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一に現場、二に現場と魔女

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「今朝!
 今朝、軽々しく呼び付けるなと我は申したはずだぞ、エル!」

 舞踏ホールの入り口で、まさに鬼の形相で仁王立ちのリスが……え?リスぅ~!
 
 栗毛色のふかふかの毛並みのリスの着ぐるみ姿のビビリア様が、乗ってきたであろう箒を右手に、エル殿下を睨みつけていた。

「せっかくの司書館長との着ぐるみ女子会が、台無しになったではないか!
 しかも、深夜だぞ!
 転送魔法陣を使ったとはいえ、ここまではリスの格好で箒にまたがるという、三流童話のような絵面で、恥ずかしかったぞ!」
「着替えも惜しんで来ていただけるとは。
 やはり、ビビリア嬢は頼もしい。
 お怒りはごもっとも、私が罰を甘んじて受けましょう。
 しかしながら、今回は時間も急ぎたいのと、ビビリア嬢の魔法判定次第では、事件解決が速やかに進むのを考慮した結果です。
 どうか、ご協力下さい。」
「まったく、たしかに魔法監査庁も御役所仕事で思うようには動いてくれまい。
 罰を受けなくてもよいが、我の望みを一つ叶えてもらうぞ。
 奇人変人共との面会は月一と決まっているが、一人は来月まで保たん。
 もう一度だけ、面会をさせてくれ。
 彼らも、一応は人権がある。
 最期の言葉を聞いておきたい。」
「わかりました。
 国王に許可申請しましょう。
 私も同席の条件は外せませんが、許してもらえると思いますよ。」

 ん?

 二人のやり取りで、ポカンとくちを開けている僕にエル殿下が優しく説明してくれた。

「私達が仲良くしている奇人変人達とは、牢獄にいる死刑囚などの重罪の囚人なのですよ。
 私達は一般の人間では知り得ない情報を、彼らから得ているのです。
 しかし、死刑囚などは時期が来れば、その話も聞けなくなるのです。」
「し、死刑囚って、まさか人殺しとか…。」

 僕は想像して、背筋に寒気を感じた。

「ええ、そういう方もいらっしゃいます。
 けれど、彼等もまた、生ける人間であり、人権は消えないのです。
 彼等がそうなったのには、理由があったと私は考えます。
 誰も触れようとしない、その真理に触れ、人間という生き物への理解を深める事は探究心の真髄なのです。
 とはいえ、この事は極秘の上、許可された者しか許されません。
 何故なら、囚人の中には相手の思考をコントロールする者もいるのです。
 下手に接触して感化されても問題ですからね。」
「犯罪者に対しても、フェミニストという事なんでしょうか?」
「おや、上手いことを言いますね。
 でも、そんな感じで受け取っておいて下さい。
 私達が彼等を奇人変人と呼ぶのは、罪人であってもやはり人間。
 少しだけ感覚がズレてると、慈愛の意味を込めてそう呼んでいるのです。」
「我は単なる好奇心で接しているだけだが。
 人間の愚かしさは、酒のつまみにうってつけなのでの。
 さて、本題に入ろうかのう。
 アレクから簡単な概要は聞いておる。
 魔法の使用判定との事だが。」
「そうでした、そうでした。
 先ずは、会場内に入りましょう。
 床にガラスケースが粉々になってるので、足元にお気をつけて下さい。
 ビビリア嬢。」

 エル殿下はリスのビビリアをエスコートしながら、会場内に足を踏み入れた。



「エル!
 あったぞ!あったぞ!
 お前のいう通り、『灯り消し』の魔法シールの切れ端が幾つか見つかったぞ。
 かなり小さくて店や商品の銘柄は、特定不可能だがな。」

 室内に入るとすぐに、規制線をまたいでアレクが駆け寄ってきた。

「ほう、魔法シールとな?
 そんなちっぽけな物は魔法判定は必要ないし、出所もわからんぞ。」
「いえいえ、そのシールの判定ではないのです。
 判定して欲しいのは粉々になったガラスケースです。
 瞬時にあの簡易の展示台から、この三メートル以上離れた場所に飛ばされたのです。
 ガラスケース自体は高価で厚いものではなく、安くて薄い物ですが、それでもここまで飛ぶ理由が知りたいのです。
 しかも警護に当たっていたアレクの頭上をかすめたほどの勢いとなると、何らかの力が働いたのは間違いないと思うのですよ。」
「……確かに魔法の可能性はありそうじゃ。
 どれ、では急ぐのであろう。
 皆、現場を広く開けよ。」

