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第一章、始まり
第十八話:湖上の城Ⅳ(犯人の名は)
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「さて、どうしてくれようか」
合成獣の動きを封じ、簡易的な檻に閉じ込めて、キソラたちはどうするべきか、と合成獣を見ていた。
合成獣本人は、というと、グルルル、と威嚇するように唸っている。
「唸っても出られないから」
それを理解しているのかいないのか。未だに合成獣は唸ったままだ。
簡易的とはいえ、キソラが空間魔法から即席で作ったものだ。そう簡単には壊せない。
一方で、合成獣と戦っていた“湖上の城”の執事やメイドたち人型モンスターは合成獣によって、荒らされ壊された場所の片づけをしていた。
特に見られたりして困るものはないが、その類のものはすでにモンスターたちが最初に片づけており、その他の部分を冒険者たちが手伝っていた。
『リーリア様、何とか通り道だけは確保できました』
『ん、わたしは一応、合成獣が最初に出たらしいテラスも見に行ってくるから、ここのことは任せても大丈夫?』
『はい』
執事の返事にお願いね、と言い、リーリアはテラスへと向かった。
「だーかーらー、体当たりしても無駄だって言ってるでしょ?」
檻の中の合成獣にずっとそう話しかけているキソラに、モンスターたちだけではなく、片づけを手伝っていた冒険者たちも苦笑していた。
そもそも、キソラとて近くに居たくて、近くに居るわけではない。
一度、キソラが離れてリーリアや執事たちを手伝おうとしていたのだが、即席な上に簡易的なせいで檻の効果が薄まるらしく、離れすぎると合成獣が再び暴れかねないので、檻が機能するように、と側に居るというわけだ。
キソラも離れられないなら仕方がない、と自分の周辺だけでも片づけたのだが、それが終わると暇になり、最終的に合成獣と話しているという状況になった。
「……」
諦め悪く檻へ体当たりを繰り返す合成獣を見ていたキソラだが、そこでふと思う。
(あれ? もしかして、何かヤバい感じ?)
簡単には壊せないとは言ったが、嫌な予感をひしひしと感じてくる。
そして、合成獣が相も変わらず体当たりをすると――
ミシッ。
ひびが入る。
「あー――……みんなー、合成獣が檻から出そうなんで、戦闘再開準備しといて」
「……」
『……』
さすがにヤバいと思って、キソラが周りに言えば、一度それぞれは無言になり、「はぁああああっ!?」と、“湖上の城”のモンスターたちと冒険者たちからブーイングのような声を上げられる。
「いや、気持ちは分かる。私も驚いてるから」
キソラも何だかんだで驚いてるのだ。
次の瞬間にはドン、という音との後にガシャンという音がした。
「壊れないんじゃねーのかよ!」
「こっちもそのつもりだったんだよ!」
重装備の冒険者の言葉に、キソラはそう返す。
檻が壊れ、ゆっくりと合成獣が中から出てくる。
そして、ぐるりと見回し、キソラに目を向けたところで、見回すのを止め、再びグルルルと唸り始める。
「標的にされたな」
いつの間にか隣にいた少年の言葉に、キソラは苦笑する。
閉じ込めていた張本人なのだから、仕方がない。
「まあ、出した以上は責任は取るよ」
杖を取り出す。
「また叩き落とすつもりか?」
「まさか」
確認を取るように聞いてくる少年に、キソラはニヤリと笑みを浮かべて言外に「何を冗談を」と返す。
『グルルル……グワァッ!』
唸りながら噛みつこうとしてきた合成獣の攻撃を、キソラは後ろに下がることで回避する。
「いくら檻に入れられたのが気に入らないからって――」
そう言いながら、杖を前に構える。
それがどうしたと言わんばかりに、合成獣は口にエネルギーを溜め始める。
「いきなり攻撃はしないでほしいなぁ」
合成獣の口から放たれた砲撃を、苦もなく防ぐ。
その光景に驚く冒険者たちを余所に、キソラは杖を軽く横に一振りして、光を払う。
「同じ手は食わないよ?」
『グルルル……』
合成獣の体が光り出す。
『……ス』
「……ん?」
『……コロス』
「喋った!?」
驚く面々に対し、キソラは顔を顰めた。まるで、厄介なことになったとでも言いたそうな風に。
そして、背にある翼で飛び上がり――その翼で起こした強風がモンスターたちや冒険者たち、キソラに襲いかかる。
「っ、本気で来やがったか」
「マジでどうすんだよ!」
少年は叫ぶ。
「リーリアはまだ戻ってこないの!?」
『はい。呼んできますか?』
「いや、呼びに行かなくていい」
そう話していると、上から砲撃が降ってきたため、避ける。
「くそっ、『モード:双剣』!」
杖から双剣に変え、右と左でそれぞれ持つと跳躍して、合成獣の体を傷つける。
「って、嘘!」
――が、瞬時に傷は塞がった。
『傷つけても、すぐに塞がる、ですか』
執事はふむ、と思案する。
ちなみに、合成獣のこの能力、“湖上の城”のモンスターたちや冒険者たちの魔法が効いているように見えなかった原因でもある。
「こうなったら、深く傷つけるしかないか」
キソラは舌打ちし、双剣に魔力を集中させ、再度切りつける。
「チッ、まだ浅い」
他の冒険者たち何名かも同じように切りつけているが、やはりどれも浅い。
「――……、」
「――え?」
何か言ったか? と少年はキソラを見るが、そこに彼女はいなかった。
「“連撃――緋炎・烈火”!」
双剣から一つの、普通の剣に持ち替え、いつの間に宙にいたのかは分からないが、彼女の持っているその剣は火を纏い、合成獣に向けて、連続攻撃を放っていた。
「これでダメなら――氷だろうが雷だろうが、くれてやる!」
じりじりと肉を焼くような音がし、合成獣は悲鳴を上げる。
「うおっ」
痛みで暴れる合成獣に、その上にいたキソラは落ちそうになるが、何とか耐えると、合成獣に刺していた剣を抜き、地に降りる。
合成獣は合成獣で地に降りると、痛みからなのか唸り、苦しいせいで息切れしている。
キソラを睨みつけるものの、反撃はしてこない。
「さて」
それを確認したキソラは一歩前に出て、合成獣の前足と後ろ足を捕らえ、動きを封じると、合成獣に尋ねる。
「苦しいでしょうが、死にたくなければ――大人しくご主人様の元へ帰りたければ答えなさい」
その言葉に、その場の面々は驚いた――もちろん、合成獣も。
そもそも何故、誰かに送り込まれたとキソラが判断したのかといえば、単純に“白亜の塔”の時に守護者であるフィーリアの意識を乗っ取った人物が“湖上の城”に合成獣を放したのではないのか、または何か関係があるのではないか、と考えたからである。
とはいえ、これは以前にも言ったが、迷宮にはキソラによる結界と守護者による結界があり、あの人物が危険を承知で何度も来るとは思わなかった――いや、キソラが知らないだけで、他の所にも入られている可能性もあるが。
だから、キソラは「自身の考えを否定して欲しい」という思いと、「これで解決してくれるのならいいんだけど」という不安な思いで合成獣に尋ねるしかないのだ。
「あんたをここに放り込んだのは誰?」
最初は無言で貫いていた合成獣だが、目を離さないキソラに折れたのか、どうせ動けないからと諦めたのかは分からないが、小声で答え始める。
『…………ョ』
「え? 何、聞こえない」
『……魔女』
「……」
聞き取りにくかったので、再度聞けば、『魔女』と合成獣が言うと、キソラが固まりだす。
それはまるで、嫌なものを聞くことになったかのように。
『次元、ノ、魔女、トカ、イウ、人間、ノ、オンナ』
だが、合成獣はその名を、はっきりと、口にした。
『次元の魔女』、と。
「――……は? 嘘じゃないよね?」
『嘘、ツイテモ、無意味』
「――……」
何かの冗談であってほしいと思って告げても、合成獣にとっては嘘を吐いたとして、メリットもデメリットもない。
理由は分からないが、怒りが湧いてくる。
いつからなのかは分からない――おそらく幼少時だとは思う――が、キソラの記憶の一部にキーワードとして『次元の魔女』というものがあった。
そして、頭を過る度に、怒りが湧くのだ。理由も不明なままに。
『大丈夫ですか、マスター?』
いつの間に戻ってきたのか、リーリアが心配そうな顔でキソラを覗き込む。
「……大丈夫。寝てないせいだと思うから」
“湖上の城”の窓からは朝日の光が射し込んでおり、どうやら本格的に朝になってしまったらしい。
(にしても、次元の魔女、か……)
何度記憶を遡っても、やはりその言葉を思い出したという記憶しかない。
おそらく、他の誰かに聞いても分からないだろう。
それに、今日の予定はアークをとある場所に連れて行くつもりなので、寝るつもりはない(今寝たら、すぐに起きられる自信がない上に、夜に寝られなくなる可能性があるため)。
「まあ、何だ。今寝てる冒険者たち叩き起こしてきてくれない? そろそろ“湖上の城”を出るから」
冒険者たちにそう言えば、頷いて起こしに行った。
その間に、合成獣の足止めに協力してくれた冒険者たちを記録しておく。
これで“湖上の城”のランクアップ試験は終了なのだが――
「さて、君をどうするべきか」
合成獣に目を向ければ、本人(?)はその場で座り込み、大人しくしている。
『マスターが良ければ、こちらで保護しておきますが』
「うーん……」
リーリアの申し出に、キソラは思案する。
保護してもらえるのはありがたいが、その分世話が大変だ。犬や猫のようにペット扱いしたとしても、エサが必要とか、管理するスペースだとか。
だが、問題はそれだけではない。ここ――“湖上の城”が合成獣の主である次元の魔女により、何らかの被害を齎されないのかを懸念しているのだ。
だからと、キソラが世話できるほど余裕もないのだが。
「はぁ、仕方な――」
全て言い終えるか言い終えないときに、それは起こった。
天から地へ降り注ぐ、一筋の光が合成獣を貫いた。
『なっ――』
驚愕するリーリアに対し、キソラは光の発生源を睨みつけるように見上げる。
せっかくどうするのか決めたのに、これはあんまりではないか。
「くっ――」
“湖上の城”に来てから、何かがズレ始めている。
別に“湖上の城”が悪いわけではないのだが――いや、ズレ始めたのは、“白亜の塔”からなのだろうが、昨日から今日に掛けて、何をやっても上手く行かなかった。
光の攻撃を受けて横たわる合成獣に、キソラは近づいてしゃがむ。
「ごめん、魔女の性格が分からなかったから防げなかった」
合成獣は視線だけ向ける。
次元の魔女の性格が分かっていたのなら、必ず防ぐことが出来たのかと尋ねられれば答えはノーだが、少しでも知っていれば必ずとは言わなくとも、何とか防げたのかもしれない。
「そして、蘇生はさせられない。君がしたこともあるが、私の今の実力だと無理だ」
実際、キソラの実力云々を無視したとして、死んだ『もの』を蘇らせるのは実際の所、不可能である。
そういう魔法や魔術が無いわけではないが、この世界――リラデュイラ世界に存在する各国が“死者蘇生”だけは共通して、禁忌魔法・魔術に指定しているぐらいだ。たとえそれが、キソラのような空間魔法の使い手であったり、彼女たちと対となるであろう時間魔法の使い手であろうとも例外ではなく、もし仮に必要な手順通りに魔法を使い、“死者蘇生”が発動できたとしても、それなりの対価が必要となってくることもあり、使用するという以前に発動自体を禁じている上に死刑相当の裁きを下す国もあったりする。
もちろん、一部の例外を除き、この世界の住人であるキソラは知らないのだが、仮に知っているとすれば、神と外界からの訪問者、次元の魔女のみであろう。
「だから、助けることはできない」
『別ニ、助ケ、テ、モラウ、ツモリハ、ナイ』
キソラの言葉に、合成獣はそう返す。
その数分後、貫いた光が消えると同時に、合成獣は光の粒子となって消えていった。
「……」
『……』
誰も何も言わない。
(このままの気持ちで行かないとダメなのかな?)
