暗殺貴族【挿絵有】

八重

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第4章 サリエル編

――に欲望の花束を③

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「はぁ…はぁ…」

「はぁ…はぁ……」


 無言の攻防を繰り広げていた2人は一旦距離をとり肩で息をしていた。2人の周りには教会内の椅子やそれに座っていたマリオネットの残骸が散らばっている。


「……何だか決着つかねぇな」


 その様子を遠巻きに見ていたアラストルがつまらなそうに呟く。


「確かにねぇ。何だか力も五分五分みたいだしぃ。もう貰っちゃおうかしらぁ?」
「そうだな。そろそろ貰うか」


 レヴィアタンはリラの方をチラリと見て口元を耳まで釣り上げた。


「うふふ…さぁ、これからが憎悪の仕上げよぅ。お姫様に起きてもらおうかしらぁ」




「はぁ…はぁ……こんな事して…リラさんが幸せだと思っているのですか?」

「はぁ…はぁ…、じゃあ…お前ならリラを幸せに出来ると?」

「はぁ…少なくとも…あなたよりもその自信はありますね」

「ふざけるな! お前は何度リラを泣かせたと思ってる!! 私はお前を許さない!!」

「だからこそですよ!」

「はいはぁ~い。お二方ご注目ぅ~」


 突如割って入った声にラリウスとサリエルは同時に声のする方に向いた。

 そこにはレヴィアタンとアラストルに挟まれて立っているリラがいた。その瞳はまだ虚ろで空を見ている。


「おいっ! お前ら何をっ…!!」

「サリエル様時間かかり過ぎ。すっかり飽きちまったよ」

「もう少し待っていろ! すぐに終わらせる!」

「嫌よぅ。私達もう待つのに飽きたのよぅ」


 そう言ってレヴィアタンがスイッと指先を動かすと、リラの両腕が何かの力にグンと引っ張られ上で固定された。ラリウスとサリエルはリラを助けようと動こうとしたがすぐさまアラストルの制止の声が入る。


「動くなよ。この子、傷ものにしたくなかったら」


 アラストルの爪が鋭く伸び、リラの柔らかい喉にあてられていた。リラ本人は相変わらず光を宿してない瞳で前を見つめている。


「……お前ら…何をするつもりだ…」


 サリエルの質問には答えずレヴィアタンはニヤリと笑い返した。


「うふふ…サリエル様。実はぁ、私達が欲しいのはラリウスの魂じゃないのよぅ」

「っ…! まさかリラのっ…!?」

「それも違う。私らには沢山の悪人の魂よりも、ラリウスの魂よりも欲しいものが最初からあったんだ」

「な、に…!?」

「勿論悪人達の魂も欲しかったんだけどねぇ、それはぁ…オ・マ・ケ程度なのよぅ」
「私らが最初から目当てにしていたもの。それはー…」
「サ リ エ ル さ まぁ。 あ な た なのよぅ」


 レヴィアタンの言葉の意味を飲み込めず、サリエルはすぐに言葉が出てこなかった。


「な…わ、たしを……?」

「あぁ。そうだな…最初はただの面白ろ半分だったんだ。退屈に殺されそうになってた時に、私ら見ちゃったんだよ。
 人間の小さいガキに嬉しそうに手を振るサリエル様を」

「っ…! アイリスの事か…!?」

「ふふふ…最初は驚いたわぁ。だって下級天使ならまだしも、サリエル様みたいな七大天使様が人間の子供に惚れてるんだものねぇ」

「…うるさい!」

「くくく…しかも、あんたが嫉妬なんてな」

「……嫉妬、だと?」

「あらぁ、ごまかしたって駄目よぅ。サリエル様、アイリスがパンをあげた浮浪者に嫉妬したでしょう?
 私は7つの大罪のうち"嫉妬"を司る悪魔よぅ。私の目はごまかせないわぁ」
「そして嫉妬の次に来るのは怒り…"憤怒"だ」
「ゾクゾクしたわぁ。高潔な天使様が垣間見せた嫉妬と憤怒!本当に久しぶりにゾクゾクしたのよぅ!
 私達もっともぉぉぉっと…サリエル様の顔が歪むのを見たいと思ったのよぅ…!!」

「っ……まさ、か…」


 何かに気づいたようでサリエルは顔を青くし、肩を震わせた。


「聡明なサリエル様なら7つの大罪って知ってるだろ?
 〈傲慢・嫉妬・憤怒・怠惰・強欲・暴食・色欲〉
 このどれかを刺激すれば人間は簡単に悪事に手を染める」
「そう言う事よぉう。とても単純でしょう? 私達はねぇ、あの浮浪者《暴食》の部分を刺激してやったのよぅ」


 サリエルはレヴィアタンの言葉に目を見開いた。脳裏には最後に自分に笑いかけてくれたアイリスが浮かぶ。


「き…さまらぁっ―」

「動くなって言ってんだろ!」


 クッとアラストルの爪先がリラの喉に刺さり、赤い血が一筋流れる。サリエルはキュと唇を噛みしめその場にたち止まった。


「サリエル様ぁ、お怒りになるにはまだまだ早いわよぅ」

「…な…に……」

「私らが誘惑したのは浮浪者だけだと思うか?」
「よぉぉぉく考えたらおかしいでしょう? 広大な土地を持っているクラウディア家がメイザース家の僅かな土地を欲しがるなんてぇ」


