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第二章、戦争

第五十五話:国内・学院攻防戦Ⅴ(亡国の王子)

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 時計塔屋上の扉の向こうから姿を現したジャスパーに、キソラたちは驚愕の表情のまま、彼を見た。

「お前……何で……」

 どうやら、アキトも彼が来ることについては、完全に予想外だったらしい。

(いや、それよりも……)

 許可がいるはずの時計塔屋上へ来た彼の言い訳は後で考えるとしても、帝国軍も同じ場所にいるという、この状況はあまり良くない。

(面倒くさい状況にしてくれたものだな! この王子様は!)

 だから、思わず心の中でそう叫んでしまったキソラは悪くない。

「おい、空間魔導師」

 アルヴィスに話し掛けられ、キソラは目を向ける。

「驚いたぞ。今は無きギーゼヴァルトの王族の一人と、こんなところで会えるなんてな」
「そういえば、ギーゼヴァルトの誰かがいないという噂を聞いたことがあるな」

 まさか、というレイの言葉に、キソラは舌打ちしたくなった。
 ジャスパーが来る前は、普通に魔法や剣で戦うだけだったのに、今ではその空気が一気に変わり、どうも嫌な予感しかしない。

「良かったな、空間魔導師。戦う理由が出来たぞ?」
「嬉しくないったらありゃしないわね」

 キソラが横目でアキトに視線を向ければ、その意味を理解したのか、アキトがジャスパーを守るように少しずつ移動する。

(さすがだね)

 視線のこともあるとは思うのだが、彼が動いたほとんどの理由が状況判断なのだろう。
 ただ、このスペースで彼を守りながら戦うというのは、大変なのだろうが。

(本気で戦うしかないか)

 剣を片手で持ったまま、相棒を剣にして取り出すと、キソラは時計塔屋上へと降り立つ。

「なあ、空間魔導師。交渉しないか?」
「交渉?」

 アルヴィスの提案のようなものに、キソラは訝る。

「ああそうだ。確認するが、お前はそこを守りたいんだよな?」
「そうですね」
「だが、俺たちとしても手ぶらで帰るわけにはいかない」
「ふーん。それで?」

 キソラは先を促す。

「だから、そいつをこっちに寄越してくれれば、ここは見逃してやるよ」
「……」

 それを聞き、ぎょっとした後、面々はキソラへと目を向ける。
 考えるような仕草をするキソラに、アキトとジャスパー、レイは不安そうな目を向け、アルヴィスは静かにキソラの回答を待ち、帝国騎士たち数名はにやにやと笑みを浮かべている。

 一つを犠牲にして多を救うか。
 多を犠牲にして一つを救うか。

 どうするのかを決めたのか、キソラは笑みを浮かべる。

「却下だ。今の彼は私の友人・・・・だからね」

 アルヴィスは目を見開く。
 だが、キソラは口で笑みを作りながらも、目は笑っていない。

「その友人を、渡すつもりはないよ。もし、無理やりでも連れて行こうとすれば――」

 帝国騎士たちを見据えるキソラに対し、アキトが守るようにジャスパーに背を向け、帝国騎士たちから守るように寄り添う。

「私を倒してからにしろ。出来れば、の話だけど」

 親指で自身を示すキソラに、アキトとアルヴィスは二人とも別々の意味の笑みを浮かべ、レイはどこか安堵した表情になり、帝国騎士たちは戸惑った。

「っ、この――」
「そうそう。言い忘れたけど、私はただの・・・空間魔導師じゃないから」

 いきり立つ数名の帝国騎士たちをそんなに気にした様子もなくそう告げたキソラは、そのまま詠唱へと移行する。

「『迷宮管理者、キソラ・エターナルが命じる』」

 剣となっている相棒を上に向け、展開された魔法陣に向かって、迷宮とその名を告げる。

「『開け迷宮 “天空迷宮”より来たれし守護者――天空騎士団』!」

 次の瞬間、その場にはペガサスやユニコーンなどといった、飛翔能力を持つ生き物へと騎乗する騎士のような者たちが現れる。

「何なんだ、こいつら」

 突然現れた者たちに警戒する帝国騎士たちだが、彼らを見て思案していたレイが、納得したように言う。

「先程の詠唱といい……ああ、そうか。君が全国垂涎すいぜんの迷宮管理者だったのか」
「迷宮管理者?」

 不思議そうなアルヴィスに、レイが説明する。

「あれ、知らない? 空間魔導師とまでは行かないけど、常人より多い魔力を持ち、迷宮やダンジョンに住む魔物や魔獣を召喚できる者がいるっていう……ねぇ?」

 キソラに確認するかのように言うレイに、キソラは溜め息を吐く。

「まあ、間違ってはないんだけど……意外と物知りなんだね。帝国の魔導師さん」
「空間魔導師であり、迷宮管理者でもある君に褒められるとはね」
「まあ、だからといって、召喚師サモナーと一緒にされても困るけどね」

 召喚師と迷宮管理者の違いは、何を管理、支配下に置いているのか、という違いだけなのだが、キソラはそんなに気にしていない。ただ、線引きだけはきちんとしておきたいだけなのだ。

「お、おい、大丈夫なのか?」

 ジャスパーが戸惑いながらもキソラとアキトに尋ねるが、キソラは余裕と言いたげに笑みを浮かべ、アキトは大丈夫だと返す。
 そして、足を揃え、真っ直ぐに立ったキソラは軽く息を整える。

「っ、空間魔導師と言えど小娘だ! この人数でなら勝機はある!」
「バカっ、相手をよく考えろ! さっきご丁寧に説明されたばかりだろうが!」
「ちょっ、それでも相手は空間魔導師に変わりないから――」

 全員で攻撃を仕掛けようとする仲間に、アルヴィスとレイが止めようとするが、士気の高まった帝国騎士たちの声に掻き消される。

「単純だなぁ」
「え?」

 小さく呟いたキソラに、何か聞こえた気がしたレイが、彼女に目を向ける。
 でもそれは、大量の魔法と天空騎士団による武器攻撃により、一瞬で消された。

「数の暴力で有利だと錯覚し、長である二人の制止を無視。おまけに、私が空間魔導師ということよりも、小娘だから勝てるなんて、甘い。甘すぎる」

 バリバリと激しい音を立てながら、消し損ねた帝国騎士たちの魔法とキソラの防御結界がぶつかり合う。

「貴方たちさぁ。こっちは小娘でも、一応は空間魔導師なんだよ」

 それに、とキソラは続ける。

「天空騎士団がいることをもう忘れてる」

 帝国騎士たちの首には、冷たい視線を向けながら、天空騎士一人一人の手から伸びる剣があった。

「いつの間に……」

 驚く帝国騎士たちに、キソラは言う。

「大国なくせに、基礎がなってないんですね」
「何だと!?」
「貴方たちのリーダーはちゃんと制止してましたよ? なのに、それを無視とか、どうなんですか」
「っ、」
「それと、天空騎士団うちの子を甘く見ない方が良いですよ。実力とか統率力とかね」

 迷宮、“天空迷宮”を守護する守護者、天空騎士団は、キソラが管理する迷宮の中でも、厳しさと守護者の数は一、二を争うほどであり、下手をすれば一国の騎士団と言われても納得できるような数である。

「アザー、ゼニス。手を抜きすぎるなよ?」
『分かってますよ』
『あ、セレストが留守番してるんで』
「ん、分かってる」

 キソラは近寄り、話しかけてきた二人にそう返す。

「さて、どうします?」
「どうするもこうするも、随分とまあ、卑怯な手を使ってくるじゃねぇか。空間魔導師」
「貴方たちに言われたくないですね。元々、貴方たちの人数の方が多かったこと、忘れてません?」

 キソラとアルヴィスの間で、見えない火花が散る。

「アザー、ゼニス。どちらかがそこの二人を守り、どちらかが他の奴らを足止めするための指揮をしろ。生死については任せる」

 そして、キソラはアキトに目を向ける。

「そいつの守りは任せるから」
「え? は? ちょっ――」

 戸惑いながらも言われたことを把握したアキトが待て、と声を掛けようとするが、キソラはキソラで声が掛かる前に再び空中を足場にしており、その代わりに、いつの間に決めたのか、アザーと呼ばれていた天空騎士団の一人が二人の近くへと降りてくる。

「あの、えっと……」
『一応は守りますよ。彼女の指示なので』

 戸惑いながらも声を掛けてみれば、どこか冷たさを感じるようなアザーにそう返され、アキトは思う。

(あ、こいつら。四聖以上の主大好きな連中か)

 と。
 そんな面々ほど、やりにくいものはない。
 ちなみに、ギルド会議で言っていた主大好きな守護者たち代表として名前が上がっていたのは、もちろんアザーたち天空騎士団のことである。
 それでも、その実力を認めさせてしまえば従ってくれるので、楽と言えば楽である。
 空中のあちこちから剣や魔法のぶつかる音がし、目の前に迫っていた帝国騎士を、アキトは斬り捨てる。

「おい……」
「お前は下がってろ。あいつの気持ちを無駄にしようとしたら、いくらお前でもぶっ飛ばすぞ」

 何か言いたそうなジャスパーを一瞥し、アキトはそう告げる。
 キソラのことだから、本来なら召喚予定すら無かったのだろうし、天空騎士団を守護要員として役立てるつもりだったのだろうが、ジャスパーが来たことにより、作戦変更せざるを得なくなった、というところだろう。
 ただ、とアキトは思う。

「アザー、だったか? 一応、キソラの周囲に人員を配置しておけ」
『貴方のめいを聞くつもりはありません』

 ダメ元で言ってみたのだが、やはり聞いてはもらえないらしい。

「言ってる場合か? 早くしないと――地上に落ちるぞ。あいつ」
『信じると思いますか?』
「信じなくてもいい。けどな、何に魔力を割いているのか、分からないわけじゃないだろ?」

 それを聞き、アザーが目を細める。

「何で分かるのかって顔だが、は良い方なんでな」

 そう言いながら、アキトは帝国軍を斬り捨てる。
 一方で、キソラとアルヴィスは激しい剣戟を繰り広げていた。

「空間魔導師っつーのは、こんなもんなのか?」
「まさか」

 剣戟から魔法の撃ち合いへと移行するのだが……

(魔力の消費が激しいな)

 その場の空間を利用した足場とアザーたちへの魔力供給。そして、魔法の撃ち合いと、魔力の使用状況を思い返せば、消費が激しいのも仕方がない。

「さて、どれを使うべきか」

 魔力の節約を優先にするのなら、消費が少ない魔法を使えばいいのだが、師団長でもあるアルヴィス相手に、手を抜くわけには行かない。
 とりあえず、使用していた剣を鞘に収めると、相棒を槍へと変え、そのまま構えるのだが――背後から襲いかかってきた魔法を、帝国軍たちが来たときと同様、防壁で防いだ後に跳ね返す。

「二対一、か」

 いつの間に背後にいたのか、魔法を放った体勢のまま驚きの表情を隠そうとしないレイに、横目で一瞥しながら、キソラはそう呟く。

「気配がしなかったのは、隠密系の魔法を使用したから?」

 レイは驚きの表情は戻したが、内心舌打ちしたかった。

「ま、どっちでもいいや」

 次はどうするの? と、キソラは二人に尋ねるのだが、まるでタイミングを計ったかのように、ピリリリ、と小型通信機がその場に鳴り響く。
 何事かと面々が音の発信源であるキソラの方を見たため、やや気まずくなりながらも、相手を確認して出る。

「……はい」
『大変だ、キソラ。“空撃”と“海撃”の二人がこっちへ来たぞ!』

 出てみれば、掛けてきた相手であるノークが前置きなくそう告げる。

『さっさと終わらせるわよー!』
『エル! あんまり前に出るな!』

 それと同時に、彼の背後だろうか。そこからよく知る声が聞こえてくるのだが、そんな時でも切りかかってくる帝国騎士たちに、キソラは防壁で対応しながら、彼らと対峙するゼニスたちに目を向ける。

「……ねぇ。まさか、参戦してるの?」
『してる。大会を開催させたいからって』
「……」

 何という個人的理由。
 そう思ったキソラは悪くない。

「とにもかくにも、二人のことはそっちに任せるから」

 そして、帝国の魔導師たちの魔法に詠唱破棄で反撃しながら、半強制的に小型通信機の【通信】を切る。

「もういいのか?」
「私は良いんだけどね。あと、律儀に話が終わるまで待ってくれたことには、感謝しておくから」

 アルヴィスの確認に、キソラはそう返す。

「話しながらも、きちんと対応されてるのを見せられたら、不意打ち狙いでも対処されそうだったから避けたんだよ」
「そうだったの?」

 確かに対処はしていたが、不意打ちされた場合、キソラも対処できたかどうかは分からない。

「そうそう。貴方に朗報かどうかは分からないけど、私より強い空間魔導師が三人・・。今戦場となっている国境付近にいるみたいだけど、どうする?」

 ちなみに、三人というのは、ノークにエルシェフォードとアクアライトの三人のことである。
 オーキンスとリリゼールについて触れないのは、彼らが国内にいる上に、自身と同じように師団長を相手にしている可能性もあり、そこに援軍となるアルヴィスたちを送りたくないからだ。

「行かねぇよ。言っただろうが。手ぶらでは帰れないって」

 それを聞き、キソラは息を吐くと、改めて彼らに目を向ける。

「なら、私は全力で阻止させてもらいます」

 相棒を構え、そう告げるのだった。
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