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第一章、始まり
第二十四話:神殿にて
しおりを挟む「……? 気のせいか」
一人、神殿に向かうキソラは一度振り返るも、何もないことを確認すると、再度歩き出す。
「後は居てくれるかどうかだけど……っと、着いた」
再び歩き出して数分後、キソラは王城と同じ白亜の壁に出迎えられる。神殿に着いたのだ。
「自分で言うのもなんだけど、相変わらず強固な結界だなぁ。仕方ないけど」
というのも、神殿がどこかの馬鹿な貴族の襲撃に遭い、来ていた信者たちに対しても大きな被害が出たため、結界だけは、という名目でキソラが司教の大半が持つ聖属性の結界を張ったのだ。なお、神殿を襲撃した貴族は処罰され、城の牢の中である。
キソラが今回神殿に来たのは、結界の様子を見るためだ。
入り口から門番に通してもらい、内部からも確認する。
「やっぱり、壊れかけてるところもあるなぁ」
いくつか穴が空いてるのを見て、そう呟きながらキソラは進んでいく。
すると――
「ん? まさか、キーちゃん……?」
「げっ……」
声がした方に目を向け、小さい何かを視界に収めた瞬間、キソラの中の何かが反応し、顔を引きつらせる。
そして、次の瞬間には逃げ出していた。
「ちょっとー! 何で逃げるのさー」
「あんただけには、捕まりたくねーんだよ!」
今までの経験による苦手意識からか逃げ回るせいで、自身の口調がいつもと違うことに、キソラは気づかない。明らかに冒険者たちからの影響による弊害である。
「また、そういう言い方を……何回ダメって言えば気が済むの!?」
「うるさい!」
む、と頬を膨らませる相手に、キソラは逃げながら叫ぶのだった。
☆★☆
「ん? 何の騒ぎだ?」
神殿内を歩いていたら、何か叫ぶような声が聞こえた気がしたため、首を傾げる。
「何のことですか?」
「いや、気のせいだったみたいだ」
自分の隣を歩いていた男に尋ねられるが、本当に気のせいだったらしい。
☆★☆
(び、びっくりした……)
逃げ回る途中で聞いた声に、キソラは一度背後を一瞥すると、すぐさま逃げ場を探して、見えてきた角を曲がる。
「さっきの声……でも、そうなると神殿騎士団までご登場か。あいつらまで出て来ると厄介だな」
軽く息切れしながらも思案する。
自分を追いかけていた彼の相手をするだけでも大変なのに、神殿騎士団まで出て来られて、周りを固められては、落ち着いて修復が出来ない。
(まあ、空間魔導師だから仕方ないけど)
持っている能力が能力だけに、重要人物扱いや危険人物扱いされても仕方がないのだが、キソラ自身、自分の身は自分で守れるので、あまり護衛とかは必要ない。
「仕方ない、修復優先だ。“転移”!」
すぐさま魔法を使い、キソラはその場から脱出した。
☆★☆
慣れているとはいえ、司教たちが着る独特な装束の長い裾を引きずりながらも、神殿内を走り回ったためか、していた息切れを治めるために一度立ち止まる。
「どうしたんですか? ファーラス殿」
自身の目の前に立ち、尋ねる男に、ファーラスと呼ばれた司教服に身を包んだ少年は、未だ息切れしながらも答える。
「ああ、フレデリックさんか……キーちゃんに逃げられた」
「キーちゃん……?」
「キーちゃん……? ああ、あの空間魔導師の……」
ファーラスの返事に、尋ねた男――フレデリックと呼ばれた男とともにいた男は首を傾げ、フレデリックは一人納得する。
「え、誰?」
それでも分からなさそうな男に、息切れから解放されたらしいファーラスとフレデリックが、本当に分からないのか、とでも言いたげに目を向ける。
「な、何だよ……」
たじろぐ男に、フレデリックは頭を軽く抱え、溜め息を吐く。
「おかしいですね。彼女のことは空間魔導師というだけで通じるはずなのですが。それに以前、私とともに殿下も彼女と会ったことがあるはずなのですが……まぁ、いいでしょう」
説明するもそうだっけ、と首を傾げる殿下と呼ばれた男に、ファーラスは可哀想な目を向ける。
「頭、大丈夫?」
「ファーラス殿。思っていても、口に出して良いことと悪いことがありますよ。それに、殿下のこの記憶力は元からです」
「おい」
ファーラスの言葉を聞いて、笑みを浮かべて返すフレデリックに、殿下と呼ばれた男は思わず突っ込む。
「事実じゃないですか。彼女と一体、何回会ったと思ってるんですか」
「し、知らねーよ。さ、三回か?」
「違います。五回です」
「それはさすがに、キーちゃんの方が可哀想だよ……」
溜め息混じりに訂正するフレデリックとファーラスの言葉に、微妙な表情をする殿下と呼ばれた男。
