリシアが、呆れた目を向けていた。

「それは、こっちの台詞。もしかしなくても、キソラたちと一緒だったんでしょ? なのに、何で単独行動中なの」

 キソラはともかく、ジャスパーの単独行動はマズいと暗に告げるアリシアに、アキトは説明する。

「キソラとは夜中に一度分かれた。多分、あの黒竜のおかげで戻ってきているとは思うが、居るかどうかまでは分からない。ジスは時計塔の屋上にいる。下手に見つかるよりは良いだろうし、仮にも王族だからな。何かあったら困るし」
「……あの子といい、貴方といい、こっちはいろいろと驚いているのに、そのスルーっぷりには感心するわ」

 許可が必要なはずの時計塔屋上に行けるわ、ジャスパーがあっさり王族であることを告げるわ、『類は友を呼ぶ』という言葉が現実に表れているようにしか見えない。

「俺とキソラを一緒にするなよ? 俺は出来る範囲のことは弁えてるが、あいつは出来る範囲以上のことまでやろうとするんだからな」
「確かに、あの子が無茶をするから、私たち周囲の者たちは、ハラハラしっぱなしなのよね」

 それでも、彼女と一緒にいてしまうのだ。

「ねぇ、アキト君」

 おそらく、初めてであろうアリシアからの名前呼びに、アキトは彼女に目を向ける。

「キソラの所まで、連れてってあげようか」

 驚きを露わにするアキトに対し、アリシアは笑みを浮かべた。
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