手の届かない君に。

平塚冴子

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2学期

教師の手錠、学生の檻その1

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気持ちいい…。
柔らかくて細い指が僕を撫でる。
『…おやすみなさい。』
彼女の太ももの感触が頬にあたる。

ピピピピピピ
朝か…いい夢を見てたのに!
僕は眠い目をこすり、コーヒーを入れた。
ブルルルブルルル。
携帯が鳴り続ける。
「こんな朝早くから誰だ?」
清水先生からだ。
「おはようございます。何か…。」
「岸の件がバレた!早目に学校に来い!」
「あ!」
なんてこった。立て続けの事件におそらく学校もピリピリしてるはずだ!
タイミング悪すぎだろ!
僕は電話を切って急いで支度をした。

職員室には早目に出勤した教師がザワザワと話していた。
「おはようございます。清水先生!」
「おう。ちょっと来い!」
清水先生は僕の腕を引っ張ると会議室に入れた。
「岸先生の事ってどこまで…。」
「佐藤の親が昨日の夜、自分の娘が妊娠させられたって校長宅に乗り込んだらしい。」
「妊娠まで判っちゃったんですか?」
「岸は今校長室だ。もう手の打ちようがない。」
「ど、どうしたらいいんですか?
僕は何をしたら…。」
「すんな。」
「へっ?」
「何もすんなって言ってんだよ。
お前はもう、1度事件を起こしてる。
話しをややこしくするだけだ。」
「でも…。」
「ただ、これで教師と生徒の恋愛については一層厳しくなる。
言ってる意味がわかるな。武本。」
「それは…判ってます。」
僕と彼女の距離は離れる事はあっても近づくことはないという事だ。
判っていた事だ。何も変わらない。
下手に動けばまた…彼女を傷付ける事になる。
でも…これでいいのかもしれない。
これで金井先生と付き合ってくれれば、きっと僕も吹っ切れる…多分…。
そして…彼女は守られ…幸せになれる…。

僕は君が幸せになるなら…全てを捨てよう。
あの大魔女と魔女の呪いから…助けられるのなら…僕の気持ちなど…いらない。
それが…僕に出来る最大の事なのだから…。

昨日は暇だった職員室は電話が鳴り響き、僕は対応に追われた。
清水先生が早朝から作成してくれたマニュアルが無ければテンパるところだ。
噂はすで生徒全員にまで広がっていた。
「おはようございます。僕もお手伝いしますよ。こういう対応には慣れてますから。」
「金井先生…。」
金井先生は僕の右隣の空いてる席に座った。
金井先生の手伝いもあってお昼前にはひと段落ついた。
夕方から保護者への説明会が行われる。
それまでは、一息つけそうだ。

「ありがとうございました。助かりました。」
「いいえ。教師と言うのは大変だ。」
田宮の事がなけれは、この人は結構いい人なんだ…。
「岸先生って、結局処分はどうなるんですか?」
「小耳に挟んだ程度ですが…1年間の停職処分で済むそうです。佐藤も3月で卒業ですから。その後正式に結婚する事を条件に、清水先生が処分を軽くして貰えるように動いてくれたそうです。」
「よかったですね。」

「おっす。金井先生も手伝ってくれたのか?助かるよ。」
「清水先生もお疲れ様です。
生徒の対応大変でしょう。」
「あ~~ンなの適当でいいんだよ。
ガキはすぐに忘れるからな。」
清水先生は言いながらも、表情は少しやつれていた。
トン。
清水先生が僕の机の上に巾着に入ったおにぎりをおいた。
「ホラ。武本の弁当。」
「あっ!ありがとうございます…。」
僕は金井先生の目からおにぎりを遠ざけようとした。
「あれ…それ。女性物の巾着ですね。」
なんて察しがいいんだよ!まったく。
そこはスルーしてくれ!
「えっ…と。」
「ウチの女神が作ったんだ。」
清水先生が助け舟を出してくれた。
「いいですね。…おにぎり、僕も好きなんです。」
「えっ…?」
なんだよ!その食べたいな~~目線は!
せっかく田宮が僕に作ってくれたのに…。
「3個あるんで…1つどうぞ…。」
「いいんですか?ありがとうございます。」
いや、要求したよね!完全に要求してたよね!
僕は2つ残ったおにぎりを、抱えて食べた。
やっぱり…美味い。
「美味しいですね。
お米にダシを入れて炊いてて。
料理が上手なんですね。」
「そうですね…。」
本当…料理上手いな…。
「大きさも小振りで食べやすい。
さすが…真朝君ですね。」
「そうですね……えっ…。」
「清水先生がお弁当で武本先生がおにぎりなんて…。
同じ人が作ってない事くらい判りますよ僕。」
バレてた!
「いや…その…だから。」
「お前が簡単に動揺しすぎなんだよ!」
清水先生も呆れ顔だ。
「どうせ、食堂にも行けない武本先生を気遣っての事でしょう。
彼女は優しいですから。」
「はい。」
まったく、その通りです。
「いいですね~。
早く僕にも作って欲しいな。」
羨ましそうに金井先生が言った。
「…作ってくれますよ。多分。」
「ん?どうしてそう思うんです?」
「僕に作ってくれたのだって、単に可哀想に思ったからです。
それ以外の感情で作ってませんよ。」
別に僕を好きで作ってくれてる訳じゃない。
それは充分に判ってる
「…武本先生は本当にそう、思うんですか?」
「当然でしょう。」
「…そうですか…ふむ。」
金井先生は何やら考え込んでから、口を開いた。
「どうです?土曜日か日曜日ドライブしませんか?」
「はっ?何を急に?
何で金井先生とドライブしなきゃいけないんですか?」
どういう組み合わせだよそれ!
「ああ、すいません。
真朝君と行きたいんですが…2人きりだと絶対断ると思うんです。
協力して頂けますか?」
「はっ?他人のデートについて行けと?」
しかも田宮と金井先生のデートになんで僕が。
「まぁ、数人いればいいんで、久瀬君でも呼びます?」
「ちょっ…ちょっと待て!僕が行く必要は…。」
「…ありますよ。
武本先生じゃなきゃダメなんですよ。」
「ンな事言われたって…。」
「まぁ。気晴らしに。お願いしますね。」
お願いっておい~~!!
「いや、僕は…。」
勝手な事を言って金井先生は職員室を出て行ってしまった。

「何なんだよアレは?」
「お前わかんね~の?
だからつけ込まれんだよ。
試してんだよ。」
清水先生が呆れた声で言った。
「誰を?」
「……泣けてくるなぁ~。おバカすぎ。」
「はああ?何すか?それ!」
「お前はあ。…可愛い子には旅させろって言うし、行って来い!
人生勉強して来い!」
「全然わかんないっすよ。」
僕は頬を膨らませた。
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