「せっかくなので、彼女について教えてあげましょうか?」
「いや、いい」
拒否する殿下と呼ばれた男を無視して、持っていた本を開き説明しようとするフレデリック。
「いえ、します。殿下に説明するのは恒例なので。名前はキソラ・エターナル。年齢は彼女のために伏せておきます。性別は女。幼い頃に冒険者でもあった両親が迷宮攻略中に死亡。迷宮管理者だった母親の影響なのか、両親の死後、兄や両親の知り合いなどに支えられながら、冒険者たちやギルド、迷宮の守護者たちに認められて、迷宮管理者となり、今に至る。兄・ノークは王国騎士団第三隊所属の騎士で、在籍していたミルキアフォーク学院では主席を取るほどの優等生で、人望もあった、ようですね」
分かりましたか? と言いたげな目を向けながら、本を閉じるフレデリックに、無言で頷く殿下と呼ばれた男。
そもそも、この男は情報を一度に口にしすぎなのだ。殿下と呼ばれた男でなくとも、一度に覚えられるわけがない。
ただ、唯一の救いはこの話を本人に聞かれていないことだろう。もし、本人に聞かれてたりすれば、個人情報を口にしていたフレデリックはキソラから睨まれていたはずだ。
そんなことを少しも予想すらしてない三人は、「まさか、聞いてなかったわけではありませんよね?」とまだ話し続けていた。
☆★☆
キソラは一人、神殿内を歩いていた。
「猊下、いるかなぁ?」
神殿の結界修復には、大司教以上の者の許可がいる。
「あれ? どうしたのこんなところで」
声を掛けられたので、振り向けば見知った人物がいた。
「ラグナバレルさん」
ラグナバレルという人物は、枢機卿の地位にいる人物である。
「結界修復の許可を得に来たのですが……猊下、いらっしゃいます?」
「あー……」
キソラの質問に、ラグナバレルはどこか答えにくそうな顔をする。
キソラとしては先程も説明した通り、本来なら教皇に許可を貰いに行くところなのだが――
「今は荒れてるから、そっとしておいてくれないかな?」
「そう、ですか」
ラグナバレルにそう返せば、ごめんね、と謝られる。
「そういえば、前から疑問に思っていたけど、何で猊下に許可を得に行くの? 大司教以上の者なら俺でも良いんじゃなかったっけ?」
「まあ、そうなんですけど……癖みたいなものですね。というのも、先代の猊下に『許可は私に取りに来なさい。絶対に。何があっても。いいね?』と言われてしまったので……会議がある時も、終わるまで待っているときがありました」
少しだけ遠い目をして話すキソラに、それを聞いたラグナバレルは思う。
何、小さい子に苦労させてんだ、と。
先代の枢機卿は、「あの子も律儀に猊下を待つんだもんなぁ」とラグナバレルに話していた。
「あー、うん。代わりに俺が謝るから、猊下が出られないときや留守の時は、俺に許可を貰いに来なよ?」
というわけで修復お願いね、とラグナバレルから許可が出され、キソラは神殿を覆う結界の修復を行うために、移動を始めるのだった。
☆★☆
結界修復のために、神殿内では神聖な色とされる白の長い上着を羽織る。
そして、迷宮“月の迷宮”での結界修復のときと同じように、軽く深呼吸し、目を閉じて両腕を広げる。
(ここは、神聖な場所)
魔力を放出し始めたらしい彼女は、光り輝き出す。
(邪を防ぎ、神を信じ、祈る場所)
周囲には彼女の発した魔力の影響か、螺旋や渦、海中に射し込む光のようなものが、神殿全体を覆っていた結界の破損箇所を主に少しずつ吸い込まれていく。
「『我が魔力を糧とし この場を守りし結界を元の姿へ』」
そして、詠唱し、目を開けば――
「『空間魔導師、キソラ・エターナルが命じる』――“結界修復魔法”、発動!」
その言葉とともに吸い込まれた光の影響か、神殿を覆っていた結界は光り出し、ピキピキと音を立てる。
「……」
両腕を下ろしたキソラが目を細めて、音が収まらない結界を見る。やはり、神殿が“月の迷宮”より広い分、修復に時間が掛かっているらしい。
だが――
(神殿の結界は、老朽化するということに近い。少なくとも、“月の迷宮”よりは早く終わるはず)
キソラは空間魔導師として、そう判断する。いくら年が若く、経験も少ないとはいえ、実力はある方だ、とキソラ自身は思う。
結界修復の状態は、今までの自分の実力と経験からの判断だ。
そして、数分後。
音は消え、この辺り一帯が静かになる。
念のため確認してみれば、神殿に来てから気づいた結界の綻びも直っていたので、これで神殿での任務は完了だろう。
(それじゃ、帰りますか)
白い上着を脱ぎながら、そう思うキソラだった。
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