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第一章、始まり

第三十二話:空間魔導師と昔話、再会は唐突に

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 キソラはアークに目を向けると、軽く息を吐き、場所を変えるよ、と声を掛け、歩きながら説明する。

「空間魔導師っていうのは、文字通り空間魔法をメインに使う魔導師のことで、空間魔法とは普通の――火属性とかの属性系魔法とは違う魔法なの」

 なお、キソラが以前アークに言った『空間属性』は、属性系魔法と分類が分けられているため、属性系魔法として扱われていない。

「見たことあるのか?」

 アークが尋ねる。
 てっきり使えるのか? と聞いてきそうな雰囲気は感じていたのだが、『見たことがあるのか』という問いに、キソラはどう答えようか、少しばかり思案する。

「……あるよ」

 何せ、知り合いにいる上に自身が扱える。
 だが、今はそこまで言うつもりはない。

「今の空間魔導師は、全部で九人いるの」
「そうなのか?」
「うん。そして、個々でもその力量が高いし、能力が能力だけに尊敬だけじゃなく、畏怖の感情も抱かれてるの」

 キソラはまだそのような感情を感じたことは少ないが、ノークやオーキンスたちはどれぐらいその感情を向けられたのか。キソラに分かるはずもない。
 アークも有り得ない力を持つ者に対する感情については理解しているのか、キソラの話を黙って聞いている。

「さて、どこから話せばいいのか……」

 何をどう話せば通じるのか。
 空間魔法と空間魔導師について、一般的に知られる情報は様々であり、中でも伝承などは諸説あり、土地によっては内容も区々まちまちである。

(空間魔導師という存在を一番伝えやすいのは――……)

 そして、キソラは口を開いた。

「これは昔の話らしいんだけど、ある時ね、空間魔導師の面々が国のトップ――国王陛下に依頼されたらしいの。『戦争に加わり、我が国を勝利に導いてくれ』って」
「戦争、か」

 アークが自国の内戦に巻き込まれ、この世界に来たことは、キソラも本人から聞いて知っているので、やや声が小さくなる。

 空間魔導師たちの使う空間魔法。
 それは、どの魔法とも一線を画し、空間魔導師たちがその気になれば、国を落とすことも可能な魔法である。
 だが当然、その力を利用しようとする者が出てくるのは当たり前だった。

 それが、国の主である国王陛下だとしても。

「当然、空間魔導師たちは戸惑った」

 確かに、自分たちの力は戦争では有利なものだろうが、それ以前に自分たちは人間なのだ。いくら命令されたからと、ほいほい命を捨てに行くような真似は、彼らにも出来なかった。

「でもさ、空間魔導師って、空間魔法が使えるって言ったでしょ? だから、仲間の一人が偶然聞いちゃったのよ。国王たちの目的を」
「目的……?」
「別に空間魔法を使って、知ったわけじゃないらしいんだけど……『運が良ければ、敵国も“化け物・・・”も纏めて排除できる』って」
「おい、その“化け物”って……」

 顔を歪めながらも確認を取るアークに、キソラは告げる。

「アークの思っている通り、空間魔導師たちだよ」

 ぶわり、とキソラの背後から強風が吹く。

「っ、」
「空間魔導師たちは、自分たちが影でそう呼ばれていたのは知っていたけど、じかに聞いたことは無かったからね。それを聞いたときは、やっぱり落胆したらしいの」

 当たり前である。彼らは望んで、この力を得たわけではないのだから。
 強風から腕で顔を守りながらもアークは聞き、キソラは髪を押さえながら続ける。

「空間魔導師たちは話し合った。どうするべきか」

 協力するべきか、しないべきか。
 または、協力する振りをして裏切るか。

「とにかく、ギリギリまで話し合った。で、出した結果は、『何もしない』」
「何もしない……?」
「空間魔導師たちは、何もしないことを選んだ。戦争を傍観することにしたの」

