手の届かない君に。

平塚冴子

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2学期

たった2匹の絶滅危惧種

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金曜日になり、いよいよ3人での呑み会の日が来てしまった。
僕は通常通りのオールバックに黒づくめのスーツで出勤した。
朝から憂鬱な顔で職員室に入った。
「おはようございます。
武本先生!取りましたよ金賞!」
ロバート先生が僕に走り寄ってきた。
「おはようございます。えっ?金賞?何の?」
「嫌ですよ。気にしてたじゃないですか。
文化祭のポスターですよ!」
「あ…!」
なんてこった!マジで賞取ったのか。
最悪じゃないか!
「2連覇なんて珍しいし。
これはいい宣伝にもなりますよ。」
「田宮 美月の名前ですよね…。」
僕は恐る恐る確認した。
「もちろんですよ。
まぁ、個人というより学校の評価が上がりますが。」
表彰されるのは…田宮 美月。
でも本当は田宮 真朝の作品だ。
僕と生徒会しか知らない真実。
田宮 真朝は誰にも表彰されないし評価もされない。
僕は奥歯を噛み締めた。

「おっす!どうした?かなり不機嫌だな。」
清水先生が僕の異変に気が付いた。
「おはようございます。いえ…別に。」
本当は腹わたが煮えくり返るくらいに怒っていた。
田宮 美月にも、何も出来なかった自分にも。
田宮 真朝はこの事を知っているのだろうか…。
彼女はどう受け止めてる…?

僕は居ても立ってもいられなくなり、席を立った。
「おい!何だよいきなり!お前本当に…。」
清水先生が僕の行動に焦っていた。
「ちょっと用事を思い出しました!」
僕は急いで1年4組に駆け出した。
別に話さなくても良かった。
ただ、彼女の反応と表情を確認したかった。
悲しい顔をしていないか…辛そうな顔をしていないか…。

「おはよう~武本先生どこ行くの~?」
「何走ってんの?武本?」
「先生が走っちゃダメだろ!あはは。」
生徒達の雑踏の中を掻き分けて1年4組の前に来た。
「なあに?武ちゃん。
ウチのクラスに用事あるの?」
牧田がドアの前で立っていた。
「はぁ。はぁ。た…田宮いるか?」
「いるよ。ほら。窓のとこ。何か用なの?」
「あ…いや用事は…ない。」
「なんなの?それ~~。」

田宮は開けた窓辺に寄りかかり、本を読んでいた。
まだ…知らないのか…それとも…。
表情から読み取る事が出来なかった…。
いつもと同じように透明感のある雰囲気で静かに、穏やかな表情だった。

「…マジわっかんねー。」
思わず呟いた。
「わかんないのは、武ちゃんでしょ!
まーさ…真朝に用事ないなら、帰ってちょ!」
「あ、悪りぃ。帰るわ…。」
鼻息の荒い牧田を撫でると、僕は1年4組を離れた。

一瞬、彼女が僕に気が付いて、こちらを見た気がした…。

職員室に戻る途中で、田宮 美月と鉢合わせしてしまった。
今、1番会いたくない奴だってのに!
「おはようございます。武本先生。
聞きました?
先生のおかげで金賞…取れました。あははは。」
「お前なぁ。調子に乗りすぎだぞ。」
「感謝してるんですよ。
武本先生の口の硬さに。本当。
素晴らしいわ。」
舐めるような視線で僕に話しかけて来た。
ゾワッ。
思わず寒気がした。
「安心して下さい。
賞状や盾はどうせウチに来るんだもの。
真朝のいるウチにね。
同じ事なんですよ。
結局はね。」
「同じな訳ないだろ…!」
僕の様子を伺い、左手を僕の胸に触れた。
妖艶な仕草だった。
魔女のテクニックなのか?
「先生…。
金井先生に勝ちたい時は、ご協力しますから。
声を掛けて下さいね。あはは。」
「可哀想な奴だな!」
「武本先生に言われてもねぇ。ふふふ。」
田宮 美月は笑いながら廊下の向こうに消えて行った。

僕は早足で職員室に入った。
「武本、何してたんだ。
ホームルーム始まる時間だぞ。」
「はい。今行きます。」
僕は慌ただしく、朝のホームルームの支度をした。

日中、僕の胸はザワザワとムカムで苛立っていた。
彼女の気持ちが知りたい…。
どうしよう…。
授業中も頭の中がその事ばかり考えてしまってまともに出来なかった。

僕は我慢出来ずに彼女にメールを送った。

『昼食後、屋上で待ってる。』

彼女が来るかは不安だった…。
けれど…僕は彼女の言葉が聞きたかった。
彼女の気持ちを彼女の言葉で…。

「うわっ寒ぃ~。」
屋上に呼んだのは失敗だったかな。
白衣を羽織って来たものの、風が冷たかった。
やっぱり、来ないかな。
メールも何か恥ずかしくて短くしちゃってるし。
寒いのにわざわざこんなとこ、普通は来ないだろう…。
「チクショー寒い!」

「…自分で寒いとこに呼び出しておいて。本当、変な先生。」
「あ…。」
後ろを振り返ると屋上入り口のドアの前に田宮 真朝が立っていた。
「あ…すまん。えっ…と。」
話の切り出し方に困った。
どうやって話しを切り出したらいいんだ?

「文化祭のポスターの事ですか?」
彼女の方からハッキリ言って来た。
「やっぱり…知ってたのか?」
「ええ。
でも…大した事ないですよ…私にとっては何も変わりませんから。」
「評価されたのは、君が描いた物だぞ!」
平然と言う彼女に苛立ちを覚えた。
彼女はしばらく考え込んでから言葉を発した。

「うーん。
どう言えばいいのかしら…。
評価っていうのは存在価値の変動する事と思います。
わかります?」
「確かに…存在価値の指標だな。」
「つまりは…存在価値のある物には評価という物は意味がありますが…。」
「ちょっと待て!田宮!お前まさか…!」
田宮…それ以上…。

「私には存在価値が無いに等しいんです。
だから…評価は意味が無いんです。」

ググッ!
「ふざけるな!!」
僕は思わず、彼女の両腕を掴んだ。
「確かに…家族の愛情が無いのかもしれない…でも…存在価値が無いなんて言うな!」
「…先生…?」
「家族以外にも…お前を必要としてる奴はいるだろ!久瀬だって!牧田だって!金井先生だって…僕だって…。
頼むから…そんな哀しい事…言わないでくれ…。」
彼女の両腕を掴みながら、僕はうな垂れた。

「先生…。」
えっ…瞬間…何が起こったのかわからなかった。
彼女は僕の頭を自分の胸で抱きしめた。
「泣かないでって…何度もお願いしてます。
泣かないで下さい。」
「君が…泣かせたくせに…。」
僕はそのまま、両腕を掴んだ手を彼女の腰に回して…彼女を抱きしめた。
まるで…2匹の絶滅危惧種の様にお互いをいたわり、抱きしめ合った。
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