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第一章、始まり

第八話:生徒会と風紀委員会

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「それでは、行ってきます」
「ああ。気をつけろよ」

 そう言って、部屋の扉前で分かれる。
 あの後、結局は何事も無かったかのように、二人は生活していた。
 迷宮“地下迷宮アンダーグラウンド”から戻ってきた際に、寮からだとギルドに行くのに大変だから、ギルド付近で拠点を探そうという事になったのだが、『ゲーム』の件もあるので、一時保留となったのだ。
 扉が閉まり、キソラはいつものように学院に向かった。





「私は――『迷宮管理者』なんだ」

 モニター室のような部屋で、キソラはそう言った。
 キソラの背後から射す光――映像には、迷宮を攻略するために、モンスターを倒したり、発動された罠を解除したりする冒険者たちが映されていた。

「迷宮、管理者……?」

 何だそれは、と言いたげに尋ねれば、キソラは苦笑気味に答えた。

「『迷宮管理者』はね、読んで字の如く、迷宮を管理する者・・・・・・・・

 そして、それと同時に、と付け加え、キソラは言う。

「各地にある迷宮を支配下に置く者・・・・・・・・・・でもある」

 表情はよく分からないが、雰囲気から判断するに、キソラは『支配』というのをあまり好んではいないらしい(というか、好む者がいるのかどうかも疑問だが)。

「嫌なら、止めればいいんじゃないのか?」

 そう言えば、頭を横に振られた。

「それは、出来ないよ。だって――」

 唯一の、私たち兄妹に残された、両親との繋がりだから。

 キソラからそう返された。

(両親との繋がり? どういうことだ?)

 疑問に思っていれば、キソラから話せるのはここまで、と言われた。
 キソラ曰く、ギルド職員が知っているのは、彼女の両親との繋がりが『迷宮管理者』という仕事と、『空間属性』という属性魔法をキソラが使えるということだ。

「フェクトリア先輩の時の“天空の塔”への多人数転移・・・・・は、私が『迷宮管理者』だから出来たこと」

 キソラ曰く、普通は出来ないことらしい。
 アリシアたちが何で出来たのか、尋ねていた理由が分かった気がする。

「でも、どういうわけか、アークみたいに“次元転移”は出来ないんだ」
「おい」

 ちょっと待て、と思わず声を掛けた。

「つまり、以前は出来た、ってことか?」
出来なかった・・・・・・出来ないみたい・・・・・・・、じゃなくて出来ない・・・・の」

 過去形じゃないの、と何故か怒られた。

「あとはまあ……これもアークから聞いた後だからいっか」

 まだあるのか? と、キソラの様子を窺っていれば、とんでもないものを投下された。

「私、アークが話す前から“次元転移魔法”でこの世界に来てたこと、知ってた」
「はぁっ!?」

 思わず声を上げる。
 そう言えば、と、入ってきた場所を見れば、閉じられていた。

「盗聴とか、されないようにしてあるから安心して」

 それなら大丈夫か、と思いつつ、それで、とキソラに尋ねる。

「何で、知ってた? というか話さなかった」
「確証が無かったから。アークを助けるときに、この世界のものじゃないイメージが私に流れてきたの」
「助ける、ときに……?」

 復唱して尋ねれば、頷かれる。

「そして、アークが“次元転移魔法”を使ったって聞いて、助けるときに感じたものは間違いじゃなかったって、理解した」

 だから今、こうやってアークに話したんだ、とキソラは言う。

「キソラが感じ取れたのは……その、『迷宮管理者』だからか?」

 そう尋ねれば、キソラは目を見開いた。

「どうだろう?」

 軽く首を傾げる。
 キソラでも、それは分からないらしい。

「でもまあ、あと私に言えるのは、戦闘力にあまり期待するな、ってとこかな?」
「はぁっ!?」

 再び変な声が出た。

「え……だって、戦ってたよな?」
「極端に戦えないわけじゃないよ。私が後方支援の方が得意だって言ったでしょ?」

 戦闘に入る度に、キソラは自分のことを後方支援タイプだと言っていた。

「前線で戦えないわけじゃないんだけど、武器の扱いに慣れてないからね」

 フェクトリアの時に使ってた剣を取り出し、軽く振ってみせるキソラ。

「使い慣れてるように見えるんだが」
「これだけはずっと、使ってるから」

 懐かしむように剣を撫でると、キソラは剣をしまう。

「だから、私はサポートはするけど、あまり援護は出来ないだろうから先に言っておく」

 それじゃあこの話は終わり、とキソラはモニターを見て、部屋から一緒に出た。

 だが、キソラは重要なことを言っていなかった。
 この世界での『迷宮管理者』――キソラ・エターナルという少女が、『迷宮管理者』と『空間属性』を持つために、その能力を貴族や神殿だけではなく、王族にも狙われているという事を。
 それでも彼女に手出ししてこないのは、ギルド長と学院長、さらには王弟という三人がエターナル兄妹の近くにいるためであり、もし、手出しをすれば、三人の誰か(というより、主にギルド長)から――報復されかれないためだ。
 さすがに、それだけは嫌らしい。