 アレクと数人の捜査官、そして僕たちは壁ぎわに下がって、ビビリア様の様子をじっと伺った。

 ビビリア様は首から下げた小瓶の液体を、数滴づつガラスケースにふりかけた。
 そして、なにやらブツブツと唱えながらその周りをゆっくりと反時計回りに廻り始めた。
 緊張感で張り詰めた空気の中、一瞬ガラスケースの破片はレインボーの光に包まれた。

「………。
 ……………。
 …無しじゃな。
 魔法痕どころか、魔法グッズの使用痕すら無いの。
 人意的工作と推察出来るが。」

 えええ?
 魔法じゃないの?
 
 驚きで目を丸くする僕をよそ目に、エル殿下は辺りをキョロキョロし始めた。

「そうですか。
 とすれば、可能性の一つは消えた事になります。
 アレク、現場検証はそろそろ終わりますか?
 私も幾つか確認したい事があるので、色々触りたいのですが。」
「そうだな、一通りの検証は済んでるから、大丈夫だろう。」
「あ、それとアレクに確認したい事が。
 展示台設置前の事です。
 ん、予告カードが貼られてから、展示台設置までの会場内の流れを簡潔に。」
「展示台設置前?
 しかも、カード発見からねぇ…。
 カード発見の後、舞踏ホールにすす払いの業者が入ってるな。
 すす払いの梯子の設置や機材の準備をして、実際の作業は翌日に。
 作業当日は半日で作業が終わり、昼食を挟んで、業者は機材の撤収を行っている。
 その後、拭き掃除や壁の修繕を使用人総出で行ったと聞いている。」
「業者の素性はもちろん裏取りされてるんですよね。」
「ああ、もちろん。
 庶民的な真っ当な業者だ。
 評判も悪くはない。」
「では、展示台が運び込まれたのはその後ですね。
 形状から察するに、二人以上で台座を運び入れ、首飾りを台座に納めた後で、上からガラスケースを被せる。
 私が見た時にガラスケースに取り出し口はありませんでした。
 おそらく、価格も安く、薄いガラスだったようなので、被せるタイプの物だったはずですが。」
「ああ、確かにそのタイプだった。
 けど、理由は他にもあって、ガラスが被せる形状だと、犯人が持ち上げるか、割って取り出すという手間をかける事になる。
 逆に、その二つじゃなければ魔法を使った可能性が濃厚になると考えたんだ。」

 確かに!
 でも、実際はガラスケースは持ち上げるどころか、飛ばされていた訳だ。
 アレクや捜査官の想像を超えた状態だから、ビビリア様のような魔女による判定が必要だったのか。
 でも、魔法じゃないとすると犯人はどうやって、ガラスケースを飛ばしたんだろう。

「では、次に台座を搬入した時の状況を説明して貰えますか?
 誰と誰がいて、誰が台座を設置し、位置の指定は誰が、首飾りに触れた人、ガラスケースに触れた人について。」
「まず、ここでの展示の提案がサジェット伯爵からあって、捜査庁も了承し、本庁倉庫にあった台座とガラスケースを選んで、俺ともう一人の捜査官が荷馬車から下ろしてここまで運んだ。
 だから、台座に触れたのは俺とその捜査官一人だけ。
 サジェット伯爵は首飾りを持ちながら、手前で待っていた。
 サジェット伯爵に位置を確認してもらいながら台座を設置し、入れ替わりで彼が首飾りを飾った。
 俺と捜査官は首飾りに一切触れてない。
 んで、ガラスケースも俺と捜査官が運んで被せた。
 サジェット伯爵は一切、ガラスケースに触れていない。」
「つまり、ケースと台座に触れたのはアレクと捜査官の二人。
 首飾りに触れたのはサジェット伯爵一人だったんですね。」
「そうだな。
 間違いない。
 展示台の警護に当たったのは、前日からで俺を含めて四人の捜査官でローテーションを組んで行った。
 その間はお前らみたいに食い入るように見に来た奴等がいたが、ガラスケースに触れるやつはいなかった。
 結果から言うと、捜査官以外でガラスケースに触れた奴はいないんだよ。
 それが、吹っ飛んだんだ、魔法を疑うのは当然だろう。
 ……けど、魔法は使われていない。
 参ったな。」

