手の届かない君に。

平塚冴子

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3学期

王子のバレンタインデー4

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今日一日の授業も終え、ホームルームも滞りなく終わり、職員室での仕事も少なく、僕は早々に帰り支度していた。

「武本先生、早いですね。
もうお帰りですか?」
ロバート先生が声をかけて来た。
「あっ、はい。する事もないので。」
「またまたぁ。
デートじゃないんですか?
最近の先生、ウキウキしてるようですし。」
げっ!ロバにまで勘付かれてたのか…僕は何で顔にすぐ出ちまうんだ~。

「デートはないですね。
僕はこの1年色々あり過ぎましたから。」
「…そうですか。
では、きっとこれからですね。
春はすぐ、そこまで来てますから。」
「はい。では、お疲れ様でした。」
「お疲れ様でした。」

珍しく夕日と共に帰宅した。
ずっと夜を過ぎてからの帰宅だったので、新鮮だった。
朝の雪も止んでしまった。
あんまり、食欲はなかったものの、田宮に怒られそうな気がして、コンビニでおにぎりを2つ買って帰った。

「わびしい食事だなぁ、相変わらず。」
自分で自分に突っ込みつつ、マンションでおにぎりを口に入れた。

やっぱり…おにぎりは手作りに限るな…。
君のおにぎりの味を思い出しながら、コンビニのおにぎりを頬張った。

そのまま、部屋を片付けたり、風呂に入ったりしてひと段落して、午後9半時を過ぎた頃。
ブルルルブルルル。
携帯の電話が鳴った。
久瀬からの電話が入った。
ソファに腰掛けながら電話に出た。

プッ。
「あ、武本っちゃん?」
「どうした久瀬…あ、僕を心配したのか?」
「ん~、それも無きにしもあらずなんだけど…。
『勉強会』の事、聞いたか?」
「ああ、週末にって。」
「そうだ。
ハッキリ言おう。
今なら辞められる。」
「久瀬…!?」
「田宮に頼まれて色々調べたんだ。
事件自体にそれ程、危険度は感じなかった。
ただ…。」
「ただ…?」
「武本っちゃん自体の問題だ。
田宮は見抜いてたんだ…。
問題の根源が記憶でも事件でもない…。
武本っちゃん…あんた自身の中にあるって。」
「問題の根源が…僕自体の…僕自身の中に?」
「マジで…危険だ。
だから、辞めたいなら今のうちに辞めろ。
けど…どうしてもやるなら、俺も全力であんたに力を貸す。」
久瀬の口調はいつもとは違って真剣そのものだった。

けれど、僕は揺るがなかった。
全然怖くなかった。
まるで、全てを受け入れる事の出来る君の様に。
「ありがとう。久瀬。
でも、大丈夫だ。
田宮も今の僕なら大丈夫と言ってくれた。
これほどの保証はないよ。
だから、改めて頼む。
力を貸してくれ…久瀬。
僕は自分の全てを取り戻したい。
例えそれが、吐き気のする程の汚い自分の記憶でも。」
「…わかった。
全力で武本っちゃんを助ける。
そして…田宮 真朝をあの世界から救い出す!」
「頼んだぞ。
信じてるからな久瀬!」
「俺も武本っちゃんなら、やれると信じてる!」
「週末土曜日に旧理科室て会おう。じゃあ。」
「ああ、時間が決まったら教えてくれ。
絶対に開けとくから。じゃあな。」

プッ。

携帯を切った途端に、また電話が鳴った。
ブルルル。
「うわぁっ。はい?武本です。」
電話は非通知だった。
「やだ先生、ちゃんと出てよ!
彼氏の電話借りてるから時間無いのに。」
「田宮 美月!?」
「いい時間無いからちゃんと聞いてよ?
バレンタインデーのプレゼント。
ドアポストに入れておいたから。
無くさないで受け取ってよ!
じゃあ、私は彼氏とデートだから。」
「はぁ?何言って…。」
プッ。

それだけ言うと、田宮 美月は一方的に電話を切った。
「なんだよ!嫌がらせの電話かよ!
リア充だからって、からかうなよ!」
そう、ブツブツ言いながら、ドアポストを覗いてみた。
中にはキーホルダーのついた鍵が入っていた。
そのキーホルダーのマスコットに僕は見覚えがあった。
「これ…。」

今にも泣きそうな、目の大きなパグ犬のマスコット。
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