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第一章、始まり

第二十話:金髪の少女

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 キソラたちが迷宮“月の迷宮”に行ってから、約一週間が経った。

「依頼、ご苦労様~」

 転移魔法で戻ってきたらしいアークに気づいたキソラは、背後の気配に向けて、そう告げる。

「ああ……って、何やってんだ?」
「ん? 秘密」

 そのことに驚きながらも、キソラのやっていることに首を傾げるアーク。
 だが、キソラは答えない。キソラにとって、明日は大変な一日になるかどうかが掛かっているのだから。





 翌朝。

「お前、誰だ?」

 目覚めた時の第一声がそれだったアークは、自身の目を疑った。
 目の前にはパートナーがよく着ている見慣れた学院の制服に、それを着た見慣れない・・・・・金髪碧眼の少女。
 だが、相手は慣れているのか、ふぁ、と呑気に欠伸あくびをし、次の瞬間には溜め息混じりに返す。

「目覚めての第一声がそれとか失礼だなぁ。キソラですよ。キ・ソ・ラ」
「いや、でもその髪……」

 よく見れば、キソラに見えなくもないのだが、確かキソラの髪色は黒混じりの紺色だったはずだ。言い方は悪いが、こんな派手な色をしていない。
 一方で、そのことにも慣れているのか、現在金髪碧眼の少女ことキソラは、

「初めて見た人はみんな同じ反応するんだよね。それはそれで良いとしても、いろいろと厄介だし」

 と嫌そうに返してきた。
 しかも、学院行きたくないという呟きが聞こえたため、苦笑するアーク。

「まあ、帰ってきたら、好きなだけ愚痴を聞いてやるから行ってこい」

 朝食を食べ、そう送り出す。
 果たして、キソラにとって、今日はどんな一日になるのであろうか。

   ☆★☆   

 教室にある自分の席で、キソラは不貞腐れるように机へ肘を付き、手に顎を乗せている。
 そして、その後、机に突っ伏した。
 そもそも、キソラの体質を知る初等部からの友人たちは、ああもうそんな時か、とスルーする面々が多いのだが、中等部や高等部に外部から来た面々に関しては、そうは行かなかった。

「やあ、君! 見ない顔だが、新入生か編入生かい? 何なら僕が直々に案内をしてやろう」

 それを、本日最初に聞いたキソラは呆れた。
 見た目から推測するに同学年なのだろう。
 通学中、彼を筆頭として主に声を掛けてきたのは貴族の子息である。見破れた理由は簡単で、オーラや貴族しか手に入れられないであろう宝石を身に付けていたためだ(言うまでもないだろうが、キソラは空間魔法で見抜いたわけではない上に、このタイプの男は好みではない)。

「いえ、大体の場所は把握していますし、わざわざ私のためにお手を煩わせる必要はありませんので……」

 キソラが相手のプライドを傷つけないようにそう答えれば、今度はその取り巻きがうるさく噛みつく。

「貴様! せっかく声を掛けてもらえたというのに、何という態度だ!」
「そうだ!」

(ウザい……)

 何故、こちらが気を使ったのに怒られなくてはいけないのだろうか? と疑問に思いながらも、どれだけ言われても、キレなかったキソラは偉かった。
 取り巻き二人の背後にいる同学年らしい男は、目の前の自分が同学年の友人であることに気づいてないらしい。
 いや、今のキソラなら気づかなくても当たり前なのだが、いくら学院にいる人数が多いとはいえ、それでも同学年の顔ぐらいは覚えておくべきだろう。
 キソラの場合、髪色と目の色が変わるだけで、顔が変わるわけではない。
 こっそり溜め息を吐くと、こういう時のための対策を使う。

「……では、あの時計塔を案内してもらえますか?」
「え、あそこは……」

 驚き、時計塔を見上げる貴族の子息。
 いくら貴族の子息といえども、時計塔に入るには様々な条件が必要なのだが、その様々な条件の一つでも目の前の少年はクリアしているのか。
 答えは否。
 この様子から、案内など出来るわけがないと予想できる。
 ちなみに、キソラは条件の一つをクリアしているため、時計塔に入ることも出来れば、屋上の使用権も持っている(理由として、後者においては、キソラが空間魔導師であり、勝手に屋上に入ることも可能だと理解していたのだが、見つかったときにその対応が面倒くさいので、学院長やその秘書がキソラと同じ能力を持つ者に権限を与えた、というわけだ)。

「ああ、もう時間が無くなりそうなので、失礼します」

 だが、時間は無くならない。
 キソラが腕時計を確認する子息と取り巻きの腕時計の時間を、空間魔法でいじったためだ。

(はぁ、疲れる)

 そんなこんなで、昇降口に着けば、

「ご苦労様」

 初等部からの友人に労われる。

「まあ……ありがとう」
「帰りまで持つと良いわね」
「……」

 キソラは返事が出来なかった。
 そして、教室で席に着くのだが……

「あ、その髪色って事は、今日は満月か」
「ほら見ろ! 今回だったぞ!」
「……」

 男子の間で賭けのネタにされていたが、怒る気力もなく机に突っ伏す。

「朝から大変だねぇ。キソラ」

 顔を上げれば、いつもの二人がおはよう、と言ってきたため、キソラも返す。

「子息からの謎のアタックに、初等部からの友人たちの労い。あとは賭け」
「これで起こってないのは、同性からの戦闘行為」
「朝からそれだけは嫌……」

 この体質、治したい。

 キソラの切実な願いだった。
 いつからこうだったのか、と問われても、キソラには分からない。自分の記憶を信じるなら、物心がつくかつかないかの時よりも前から、体質はこんな感じだった。

「相変わらず、あんたは不思議体質だよねー」
「んで、夜には銀髪になるんでしょ? 良いよねー」
「良くない。全然良くない」

 キソラのこの体質は、朝昼は金髪、夜には銀髪になる。この体質の良いところとしては、魔力量と戦闘能力が飛躍的に向上するというところだろう。戦闘能力に関しては、普段と違い、いつも以上に前衛として戦えもするが、何より剣技の能力上昇が分かりやすい。
 魔力に関しては、迷宮に張る結界へ割と多めにいているし、もし残った場合は、城や学院に張ってある結界や授業で消費する。それでも残れば、緊急時対策用として体内保管となる(なお、使用内容についてだが、襲撃者や精霊・守護者の召喚、意志による金髪銀髪へ変化させ、能力上昇などである)。

「でもまあ、いつものことだけど、私たち一緒にいてあげるから」
「元気出して」

 微笑む二人に、キソラは感動したのか、「天使がいた……」と呟いていたのだが、それを聞いた二人はこれは重症だ、と思うのだった。

   ☆★☆   

「ちょっと、そこの貴女」
「私ですか?」

 休み時間に廊下を歩いていれば、呼び止められた気がしたキソラは自分を呼んだのか? と思いながら振り返る。

「ええ。今朝から貴女の行動を見ていたのですが、あれはわたくしへの挑戦なのかしら?」
「はい?」

 肯定した相手の言葉に、キソラが何を言っているんだ、という目で友人たちに目を移せば、さあ? と肩を竦められたので、どういうことだ、と見ていれば、それが癇に触ったらしい。

「少しぐらい声を掛けてもらったぐらいで、調子に乗らない事よ」
「いや、逆になかなか教室に行けなくて困ってたぐらいなんですが」

 あんな状況がいいのか? と思うキソラだが、どうやら相手は違うらしい。

「くっ、この人分かってません!」
「本来なら、テレス様の役割なのに!」

 相手ことテレスの取り巻きに噛みつかれるが、やはりキソラには分からない。

(何が分かっていないのか、逆に聞かせてほしい)

 その事を聞こうとしたキソラだが、再び噛みつかれても困る。

(どうしたものかね)

