上 下
70 / 119
第二章、戦争

第六十七話:国境付近にてⅥ(現代に蘇りし剣姫と戦乙女・中編)

しおりを挟む
「クラ、リス……?」

 ミレーヌが呆然としたまま、そう呟く。
 見た目は金髪碧眼モードのキソラのままではあるが、雰囲気は先程までの彼女とは明らかに違っていた。
 そして、その雰囲気は、彼女・・を良く知るミレーヌだからこそ気づけた。

「――ッツ!!」

 駆け出しながら、すでに持っていた剣と帯剣していたうちの一本を抜くことで二刀流となったキソラ――いや、クラリスが、ミレーヌに向かっていく。
 だが、そこから放たれる攻撃に対し、とっさに防御態勢を取ることで防ぐミレーヌだが、その顔は引きつっていた。

(何がどうなってんのよ!?)

 先程まで戦っていたのは、見た目が似ているだけの少女だったはず。

(それなのに――)

 今目の前にいるのは、自身がよく知る好敵手ライバルでもある少女。

「……ふふっ、けど良いわよ。クラリス。これで正々堂々戦える!」
「貴女から正々堂々なんて言葉、聞けると思わなかった」
「――っ、」

 今度はミレーヌから攻撃を仕掛けてみるも避けられ、腹部に蹴りを食らってしまう。
 そんな彼女が起き、立ち上がる様子を、クラリスは見ていた。

(さて、どうしたものか)

 一時的に意識を変えたとはいえ、ずっとキソラがクラリスのままでいられるわけがない。

(とはいえ、いては事を仕損じるだろうし……)

 剣を片方鞘に収めると、剣を持っている手から落とさないようにきちんと握り、右腕を引き、体勢を低くして構える。
 そして――そのまま思いっきり、勢い良く突き出す。

「ふふっ、追撃のつもりだろうけど、甘いわね。クラリス」

 剣を勢い良く付き出したことにより生じた風は、刃のようにミレーヌへ向かっていくが、特に苦労することなく、彼女は防ぎきる。

「何言ってんの? 私が貴女相手に、威力の弱い・・・・・追撃をするはずがないでしょ」

 相手がどう思おうと勝手だが、あれは追撃ではない。

(攻撃するという意図はあったけどね)

 それでも、先程の突きが彼女までの距離で届くということは分かった。

「そうね。まあ、貴女なら読まれると分かってて、やった可能性もあるけど」
「はっはー。それは否定しないけど、私が貴女にあっさり勝てるほどの相手じゃないことは、もう分かってるからね」

 そう言いつつ、クラリスは大剣へと変化させた相棒を取り出す。
 だがそれは、ただの大剣へ変化したわけではない。

「貴女の相棒のお出ましってわけ。クラリス」

 その姿は、“剣姫”クラリス・レージが使用していたものにして、彼女の相棒。

「それなら、こっちも相手しなくっちゃね」

 そう言いながらミレーヌが取り出したものに、クラリスは構える。

「相棒対決と行きましょうか。クラリス」

 ミレーヌは笑みを浮かべた。

   ☆★☆   

「何で最前線ここに居るんだ!」

 帝国師団長、ユリウス・サバラーグの相手をしていた騎士団長、ウィルフォードは、偶然あった視線の先の光景に、思わず声を上げた。

(つか、絶対来させないとか、言ってなかったか? あいつ)

 以前、ノークと話したことを思い出すウィルフォードだが、それとは真逆なことが起きていた。

(いや、それよりも――)

 ウィルフォードは、対峙するユリウスに目を向ける。

「……ああ、あれのことか」

 どうやらユリウスの方も気づいたらしく、キソラとミレーヌを捉えれば、彼の口角が上がったのを、ウィルフォードは見逃さなかった。

「悪いが、そう簡単に向こうへ行かせるつもりは無いぞ」
「ならば、無理矢理にでも通るまで」

 ユリウスの視線が自身に向いたのは良いが、ウィルフォードは内心舌打ちした。
 正直、ユリウスを相手にするのに、普段なら苦労しないウィルフォードだが、今は違う。
 キソラほどではないにしても、体力・魔力共に消耗しているのだ。実力差があるとはいえ、見習いや一般兵でもいいから、手を借りたいほどだった。
 だが――

(それは、駄目だな)

 プライドなどの問題もあるが、負けると分かっていて、部下たちや未来の部下候補に自身のサポートなんてさせられない。
 それが、彼らが持つある種のプライドを傷つけることになったとしても。

「だから、行かせねぇって」

 ユリウスが隙を見て、キソラたちの方へと向かおうとしていることが丸分かりなので、ウィルフォードもそれを阻止するべく剣を振るう。

「上に立つ以上、下の者たちには良き見本となり、導かなければならない」
「いきなり何を言って……」
「そして、年上は敬わないといけないのだろうが」

 戸惑うウィルフォードを余所に、ユリウスは告げる。

「俺の道を遮る敵であるのなら、話は別だ」
「く、はっ……」

 ユリウスが目の前から消えたかと思えば、はっと気づいた瞬間には懐に入られており、腹部に強力な拳を食らっていた。

「今更だが、俺が使えるのは、剣と魔法だけではないからな」
「っ、本当に今更だな。おい」

 ウィルフォードが腹部を撫でながら、何とか立ち上がれば、ユリウスが目を細める。

「だがな。それを出来るのが、自分だけだと思うなよ。クソガキが」

 お返しだとばかりにユリウスの懐に飛び込んだウィルフォードが、雷を付与した拳を彼の腹部へとぶつける。

「ぐぅぅ……」

 立ち上がろうとして、立ち上がれないユリウスは、そのことに顔を歪ませ、そして理解した。ウィルフォードが拳に雷を付与したのは自身を麻痺させるためなのだと。
 だが、属性付与したところで、状態異常を必ず引き起こせるわけではない。

