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第一章、始まり
第二十六話:寝不足
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朝、登校してきた友人たちは、机に伏していたキソラを見て、ぎょっとした。
「何、朝から落ち込んでんのよ」
落ち込んでいるというより、疲れきっていると言った方が正しい。
「……遅刻するかと思った……」
「私たちより、先に来ておいて?」
それを聞いたキソラは、バッと顔を上げる。
「だって酷いと思わない? 兄さんに会いに行った後に神殿にも行ったのはいいけど、最悪なことに神官と来ていた王族に捕まったんだよ? その上、向こうを出たのが朝日が昇る寸前で、“転移”を繰り返して、ここまで来たの!」
「あー、それで……」
「ご苦労様」
話を聞いて思わず納得し、労う友人たち。
王都からこのミルキアフォーク学院まではそれなりに距離があり、移動するだけでも二~三日は掛かる。それをいくら“転移”だけで来たとはいえ、連続して使っていれば魔力の消費だけではなく、体力も消耗したはずだ。
朝日が昇る寸前は言い過ぎだろうが、話を聞いている限りでは、一睡もしてないのだろう。
「だから、一時限目が始まりそうになったら起こして」
そのままパタリとキソラは再び机に顔を伏せる。
それを見て、肩を竦める友人たちだった。
☆★☆
「何か、眠そうね」
昼休み。教室に来たアリシアとテレスが大丈夫か、と言いたそうにキソラを覗き込む。
「寝不足だって。王都から一晩で帰ってきたみたいよ?」
「王都に?」
「でも、かなり距離あるわよね?」
友人の言葉に、アリシアたちは首を傾げる。
「ちょっと用事があったの。帰りは朝日が昇る寸前での“転移”の連続行使」
「うわぁ」
二人は顔を引きつらせた。
それなら寝不足になるのは当たり前である。
「休むっていう選択肢は無かったの?」
テレスが尤もな質問をする。
「ない。皆勤賞狙ってるし」
だからって、寝不足で無理してまで学院に来る必要は無かったのではないのか、と思う四人。
朝、寮から来る際にも、アークに今日は休めと言われたが、彼が部屋から出られないのを良いことに、余所見をしている間に抜けてきたのだ。帰ったら説教が待っているのだろう。
「いや、キソラ。あんた今年は皆勤賞無理でしょ」
「ん?」
「休学届、出したとしても、休んだことには変わりないからね」
そこでキソラは思い出した。
今年の両親の命日が、平日だということを。
「うわぁ、そうだった」
「え、何? 珍しく忘れてたの?」
キソラは机に伏せる。
最近、いろいろありすぎて、日課ならぬ年課となっている両親の命日の墓参りが今年は平日なのと、そのための休学届をまだ出してないことを忘れていた。
「あんた、本当に何で休まなかったのよ」
毎年やっていたことを忘れるほど疲れているのか、そのことを微妙に気づいてなさそうなキソラを心配そうに見つめる友人たち。
「皆勤もいいけど、倒れたら元も子もないんだよ?」
「……それは分かってる」
「なら、今日は早く寝ること。いい?」
それを聞いて素直に頷くキソラだが、それを見ていたアリシアたちは思う。
やりとりが親子みたいだ、と。
☆★☆
時は経って、現在は放課後。
キソラは淡々と相手の攻撃を捌いていく。
(キソラ……?)
