手の届かない君に。

平塚冴子

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2学期

僕の存在、君の孤独その1

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『だから、好きって言われると…嬉しいより…怖くて…。』

震えていた…本気で怖がっていた…。
あんな弱々しい彼女を見た事がなかった。

本当に良かったのか…。
僕の判断は間違っていないのか…?

うつむいて、小さく震えてうなずくだけの彼女の残像が僕の中で十字架のように突き刺さる。

どうすれば良かったんだ…僕になにが出来たと言うんだ…誰か…教えてくれ!

僕の心は気が狂ったように叫び声を上げていた…。

そして…とうとう来てしまった。
日曜日の朝が…。
憂鬱な気分をシャワーで流して、出掛ける準備をした。
特にオシャレをする必要も無いだろうと、
ブラウンのパーカーにデニムを履き、キャメルのチェスターコートを羽織った。
髪もオールバックはやめた。
メガネは縁無しにした。
印象に残らないように気をつけた。
主役は金井先生と彼女なのだ。
「はあ。」
溜息をついて、スニーカーを履きマンションを出た。

マンションの下で久瀬が待っていた。
ブルーのスカジャンに白のVネック、黒のスキニーを履き、首から金色の鎖をぶら下げてる。チンピラかと思いそうだが、ルックスで全部カバー出来てるのが凄い。
「おっは~武本っちゃん!」
「おはよう。派手だな…お前…。」
「え~地味だと思うけど…。」
どういうセンスだよ。
2人で話してると、黒いワゴンが止まった。
中から金井先生が出てきた。
「おはようございます。久瀬君、武本先生。」
「おはよう…げっ。何ですか?そのバンドマンみたいな格好…。」
上下レザーの黒で統一、白のタンクトップ、黒ブーツに腰からチェーンってどう見てもギター持ってそうだよなぁ。
「武本先生だって、まるで地味なモテない大学生ですよ。」
モテないはいらないだろ!わかってるけど…。
「しかし…凄い三者三様のファッションだなぁ。怪しい仲間じゃんかこんなの!」
さすがの久瀬も気がついたか…。
「じゃ、行きましょう。
真朝君は駅前にいるから。」
僕と久瀬は後ろに乗り込んだ。

僕は彼女に会うのが怖かった…。
自分で自分のしている事に自信が持てなかったからだ。
彼女を傷付けてるのかもしれない…。

「武本っちゃん…何か、色っぽい!悩める男子!」
「お前なぁ~。
今日の主旨を判ってるんだろうなぁ。」
「判ってますよー。
表向きは金井先生のデートのサポート。
表向きは…。」
久瀬はいやらしい笑いをした。
「また、何か企んでるな…。」
「武本っちゃんには秘密…!」
こいつは…大体何で久瀬が金井先生のサポート引き受けたんだ?

「真朝君!こっち!」
駅前で待つ彼女に金井先生が車を降りて駆け寄った。

うわぁ。可愛い…。
彼女は白のレースのバレッタで髪を留めて、黒のリボンのついた白のブラウスにクリーム色のハーフコートを羽織り、チェックのタイトスカートを履いていた。
手には茶色の小さめのバッグを持っていた。
知的な感じと清楚な感じが田宮にピッタリしていた。
金井先生が選んだ服なんだよな…あれ。
僕は複雑な気分だった。
こんな気分で今日一日過ごさなきゃならないなんて本当…地獄だな。
僕は窓ガラスに頭をつけた。

「武本っちゃん…。
俺は金井先生が田宮を救えるとは思ってないから。
田宮を救えるのは武本っちゃんだと思ってる…。」
久瀬は金井先生のいない車内で僕に囁いた。
「無理だよ…僕じゃ…。」
僕は脱力感をあらわにした。

「おはよう…ございます。」
少し照れながら、彼女は僕の前の助手席に座った。
「そうだ…田宮、これ。」
僕はトローチ型の酔い止めを手渡した。
「水なしでいいやつだから。」
「あ…はい。」
後ろから伸ばした僕の手から彼女は薬を受け取った。
「車に酔いやすいんだ。真朝君。
覚えておくよ。」
金井先生はそう言って車を出した。

気のせいか?薬を受け取る手が震えていた気がした。

バックミラーで顔を見ようとしたが、うつむいてよく見えない。

田宮…頼むから顔を上げて見せてくれ…僕まで不安になる。
笑顔を見たい…。頼むから…。

「金井先生~~。今日の予定決まってんの?」
久瀬が脳天気な声で車内の空気を変えた。
「そうだなぁ。真朝君は行きたいとこある?」
運転をしながら金井先生が彼女に問いかけた。
ビクッ。
彼女がそう反応したように見えた。
「えっと…。」
「マンボウ!マンボウ見に行こうぜ!田宮。」
「なっ、久瀬君に聞いたんじゃ…。」
「マンボウ…見たいです。」
田宮が金井先生の言葉に被せるように言った。
「そう。君が言うなら。」
車は水族館を目指して走り出した。

「そう言えば、久瀬。お前いつ電話しても暇そうだけど…勉強してんのか?
医者にならないのか?」
僕は久瀬に疑問を投げかけた。
田宮もそうだが、家で勉強してるイメージないんだよな。
「親には医者って言ってるけどね。
勉強は適度にしてるよ。ベッドの上でね。」
「それは!違う勉強だろうが!」
思わず、ツッコミを入れた。
「まあまあ。一応、成績トップだからこれでも。でも医者って俺の天職っぽいんだよね。」
「そうかな…?」
「ほら。泌尿器科とか肛門科とか消化器科とか専門で。直腸検査なんか一流だぜ。」
「下ばっかりじゃね~かよ!
絶対お前にだけは死んでも診察されたくねー。」
「冷たいな。武本っちゃんはぁ。」
後ろで漫才みたいな会話をした。

いつもなら、笑ってくれるのに…田宮は笑ってくれなかった…。
彼女の背中をじっと見つめた。
不安なんだよな…やっぱり…悪い事したかな…。
僕の胸は罪悪感でいっぱいになった。
マジ…帰りてぇ。

「そう言えばさ。
まぁ俺は男専門だからわからないけどお。
女って、やっぱり好きな人が他の誰かと浮気するのって、そんなに嫌なの?田宮?」
久瀬がいきなり、変な質問を田宮にして、含み笑いをした。
「僕も知りたいな…真朝君って、ヤキモチとか妬くのかなって。」
金井先生も便乗してきた。
何聞いてんだよ!田宮に聞くなよそんな事!
「そうですね。浮気は倫理的には悪とされていますが…倫理的って結局のところ人間が勝手に作ったルールですって事ですよね。
…生物学的に言えば、浮気なんて当たり前の常識になってしまう。
結局…感情の問題かと…。相手を束縛したいと思う気持ち…相手に罪悪感を感じるかどうか…それが浮気という定義ではないかと。
でも…私には…好きになるって事自体…判らないので…。」

【好き】と言う言葉に怯える彼女が、すごく小さく見えた…。

「今は。って事だね。
じゃあヤキモチ妬かれるくらい好かれるように頑張りますか!」
金井先生は楽観的に答えた。
「だってよ。武本っちゃん。」
久瀬はそう言って僕の肩を叩いた。
「か、関係ないだろ僕は!」
ったく、こいつは何考えてんだか。

車から降りて、僕等は水族館に入った。
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