 アレクは腕組みしながら項垂れた。
 確かにホール中央の展示台と割れたガラスケース付近には、それ以外のものは見当たらない。
 蓄音機や軽食や食器、飲み物の乗った立食用のテーブルは、かなり離れた距離に位置していて、陰に隠れたとしても暗闇の中で現場からの行き来に時間も手間も掛かりそうだ。
 けど、魔法じゃないのは判定結果で決定事項だ。
 
「さて、テーブルの食事や残飯、食器はそのままですか?」

 エル殿下は壁際のテーブルにつかつかと歩み寄り、乗っていた未使用の皿を一枚手にして振り返った。

「ああ、けど食材や残飯、飲み物は全部捜査庁の検査班にサンプルを送っている。
 未明には結果が出るはずだ。
 集団催眠薬も可能性の一つだからな。」
「食材だけですか?
 ……でしたら至急、食器も調べて貰えますか?」
「食器は数枚なら回収したが、食器に何か塗られてたら一緒に検査結果が出るぞ。」
「いえ、それだけでは足りません。
 食器そのものも調べて頂けますか?」
「はあ?
 食器そのものって。」
「思い込みは厳禁ですよ。
 不要と思っているものの中に、真実が隠れている事もしばしばあります。
 とにかくお願いします。」

 僕もエル殿下に釣られる形で、皿の一つを手に取ってみた。
 
 なんの変哲もない、可愛らしい皿のようだけど。
 金色の縁にまさか変な薬でも?
 
 はっとして、僕は慌てて皿を置いた。

「おい、本庁に食器類の材質も検査に回せと通達をしてくれ!
 大至急だ!」
「は、はっ。
 了解致しました。」

 現場の片付けをし始めていた捜査官がアレクの指示で慌ててホールを出て行った。

 エル殿下はアレクに食器の指示を出してから、パタリと口を開かなくなった。
 その代わり、室内をグルグル何度も見回り、立ち止まったかと思うと、こめかみに人差し指をあてて考え込んでいるようだった。

「あの……。」
「こら!
 無粋なやつめ。
 まだ、エルに話しかけてはならぬ。
 今奴の脳内の細胞はフルスピードで活動しておる。
 余計な情報で、その作業を阻害するでない。」

 エル殿下に声を掛けようたしたが、ビビリア様に止められた。
 仕方なく、ボーッとしてるのもなんなのでアレク様に捜査の進展具合を尋ねてみた。

「アレク様の捜査で容疑者は上がってるのですか?」
「容疑者か…やはり首飾りの価値がわかっていて、欲しがっているやつの中にいると思うんだが。」
「首飾りの価値かぁ。
 高額で有名作家さんの作品ですものね。
 咽喉から手が出てしまった奴がいたという感じでしょうか。」
「だな、あえて騒ぎを大きくする目的で、
事前に予告カードを貼ったのは間違いないだろうし。」
「人混みに紛れての犯行という事ですね。
 なら、やっぱり婚約発表パーティー参加者の中に犯人が居るはずなのですが、持ってる者はいなかったんですよね。
 僕もさっき所持品と服装を丹念に調べられましたが。」
「その通り。
 立食ってのもあるから、個々の所持品も最低限の物だったし。
 今、個々の部屋にも捜査員が調べに行って、半分調べ終わって何も出てきていない。
 朝までには終わるだろうが、恐らく何も出て来ないだろうな。
 あーくそ!
 ビビリアの魔法で、チョチョイのちょいって、事件解決しないかねぇ。」

 アレク様はイライラして、奥歯を噛み締め、腕組みした右手の人差し指を上下させた。

「無茶振りもいいとこだのう。
 これだから、凡人は困る。
 魔法=何でも出来て不可能は無い、なんて幻想はドブに捨てて来い!
 魔法と言えども、物事のことわりの範疇なのだ。
 理由と効果など付随の条件はいくつも必要なのだ。
 ただ、魔法ではなくこれが、人為的なものならば……。」