共に攻撃を捌いていたアークと偶然かただ単に運が無いのか、『ゲーム』の戦闘に鉢合わせしたアリシアは同時に内心首を傾げた。
二人とも、今までの経験からキソラが寝不足で苛立っているのかと思っていたが、雰囲気から察するに、それは違うらしい。
「ちょっ、」
ふらついたキソラを近くにいたアリシアが上手く支える。
「この子の様子からして、もう退いた方がいいんじゃないのー?」
上空で応戦していたアークに、アリシアがやや叫びながら尋ねる。
それを聞いたアークもアークで、同意しようとしたのだが――
「ああ、そう――」
「退かせねぇよ?」
遮られた言葉通り、相手は違うらしい。
「こうなったら、何が何でも退かせてもらうわ」
キソラを支えつつ、空いた方の手に火の玉を出したアリシアは相手に放つ。
だがそれは、やはりというべきか、あっさりと防がれる。
「ごめん、助かった」
「お礼を言う前に、どうやって退くかを考えなさいよ。相手は逃がしてくれそうにないわよ?」
キソラは体勢を直すと、アリシアの言葉を聞いて、相手に目を向けながら思案する。
キソラとしては、確かに早く帰りたいが、相手は何が何でも勝敗を付けたいようで、どうやらそれは、あやふやな結果ではなく、はっきりと勝ちは勝ち、負けは負け、というのを示したいらしい。
(なら、実力差を見せてやればいい……って、わけじゃないしなぁ)
そもそも、その点については、キソラが精霊たちを喚んだり、空間魔法を使えば、あっさり片付くような問題である。
そして、キソラとしては、『ゲーム』開始時にあった連戦連夜と比べれば、たった一日寝なかったことなど問題ではない。問題ではないのだが――
「アーク!」
名前を呼ばれ、上空にいたアークは相手の攻撃を上手く避けながら、二人の元へと下降してくる。
「何だ」
「帰るよ」
――心配する者たちがいるのも、事実なわけで。
相手に背を向け歩き出すキソラに、本気かよ、と思うアークとアリシア。
「敵に背を向けるとは、いい度胸だな!」
鼻で笑う相手に、それすらも無視して歩いていくキソラたち。
一応、攻撃されてもいいように、と二人は用心しているが、帰ると言い出した張本人であるキソラは、振り向かない上に止まる気配もない。
「この――っ、僕を無視するつもりか!」
その台詞で、キソラの動きが止まり、彼女は振り返る。
「無視? その程度で、私たちに勝てると思っているなら大間違い」
そう告げると、今度こそキソラは止まることも振り返ることもせずに歩みを進めていく。
「――っ、ふざけんなっ!」
当然のように怒る相手は、三人の無防備な背中に向けて攻撃を放とうとし――放つ。
それを感じ取ったアークとアリシアだが、すぐさま対応しようと振り返ろうとする瞬間、それはキソラがいつの間にか張っていたであろう障壁に当たり、大きな音を立てる。
「なっ……!」
「障壁……いつの間に」
驚く二人を余所に、キソラはそれを横目で確認しつつ、見えてきた寮へと目を戻す。
「あれをずっと張っていたとなると……」
さすがというべきか、これも彼女の実力というべきか。
とにもかくにも、三人とも傷はおろか怪我もしなかった上に、寮も見えていたので、相手は攻撃してこなかった。
ただ――
(もう少し、持続時間が延びないと……)
キソラとしても、微妙に納得出来ていないこともあったのは事実である。
「何、朝から落ち込んでんのよ」
落ち込んでいるというより、疲れきっていると言った方が正しい。
「……遅刻するかと思った……」
「私たちより、先に来ておいて?」
それを聞いたキソラは、バッと顔を上げる。
「だって酷いと思わない? 兄さんに会いに行った後に神殿にも行ったのはいいけど、最悪なことに神官と来ていた王族に捕まったんだよ? その上、向こうを出たのが朝日が昇る寸前で、“転移”を繰り返して、ここまで来たの!」
「あー、それで……」
「ご苦労様」
話を聞いて思わず納得し、労う友人たち。
王都からこのミルキアフォーク学院まではそれなりに距離があり、移動するだけでも二~三日は掛かる。それをいくら“転移”だけで来たとはいえ、連続して使っていれば魔力の消費だけではなく、体力も消耗したはずだ。
朝日が昇る寸前は言い過ぎだろうが、話を聞いている限りでは、一睡もしてないのだろう。
「だから、一時限目が始まりそうになったら起こして」
そのままパタリとキソラは再び机に顔を伏せる。
それを見て、肩を竦める友人たちだった。
☆★☆
「何か、眠そうね」
昼休み。教室に来たアリシアとテレスが大丈夫か、と言いたそうにキソラを覗き込む。
「寝不足だって。王都から一晩で帰ってきたみたいよ?」
「王都に?」
「でも、かなり距離あるわよね?」
友人の言葉に、アリシアたちは首を傾げる。
「ちょっと用事があったの。帰りは朝日が昇る寸前での“転移”の連続行使」
「うわぁ」
二人は顔を引きつらせた。
それなら寝不足になるのは当たり前である。
「休むっていう選択肢は無かったの?」
テレスが尤もな質問をする。
「ない。皆勤賞狙ってるし」
だからって、寝不足で無理してまで学院に来る必要は無かったのではないのか、と思う四人。
朝、寮から来る際にも、アークに今日は休めと言われたが、彼が部屋から出られないのを良いことに、余所見をしている間に抜けてきたのだ。帰ったら説教が待っているのだろう。
「いや、キソラ。あんた今年は皆勤賞無理でしょ」
「ん?」
「休学届、出したとしても、休んだことには変わりないからね」
そこでキソラは思い出した。
今年の両親の命日が、平日だということを。
「うわぁ、そうだった」
「え、何? 珍しく忘れてたの?」
キソラは机に伏せる。
最近、いろいろありすぎて、日課ならぬ年課となっている両親の命日の墓参りが今年は平日なのと、そのための休学届をまだ出してないことを忘れていた。
「あんた、本当に何で休まなかったのよ」
毎年やっていたことを忘れるほど疲れているのか、そのことを微妙に気づいてなさそうなキソラを心配そうに見つめる友人たち。
「皆勤もいいけど、倒れたら元も子もないんだよ?」
「……それは分かってる」
「なら、今日は早く寝ること。いい?」
それを聞いて素直に頷くキソラだが、それを見ていたアリシアたちは思う。
やりとりが親子みたいだ、と。
☆★☆
時は経って、現在は放課後。
キソラは淡々と相手の攻撃を捌いていく。
(キソラ……?)
