手の届かない君に。

平塚冴子

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3学期

黒い世界その1

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僕は少し早めに旧理科室を出て職員室へと向かった。
昨日の事から考えて金井先生が旧理科室にやって来るのは予想される。
ヘタに揉め事は起こしたくない。

案の定、金井先生も早めに出勤して来た。
廊下の向こうにいる金井先生に先に挨拶をした。
「おはようございます。金井先生。」
「おはようございます。」
金井先生は穏やかながらも僕を観察するような視線で挨拶して来た。
「武本先生も早いですね。」
「ええ、ちょっと。
入試も近いですし、その作業もありますので。」
「そうですか…。
僕は彼女に会いにいくので…。では。」
僕と金井先生は廊下をすれ違いに進んで行った。
金井先生…彼女との距離を縮めようとしてるんだな。
ヤキモチは意外にも妬く事はなかった。
彼女の時間はゆっくりだ…すぐにどうこうは、ならないと確信していたからかもしれない。

職員室に入ると、まだ数人出勤していなかった。
指紋認証の出勤形態を押して、自席に着いた。
手帳の中の田宮の写真をそっと見る。
…この時…彼女を既に好きになってたんだな。
自分を見つめる事をするようになってから、僕は素直にそう実感する事が出来た。
教師なんてのは僕にとっては飾りに過ぎない…。
僕はたった1人の僕で…その他大勢の中の1人ではない…今ならそう言い切れる。
やっと…地面に足が着いた…そんな気分だ。
彼女がそれを…僕に教えてくれた。

僕はほくそ笑みながら、朝の準備をし始めた。
「おっす!今朝も早ぇな。」
清水先生が職員室に入って来た。
「おはようございます。」
「来週は5教科実力テスト1日と再来週は入試だ。…お前は、試験官と採点担当だっけ。」
「清水先生は合否の決定委員もやるんでしたっけ。」
「一応な。
毎年、教頭が外してくれないんだよ。
こっちは忙しいっつてんのに。
あのハゲ親父!」
「信頼出来るからでしょう。
僕には一生回って来ない仕事のような気がします。」
「お前は優柔不断なだけだろ。
ま、合否なんざ点数以外は適当だよ!適当!」
「相変わらずですね。」
そうやって…真面目な癖にすぐごまかす。

「…田宮 美月が生徒会と風紀委員に圧をかけた形跡がある…。」
「えっ?」
清水先生は僕に視線を合わせず、仕事をするフリをして小さな声で話し出した。
「どちらにしろ、委員関係者は田宮 美月の息がかかってると思え。
それを踏まえて慎重に行動しろ。」
「わかりました。
1,2年でも委員関係者には気をつけます。」
僕はさりげなく応えた。
「そろそろ、朝のミーティング始めるぞ。」
「はい。」
清水先生の号令でミーティングを始める為に席を立った。


1年3組で朝のホームルーム後に葉月が、すれ違いざまに僕の白衣のポケットに何やらメモを入れてよこした。 

(誰にも見られない場所で見て下さい。
暗証コード:night moon 321)
そう、小さく書かれた文字の下に、何かのホームページだろうかURLが記載されていた。

僕はそれを手帳に挟んで教室を出た。
誰にも見られない場所と言えば旧理科準備室しか思いつかない…。
中休みじゃ時間がない。
昼休みか放課後に…ノートパソコンを持って行った方がいいかもしれないな。
歩きながら、僕は田宮からもらった飴をポケットから取り出して口に放り込んだ。
「甘っ!」
これから色々と解決しなきゃいけない…。
頭の回転をよくしとかないと。
僕は自分に気合いを入れた。

職員室に入ると、緊張が走った。
田宮 美月!
久しぶりに田宮 美月を見た。
3年の卒業式の打ち合わせか、何かのようだ。
3年の先生方と話し合っていた。
僕は意識してる事を悟られないように、平静を装って自席に着いた。
隣りにいた清水先生がスッと席を立った。
「ちょっくら魔女に挨拶してくる。」
「はあ?なんで…。」
「こっちも攻めの姿勢を示さないとな。」
ええ~!
清水先生はスタスタと田宮 美月の方に歩いて行った。
うわ~~マジに行ったよ。メンタル強ぇ~!

僕は出席簿の隙間から様子を伺った。
3年の先生方を含めて一緒になって、魔女と談笑してやがる。
…!!
魔女の視線が僕を捕らえた!
笑ってる…でも…明るい笑いじゃない。
まるで地の底を這うドス黒い怪物が、薄ら笑いを浮かべてるようだ。
ゾクゾク!
寒気が全身を駆け抜けた。

田宮 美月…彼女を縛る鎖の1つ…。
いずれ彼女を救う為に最終的には、それを引剥がさなければならないだろう。

僕は慎重に下を向いて仕事をしてるフリを続けた。

「御機嫌よう。武本先生。」
げっ。魔女の方から話しかけて来やがった。
「お…おう。もうすぐ卒業式だな。
お前が答辞を読むのか?」
「ええ。前生徒会長が辞退したので代わりに。」
何が辞退だ!絶対に剥奪したんだろ!
「妹が随分とお世話になってるみたいですね。
くれぐれも、私の卒業式前まで問題を起こさないで下さいね。」
腕を組んで蔑んだ目で僕に言った。
「気をつけるよ。
そっちも浮かれすぎんなよ。」
「あははー。武本先生じゃあるまいし!」
相変わらず失礼極まりないな!

「でも…。あの娘は私の道具なの。
武本先生にはあげられないの。
ごめんなさいね。
では、さようなら。あははー。」

去り際に最低な言葉を魔女は吐いて行った。
お前の思うようにさせるもんか!
僕は机の上で拳を握りしめた。



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