 手出しは一切しない。
 今の貴方たちは信頼できない。
 だから、信頼してもいいと思える証拠を見せろ。

「『そうすれば、戦争で勝利を導いてみせよう』。だが、その証拠が国王には何なのか、分からなかった。そもそも、権力なんていらない面々ばかりだったからね」

 結局、国王は証拠を見せられず、空間魔導師たちの力は借りられなかった。強権を使えば早かったのだろうが、使ったときの報復が怖かったのだろう。

「……それで、戦争はどうなった」
「勝ったよ。でもね――……」

 空間魔導師側でも、この件は厄介な問題でもあったため、もしもの場合に備え、自分たちで自分たちを守り、縛るルールを作った。

「それが、王族の権限にも匹敵する、空間魔導師間で結ばれたルール」

 のちの空間魔導師となった後輩たちが困らなくても言いように、という理由もある。
 ただ、自分たちの平穏な生活云々とかは、面倒くさい、一々集まって話し合う時間が勿体無い、という我が儘な面もあるが、キソラのような副業持ちにはありがたい。
 それから時代を重ねる事に、この話は何回かねじ曲がった結果、空間魔導師を戦争には出してはならない、と各国共通の認識となったのは、空間魔導師たちにとっては嬉しい誤算である。

「ん? でも、今お前が話したのって、余程の関係者でない限り、一般の人が知らない部分っぽいよな」
「え? あ――……」

 しまったと思いながらも、バレたか? と目を逸らしながらもアークの様子を窺うキソラ。

「まさか、空間魔導師……」

 そこで区切られ、キソラは一瞬固まる。

「なわけないよなー」
「……は、はは」

 笑ってそう告げるアークに、キソラは顔を引きつらせる。
 それでも、キソラには、聞いておかないといけないことはある。

「ね、ねぇ、アーク」
「何だ?」
「もし私が、空間魔導師だって言ったら、どうする?」

 それを聞き、一度目を見開くアークだが、うーんと唸る。

「どうって言われてもなぁ。別にキソラが空間魔導師だって言われて驚きはしても、それだけだろうし」
「……そう」

 アークがこういうタイプの人間で良かったと思うキソラ。
 もしここで拒否反応を示されたら、パートナーとしては少しばかり立ち直れずにいただろう。
 安堵したらしいキソラに、アークも小さく笑みを浮かべて彼女を見ていた。
 変にピリピリしていたキソラである。そんな彼女に、アークが気づかないはずがない。

(少しばかり、緊張がほぐせて良かった)

 アークが少しばかり見ていたせいか、キソラが何? と言いたげに首を傾げる。
 何でもないと言いながら頭を撫でれば、キソラはあからさまに不機嫌になる。

「跳ねてた部分があったから、押さえてやったんだよ」

 それでも疑いの眼差しは消えなかったが、アークが手を退かせば、キソラは溜め息を吐いた。

「それじゃ、さっさと進むか」
「ちょっ、先に行っちゃあダメだって!」

 そう言いながらも、キソラは先を歩くアークを追い掛けるのだった。

   ☆★☆   

『ちょっ、先に行っちゃあダメだって!』

 各場所の様子を見える場所で、そのような声が響く。
 目線の先にはキソラが映っており、それを見ていた者は、口に加えていた棒状の菓子を片手で器用にパキン、と割る。

「あの子は、私のことを覚えていなかった」

 前回会ったのが、彼女が幼いときだったので、それは仕方ないとしても――……

「あの男はあの子に合わないわね」

 目線の先にいるのは、キソラの隣にいるアーク。

「彼女たちの忘れ形見、どこの馬の骨とも分からない奴にやってたまるものですか」

 大切な大切な彼女たちの娘。

『私に何かあったら、子供たちをお願いね』

 ああ、羨ましい。
 なのに、何故自分はそこにはいない。
 自分の隣にいる男は何なのだ。

「そこは――っ!!」

 本来、そこにいるべきなのは――……

   ☆★☆   

「っと、ここは――」
「滝?」

 音を立てて流れていく滝に、何であるの? と首を傾げるも、ここは仮にも迷宮な上に、内部をいろいろといじくってあるので、あってもおかしくはないのだが。

「どうする?」
「うーん……」

 水面を見ながら唸る。
 おそらくこの迷宮の守護者であろうあの声の主との約束もあるため、この迷宮の最下層に向かわなければならない。
 そのためには、このフィールドを攻略する必要がある。

「水のフィールド……」

 水ならウンディーネを喚べば何とかなるだろうが、そのためにわざわざ喚ぶのもどうなんだ、とキソラは思う。

「いっそのこと飛ぶか?」
「それはダメ。このスペースだと羽が傷つくだけだから」

 「それなら、どうするんだよ」と言いたげなアークに「だから、それを考えるんでしょ」とキソラは目で返す。
 そのことに一度、溜め息を吐き、このフィールド全体を見渡すアークに対し、彼の目を盗み、キソラは空間魔法でフィールド全体を把握する。