 では何故、ギルド長、学院長、王弟がキソラたち兄妹の近くにいるのか。
 その理由は、兄妹の両親との関係にまで遡るのだが、この話は今後に回すことにする。





「はぁ……」

 アークは溜め息を吐いた。
 キソラが去った扉を見つめる。
 まだ何かを隠しているらしいが、それも時が来れば話してもらえるだろう。

「話を聞けるのが先か、『ゲーム』が先か」

 どちらが先になっても、今のアークにキソラと離れるという意思はない。

   ☆★☆   

「え、何これ」

 一方で、学院に来たキソラは目の前の状況に、何が起こっているのか分からずにいた。
 校門に近づくに連れ、通学途中の生徒たちが道を作っている。

「キソラ、ちょっと」

 やはり横に逸れていたのか、自分を呼ぶ友人たち(アリシア含む)に呼ばれ、キソラは駆けつける。

「何なの? これ?」
「これ見て、分からないの?」

 尋ねれば、本当に分からない? と逆に尋ねられる。

「生徒会でしょ?」

 目の前でこんな騒動を起こすのは、この学院で二組ふたくみしかいない。
 フェルゼナート・アストライン率いる生徒会と、ラスティーゼ・グランディア率いる風紀委員会である。

「目を付けられると厄介だから、あんたも注意しなさい」
「それは、風紀にも言えることでしょ?」

 友人たちの忠告に頷きながらそう返せば、苦笑いを返される。
 この様子だと、風紀委員会が来るのも時間の問題だ。

「まぁ、そうだけど……」

 そうこうしているうちに、生徒会と風紀委員会の両方が現れた。
 道を作っていた生徒たち(主に女子生徒)から黄色い声が上がる。

「きゃあっ、フェルゼナート様よ」
「ラスティーゼ様も一緒よ」

 ほぅ、と頬を染める女子生徒たちに、見ていたアリシアたちは苦笑いし、キソラは溜め息を吐く。

「みんな、おはよう」

 きらきらと輝く笑顔を振りまき、フェルゼナートは手を振る。

「おい、フェルゼ」
「何? ラスティ」

 隣にいたラスティーゼが声を掛ければ、フェルゼナートは振り返る。

「あんまり愛想良くするな。変な誤解を与えることになるぞ」
「お前は、もうちょっと愛想良くした方がいいと思うぞ? ラスティ」

 そう言い合いながら、二人は進んでいく。
 そんな会話を繰り広げる二人に、呆れた視線を向けるキソラだが――

(愛想云々の問題ではないですよ。先輩方)

 内心でそう思いながら、溜め息を吐く。

「あれ? もう行くの?」
「あれを気にしていると、遅刻するからね」

 友人たちの言葉に、キソラは首だけ捻ってそう返す。
 二人が通り過ぎた場所は、何も無かったかのように、普通に生徒たちが行き交っている。

「まあ、目立つ行動しない限り、注目されないから大丈夫でしょ」

 そう言うと、他の生徒に混じって、キソラは校門を通り、昇降口に向かう。
 ただ、生徒会と風紀の横を通りかかったとき、生徒会長であるフェルゼナートと風紀委員長であるラスティーゼが、キソラを見ていた。

   ☆★☆   

 さて、授業も順調に進み、放課後。

「キーソラ。かーえろ」

 友人たちが来る。

「あー……私、夕飯の材料、買いだめしないとダメだから」
「今日行くの?」

 首を傾げる友人に、キソラは頷いた。

「最近、何か食べる量が増えてね。減りが早いんだよ」

 アークがいるからとは言えない。
 そこへ教室に入ってきたアリシアが首を傾げる。

「何の話?」
「キソラの食材の買いだめの話」

 アリシアの問いに、友人の一人が答える。

「買いだめって、自炊してるの?」

 アリシアが尋ねれば、キソラは視線で尋ねる。

『あんたパートナーいるでしょうが。どうしてんのよ』

 それに対し、アリシアは、といえば――

『私は食堂で、ギルバートの分は私の手土産よ』

 それを理解し、うわぁ、とツッコみたくなるキソラ。
 男女で食べる量が違うことを、アークやノークと一緒にいたときのことを思い出し、理解していたキソラは、ギルバートがよくそれだけで耐えられるな、と思う。

(様子見ついでに、夜に差し入れでもしてやるか)

 その時に本人がいらないと言えば、それまでだが。

「食堂だと金が飛ぶ」

 一応、アリシアの問いに答えておく。
 いくら自分のバイト代(もちろん、依頼や試験の遂行分)と兄からの仕送りがあるとはいえ、食堂で食事すれば一ヶ月持つか分からない。
 ただでさえ、同居人が一人増えて、材料費が増えているのだ。

(これ以上、生活を圧迫できない!)

 アークが依頼をこなしても、現在のランクで収入はあまり期待できない。
 無いよりはマシだろうが――

「安くしてください」
「相変わらず無茶言うねぇ、キソラちゃん」

 ギリギリなる前に、値切り交渉するしかない、と必死に値切るキソラに、野菜を売る店――八百屋の店主は苦笑いする。
 以前から値切られてはいたが、野菜が値上がりし始めたせいか、キソラが前にも増して、値切るようになったのだ。

「こっちもこれで精一杯なんだよ」

 だから、ごめんね、と謝る八百屋の店主に、キソラも分かりました、と代金を払う。
 その後、魚屋や果物屋を回り、八百屋同様に、ギリギリまで値切っては、各店主に謝られるのだった。
 今日中に使うものはやや多めに買っていく。

「相変わらず、かなりの量よね」
「でも、この前よりは少ない」

 付いてきた友人たちの言葉に苦笑しつつ、キソラは荷物を一瞥する。
 量が少し減ったのは、まだ冷蔵庫(魔法使用)に入っている分があるのと、夏が近いためだ。
 そんなこんなで寮に着き、友人たちと別れる。

「また、かなりの量を買ってきたな」
「誰のせいだよ。つか、前回よりは減ったから」

 部屋に入れば、アークが荷物の量を見てそう言うため、キソラは「あんたがよく食べるからだろうが」という意味を含ませながら返す。
 とりあえず、買ってきたものをしまいつつ、前回の野菜などを取り出し、キソラは下拵えを始めていく。

「何か、いつもより量が多くないか?」

 そんなキソラの調理風景を見ていたアークが尋ねれば、キソラはああ、と返す。

「今日、新事実が分かってさ」
「新事実?」

 怪訝するアークに、うん、とキソラは頷く。

「アリシアがギルバートの食事に手を抜いてるっぽい」
「はぁ!?」

 実際、アリシアは食堂で食べ終わったあと、夜食と称し、軽食類をギルバートのためなのか、部屋に持ち帰っている、とキソラも帰り際に(こっそり)聞いたのだが、ギルバートがそれで足りているのかといえば――

「いや、無いだろ」

 アークがあっさりと言い切った。

「だから、一応持っていくんだよ。夏にぶっ倒れられたりしたら困るから」

 もし、倒れられた時にバトルが発生したら大変だが、何より寮に隠れ住んでいたことがバレれば、そっちもそっちで問題である。

「部屋、分かるのか?」
「大丈夫。行くって言ったら、部屋番へやばん教えてくれたから」

 寮に着いた時、キソラはアリシアに後で部屋に行くと伝えておいたのだ。

 ミルキアフォーク学院の学生寮は、部屋番号制であり、どの部屋に誰がいるのか、詳しく知っているのは、寮長のみ。
 さらに、卒業生がいた部屋には、春から来る新入生がその部屋を使用し、卒業するまではずっと同じ部屋となる。

 キソラがアリシアに行くと伝えた際、「私の分もお願いして良いかしら?」と言われ、材料的に一人分ぐらい増やしても問題ないことを確認し、ついでだから、と引き受けたのだ。

「よし、準備はOKっと」

 下拵えが終わり、それ以外の用意も終わらせる。

「じゃ、さっさと行って、渡してくるから」
「巻き込まれるなよ」

 先週の出来事で覚えたのが、キソラが一人で出歩いた際に、高確率でバトルに突入するということだ。

「善処します」

 さすがに今回ばかりは、キソラとしても夕飯抜きでの戦闘突入だけは避けたいので、さっさと届けることにした。

   ☆★☆   

 だが、あの話をしたのが悪かったらしい。
 そして、どうやらそれは、キソラじゃなくても起こるらしい。

「アリシア」
「な、何よ……」

 名前を呼ばれ、身構えるアリシア。
 そう、今回の原因は彼女――アリシアである。

 キソラが夕飯を届け、何事もなく部屋に戻ったのはまだ良い。
 ちゃんと夕飯も食べられたのだから。
 だが、問題はその後だった。
 食器類を返しに来たアリシアが、気まずそうな顔をしていたのだ。

「あ、あの……わ、私……」

 言いどもるアリシアに、キソラは首を傾げ、周囲を見渡すふりをしつつ、“空間把握”で寮周辺や毎回バトルに発展する寮までの通り道など、様子を確認する。

 そして、見つけた。

 アリシアたちの時のように、高い場所に十人ぐらいの人影があるのを。

「アリシア、部屋まで送る」
「へ? あ、別にいいわよ。食事だけじゃなく、見送りまでなんて」

 キソラの言葉に、アリシアは照れくさそうに言う。
 だが、アリシアが気づいてないようなので、キソラはそっと教えることにした。

「この周辺に、十人ぐらいの人影を見つけた」
「それって……」

 察しがいいアリシアは、それだけで何のことか理解した。
 フェクトリアのような『ゲーム』の参加者が近くにいる。しかも、一人で片付けられる人数ではない。

「どうするつもり?」

 アリシアの問いに思案するキソラ。
 わざわざ自分たちから首を突っ込む必要はない。

「とりあえず、一回入って」

 キソラはアリシアを部屋の中に招き入れる。

「ん? どうした?」
「緊急事態発生」

 慌てて入ってきたキソラにアークが尋ねれば、キソラは手短に説明する。

「十人ぐらい近くにいた」
「……」

 キソラの言葉に、アークは溜め息を吐いた。
 空間属性を持つ彼女のデメリットは、おそらくこういうところなのだろう。
 見つけるつもりじゃなかったのに、見つけてしまう。
 だが、何を勘違いしたのか、ジト目になるキソラ。

「今回は私じゃないから」

 そう言って、背後を示すキソラに、アークは視線を向ける。
 何やらオロオロしているアリシアに、アークはまた溜め息を吐いた。

「何でお前らは、二人揃ってトラブルメーカーなんだ」
「失礼な」

 アークの言葉に、キソラはすぐに反論した。

「で、どうするつもりだ?」
「とりあえず、アリシアは部屋に帰す」

 そう言うキソラに、だな、とアークも同意する。
 まだ決着の付いてないフェクトリアたちに協力してもらえるならありがたいのだが、彼らがいるのは男子寮な上に、部屋番号も連絡手段も知らない。
 まさか、見ず知らずの誰かを巻き込むわけにもいかない。

「あーもう! 私がアリシアを送って、さっさと戻ってくれば問題ないよね?」

 もしもの場合には“転移魔法”という便利なものもあるのだ。きっと、どうにかなる。

「今のところ、それしかないか」

 それしかない。
 アリシアのパートナーはギルバートだ。
 彼といた方が、アリシアにとっては安全なはずだ。

「それじゃあ、行くよ。アリシア」
「え、ええ……」

 キソラに言われ、アリシアは頷いた。

(もし、戦闘に入ったら、アリシアだけでも逃がさないと)

 アリシアには言ってないが、キソラは転移指定先として、アリシアの部屋を登録しておいた。
 他にも、自室やギルド、騎士団寮のノークの部屋があるし、もちろん、各迷宮にも設定してある。
 基本的に“転移魔法”と言うのは、転移先に目印のような物を置いておき、目印のような物それがある場所に転移するか、転移石とよばれるものに場所を登録しておき、転移するときに場所選択で転移するのが一般的である。
 キソラの場合、後者に近く、転移石ではなく、空間そのもの・・・・に転移先として定めてあるので、いちいち場所を選択する必要がないのだが、キソラ自身が『空間属性』というものを完全に使いこなしているわけでもないので、現在は場所選択――というより、座標指定して使用している状態だ(実際、場所選択よりも座標指定の方が難しいのだが、キソラとしては場所選択より楽らしい)。

 さて、何とか無事にアリシアを部屋に送り届け、キソラは一人、部屋に戻る途中である。
 転移魔法で戻ってもよかったのだが、気になっていたことを調べるために、ゆっくりと歩いていた。

(これは、契約者が五人ってこと……?)