キソラは自身に問いかける。
こんな不安定な気持ちで行くわけにはいかないが、どうしても行く必要がある。
はっきり言えば、次元の魔女が合成獣を殺した理由は分からないし、キソラは知ろうとも思わない。
その後、キソラは冒険者たちを連れ、冒険者ギルドに戻ったのだった。
合成獣の動きを封じ、簡易的な檻に閉じ込めて、キソラたちはどうするべきか、と合成獣を見ていた。
合成獣本人は、というと、グルルル、と威嚇するように唸っている。
「唸っても出られないから」
それを理解しているのかいないのか。未だに合成獣は唸ったままだ。
簡易的とはいえ、キソラが空間魔法から即席で作ったものだ。そう簡単には壊せない。
一方で、合成獣と戦っていた“湖上の城”の執事やメイドたち人型モンスターは合成獣によって、荒らされ壊された場所の片づけをしていた。
特に見られたりして困るものはないが、その類のものはすでにモンスターたちが最初に片づけており、その他の部分を冒険者たちが手伝っていた。
『リーリア様、何とか通り道だけは確保できました』
『ん、わたしは一応、合成獣が最初に出たらしいテラスも見に行ってくるから、ここのことは任せても大丈夫?』
『はい』
執事の返事にお願いね、と言い、リーリアはテラスへと向かった。
「だーかーらー、体当たりしても無駄だって言ってるでしょ?」
檻の中の合成獣にずっとそう話しかけているキソラに、モンスターたちだけではなく、片づけを手伝っていた冒険者たちも苦笑していた。
そもそも、キソラとて近くに居たくて、近くに居るわけではない。
一度、キソラが離れてリーリアや執事たちを手伝おうとしていたのだが、即席な上に簡易的なせいで檻の効果が薄まるらしく、離れすぎると合成獣が再び暴れかねないので、檻が機能するように、と側に居るというわけだ。
キソラも離れられないなら仕方がない、と自分の周辺だけでも片づけたのだが、それが終わると暇になり、最終的に合成獣と話しているという状況になった。
「……」
諦め悪く檻へ体当たりを繰り返す合成獣を見ていたキソラだが、そこでふと思う。
(あれ? もしかして、何かヤバい感じ?)
簡単には壊せないとは言ったが、嫌な予感をひしひしと感じてくる。
そして、合成獣が相も変わらず体当たりをすると――
ミシッ。
ひびが入る。
「あー――……みんなー、合成獣が檻から出そうなんで、戦闘再開準備しといて」
「……」
『……』
さすがにヤバいと思って、キソラが周りに言えば、一度それぞれは無言になり、「はぁああああっ!?」と、“湖上の城”のモンスターたちと冒険者たちからブーイングのような声を上げられる。
「いや、気持ちは分かる。私も驚いてるから」
キソラも何だかんだで驚いてるのだ。
次の瞬間にはドン、という音との後にガシャンという音がした。
「壊れないんじゃねーのかよ!」
「こっちもそのつもりだったんだよ!」
重装備の冒険者の言葉に、キソラはそう返す。
檻が壊れ、ゆっくりと合成獣が中から出てくる。
そして、ぐるりと見回し、キソラに目を向けたところで、見回すのを止め、再びグルルルと唸り始める。
「標的にされたな」
いつの間にか隣にいた少年の言葉に、キソラは苦笑する。
閉じ込めていた張本人なのだから、仕方がない。
「まあ、出した以上は責任は取るよ」
杖を取り出す。
「また叩き落とすつもりか?」
「まさか」
確認を取るように聞いてくる少年に、キソラはニヤリと笑みを浮かべて言外に「何を冗談を」と返す。
『グルルル……グワァッ!』
唸りながら噛みつこうとしてきた合成獣の攻撃を、キソラは後ろに下がることで回避する。
「いくら檻に入れられたのが気に入らないからって――」
そう言いながら、杖を前に構える。
それがどうしたと言わんばかりに、合成獣は口にエネルギーを溜め始める。
「いきなり攻撃はしないでほしいなぁ」
合成獣の口から放たれた砲撃を、苦もなく防ぐ。
その光景に驚く冒険者たちを余所に、キソラは杖を軽く横に一振りして、光を払う。
「同じ手は食わないよ?」
『グルルル……』
合成獣の体が光り出す。
『……ス』
「……ん?」
『……コロス』