(なるほどね。ここさえクリアすれば、最短ルートの道に出られるっぽいけど……)

 空間を切り裂いて、別の道に出ようと思えば、不可能ではない。

(ただ、そうなると……)

 散り散りにこの迷宮内を調べているオーキンスたちや冒険者たちに、どのような影響を及ぼすか分からない上に、アークに対する言い訳も考えておく必要がある。

(仕方ない、よね)

 だが、キソラには時間が無いのだ。
 使い慣れた相棒を魔鎌に代え、息を整え、足元に魔法陣を展開する。

「キソラ?」

 フィールドを見渡していたアークが、キソラが何かしていることに気づく。
 だが、キソラは気づいているのかいないのか、無視して気と魔力を集中させる。

(『空間魔導師 キソラ・エターナルが命じる』)

「『この場を覆いし空間を切り裂け』!」

 魔鎌を横に一閃させる。

「――っつ!」

 それと同時に、空間の裂け目から吹く強風が二人を襲う。
 だが、それも次第に治まると、今度は裂け目を中心にひびが入り、滝を中心にしたこのフィールドが崩壊し始める。

「おい、キソラ。避難するぞ」
「ん」

 このままでは自分たちも巻き込まれると判断したアークが声を掛け、キソラも同意すれば、二人はそのまま、このフィールドに出るときに通ってきた道へと一度戻る。
 だがもちろん、他の場所でも、キソラの起こしたことによる影響は出ていた。

「ん? この感じ……」
「あの子が何かしたっぽいね」

 鍾乳洞らしき通路を抜けていたオーキンスとリリゼールの二人は、その感覚をいち早く察知していた。
 気づいたのと同時に、リリゼールがキソラの居場所を捜し当て、そこ以外の場所に防壁を張り巡らしたので、そんなに大事故は起こってはいない。
 ちなみに、大きさが把握しにくい迷宮内だが、リリゼールが張ったのは彼女が出せる最大の防壁であり、どのぐらい大きいかというと、キソラが国全体に張っている結界よりも倍の大きさがあるものである。
 それも、オーキンスと話しながら張ったので、彼女の実力がいかに高いか分かるだろう。

「でも、嫌な予感がする」
「それには同意だ。あいつは確かに強いが、それでもこの予感はいいものじゃない」

 そして、少しばかり顔を見合わせる。

「跳ぶ、か?」
「跳んじゃおうか」

 そう告げると、次の瞬間には二人の姿はその場から消えた。





「あれ、罠が消えた?」

 相も変わらずトラップゾーンから抜け出せていない冒険者たちは、わなを発動させたものの、唐突に停止した罠に首を傾げていた。
 それで自分たちが通り、罠の餌食にはなりたくはないため、罠が発動しそうな場所に石を投げてみても、結局何も起こらずに静まり返ったままである。

「進む、か?」
「……うん」

 そして、戸惑いながらも、歩みを進める冒険者たちだった。





 ぜーはー、ぜーはーと息切れしながら、その場に座り込む。

「思った、以上に、キツかった……」

 側にいる女性冒険者が、同じように息切れしながらも頷く。
 そんな彼らの前には戦意喪失し、足もいくつか失った巨大蜘蛛――ジャイアント・スパイダーが横たわっていた。
 使えるスペースが限られていたのは、巨大蜘蛛あちらも同じであり、スペースの都合上、冒険者たち以上に体を動かすことが出来なかったジャイアント・スパイダーは、壁すらも利用した彼らに倒されてしまったのだ。
 それも、苦手とする、火属性がほとんど使われない方法で。
 そのことをジャイアント・スパイダーがどう思ったのかは不明だが、今回の勝利者は冒険者たちである。

「でもまあ、無事だった、から、いいじゃない」
「まあ、な」

 そう言い合いながらも、二人は思う。

 もう少しだけ、息が整え終わるまで――ここにいようか、と。

   ☆★☆   

 こつ、と今この場に辿り着いたような靴音が、その場に響く。

「ここが、最下層か?」
「多分」

 アークの確認に、キソラは頷く。
 キソラの作ったひびの先が最短ルートとは分かっていたが、まさか本当に最短ルートとは思わなかった。
 周囲を見渡していれば、『うふふふふ……』とついさっき聞いた声が響いてくる。