 十人いることは分かっているので、もっと細かい情報――契約者とそのパートナーの人数を知るために歩いていたのだが――

「……っつ!?」

 それでも、やはり気づく人は気づくらしい。
 慌てて調査に使っていた属性魔法の波を切る。

「やばっ……」

 何となく動き出す感じがしたので、キソラは走って部屋に戻るのだった。




 扉を勢いよく開けたと思えば、今度は勢いよく閉め、キソラはその場に座り込む。

「キソラ?」

 再び慌てて部屋に入ってきたキソラを訝るアークに、キソラはもたれ掛かっていた扉から体を起こし、アークに目を向ける。

「アー……ク」
「どうした?」

 どこか様子がおかしいキソラに、アークは彼女を立ち上がらせながら尋ねる。

「戦闘、避けられないかもしれない」

 そう言いながら、涙目になりそうになりながら服を掴むキソラに、アークは目を見開きながらも、そうか、と短く返す。

「ごめん、なさい……」

 避けられないのなら仕方がないのだが、避けようとしていたのに、自ら戦闘に発展させてしまったと、謝るキソラに大丈夫だと宥め、まずは彼女を落ち着かせるために、アークはお茶を出す。

(戦闘突入か……)

 アークは思案した。
 危険をおかしてまで、キソラが得たのは何なのか。
 そう思いながら、アークはお茶を飲むキソラを一瞥する。

「なあ、キソラ」
「何?」

 声を掛ければ、びくりとしながらも、キソラは尋ねる。

「お前、何かしたのか?」

 その問いに、キソラは目を逸らし、それを見たアークは溜め息を吐いた。
 何かしなければ、向こうからは何もしてこない。

「……て」
「ん?」

 キソラが何か呟いたので、アークは耳を澄ます。

「何人、いるのか、知ろうと思って」
「十人じゃないのか?」
「それは、総計。私が知りたかったのは組み合わせの数」

 コップを机に置き、キソラは言う。
 普通に考えれば、組み合わせは五つだ。
 だが、そうとも言い切れないから、キソラは調べたのだ。

「でも、途中で気づかれた」

 誰と誰が契約者なのかを知ろうとしたときに、とキソラは続けた。

「どこから見ているのか分からないはずなのに、視線を感じたんだ」

 怖くなった。
 前に感じたことのあるような――自分を異質なものを見るような目を――そんな視線を向けられたような気がした。
 そんな感じのもの・・が、キソラから離れない。

「いいから落ち着け」

 キソラの震えが先程より強くなったのを見て、アークは再度宥めにかかる。

「大丈夫だ。誰もお前を一人にしないし、仲間外れにもしないから」

 アークがそう言えば、キソラの震えも落ち着いてくる。
 どうやら、キソラには『一人にしない』や『仲間外れにしない』という言葉で安心したらしい。
 その状態で頭を撫でてみると、キソラの震えは完全に治まるのだが、そこで、先週にもこんな事があったな、とアークは思い出す。

(一体、キソラはどんな生活をしてきたんだ)

 ギルドや迷宮管理者、空間属性など、彼女について、まだ謎が多すぎる。
 キソラ本人から話を聞いたとはいえ、それはあくまで、ギルド職員も知っていることだ。
 バトルや迷宮関連では強気なくせに、少しばかりの視線でこの反応だ。

「はぁ……」

 今日は溜め息しか吐いていないな、と思いつつ、アークが自分のことで悩んでいるとはつゆ知らず、キソラはそのまま眠りにつくのだった。

   ☆★☆   

 風が吹く。
 いる場所の高さが高さだけに、風は強く吹いてくる。

「……」
「どしたの?」

 無言である一点を見つめていれば、そう声を掛けられる。

「いや……誰かが嗅ぎ付けたらしい」
「誰かって、まさか、参加者?」

 女の言葉に首を横に振る。
 感じたのは学生寮の方からだったが、向こうも気づいたのか、逆探知する前に逃げられた。

「分からない。でも、参加者なら――」

 その者が男だろうが女だろうが潰す。

「いゃぁだ、こわぁい」
「もぅ、女の子にそんな言い方しないでよぉ」

 女とそのパートナーのわざとらしい話し方に、分かりやすく舌打ちする。

「その話し方を止めろ。虫酸むしずが走る」

 一緒にいた男のパートナーがそう言えば、それに腹が立ったらしい女のパートナーと口論を始めた。
 少し待っていれば、標的ターゲットは向こうからやってきた。
 驚いたようにこちらを見ているが、関係ない。

「……これで、八連勝」

 先週から連日連夜、戦闘をしているが、あまりに手応えが無さすぎて、疲れが出てくる形跡がない。
 そうこうしていれば、もう一組やってくる。
 笑みを描き、意気揚々と勝負を挑む。
 邪魔をするなら、容赦しない。

「全てはあの方たちのために」

 自分たちが動く理由はそれだけだ。

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