 ビビリア様が、目を細めて砕けたガラスケースにゆっくりと視線を落とした。

「何です?
 ビビリア様、もったいぶらずに教えて下さいよ。」
 
 僕はモヤモヤして思わずビビリア様を、急かしてしまった。
 ビビリア様は、着ぐるみの尻尾を僕の顔に押し付けた。

「ぶほっ。」
「あー、別に何も分かっておらぬわ。
 ただ、何となくだが、決死の覚悟みたいな意気込みを感じる。
 あくまでも、何となくだ。」 

 ケホッ。
 ん、僕にも何となくそんな感じがする。
 挑戦的なのに、愉快犯的な恐怖は何故だか感じなかった。

 僕はエル殿下を視線で追いながら、無事に事件解決してくれる事を願って、思わず胸の前で手を組んだ。

「トモエ!
 スマホを持ってここへ!」
「は、はい!」

 エル殿下の呼びかけに応えて、二つのテーブルの間を縫って壁際のエル殿下の元に駆け寄った。

「スマホの写真を開いて、真っ黒な写真をこの高さに掲げて下さい。」
「真っ黒?
 あ!これあの時、夜間モードに切り替えずにシャッター押しちゃったやつ。
 あ…れ…?」

 僕の胸くらいを指示してきたエル殿下の言う通りに、写真画面を掲げて、違和感を感じた。

 黒い画面にポツポツと数点、薄い黄色の光が写っていた。
 規則的に二列に並んでいるかのように感じる。

「道標、発見と言ったところでしょうか。
 暗闇の中、犯人が確実に移動できた事の証明です。」
「こ、これ、犯人がやったんですか?」
「間違いありませんね。
 犯人以外は『灯り消し』の魔法シールの存在は知らず、室内が暗闇に包まれる事は想定していないはずです。」
「でも、これは、何です?」

 僕の問いには答えず、エル殿下は壁際の重厚な赤いカーテンを広げて、頭まで被ってしまった。

 答えたくない、の無言の抵抗に感じて、僕は天井を仰いだ。
 ついでに、キラキラ輝くシャンデリアを写真に収めた。
 蝋燭の火は消えていたものの掃除したてだからか、年代ものらしからぬ豪華さで、記念写真の一つにしたかった。
 僕のいた世界で、この規模のシャンデリアを肉眼で見られるのは一握りの人間だけだからね。
 あ、でもこの蝋燭の火ってどうやって着けてるんだろう?
 長い棒かな?この邸宅には魔法使いは住んでないし。
 

「さて、私もそろそろ睡魔に襲われて来ましたよ。
 部屋で仮眠でも取りましょうか。」
「え?でも捜査は?」

 赤いカーテンに巻き付かれながら、突如捜査打ち切りを切り出してきた。

「ああ、もういいです。
 大体は。
 現場の規制線も、もう外してもらって結構です。
 ふぁあ。
 後は全て朝に、解決せて貰います。
 どうせ、朝一で証拠品の検査結果も出るでしょう。
 おおおおお!
 目が回る!」
「カーテンに巻きついて遊んでるからですよ!
 ねじれちゃってるじゃないですか!」

 僕はなんとか、カーテンと戯れるエル殿下を引き摺り出した。
 そして、アレク様とビビリア様の元へ行き捜査終了を告げた。

「マジで分かったんだろうな。
 お前の事だから、勿体ぶって検証報告出てから発表なんだろうが。」
「ええ、ですが情報を整理する時間と休息が必要です。
 こう見えて、私も人間ですからね。」
「ま、確かにもう調べ尽くした感はあるし……ここは個人邸宅内だ。
 よし、早急に撤収作業に取り掛かるか。」

 エル殿下の報告を受けてアレク様は他の捜査員に指示をした。

「おい!あらかた証拠品の押収及び現場検証は終了した。
 撤収指示を出す!
 後は情報精査に取り組むように!」
 
 そうして、捜査員が撤収作業をする舞踏会ホールを後にして、僕らはエル殿下の個室で朝まで、数時間の休息を取る事にした。

 エル殿下は本当に全てわかったのだろうか?
 犯人も、首飾りの所在も、予告カードの貼った方法や首飾りを盗んだ方法も……そして犯人の目的と動機も……。

 
 


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