共に攻撃を捌いていたアークと偶然かただ単に運が無いのか、『ゲーム』の戦闘に鉢合わせしたアリシアは同時に内心首を傾げた。
二人とも、今までの経験からキソラが寝不足で苛立っているのかと思っていたが、雰囲気から察するに、それは違うらしい。
「ちょっ、」
ふらついたキソラを近くにいたアリシアが上手く支える。
「この子の様子からして、もう退いた方がいいんじゃないのー?」
上空で応戦していたアークに、アリシアがやや叫びながら尋ねる。
それを聞いたアークもアークで、同意しようとしたのだが――
「ああ、そう――」
「退かせねぇよ?」
遮られた言葉通り、相手は違うらしい。
「こうなったら、何が何でも退かせてもらうわ」
キソラを支えつつ、空いた方の手に火の玉を出したアリシアは相手に放つ。
だがそれは、やはりというべきか、あっさりと防がれる。
「ごめん、助かった」
「お礼を言う前に、どうやって退くかを考えなさいよ。相手は逃がしてくれそうにないわよ?」
キソラは体勢を直すと、アリシアの言葉を聞いて、相手に目を向けながら思案する。
キソラとしては、確かに早く帰りたいが、相手は何が何でも勝敗を付けたいようで、どうやらそれは、あやふやな結果ではなく、はっきりと勝ちは勝ち、負けは負け、というのを示したいらしい。
(なら、実力差を見せてやればいい……って、わけじゃないしなぁ)
そもそも、その点については、キソラが精霊たちを喚んだり、空間魔法を使えば、あっさり片付くような問題である。
そして、キソラとしては、『ゲーム』開始時にあった連戦連夜と比べれば、たった一日寝なかったことなど問題ではない。問題ではないのだが――
「アーク!」
名前を呼ばれ、上空にいたアークは相手の攻撃を上手く避けながら、二人の元へと下降してくる。
「何だ」
「帰るよ」
――心配する者たちがいるのも、事実なわけで。
相手に背を向け歩き出すキソラに、本気かよ、と思うアークとアリシア。
「敵に背を向けるとは、いい度胸だな!」
鼻で笑う相手に、それすらも無視して歩いていくキソラたち。
一応、攻撃されてもいいように、と二人は用心しているが、帰ると言い出した張本人であるキソラは、振り向かない上に止まる気配もない。
「この――っ、僕を無視するつもりか!」
その台詞で、キソラの動きが止まり、彼女は振り返る。
「無視? その程度で、私たちに勝てると思っているなら大間違い」
そう告げると、今度こそキソラは止まることも振り返ることもせずに歩みを進めていく。
「――っ、ふざけんなっ!」
当然のように怒る相手は、三人の無防備な背中に向けて攻撃を放とうとし――放つ。
それを感じ取ったアークとアリシアだが、すぐさま対応しようと振り返ろうとする瞬間、それはキソラがいつの間にか張っていたであろう障壁に当たり、大きな音を立てる。
「なっ……!」
「障壁……いつの間に」
驚く二人を余所に、キソラはそれを横目で確認しつつ、見えてきた寮へと目を戻す。
「あれをずっと張っていたとなると……」
さすがというべきか、これも彼女の実力というべきか。
とにもかくにも、三人とも傷はおろか怪我もしなかった上に、寮も見えていたので、相手は攻撃してこなかった。
ただ――
(もう少し、持続時間が延びないと……)
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