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第五章
国王の帰還②
しおりを挟む「はい、お待ち。
特製のグラタンスープ、ヤギのチーズ添え。
暖かいうちに召し上がれ!」
キッチンから出てきたザゼッタの両手には、チーズのとろけたパン入りグラタンスープが乗せられていた。
香ばしい香りに、優しくほのかに野菜のブイヨンの赤い色が食欲をそそる逸品。
ここのところヤギ肉がメインだったので、これは胃にも嬉しい。
「いただきますだべ!
ナナシも食え!食え!
ナナシは痩せすぎだべ!」
「いただきます。
ふう、ふぅ。
食が細いだけですよ。
そらに、それ程食に興味がある方ではないのですから。
腹が膨れればよかったもので。」
「熱っ!うめぇべ!最高!」
身体に染み渡る優しいスープを堪能しているとザゼッタがその様子をカウンターから覗き込んだ。
「おや、昨今の若いものにしてはちゃんと手を合わせてから食べるなんて、礼儀がなってるね。
感心したよ。
気に入ったわ。
アルバ国には旅の途中か何か?」
「あ、いえ目的はアルバ国城下街です。」
「ええ?珍しい客だね。
何にもないよ。
あるのは古の闘技場とかしか。
それに今は、役人が税金の取り立てやら、犯罪者の検挙だとかでウロウロ。
あまり雰囲気良くないよ。
下手したら、この小さな町より活気は無いかもね。
魔王政治の時は、魔王ってだけで恐怖イメージあったのかもって、今更ながらに思うのよ。
勇者に期待かけて国王にしてみたものの、結局国民の生活はそれ程良くなってない。
ただ、改めて魔王に感謝してる事はあるんだよ。」
「ぶぶぶほっ!ゲホゲホッ!」
「ナナシ!水!水!
大丈夫だか?
スープで咳き込むなんて、喉奥狭すぎだべな。」
いきなりの不意打ちにガード出来るかってーの!
鼻からスープ出るかと思ったよ!
しかし、どういう意味だ?
「魔王に、感謝ってどういう…。」
「魔王は確かに魔物で国を制圧したけどさー、街を見てみればわかるよ。
ほぼ建物や設備は崩壊させず、古の頃からの物を再利用してくれてただろ。
だから国を立て直すって時もそれ程民衆は苦労しなかったのさ。
魔物が全てを破壊するってイメージだけで決めつけてただけだった。
あの時代は魔物と暮らすのが怖かった人間の狂気もあったという訳さ。
冷静に見れば魔王はそれ程悪くなかったのかもしれない。」
「それは…。」
それは違う。
単に効率が悪いと判断したまでの事だ。
破壊する時間と手間を考えたら、次の土地を制圧出来ると。
…そんな風に言わないでくれ。
逆に胸が苦しくなる…。
「ま、人間ってのはきっと、どんな王様でも文句を言うモンだよ。
この国は元々が貧しい国だからね。
誰がなろうと同じ事なんだろうけど…ここのところ、急に、ね。」
ザゼッタの表情が少し曇った。
そして、私の隣りのアルもスプーンを持つ手を止めた。
「ここのところ両隣の国が、徐々に利益を得始めた訳だよ。
挟まれた国のプライドがあったのかねー、財政も無いのに城の改修工事だとか始めちまってね。
それで税金値上げとか、労働者も安い賃金で重労働とか。
『勇者様の城にふさわしく!』
とかお偉方が言い出したのよ。
全く、ふざけた話しさ。」
「…そうだったべか。
国民にそんな事させてたべか。」
アルの表情が見た事のない様な真剣なものに変化した。
知らなかったのだろう。
そりゃ、そうだ。
だいたい、城を着飾る奴が布切れ1枚でふらふら森を歩くか?
やはり周りの側近の暴走。
そして、仲間達と別れたアルは孤立していたのか。
確かにまだまだ各国再建途中で、どの国も裕福とは程遠い筈だが、デルア国はそれなりに学生の受け入れなどで利益は上がってきてるとは思う。
「…しかし、隣国への嫉妬心でそうも国方針が変わるとは思えませんね。
誰かの口添えとか、何かきっかけがあるとか。」
「!」
私の言葉にアルが顔を上げた。
心当たりがある様だ。
「あんた、頭も良さそうだね。
ウチが噂で聞いたのは、ある商人が城へやってきた頃からが怪しいって。
その商人は異国の品物を携えて、自慢話しを始めたらしいよ。
自分がやって来た国はこことは違って素晴らしいとか。
確か…その後、アドバイザーとして側近の誰かが、そいつを雇い入れたとか。
けど、そいつが食わせ物でね。
これも噂だが、あちこちで詐欺を働く悪党らしいんだよ。
でも、口八丁手八丁で尻尾を掴ませない。
この国はそいつのいいエサじゃないかってね。」
ほ~。
詐欺師ね。
おそらく、その噂はまんざらではないと思われる。
私も何人かの怪しい商人風の詐欺師を見た事がある。
魔物よりも卑しい目で物を売り付ける。
まあ、私は騙されはしないが、相手はアルの治める国。
確率が高すぎるだろう。
詐欺師にしてみれば、まるで確率変動に当たった気分になるだろうな。
「いゃ~、ザゼッタさんは物知りですね。
これから街へ向かうのに、充分配慮が必要ですね。
怪しまれたら、せっかくの歴史観光も出来やしないですからね。
ねっ、アル。」
「あ、ああうん。」
「なるほど、歴史観光かい。
じゃあ、城下街の中央広場から闘技場へ行くのが近道だよ。
あそこの闘技場は歴史だけは深いし、建物も頑丈だよ。」
上手く、その場の話しをごまかして場の雰囲気を変えた。
さて、この話しを聞いた事を少しだけ後悔した。
何せ部屋に入って、この件を無視してダンマリを決める訳にも行かないだろう。
だんだんと、蟻地獄に入りそうな予感がして来た。
くそッ!なんなんだこの巡り合わせは!
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