暗殺貴族【挿絵有】

八重

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第4章 サリエル編

交差する願い③

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 森の中の道を駆けていた馬はしばらくするとそのスピードを落とし、ゆっくりと歩き始めた。木々の隙間から零れる光もそれに合わせてゆっくりと2人の肌の上を流れていく。
 リラはうずめていた顔をあげ、少し恥ずかしそうにサリエルの胸元から体を離した。


「あと少しだ」


 その言葉にリラが進行方向に顔を向けると、少し先に森の道の終わりが見えた。リラはそこから入ってくる陽の光に少し目を細める。


「さ、着いたぞ」

「わぁ……!」


 森を抜けると、そこには白い花が一面に咲き乱れている草原が広がっていた。その自然の美しさは日常からかけ離れている光景で、まるで夢の世界にいるような気分にさせてくれた。


「綺麗だろう」

「はい…! とっても!」


 草原を見て感動しているリラの横顔を見て、サリエルも嬉しそうに小さく微笑む。


「この白い花はこの地方にしか咲かない花なんだ」

「そうなんですね。とても綺麗…」

「降りてみるか」

「はい…!」


 リラは馬から降りると、しゃがみこみ花の香りを確かめたり、その形をまじまじと観察したりしていた。


「近くで見てもとても綺麗な花ですね。それに香りもとてもいいです」


 そう言ってリラが後ろにいるサリエルの方を振り向くと、サリエルはスっと片膝をついて花を持った手をリラの耳元に伸ばした。


「それに、とてもリラに似合う」


 リラの耳元に可憐な一輪の花が咲く。


「え……」


 サリエルのその行動と言葉にリラの心臓が強く脈打った。そして少しの間があってリラの顔にボッと火がつく。


「ん? どうした?」

「べ、別に何でもありませんっ」


 リラは慌てて視線を逸らし立ち上がると、何事もなかったように草原の中を歩き出した。


(あ、あんな恥ずかしい台詞真顔で言うなんて…。そんなの…ドキドキしちゃうじゃない―…て、え?)


 リラは自分の心の声に違和感を感じ、はっとした。

(私、今何て…? サリエルさんにドキドキする…?
 なんでそんな最低な事…。だってあの方達に対して酷い事して―…)


 そこでリラはパタと歩みを止めた。


(………あれ? "あの方達"って……誰の事…? 酷い事って何………?)


 思い出そうとするがまるで頭に靄がかかったようで何も思い出せない。


(……大切な…人…?)


 ズキンと頭が痛む。


「大丈夫かリラ?」

「あ…え、えぇ。大丈夫です」

「そうか…? 一応あそこで休むとしよう」

「……え?」


 サリエルの指差した方にリラが顔を向けると、この場にはそぐわないような豪華な教会が建っていた。あまり人がこなさそうな場所にあるにも関わらず、定期的に手入れされてるようだった。


「さ、行くぞ」

「は、はい」


 リラはサリエルに言われるがまま着いていき、教会へと足を踏み入れた。


「うわぁ…綺麗」


 教会の中は日光がステンドグラスを通して入り込んでおり、とても幻想的な光景を作り上げていた。自然とリラの足も教会の奥へと進んでいく。
 サリエルはそんなリラの様子を後ろからジッと伺っていた。


「素敵なマリア様……」


 教会の一番奥には光の筋に照らされて優しく微笑むマリア様の像が立っていた。


(あれ…でも、何だか他の所で見るマリア様と顔が全然違うような……。誰かに似せてるみたい…)


 ふとリラがマリア像の足下に目をやると小さく何か文字が刻まれていた。


「ん……?」


 リラが少し腰をかがめるとそこにはこう彫られていた。


「えっと……《永久の愛をあなたに。安らかに眠れ。リラ=メイザース》……?」


 その瞬間リラの頭にある光景が浮かぶ。

 自分に向かって優しく笑いかけてくれる人―…そう。あれはー…

 自然とリラの口から言葉が漏れた。


「お…にぃ、さ…ま……」


 言葉を口にした途端、急に胸が苦しくなりリラは胸元を手で抑えてその場にしゃがみこんだ。


「リラ。大丈夫か?」

「だ…大丈夫っ……」


 言葉とは裏腹に、リラの呼吸はどんどん荒くなる。サリエルはリラを優しく包み込むと耳もとでそっと呟いた。


「……今まで辛かったろう。よく頑張った」


 その言葉はリラに向けられたものだが、リラ自身に言われたものではなかった。


「でもこれからは心配するな。私は決してお前を1人にはしない」


 その言葉を聞いてリラの瞳から自然に涙がこぼれ落ちる。それはまるで自分の中の誰かの代わりに涙を流しているような感覚。


「……目を閉じろ」

「…はい」


 何故か素直に言葉を受け入れてしまう。


「次に瞳を開いた時は……きっと幸せな未来にいる」

「……はい」


 閉じたリラの瞳からまた一筋涙が流れた。



 サリエルの腕の中には深い眠りにつく少女が1人。
「……これであと『約束』さえ果たせば…それで……」




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