暗殺貴族【挿絵有】

八重

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第4章 サリエル編

始まりの話②

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 その日も私はいつものようにアイリスに会って彼女の話を聞いていた。しかしその時私は珍しくぼやいてしまったのだ。意識はしていなかったが私はそれほどアイリスに心を許していたのだろう。


「……なんでお前達人間は祈ったりするんだろうな」

「……え?」

「はっきり言うが神に何を祈ったって叶えてはくれない。加護を施すわけでもない。罪が許されるわけでもない。
 神は本当の意味で"平等"だ」

「うん。神様はみんなに優しいんでしょ?」

「いや。神は"平等"に何もしないんだ。
 不幸な境遇の善人が祈ったって、幸運な悪人が祈ったって同じ。どちらにも何もしない」


 わかるか? と付け加え聞いてみるが、アイリスはう~んと難しそうな顔をした。


「……すまん。アイリスには少し難しかったな」

「…うん。だけどね。だけど、助かったっておばあちゃんは言ってたよ」

「え?」

「おじいちゃんが死んじゃった時おばあちゃん沢山お祈りしたの。だから今は元気だよ」


 会話的には微妙に噛み合ってはなかったが、それでも私はアイリスの言葉に救われた気がした。
 私は存在していいのだと言われた気がした。


「……そうか」

「あっ! サリーわらったっ! わらったよね?」

「……私だって笑う」

「うん。でも私はじめて見たよ。なんかうれしい」

「……何故嬉しい?」

「お友達が喜んでたらうれしいよ」

「友達……」


 アイリスが私の事を友達だと言ってくれる事がとても嬉しかった。今まで味わったことのない幸福感。
 アイリスと出会ってから新しい体験ばかりだった。


「サリーもっとわらってた方がすてきだよ。だからもし悲しい事があったらアイリスに言って」

「何故?」


 私がそう問うとアイリスは立ち上がりギュッと私を抱きしめる仕草をした。驚きで一瞬動きが止まる。


「なっ……何をしている」

「私ね、悲しい時お母さんにこうしてもらうの。そしたら悲しいことちょっぴり忘れられて、わらえるよ」


 実体がないから触れないはずなのに、私を抱きしめるアイリスの腕から温もりを感じた。
 しばらくしてアイリスは腕を外してニコリとこちらを見上げて笑った。


「ね。言ってね?」

「……考えておく」


 なんだか照れくさく感じ私はふっと横を向いた。とその時…くぐもった男の声が遠くから聞こえた。
 そちらの方に顔を向ければボロボロのシャツとズボンを着た物乞いが立っていた。アイリスはその男に気がつくと私にまた今度ね。と言い走り出して行く。

 その時言い知れぬ不快感が私を襲った。天使としてはあるまじき感情。
 私はその男がとても疎ましく感じたのだ。

 アイリスは物乞いの男と二言ぐらい話すと、自分の買い物カゴからパンを1つ取り出し与えていた。そして少し遠くに座る私に笑顔で手を振ってくれた。
 手を振って挨拶などしたことがなかったがアイリスに返事をしたくてぎこちないながらも手を振ってみる。するとアイリスは満足したような笑顔を見せて去っていった。

 先程までの不快感が嘘のように、なんとも言えない充実感で胸がいっぱいになる。


「さて…私も戻るか……」


 そう言って立ち上がった私の方に先程の男が歩いてきた。そして先程アイリスが座ってた場所に腰掛けると愚痴っぽく言葉を漏らしたのだ。


「…ったくあの餓鬼、気味悪ぃったらねぇよ」

「っ……!」

「だいたい1人で何話してんだか。ありゃ親も可哀想だな」


 そう言って男はパンを乱暴に一口かじった。アイリスのあげたパンを。ふつふつと自分の中に黒い何かが湧いてでるのを感じた。

アイリスの家はきっと貧しい。その証拠に彼女の着る服と靴はいつも同じだ。人にパンをあげる余裕はないはずなのだ。

なのにこいつは…!


「っ……!」


 拳を握り締めギリッと唇を噛む。……私は何もできない。
 この男を怒鳴りつけることも。アイリスについて訂正することも。

 そう。私の声は男には届かない。

 私は握った拳を解くと最後に男を今一度睨みつけ、空へと飛び立った。


*******


「私は次にアイリス会った時、その男にもう会わないよう忠告したのだ」


 最初に少女の思い出を語りだした時はとても穏やかな表情をしていたサリエルだったが、段々と表情が曇る。リラは何も口を挟まず、ジッとサリエルの話を聞いていた。


「忠告したのに…。アイリスはそれに同意はしてくれなかった。
 おじさんは良い人だ。自分とお話してくれるんだ。そう彼女は言ったんだ」

「……サリエルさんが見た事は伝えなかったんですか?」

「……言えるわけないだろう。アイリスはずっと同じような言葉で傷つけられてきたんだ…。
 それ以上彼女を傷つけるわけにはいかないだろう…!」


 サリエルの言葉にはその時の苦悩がにじみ出ており、リラは何も言葉を返せなかった。


「……だが、彼女を傷つけたとしても本当の事を言えば良かった」


 サリエルの表情が苦痛で歪む。


「……アイリスはっ……あいつのせいで死んだんだっ!」


 サリエルがそう叫びダンッとテーブルに拳をぶつける。


「……どういう事ですか?」

「あの男が……あの浅ましい男がもっとパンを寄越せとアイリスに詰め寄ったんだ!」


 その時の情景は今なおサリエルの頭に強く焼き付いていた。


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