68 / 107
第4章 サリエル編
交差する願い③
しおりを挟む森の中の道を駆けていた馬はしばらくするとそのスピードを落とし、ゆっくりと歩き始めた。木々の隙間から零れる光もそれに合わせてゆっくりと2人の肌の上を流れていく。
リラはうずめていた顔をあげ、少し恥ずかしそうにサリエルの胸元から体を離した。
「あと少しだ」
その言葉にリラが進行方向に顔を向けると、少し先に森の道の終わりが見えた。リラはそこから入ってくる陽の光に少し目を細める。
「さ、着いたぞ」
「わぁ……!」
森を抜けると、そこには白い花が一面に咲き乱れている草原が広がっていた。その自然の美しさは日常からかけ離れている光景で、まるで夢の世界にいるような気分にさせてくれた。
「綺麗だろう」
「はい…! とっても!」
草原を見て感動しているリラの横顔を見て、サリエルも嬉しそうに小さく微笑む。
「この白い花はこの地方にしか咲かない花なんだ」
「そうなんですね。とても綺麗…」
「降りてみるか」
「はい…!」
リラは馬から降りると、しゃがみこみ花の香りを確かめたり、その形をまじまじと観察したりしていた。
「近くで見てもとても綺麗な花ですね。それに香りもとてもいいです」
そう言ってリラが後ろにいるサリエルの方を振り向くと、サリエルはスっと片膝をついて花を持った手をリラの耳元に伸ばした。
「それに、とてもリラに似合う」
リラの耳元に可憐な一輪の花が咲く。
「え……」
サリエルのその行動と言葉にリラの心臓が強く脈打った。そして少しの間があってリラの顔にボッと火がつく。
「ん? どうした?」
「べ、別に何でもありませんっ」
リラは慌てて視線を逸らし立ち上がると、何事もなかったように草原の中を歩き出した。
(あ、あんな恥ずかしい台詞真顔で言うなんて…。そんなの…ドキドキしちゃうじゃない―…て、え?)
リラは自分の心の声に違和感を感じ、はっとした。
(私、今何て…? サリエルさんにドキドキする…?
なんでそんな最低な事…。だってあの方達に対して酷い事して―…)
そこでリラはパタと歩みを止めた。
(………あれ? "あの方達"って……誰の事…? 酷い事って何………?)
思い出そうとするがまるで頭に靄がかかったようで何も思い出せない。
(……大切な…人…?)
ズキンと頭が痛む。
「大丈夫かリラ?」
「あ…え、えぇ。大丈夫です」
「そうか…? 一応あそこで休むとしよう」
「……え?」
サリエルの指差した方にリラが顔を向けると、この場にはそぐわないような豪華な教会が建っていた。あまり人がこなさそうな場所にあるにも関わらず、定期的に手入れされてるようだった。
「さ、行くぞ」
「は、はい」
リラはサリエルに言われるがまま着いていき、教会へと足を踏み入れた。
「うわぁ…綺麗」
教会の中は日光がステンドグラスを通して入り込んでおり、とても幻想的な光景を作り上げていた。自然とリラの足も教会の奥へと進んでいく。
サリエルはそんなリラの様子を後ろからジッと伺っていた。
「素敵なマリア様……」
教会の一番奥には光の筋に照らされて優しく微笑むマリア様の像が立っていた。
(あれ…でも、何だか他の所で見るマリア様と顔が全然違うような……。誰かに似せてるみたい…)
ふとリラがマリア像の足下に目をやると小さく何か文字が刻まれていた。
「ん……?」
リラが少し腰をかがめるとそこにはこう彫られていた。
「えっと……《永久の愛をあなたに。安らかに眠れ。リラ=メイザース》……?」
その瞬間リラの頭にある光景が浮かぶ。
自分に向かって優しく笑いかけてくれる人―…そう。あれはー…
自然とリラの口から言葉が漏れた。
「お…にぃ、さ…ま……」
言葉を口にした途端、急に胸が苦しくなりリラは胸元を手で抑えてその場にしゃがみこんだ。
「リラ。大丈夫か?」
「だ…大丈夫っ……」
言葉とは裏腹に、リラの呼吸はどんどん荒くなる。サリエルはリラを優しく包み込むと耳もとでそっと呟いた。
「……今まで辛かったろう。よく頑張った」
その言葉はリラに向けられたものだが、リラ自身に言われたものではなかった。
「でもこれからは心配するな。私は決してお前を1人にはしない」
その言葉を聞いてリラの瞳から自然に涙がこぼれ落ちる。それはまるで自分の中の誰かの代わりに涙を流しているような感覚。
「……目を閉じろ」
「…はい」
何故か素直に言葉を受け入れてしまう。
「次に瞳を開いた時は……きっと幸せな未来にいる」
「……はい」
閉じたリラの瞳からまた一筋涙が流れた。
サリエルの腕の中には深い眠りにつく少女が1人。
「……これであと『約束』さえ果たせば…それで……」
0
お気に入りに追加
167
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
【R18】黒髪メガネのサラリーマンに監禁された話。
猫足02
恋愛
ある日、大学の帰り道に誘拐された美琴は、そのまま犯人のマンションに監禁されてしまう。
『ずっと君を見てたんだ。君だけを愛してる』
一度コンビニで見かけただけの、端正な顔立ちの男。一見犯罪とは無縁そうな彼は、狂っていた。
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
顔出しナシのヤリ部屋待機してたらお父さんとマッチングされちゃったDCの話
ルシーアンナ
BL
01.
セフレや彼氏のいるビッチ受けショタがうっかり実の父親とセックスしてしまう話。
パパ×和樹(12)
02.
パパの単身赴任先で愛人していたDCが冬休みに会いに来たので3Pセックスする話。
和樹とリバショタとの挿入もあり。(和樹は受けのみ)
パパ×和樹(12)、パパ×龍之介(12)、龍之介×和樹
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる