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僕が逃げ出した先は、異世界?
しおりを挟む「嘘だ、何かの間違いだ。」
目の前の掲示板に貼られた辞令。
そして、社内メールで送られてきた内容を僕は理解できなかった。
いや、理解なんてしたくなかった。
『辞令 本日付けで、営業ニ課 巴 優樹(ともえ ゆうき)を新副社長 桂木 聖(かつらぎ ひじり)の専属秘書として移動を命ずる。』
昨年四月にやっとの思いで就職した商社は、地獄だった。
僕は巴 優樹、二十四歳。
黒縁丸メガネ黒髪のストレートボブで色白。
小柄で痩せ方の典型的な陰キャの僕がそもそも営業ってだけでも辛いのに、そこには社長の息子もいて、何かと僕に絡んできていた。
プライドが高くて、長身でルックスもスタイル上々なイケメン。
多分初めの言葉が、彼には気に入らなかったみたいだ。
新入社員歓迎会の席で、僕は彼に話しかけられた。
「巴って、優樹?巴 優樹!
俺の事覚えてるだろ!」
「え、あの。
す、すいません。
何処でお会いしたか…。」
「‼︎」
おそらく、瞬時にして彼の高すぎるプライドを知らずに、無謀にも棒切れで叩いてしまったのだろう。
その後、桂木 聖の顔はみるみるうちに、赤鬼の形相に変わったのだ。
それから、何かにつけて僕を目の敵として扱い、イジメられる日々。
どうせ部署移動するまでの間と、我慢して今日まできたと言うのに。
だいたい、秘書課はどうした!
秘書課に美人秘書のニ人や三人はいるだろう!
何故、営業課の僕を指名なんだよ!
会社を辞めようにも、一人暮らしで頼る親もいないし、頼る知り合いすらいない僕にはその選択肢は無い。
絶望…考えたくない言葉が、頭の中をグルグルと巡った。
時計だけが勝手に始業時間へと進んでいった。
使命感だけで、ほぼ感情と意識の無い中、副社長室のドアをノックした。
始業時間5分前。
コンコン。ガチャ。
「遅いぞ!最低三十分前には待機しろ!」
ドアを開けるなり、怒号が聞こえ、身がすくんだ。
高層ビルの三十階にある、副社長専用のオフィス。
そこで奴は机の上で高級チェアに座りつつ手を顎の下で組んで、僕を睨みつけていた。
「す、すいません。
急な配属で、その、心の準備が。」
「言い訳するな!
俺が直接、お前の根性を叩き直してやる!
俺の命令は絶対だ!いいな!」
何だよ、この絶対君主制は。
ここは近代国家の日本だぞ。
パーマでクリクリの頭を掻き上げて、上から目線で、僕を見下して威嚇してくる桂木 聖は無駄にイケメンだけに、残念だ。
性格が最悪すぎる。
「は、はい。
以後、気をつけます。
あの、ですが僕は秘書の仕事をした事が無いので、何をどうしたら良いか…。」
今にも震えて死にそうな兎の如く、か細い声で問いかけた。
「はぁ?まったく使えねーな!
まずは茶だろ!もしくはコーヒー!
秘書の基本の基本だ!
上司を敬え!
一階のロビーの自販機でプレミアムコーヒーを買ってこい!
エレベーターは使うな!階段で行け!」
「階段で?
だって、ここ、三十階ですよ。」
「つべこべ言うな!
命令は絶対だ!今すぐ行け!」
「は、はいぃ!」
僕は副社長室を半泣きで飛び出した。
この先の不安や恐怖で心がぐちゃぐちゃのまま、階段を駆け降りた。
僕は桂木 聖に昔に会っている様だが、全く覚えていない。
だって今、奴は二十九歳。
五歳も離れてるんだぞ。
大人同士なら、五歳くらいだが、子供の五歳差なんて離れすぎだ。
向こうが覚えてても、僕が覚えてる確率が低くて当たり前だろうが!
親の記憶だって曖昧なのに。
情けなくて、悔しくて、袖口で拭いても拭いても涙が止まらなかった。
いつもそうだ。
僕はただひっそりと生きていたいだけなのに、それを良しとしない人間達に何度押しつぶされそうになった事か。
嫌だ嫌だ……。
この世界は僕の存在を否定し続けている。
好きでこんな風に生まれたわけじゃ無いのに!
頭の中では狂気じみた言葉を叫びながらも、身体は勝手に副社長の言いなりに動いて、一階の自販機からプレミアムコーヒーを手に取っていた。
心も身体も疲れ切った状態で再び、駆け降りた階段へと向かった。
きっと、今度はコーヒーが冷めてるとか言って怒るつもりだろう。
判り切ってるのに、どうにも出来ない自分が嫌でたまらない。
断頭台に登るような気持ちで、階段を一段一段と登って行く。
途中、嗚咽しながらコーヒーだけは溢さない様にしていた。
上の階に登るにつれて、どんどんと気分が悪く、吐き気が止まらない。
頭もぐらぐらして、平衡感覚が定まらない。
ストレスって、こんなにも身体を蝕むものなのだなぁ。
他人事の様に頭の中で呟いた。
「……え!巴!」
「……。」
虚な僕の目に映ったのは、最悪の人物。
まだ登り切っていない僕を見かねて追いかけてきた様だ。
もう、僕の精神は崩壊していた。
身体が拒否反応を起こし、ガタガタと震え出した。
「おい!大丈夫か?
お前顔が、真っ白だぞ!
って、おい!」
階段の上から手を差し伸べる、副社長の手を反射的に払い退ける。
パシャ!
コーヒーが空中に舞い落下した。
スローモーションで僕は、溢れたコーヒーに足を取られた。
「あ……。」
ボクの身体が一瞬、宙に浮かんだ。
そして登っていた階段から転げ落ちた。
ズダダダダ!
「巴!ともーえー!」
薄れて行く意識の中、僕は痛みも苦しみも感じなかった。
まるで、あのまま空中で雲に乗って浮かんでいるかの様に心地良い温もりが身体を包んでいた。
遠くで副社長が僕を叫んでる声が耳をかすめていた。
あれ?
巴って、僕の苗字を呼び捨てにする人間って、今までいたっけ?
てか、今まで副社長……桂木 聖は僕の事を名前呼ばなかったよな。
おいとか、お前とか。
他の人達には、巴さんとか巴君とか、優樹君とかは言われ慣れてるけど……でも、遠い昔にもそう呼ばれた気がする……巴って、僕を呼ぶ温かい声……。
あれ?やっぱり僕は彼と昔に、会っているんだ、きっと。
「ビビリア嬢、このラベンダーティーは香りが良いが、その、せっかくのこの謎解きを思考するのを、いささか阻害されている気がするんですが。」
「エルは興奮し過ぎだから、ちょうどいい筈だ。
眠る若い男子に鼻息荒く、近寄る中年など、いつ逮捕されても文句は言えないぞ。」
「ビビリア嬢は手厳しいなあー。
そこが、また通好みなのですが。
それに自分では、まだ中年には程遠いと思っているのですよ。これでも。」
何やら急に耳元で、変な会話が聞こえてきた。
身体が重くて、まだ動けないし、瞼も重い。
「しかし、珍しい衣服もそうだが、特にこの四角いガラスケースに興味をそそられます。
この光沢といい、触ると絵が浮き出たりと、私の好奇心のツボを刺激して来るのですよ!」
「すぐに新しい物に飛びつく性格は治した方が良いぞ。
呪われた秘宝かも知らぬぞ。」
「呪い!なんたる魅惑的言葉!
さぞや、難解な呪いがかけられてるのか?
くぅ~!高まりますよ!これは!」
あれ、この興奮した声…まさか、副社長?
でも、何か語尾が柔らかいというか、声は似てるけど話し方がかけ離れすぎているような……。
優しくて上品な物腰を連想させる様な口調。
ああ、副社長もこれだったら少しは…。
「おやおや、瞼が動きましたよ。
目覚めの時ですよー!
ワクワクしますね。」
「厄介ごとにならなければよいがな。
ま、エルは厄介ごとの方がお好みだろうが。」
どうやらこの偉そうな声は、女の子の様だ。
しかも若い…え?
若い女の子がこっちを見てる?
「うわあぁ!」
急に恥ずかしくなって、真っ赤になりながら目を覚ました。
目の前に飛び込んで来たのは、見たこともない豪華な装飾された家具や調度品。
そして、自分が寝ていたふかふかのキングサイズのベッド。
そして、僕の姿を覗き込む様に見つめる二人の姿。
「ひえっ!す、すいません副社長!
あの、その、僕は……。」
二人のうち一人の顔は、副社長だった。
けど、髪の色が金髪で歴史の教科書で見たヨーロッパ貴族の服装のコスプレをしていた。
え?コスプレ?何で?
よく見ると瞳も青いカラコンを入れてる様に見える。
「エル、この者はふく、しゃちょうと申したぞ。
はて、ふくは服か?
しゃ、しゃー、ちょうは長という意味と推察出来るが。ふむふむ。」
「しゃちょうではありませんか?
確か、外国の貿易商の船内で一番上の商人をそう呼んでいました。
貿易カムパニーの長で社長。
副とはサブの意味では?
上からニ番目の役職。」
「あははは!確かにニ番か?
エルは曲がりなりにも大公爵殿下だ!
当たらずとも遠からずだな!」
え、副社長じゃない?
エル?
確かにここは会社じゃないが……。
「おい、お主。
大丈夫か?
ここはマルニシア王国の国王の兄上、エルトリアル大公爵殿下の館である。
何故、この館の中庭のかすみ草の上で倒れていたのか?
お主は何者ぞ?」
ツインテールのピンク色の髪で、鋭い吊り目のゴスロリ衣装の少女が、僕の顔にグッと近づいて来た。
「は?え?何?
国王とか公爵って?
コスプレのテーマ?」
僕の頭は処理不能の状況下で混乱を極めていた。
「コスプレ……中々アンニュイな響きです。
よくわからないが、興味をそそる言葉ですね。
その身なりや言葉から察するに、君は異国の住人ですかね。
この場の状況も理解しようにも、脳が拒否反応してる様だ。」
「えっと、本当に桂木副社長、いや桂木 聖ではないのですね?」
「かつら……それは名前か?
私に似た人物という訳なのですね。
世の中のは自分とそっくりな人物が異次元に存在すると聞いた事がありますね。
異国どころか、異次元ならとても興味深いです。
この世の不思議は脳裏を刺激します。
あ……、ついつい陶酔してしまいましたた。
私はエルトリアルが名前で、大公爵の爵位を持っているんです。
けど、大なんてつけるほどでもないと自負しているので公爵で結構です。
彼女は私付きの、魔女ビビリア嬢。
とても知能が高く、私の話し相手をしてくれてます。
哀しいかな、我が館では彼女以外の者は私とは、あまりまともに、目を合わせてもくれないのです。」
「それはエルトリアル大公爵殿下が、類い稀なド変人だと知れ渡っているからだろう。
皆、エルなどに深入りしたくないのだ。」
「グサっと来るその返し。
しかしながら、事実なので受け入れましょう。
私はそんなビビリア嬢も、受け入れる懐の深い人間なのです。
一応、フェミニスト(男女同権論者)を名のっているのでね。」
「フェミ……。」
ドSで強権的な桂木 聖の顔でフェミニストって言われても、不思議な感じだ。
でも確かに謙虚さを持っていて、優しい雰囲気だ。
魔女ってどういうことなんだ?
本当に、ここは日本じゃないというか、別な世界なのか?
「あ、そうだ、名乗らなきゃいけませんよね。
その、巴 優樹といいます。
混乱していて状況が掴めてないのですが、僕は日本という島国の人間で、階段から転げ落ちたところまで記憶しているのですが……。」
「トモエ。
なんともいい音色です。
ユウキもそこはかとなく、安らぎの音を感じます。
君の人格が読み取れる、素晴らしい名ですね。
階段から転落した後の記憶は無く、いつのまにか、私の館の庭に倒れていた訳ですか。
なかなか面白い話です。
今は混乱していて仕方ないだろうが、いずれじっくりと、その件は時間をかけて深掘りして行きましょう。」
「我はトモエが良いぞ。
ユウキより芯の強さを感じる。
センスが良い。
エル、この者を雇い入れてはどうだ?」
「お、なるほど。そうでした。
記憶の混乱状態で申し訳ないですが、何もしない者をずっと世話するとなると、いかがわしい想像を膨らませる者も出て来るのですから。
何せ私の爵位だけはご立派なので。
まあ、形だけでも仕事を与えたいのですが、君は今までどんな仕事を?」
「あ、営業……は無理か、秘書なら。
なりたてですが何とか、元の世界に戻っても役に立つので。」
「ひ、しょ?
えーと、うーむ。
確か、主人の管理をする執事と似た仕事と聞いた事が。
よし、秘書という仕事は、ここでは役職がないので私付きの執事としましょう。
誰も私の執事を名乗り出る者はいないのでちょうどいい。
しばらく落ち着くまでの間、執事としてここに住まうとよいでしょう。
私も君に異国?異世界?異郷?の話しを是非聞かせて頂きたいと思うのだが、いかがですかな?
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「こちらこそ、宜しくお願いします!
不器用なので、ドジをするかも知れませんが、精一杯お仕えさせて頂きます。」
「トモエ、その言葉忘れるでないぞ。
そのうちすぐに、後悔するし!
グヒヒ。」
ビビリアが下品な笑いで釘を刺して来た。
「いゃ~、ありがとう!ありがとう!
このところ、私は退屈で今にも死にそうだったのですよ。
新たなる知識に飢えていてね。
早速で悪いのだが、このガラスケース!
気になって気になって!
この艶やかな光沢!触れるだけで絵が出るし、消えるし!しかし魔法ではあらず!
この謎に触れたくて触れたくて仕方ないんです。」
スマホという文明の利器に頬擦りして、大家公爵殿下は危うく、ヨダレを垂らしそうになっていた。
「えっと、それはスマホといいます。
電話……は無いかなここ。
えっと……。」
「……電気音信機器ですかな?」
「えっ?何で?」
僕はあまりの反応の良さにビックリした。
「貿易商の巨大船の上で、その様な機械の説明を受けまして。
こんなに軽い物ではなく、大きくいかつい物だったが、船での商いには必要と聞かされました。
しかし、これは、それよりもこのフォルムといい、光沢といい実に美しい!」
「まったく、恋人を愛でてる様なその目が、使用人からしたらキモいの一言なのだぞ。
エル。」
呆れるビビリアの言葉は耳に入っていない様で、スマホを横から後ろからと舐める様に凝視していた。
「あの、それ音信機器としてだけじゃなくて写真……あ、ちょっとだけ僕にスマホを。」
僕は殿下からスマホを預かると、認証キーを解除して、ニ人の動画と写真を二、三枚撮って見せた。
ピッピッ。
「これが写真です。
お二人の姿を切り取る形で、写し撮ります。
こっちが、動画で動いたそのままを切り取る感じの……。」
「うおお!魂が乗り移ったのか?
声までするなんて。
なんたる怪奇現象!なんたる先進的技術!
こんな薄くて小さな物に、どうやって!
解体したいが、これしかないのでは、その後使えなくなってしまうし。
こんな物の当たり前の世界にいたなんて、トモエはズルいですねーもうっ!」
身悶えしながら、喜び舞う姿はまさに子供だ。
桂木 聖と同じ歳なら二十九歳なのだが。
けど、生まれてこの方、他人に喜んでもらえる事がほぼない僕にとっては、嬉しすぎてこっちこそ踊り出したいくらいだった。
「あ、でもそれ永遠には使えなくって。
その、電気というエネルギー源を補充しないと、まったく動かなくなるんですよ。
電池パックという物にその、電気エネルギーを詰めるというか……。」
「電気?
稀に奇人変人達が、電気という物について熱く語っていたが、エルは知ってるか?」
「電気というよりも、エネルギーの方を考えてみたのですが。
補充というからにはそのエネルギーは溜め込めるという事です。
ビビリア嬢の知り合いの奇人変人達は、流れる電気の話しをしていたはずなので、少し違う捉え方でしょうか。
ビビリア嬢、何もないところからエネルギーを創り出すのは、魔法でも難しいでしょうが、太陽光の熱をエネルギー化してこの機器にエネルギーを補充というのは可能ですかな?
まず少なめに試して徐々に増やしてみるとか?」
「んん?
出来ぬ事ではないが、スマホというのが壊れると困るし、加減が難しいぞ。」
「それはそれ、ほら上級指定魔女たるビビリア嬢の腕の見せ所ですよ。さぁさあ!」
「急かすな!わざとだろ!貴様!
我が魔法をあまり使いたくないのを知ってるくせに!
これをチャンスとばかりに、いじり倒すな!」
だ、大丈夫かなぁ。
でも、電話やメール、通信機能は使えないから、壊れても仕方ないか。
電池が切れたら何も出来ないし。
僕はビビリアの前に、そっとスマホを差し出した。
「このマークの緑色が増えれば、エネルギーが充電されてる証拠になります。
で、裏側のここらへんに電池パックが。」
「……待っておれ。
目に物見せてくれるわ!」
ビビリアは左手を窓から差し込む太陽光に当て、右手をスマホの電池パック辺りに当てた。
「うぬぬ!暑いっ!くそっ!
身体の中にまで熱エネルギーが溢れてくる!」
汗だくになりながら、ビビリアは小刻みに手を揺らし、熱エネルギー量の微調整をしながら充電に挑戦していた。
今までコンセントに気楽に刺して、簡単に補充していた事に、少し感謝した。
「あははは!緑色が動きましたぞ!
さすが我が直属の魔女!
素晴らしい!
これで、半永久的にスマホとやらが使える事になりましたよ!
超一流魔女ビビリア最高ですぅ!」
大公爵殿下と呼ばれる人の、喜び方ではないよな。
けど、おかげでみるみるうちに充電が進んで行った。
「暑いわー!たわけ!
こっちのエネルギーが消費されたわ!」
ドサッ。
半ギレでビビリアは高級なソファに身を放り出した。
「もう!もう大丈夫です!
これでしばらくは。
凄いです、ここで充電が出来るなんて。
写真や動画をいっぱい撮って、戻った時宝にします。」
僕はスマホを両手で抱えて握りしめた。
「どうです、口はともかく私の魔女は超一流です。
トモエのお役に立てたかと。
その代わりと言ってはなんですが、執事としてこれだけは以後守っていただきたい。」
「と、言いますと?
えっと、大公爵で、殿下。」
「あー、ノンノン!
公爵様、もしくは殿下……エル殿下で良いか。
そう呼ぶが良いですね。
周りの使用人の手前もあるし。
守ってもらいたいというのは、私の好奇心に必ず付き合う事ですよ。
これが私の執事として最も必要とされる仕事なのだよ。」
「好奇心……ですか?」
「そう、好奇心つまり、新たなる物事への知識欲と思考欲を満たすとは、快楽の最上級であると私は信じているのですよ。
思考以外の肉体的、感情的快楽などすぐに飽きてしまう。
つまらないし、退屈極まりないのです。
制限も余計で幼稚だと思いませんか?
しかしながら、頭の中は広大だ!自由だ!制限もない!まるで夜空の様だ!青空の様だ!神の世界だ!……と、興奮している場合ではないか。」
「そ、……そうですか。」
さすがにちょっとだけ、引き気味になってしまった。
だがしかし、確かに変わった人だけど、決して悪い人には見えなかった。
比べる対象がなにせ、あの桂木 聖だ。
この人は顔は似てるが、性格の良さには雲泥の差がある。
趣味趣向はともかく、他人を傷付けたりしないし、相手を気遣う心も持ってる。
どうせ使えるなら、あいつの秘書よりエルトリアル公爵様いや、エル殿下の執事の方が絶対にいいに決まってる!
このまま、ここに居てもいいかもしれない。
僕は半ば永久就職する勢いで、エル殿下に仕えることを心に決めた。
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