『あらあら、ご苦労様。約束だから、姿を見せるわ』

 そして、二人の前に姿を現した守護者であろう女性に、キソラは目を見開く。

「フィオ、ラナ……? 何でここに……」
「あら、てっきり忘れているかと思っていたのに、覚えててくれたのね」

 女性――フィオラナの名前を呼びながらも動揺するキソラを余所に、やっぱり声だけじゃダメねー、と、フィオラナは伸びをしながら言う。

「キソラ、知り合いか?」
「ええ、ちょっとね……」

 アークの問いに答えるキソラだが、フィオラナの悔しそうな視線には気づかない。

(ああ、もう我慢の限界ね)

 フィオラナがそう思うと同時に、ミシッ、とひびが入ったかのような音がする。

「何……?」

 もちろん空間の異変なわけで、キソラはすぐに気づいた。

「まさか、何かしたの?」

 疑いの眼差しを向けるキソラに、フィオラナは憎しみの視線を二人へ――主に、アークへと向ける。

「っ、」

 ぞくり、とアークの背筋を何かが撫でる。

「あっはっは! この程度で震え上がるなんて、笑えるわ!」

 高笑いするフィオラナにキソラは戸惑うも、頭を軽く横に振って気持ちを切り替える。

「フィオラナ。貴女がこの場へ迷宮を作った理由は――いや、貴女の意志が迷宮を変化させてる。何が貴女を変えたの?」
「それ、貴女が聞くの?」

 キソラの問いに、憎しみの視線が向けられる。

「貴女が、貴女の力が、弱く、私の迷宮を手にしなかったからっ……!」

 ――何で、私を選ばなかったの。

 そう尋ねられているような気がするのは、きっと気のせいではない。

「あの時、何が何でも貴女に私の迷宮を管理してもらうんだった。そうすれば、そうすればっ、私がこんな想いする必要もなかった!」
「狂ってやがる……」

 フィオラナの言葉を聞いたアークがそう呟く。

「でもぉ、私にとって今日はラッキーデーのようだしぃ」
「っ、」

 キソラはフィオラナに向けられた視線に、恐怖を感じた。

「私のモノになってくださいな、我が主マイ・マスター

 にっこり微笑んでそう告げるフィオラナに、アークがどうするんだ、と不安そうな視線をキソラに向ける。
 一方で、向けられた視線に気づきながらも、キソラは内心舌打ちしていた。

(何故こうなった、じゃない。彼女の憎しみの原因をどうにかしないと……)

 原因は自分だ。だから、自分でどうにかするしかない。

(そのためには――……)

 と、アークに声を掛けようとしたときだった。

「やっぱり、邪魔ねぇ」

 先の尖った岩がキソラとアークの間から出現する。
 二人とも、間一髪で避けたからいいものの、一歩間違えれば、死んでいた可能性もある。

「ねぇ、貴方」

 フィオラナはアークに向けて指を指し、告げる。

「私と我が主マイ・マスターのために、死んでくれない?」

 それを聞いて、二人は固まった。

「それ、正気なの!? 仮にも守護者が挑戦者チャレンジャーに死んでくれって……」

 キソラはそう訴えるが、フィオラナは息を吐いた後、告げる。

「何を言ってるの? 彼は邪魔者。私たちのあんなことや・・・・・・こんなこと・・・・・の邪魔はさせない」

 それを聞いたキソラの顔が絶望したかのような表情に変わる。

(フィオラナは本気だ。本気でアークを殺そうと――)

「――ラ、キソラっ!」
「っ、」

 何度か呼ばれていたらしいが、フィオラナはそれすらも気に入らなかったらしい。

「さっさと――死になさい!」
「っ、」

 先の尖った岩が先程と同じように現れ、アークの心臓がある部分を目掛けて突っ込んでくる。

「アークっ!」

 叫び、駆けつけようとするキソラだが、「行かせませんよ」という声とともに、牢屋のような柵と岩で出来たような巨大な蛇に塞がれる。

「さあ、我が主マイ・マスター。ともに、彼の死する瞬間を見届けましょうか」
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