 クラウディア家という言葉にラリウスもピクリと反応する。


「ま、さか……」

「そうよぅ。僅かな土地でも欲しがるその〈強欲〉さ! ちょっとでも刺激したらあの通りよぅ」

「あれ、も……」


 サリエルのショックを受けた姿にアラストルとレヴィアタンはニタァと口を歪めて笑った。
 一方ラリウスはショックと言うよりも懸命に怒りをこらえているようだった。


「ふふふ…それとねぇ、あとはぁ」


 レヴィアタンはそう言いながらリラの頬に手を滑らせ、唇をなぞる。


「確かこの子の前のご主人様だったかしらぁ…。〈色欲〉を刺激してあげた人間はぁ」

「っ……! それは…まさか…ジェスの事…ですか……!?」


 ずっとこらえて聞いていたラリウスは堪えきれず食ってかかった。


「あ、そうそう。確かそんな名前だったな」

「ですが彼に憑いていた悪魔は死んだはずっ…」

「あれはねぇ私達がけしかけた下級悪魔よぅ。だから間接的に刺激したと言った方が良かったかしらぁ」


 そう言ってあははは。とまるで昔の悪戯話をする子供のように無邪気に笑う悪魔達。


「何故っ…!」


 サリエルの一段と大きな声が響いた。


「何故お前らはアイリスにっ…リラにこんな事をっ…! 何の為にっ…! 何の為にっ…!!」

「だぁーかぁーらぁ―言ってるだろ私達の目的は1つだって」

「…わたし、か……。私が…アイリスを…リラを…求めたからか…?」

「そうよぅ。私達が欲しいものはねぇ、嫉妬に狂い怒りと憎悪にまみれたあ・な・た」
「でもいくら憎悪にまみれたってお前が天使である限り私達は手を出す事ができないんだよな。例え堕天したとしても」
「だからぁ私達、いろぉ~んな手間をかけてサリエル様を憎悪にまみれた人に近い存在にしたのよぅ……!」



“悪魔たちの目的は初めからサリエルだった"


 その事実に衝撃を受け固まる2人。


「はははっ……驚きで声も出ないか?」


 アラストルはそんな2人を挑発するように、リラの首元にある爪を肌に沿わせたままゆっくりと胸元へと下ろしていく。


「やめ―」

「止めろっ!!」


 ラリウスの言葉に被って悲痛にも似たサリエルの叫び声が響く。


「っ……お前ら…契約なしに人の魂を奪ったら消されるのはわかってるのか!?」


 サリエルがそう言うと悪魔達は一瞬キョトンとし、互いに顔を見合わせると声高に笑いだした。サリエルの発言が滑稽でたまらない。そんな笑いだった。


「くくくっあははははっサリエル様ってこんなに…くくくっ、馬鹿だったのか?」
「くくっふふふふっ違うわぁ。ふふふっ、私達が買いかぶりし過ぎてたのよぅ」

「貴様ら一体何が可笑しいんだ!」


 2人の態度にサリエルは眉間に深くシワを寄せ声を荒げた。


「だってぇ、サリエル様が可笑しな事言うからよぅ」
「"契約なしに"だって? くくくくっ…そんなの理解してるに気まってんだろ」
「ふふふ……"理解"してないのはぁ、サリエル様の方よぅ」


 悪魔達の言葉でラリウスは何か気づいたようでポツリと呟いた。


「…そういう事ですか」

「お。ラリウスは気づいたみたいだな」

「っ……そうか」


 ラリウスに少し遅れてサリエルも何か気づいたようでハッと顔を上げた。
 そして愕然とした。

 自分は何て初歩的なミスをしてしまったのだろう。


「くくくっ。サリエル様も"理解"したようだな」
「もうお察しだと思うのだけれど一応教えてあげるわねぇ? 私達サリエル様と正式に契約する時に"リラの寿命を延ばす"とは言わなかったのよぅ。
 "リラの寿命を操作して変える"と言ったのよぅ…!」


 悪魔達は人間を騙すために言葉を巧みに操る種族。特に契約時には言葉を巧みに操り、相手側が不利になるように契約を結ばせるのだ。


「だから私達はリラの寿命を永いものに変える事が出来る」
「そして逆に! 今! この瞬間!! 終わらせる事だって出来るんだよ…!!」


 悪魔達は今まで感じた事のない優越感に浸っていた。背筋の下の方からゾクゾクと快感が登ってくるのがわかる。



ああ! 何て素敵な表情なの!!

苦しいの? 悲しいの? 怒っているの?

ああ! もっと歪ませたい!! 壊したい!!

もっともっと私達に快楽を!悦びを!!



「サリエル様ぁ、あなたが置かれている状況。"理解"されたかしらぁ?」

「っ……」


 サリエルは拳を握りしめ、俯いた。全て事の成り行きの原因は自分だった。

 アイリスを、過去のリラを苦しめたのは自分が原因だった。
 今こうしてリラが命の危機に晒されているのも…。全て、全て…!

 サリエルは下唇を噛み、溢れ出そうな感情を抑えた。そして今自分がすべき事を理解し、ふっと拳の力を解いた。


「おいおい。何か言えー」

「喰らえ」


 アラストルの声に被って聞こえたサリエルの言葉に悪魔達もラリウスも一瞬止まった。


「あらぁ、なぁに? はっきり言ってくれないとわからないわぁ」

「私を喰らえ」

「っ…! サリエルあなた―」

「私を喰らうがいい。だから…お願いだ…もう」


 その時、サリエルの頬に一筋流れたもの。



「リラを全てから解放してやってくれ」


 それは確かに

 確実に

 "愛"そのものだった。



「サリエル…」

 ラリウスはハッとそこで気づいた"何を"しに来たのか。自分はそんな大事で根本的な事を勘違いしていた。

 そう。自分は"サリエルを倒しに来た"のではなく"リラを助けに来た"のだ。







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