 だが、そこに思わぬ救世主が現れた。

「人の教室の前で、何やってるのよ」
「アリシア?」
「アリシア・ガーランド!?」

 呆れたような目で二人を見るアリシアに、彼女の名前を呼びながら驚くキソラとテレス。

「あら、テレスティア。まさか、この子に変な因縁とかつけてないわよね?」

 キソラを示しながらニヤリと笑みを浮かべるアリシアに、くっ、と顔を引きつらせるテレス。
 見ている限り、どうやらテレスはアリシアが苦手らしい。

「ち、違うわよ! 私はただ、ルールというものを……」
「ふーん。私から一つ言うとすれば、この子は私の友人だから」
「えっ……」

 テレスは固まった。
 そんなテレスを余所に、キソラがアリシアにそっと目を向ければ、先程と同じように呆れた目ではなく、どこか楽しむような目でテレスを見ていた。

(ああ、なるほど)

 キソラはこの二人について、大体理解した。
 おそらく、アリシアとテレスは知り合いか幼馴染のようなものだろう。
 学院の初等部からいたアリシアが同じく初等部からいたキソラを知らなかったように、キソラもアリシアのことを『ゲーム』の対戦相手とそのパートナーとして会うまで知らなかった。
 二人がただ単に会わなかっただけだと言ってしまえばそれまでだが、それだけミルキアフォーク学院普通科の生徒数が多いとも言える。
 この二人は本当は幼馴染ではなく、別の関係なのかもしれない。だが、キソラがアリシアとテレスを幼馴染のようなものではないのか、と思った理由はまだある。

(似てるんだよなぁ)

 この二人の言動が、キソラ自身と幼馴染と似ている。
 もし当てはめるなら、アリシアがキソラで、テレスが幼馴染である。

「アリシア、アリシア」

 さすがに放置は可哀想なので、テレスを助けるために、キソラはアリシアに声を掛ける。

「その辺にしておいたら? 軽く涙目になってるし」
「なっ……! 誰も泣いてません!」

 キッ、と睨まれ、キソラは困ってしまった。
 その目から感じ取れたのは――

(嫉妬に怒り、悲しみ、羨ましさ。彼女はきっと、私が羨ましいんだ)

 ここからはキソラの推測でしかないが、きっとテレスはアリシアと友達になりたかった、または友達に戻りたかったのだろう。
 だが、それを目の前で『友達』とキソラに向けてアリシアは言った。

 本当は彼女が一番欲しかった言葉を。

「友達は言って作るものじゃない」

 そう呟けば、聞こえたのか、アリシアとテレスが驚いたようにキソラを見る。

「アリシア」
「何?」
「私たち移動教室だから、ここ任せていい?」
「そうだったの。なら早く行きなさい。あと五分も無いわよ」

 教室内の時計を確認すれば、本当に五分も無かった。

「げっ!」

 そう言いながら、慌てて移動しようとして、キソラは一度立ち止まる。

「えっと、テレスさん? だっけ? 次は昼休みに話しましょう」

 そう言うと、今度こそ目的の教室に向けて歩き出した。

「な、何なんですか。彼女は……」
「さあね」

 ほぼ呆然としていたテレスに、アリシアは肩を竦めるのだった。





「あーもう! 絶対に間に合わない」

 右側を走っていた友人が声を上げる。

「本当にごめん」

 謝るキソラに、溜め息で返す二人。

「それは間に合った場合に言って」
「そうだよ」

 教室の扉が見えてきた。

 キーンコーン……

「うわああああ!!!!」

 チャイムが鳴り始め、叫びながら教室に入る。

「良かったね。セーフだよ」

 クラスメイトにそう言われ、安堵の息を吐く三人。そのまま自分の席に着く。

「にしても、やっぱり同性からの絡みはあったね」

 しかも、キソラが昼休みに約束を取り付けたため、問題が完全に片づいたわけではない。

「そうだねぇ」
「分かっていたけど、私たちはやっぱり蚊帳の外」

 他人事のように頷くキソラを余所に、一緒にいる意味がないと、言外に告げる友人。

「その点については、申し訳ありませんでした」

 キソラが謝ると同時に、担当教師が入ってきて、授業は始まった。
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