「喋った!?」
驚く面々に対し、キソラは顔を顰めた。まるで、厄介なことになったとでも言いたそうな風に。
そして、背にある翼で飛び上がり――その翼で起こした強風がモンスターたちや冒険者たち、キソラに襲いかかる。
「っ、本気で来やがったか」
「マジでどうすんだよ!」
少年は叫ぶ。
「リーリアはまだ戻ってこないの!?」
『はい。呼んできますか?』
「いや、呼びに行かなくていい」
そう話していると、上から砲撃が降ってきたため、避ける。
「くそっ、『モード:双剣』!」
杖から双剣に変え、右と左でそれぞれ持つと跳躍して、合成獣の体を傷つける。
「って、嘘!」
――が、瞬時に傷は塞がった。
『傷つけても、すぐに塞がる、ですか』
執事はふむ、と思案する。
ちなみに、合成獣のこの能力、“湖上の城”のモンスターたちや冒険者たちの魔法が効いているように見えなかった原因でもある。
「こうなったら、深く傷つけるしかないか」
キソラは舌打ちし、双剣に魔力を集中させ、再度切りつける。
「チッ、まだ浅い」
他の冒険者たち何名かも同じように切りつけているが、やはりどれも浅い。
「――……、」
「――え?」
何か言ったか? と少年はキソラを見るが、そこに彼女はいなかった。
「“連撃――緋炎・烈火”!」
双剣から一つの、普通の剣に持ち替え、いつの間に宙にいたのかは分からないが、彼女の持っているその剣は火を纏い、合成獣に向けて、連続攻撃を放っていた。
「これでダメなら――氷だろうが雷だろうが、くれてやる!」
じりじりと肉を焼くような音がし、合成獣は悲鳴を上げる。
「うおっ」
痛みで暴れる合成獣に、その上にいたキソラは落ちそうになるが、何とか耐えると、合成獣に刺していた剣を抜き、地に降りる。
合成獣は合成獣で地に降りると、痛みからなのか唸り、苦しいせいで息切れしている。
キソラを睨みつけるものの、反撃はしてこない。
「さて」
それを確認したキソラは一歩前に出て、合成獣の前足と後ろ足を捕らえ、動きを封じると、合成獣に尋ねる。
「苦しいでしょうが、死にたくなければ――大人しくご主人様の元へ帰りたければ答えなさい」
その言葉に、その場の面々は驚いた――もちろん、合成獣も。
そもそも何故、誰かに送り込まれたとキソラが判断したのかといえば、単純に“白亜の塔”の時に守護者であるフィーリアの意識を乗っ取った人物が“湖上の城”に合成獣を放したのではないのか、または何か関係があるのではないか、と考えたからである。
とはいえ、これは以前にも言ったが、迷宮にはキソラによる結界と守護者による結界があり、あの人物が危険を承知で何度も来るとは思わなかった――いや、キソラが知らないだけで、他の所にも入られている可能性もあるが。
だから、キソラは「自身の考えを否定して欲しい」という思いと、「これで解決してくれるのならいいんだけど」という不安な思いで合成獣に尋ねるしかないのだ。
「あんたをここに放り込んだのは誰?」
最初は無言で貫いていた合成獣だが、目を離さないキソラに折れたのか、どうせ動けないからと諦めたのかは分からないが、小声で答え始める。
『…………ョ』
「え? 何、聞こえない」
『……魔女』
「……」
聞き取りにくかったので、再度聞けば、『魔女』と合成獣が言うと、キソラが固まりだす。
それはまるで、嫌なものを聞くことになったかのように。
『次元、ノ、魔女、トカ、イウ、人間、ノ、オンナ』
だが、合成獣はその名を、はっきりと、口にした。
『次元の魔女』、と。
「――……は? 嘘じゃないよね?」
『嘘、ツイテモ、無意味』
「――……」
何かの冗談であってほしいと思って告げても、合成獣にとっては嘘を吐いたとして、メリットもデメリットもない。
理由は分からないが、怒りが湧いてくる。
いつからなのかは分からない――おそらく幼少時だとは思う――が、キソラの記憶の一部にキーワードとして『次元の魔女』というものがあった。
そして、頭を過る度に、怒りが湧くのだ。理由も不明なままに。
『大丈夫ですか、マスター?』
いつの間に戻ってきたのか、リーリアが心配そうな顔でキソラを覗き込む。
