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第三章
国境の谷とセクシーキャッツ④
しおりを挟むアルと私は互いに顔を見合わせた後、松明を1本握りしめて穴を抜けて谷底に出た。
キラッ!キラキラ!
真っ暗な闇にいくつかの瞳が浮かび上がる。
「メ…ェメエェ。クッ!」
崖髭ヤギが血を流してヒクヒクと悶えて横たわる姿が、松明に照らし出される。
そしてそれを囲む様に数頭の崖髭ヤギが無言のまま、それを見つめていた。
「崖から転げ落ちた様ですね。
慣れているヤギもこの崖は暗くて険しいものらしいな。
自然とは切ないものだな。」
「んだな。
ああ、安心しろわかっとるべな。
今、楽にしてやるべ。」
「アル!まさか!仲間の目の前で!」
アルは私の言葉の終わらない間にヤギの首筋にナイフを立てた。
「皆んなが、やってくれって。
仲間が苦しくても楽にしてやれねー事が悔しいって、アイツら言ってるべ。
大丈夫だ。
ちゃんと食って、オラ達の血肉にしてやるべ。
オラ達の中で生きろ!」
ヤギ達は鳴きもせず、身動きせずにこちらを見据えていた。
だが、不思議と私の心に
(ありがとう。命を繋いでくれて。)
と、聞こえた気がした。
アルはテキパキと肉を捌き、谷底の川の水で血を洗い流した。
「今夜はご馳走様だべな。
て、まさかドン引きしただか?」
「え?何故です。
アルの行動は何ら問題ありませんよ。
この世界に生きる者の、正しい行動だと認識してますよ。」
「そ、そか。
なら良かったべ。
昔、野蛮だと女どもに非難された事があるで、ちょっとな。」
勇者もトラウマあるんだなぁ。
変なところだけ繊細じゃないか。
「アルも照れる事があるのですね。
肉をさっきの広間に持っていきましょう。
松明もあり暖かい。
そこら辺の枝を燃やせば、一晩は焚き火が出来そうです。
空は見えませんが、おそらくもう夜でしょうし。」
「だな。
今夜の寝床はあそこで決まりだべ。」
鼻の下を指で擦りながら笑うアルの笑顔が松明の灯りに照らされた。
一眠りしたら、川の向こう岸へどうにか渡り、そこから上に出る道筋を見つけよう。
松明もあるし、もし火が消えても私なら漆黒の闇でも夜目が効く。
元々、闇の住人なのだから。
数時間後、穴蔵の広間で焚き火をしながら、たらふくヤギの肉を食らった。
その間、珍しくアルが身の上話しをしてくれた。
山奥の岩場にある鍛冶屋の家で育ったアルは俗世間から離れた生活を送っていた。
こだわりの強い鍛冶屋で、洞窟内に作業場があり、頬そこで寝泊まりしていたらしい。
ところが、アルの父親が作る良質な剣が評判になり、半ば人さらいの様に国王に召し抱えられて行ったそうだ。
ほどなくして母親は心労から病死し、独りになったアルは、山では使えない金を眺めながら父の帰りを待った。
だが、魔王軍により国は制圧され、父親も殺害されてしまった。
金の使い方も知らないアルは、貧しい者に適当に金を配り始めた。
そして、そんな変な行動が噂となり、奇才と謳われる錬金術師デルアビドに声を掛けられたところから魔王軍との戦いが始まったと言う事だった。
謝りたい気持ちと言葉をグッと押し殺して、私は小枝を焚き火に焚べた。
一通りヤギ肉を食べ終わったアルは早速横になった。
私は残った肉を燻して、今後の保存食に加工したり、ヤギの皮を選別したり。
「……。」
「………~!」
ん?なんだ?
空気がさっきまでと違う。
誰かの気配がする、しかも複数人。
しまった、肉を燻している為に正確な気配を感じ取れない。
こちらの様子を伺ってるのか?
アルは爆睡中だが、曲がりなりにも勇者だった男だ、身に危険が及べば反射的にでも飛び起きるだろう。
やはり、この広間は何かの罠だったか?
松明の灯りと肉を燻した香りが、私の五感を鈍らせる。
なるべく相手に悟られない様に自然に振る舞い、ヤギの皮をなめして伸ばした。
「!!……~!」
「……?……!」
フッ。
松明の一本が急に消えた。
背中に緊張が走る。
フッ。フッ。フッ。
松明が次々と消え始める。
私はゆっくりと腰にある両手剣へと手を伸ばした。
フッ。フッ。
最後の松明も消えた。
そして、焚き火の上に何処からが水が噴射された。
ジュ!ジュワワワ!
水蒸気と煙が闇の中広がる。
「さっさと眠ればいいのにさ!
待ってられないよ!
全ての持ち物よこしなよ!」
「夜更かしはイケメンの肌に良くないって彼女から聞いてないのぉ?あははは!」
「ここに着いたのが、運の尽き。
せめて死に際に私ら女の夢でも見せてあげようってんだ!感謝しな!」
女のが複数人、一人、二人、三人、私達を囲んで正三角形のフォーメーションを組んでいる。
なるほど、旅人をここへ誘い込み、疲れてこの場で寝た頃に襲っていたのか。
女山賊というところか。
だが、残念だったな。
松明を消したのは失敗だったぞ。
今、漆黒の闇が私に味方をする。
元魔王たる私の中に残る魔力が増大した。
闇が我が血に、我が瞳に、我が筋力、我が肉体に魔力エネルギーを注入した。
「アル!起きろ!モテ期到来だ!」
「ん、ん?あべっ?
モテ期……!
どうしたナナシ!その目!」
「あ、その話しは後だ!」
闇での魔力の増加により紫色だった瞳は黄金に変わっていたのだ。
だが、その分良く見える!
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