「俺が状態異常になることに賭けたのか」

 それを聞いたウィルフォードは、まさかとでも言いたげな表情をする。

「賭けてなんかないさ。ただ、普通に拳をぶつけるより、与えるダメージを増やした方がいいと思っただけだ」

 麻痺に関してはその結果であり、偶然だ、とウィルフォードは言う。

「そうか。それなら――」

 再びユリウスが目の前から消えたため、まさかまた懐に入られたのかと思ったのだが、いつまで経ってもダメージは来ず、嫌な予感がしたウィルフォードは振り返る。
 そこには、予想通りというべきか、ユリウスがおり、麻痺しているとはいえ、キソラたちの方へと向かっていた。
 だが、キソラたちが気づいた様子はなく、ウィルフォードは叫ぶ。

「させるかぁぁぁぁっ!!!!」

 そして、その声と気配で気づいたのか、キソラが視線を、ミレーヌ、ノークらがそちらに目を向ければ、偶然か否か、キソラとノークの言葉が重なる。

「っ、そいつをこっちへ向かわせるな、イフリート!」
「っ、そいつをそっち・・・へ向かわせるな、イフリート!」

 その声が届いたのか、大きな火柱がキソラたちと向かってきていたユリウスとの間に現れる。

『りょーかい』

 火柱が火の粉を散らせながら霧散すれば、そこに居たのは、そう返事を返す赤髪の青年。

「勝手に休憩しに行ってたんだから、今からは少し働いてもらうから」
『あの、マスター? いくら精霊俺たちでも休み無しでぶっ続けで戦い続けるのは無理あるんですが』
「それは私に対する嫌みか」
『……いえ』

 少しピリピリしているせいか、キソラから軽いながらも本気の殺気を向けられ、イフリートは顔を引きつらせる。

『で。もちろん、手加減しなくて良いんだよな?』
「出来るのか?」
『まさか。逆に『願い』や『思い』の乗った言葉により、魔力ブーストされてるみたいで、正直、手加減できる自信が無い』

 確認すれば、問い返してきたノークに、イフリートはそう返す。
 ちなみに、キソラの言葉は、ユリウスがほぼ正面に来ていたから、ノークの言葉は、キソラの身を案じたことにより発したのだが、いくら迷宮をキソラが管理しているとはいえ、そもそもノークも守護者たち彼らにしてみれば、マスター同然なのだ。
 そんな状態で、キソラとノークから同時に『思い』や『願い』のもった指示をされてみろ。キソラのみのブーストよりもブースト率が跳ね上がるに決まってる。

「とにかく、彼の相手は任せたから。私が彼女の相手をし終わるまでに足止めするか、終わらせておいて」
『分かってるよ』

 あと、とイフリートは告げる。

『他の奴らから何度も聞いたとは思うが、死ぬなよ』
「そっくりそのまま返す」

 それに対し、ふっと笑みを浮かべれば、

『つーわけで、あの二人の元に行きたけりゃ、俺を倒すことだな』
「そう、みたいだな」

 キソラたちを示しながら言うイフリートは、ウィルフォードとの戦いで麻痺したことすら感じさせない笑みを浮かべるユリウスの相手を始め、

「少し邪魔が入ったから、少々中断させてもらいましたが、大丈夫でした?」
「別に気にしなくてもいいわ。貴女が行動に移さなければ、私が対処していたでしょうし」
「……」

 その『対処』の内容について聞いた方が良いのか聞かない方が良いのかという、どちらかといえばくだらないことを考えつつ、一度意識のすみにクラリスの意識を置いたキソラは、ミレーヌとの戦闘を再開させる。
 そんな面々を見て、何とかなったようだと判断したノークは、小さく笑みを浮かべ、相手の戦力をぎに向かうのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

【完結】7年待った婚約者に「年増とは結婚できない」と婚約破棄されましたが、結果的に若いツバメと縁が結ばれたので平気です

岡崎 剛柔
恋愛
「伯爵令嬢マリアンヌ・ランドルフ。今日この場にて、この僕――グルドン・シルフィードは君との婚約を破棄する。理由は君が25歳の年増になったからだ」  私は7年間も諸外国の旅行に行っていたグルドンにそう言われて婚約破棄された。  しかも貴族たちを大勢集めたパーティーの中で。  しかも私を年増呼ばわり。  はあ?  あなたが勝手に旅行に出て帰って来なかったから、私はこの年までずっと結婚できずにいたんですけど!  などと私の怒りが爆発しようだったとき、グルドンは新たな人間と婚約すると言い出した。  その新たな婚約者は何とタキシードを着た、6、7歳ぐらいの貴族子息で……。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

処理中です...