「……大丈夫。寝てないせいだと思うから」
“湖上の城”の窓からは朝日の光が射し込んでおり、どうやら本格的に朝になってしまったらしい。
(にしても、次元の魔女、か……)
何度記憶を遡っても、やはりその言葉を思い出したという記憶しかない。
おそらく、他の誰かに聞いても分からないだろう。
それに、今日の予定はアークをとある場所に連れて行くつもりなので、寝るつもりはない(今寝たら、すぐに起きられる自信がない上に、夜に寝られなくなる可能性があるため)。
「まあ、何だ。今寝てる冒険者たち叩き起こしてきてくれない? そろそろ“湖上の城”を出るから」
冒険者たちにそう言えば、頷いて起こしに行った。
その間に、合成獣の足止めに協力してくれた冒険者たちを記録しておく。
これで“湖上の城”のランクアップ試験は終了なのだが――
「さて、君をどうするべきか」
合成獣に目を向ければ、本人(?)はその場で座り込み、大人しくしている。
『マスターが良ければ、こちらで保護しておきますが』
「うーん……」
リーリアの申し出に、キソラは思案する。
保護してもらえるのはありがたいが、その分世話が大変だ。犬や猫のようにペット扱いしたとしても、エサが必要とか、管理するスペースだとか。
だが、問題はそれだけではない。ここ――“湖上の城”が合成獣の主である次元の魔女により、何らかの被害を齎されないのかを懸念しているのだ。
だからと、キソラが世話できるほど余裕もないのだが。
「はぁ、仕方な――」
全て言い終えるか言い終えないときに、それは起こった。
天から地へ降り注ぐ、一筋の光が合成獣を貫いた。
『なっ――』
驚愕するリーリアに対し、キソラは光の発生源を睨みつけるように見上げる。
せっかくどうするのか決めたのに、これはあんまりではないか。
「くっ――」
“湖上の城”に来てから、何かがズレ始めている。
別に“湖上の城”が悪いわけではないのだが――いや、ズレ始めたのは、“白亜の塔”からなのだろうが、昨日から今日に掛けて、何をやっても上手く行かなかった。
光の攻撃を受けて横たわる合成獣に、キソラは近づいてしゃがむ。
「ごめん、魔女の性格が分からなかったから防げなかった」
合成獣は視線だけ向ける。
次元の魔女の性格が分かっていたのなら、必ず防ぐことが出来たのかと尋ねられれば答えはノーだが、少しでも知っていれば必ずとは言わなくとも、何とか防げたのかもしれない。
「そして、蘇生はさせられない。君がしたこともあるが、私の今の実力だと無理だ」
実際、キソラの実力云々を無視したとして、死んだ『もの』を蘇らせるのは実際の所、不可能である。
そういう魔法や魔術が無いわけではないが、この世界――リラデュイラ世界に存在する各国が“死者蘇生”だけは共通して、禁忌魔法・魔術に指定しているぐらいだ。たとえそれが、キソラのような空間魔法の使い手であったり、彼女たちと対となるであろう時間魔法の使い手であろうとも例外ではなく、もし仮に必要な手順通りに魔法を使い、“死者蘇生”が発動できたとしても、それなりの対価が必要となってくることもあり、使用するという以前に発動自体を禁じている上に死刑相当の裁きを下す国もあったりする。
もちろん、一部の例外を除き、この世界の住人であるキソラは知らないのだが、仮に知っているとすれば、神と外界からの訪問者、次元の魔女のみであろう。
「だから、助けることはできない」
『別ニ、助ケ、テ、モラウ、ツモリハ、ナイ』
キソラの言葉に、合成獣はそう返す。
その数分後、貫いた光が消えると同時に、合成獣は光の粒子となって消えていった。
「……」
『……』
誰も何も言わない。
(このままの気持ちで行かないとダメなのかな?)
キソラは自身に問いかける。
こんな不安定な気持ちで行くわけにはいかないが、どうしても行く必要がある。
はっきり言えば、次元の魔女が合成獣を殺した理由は分からないし、キソラは知ろうとも思わない。
その後、キソラは冒険者たちを連れ、冒険者ギルドに戻ったのだった。
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