手の届かない君に。

平塚冴子

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2学期

君の近くに僕はいる

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昼休み。
昼休みも自粛の為に食堂には行けなかった。
生徒が話し聞きたさに群がるからだ。
「はあ。」
僕は携帯をじっと見つめていた。
声が聞きたい…。
彼女との電話の妄想ばかりでどうにかなりそうだった。

ブルルル。
「えっ…。」
田宮…田宮からの電話!!
「は、はい。」
「武本先生?」
ああ…彼女の声だ…。
「お昼ご飯、食堂にも購買にも行けないって聞いて…。」
「大丈夫だ。カップ麺とかあるし。」
「私のお弁当食べます?
私…銀ちゃんと食堂で食べますから。」
え…ええ!ウソ…。
「先生?嫌ですか?」
「た、食べる!あ…田宮がそれでいいなら…。」
「私が行くと騒ぎになりますから、清水先生に渡しておきます。じゃあ。」
「あ!待って…。」
もっと聞いていたい。
「えっ?」
「今度…メールとかメッセージ送ってもいいか?」
「先生がお暇でしたら。」
「ありがとう。じゃあまた。」
プッ。
僕は携帯に頬ずりしていた。
田宮の声が頭の中で響き渡る。

清水先生が職員室に入って来た。
黒地に赤の柄が入った巾着を僕の前でブラブラさせた。
「田宮からの弁当だ。
左腕が上手く使えないから簡単なもので悪いとさ。」
「あ、はい。ありがとうございます。」
田宮の弁当…。
ヤバい…禁断症状のせいですぐ、妄想しそうになる!
でも…無いと思うけど…結婚したら、毎日作ってもらえるのかな…。
エプロン…似合うんだよなぁ。
「武本!その顔!職員室だからって緩みすぎだぞ。」
「す、すいません。いただきます。」
僕は田宮の弁当をゆっくりと噛み締めながら食べた。
「そういえば、葉月のやつ勘違いしてたぞ。
田宮は自分と間違えられてケガしたんじゃないかって。」
「…えっ、そう言う考え方もあるんだ。
ははは。」
「武本…もう少し自分に正直でもいいと思うぞ、俺は。」
「そう…言われても…。」
「ま、じっくり考えろ。どうせ暇だろ。」
「ははは。」
冗談にならない。

お昼休み明け、僕は洗った田宮の弁当箱を見て考えていた。
これ…返すのをキッカケに話し…出来ないかな…。
話したい事は山ほどあった。
事件の事、田宮 美月の事、そして…母親の事。
2人きりになりたい…。
メールしようかな…。
でも、何て書けばいいんだ?
「あ~少女漫画の主人公じゃないってのに!」
イライラしてきた。
基本、自分からこういうのやって来なかったから…。
でも…会いたいのは僕だ…僕自身が彼女と2人きりになりたいんだ。
会えない分、欲求不満で禁断症状出るし…。
ツン、ツン。
「田宮の反応が…予測出来たらいいのに…。」
弁当箱を突きながら呟いた。
僕は胸ポケットから手帳を出して、写真を見た。
彼女の唇をなぞった。
キス…か…。
もし、今キス出来たら…自分の想いを全部乗せられるのに…。
あんな…ドサクサなキスじゃなくて…。
「はあぁぁ!」
自分のヘタレ具合に情けなくなってきた。
「…とりあえず、弁当箱返すのメッセージ送るか…。」

『弁当箱を返したい。どうしたらいい?後で返信してくれ。』

送信。
これでも精一杯だった。
気持ちはどんどん膨れ上がってるのに…。
何をどうやっていいか判らない。
破裂しそうなのに…絶対に破裂させちゃいけない…。
苦しい。胸がまたムカムカしてきた。

5時限目を終えて清水先生が戻ってきた。
「ははは。すっげ~退屈顔してんな。」
「せめて、やる事あればいいんですけど。」
「 本を読むには良い機会だぞ。
恋愛マニュアルとか。プッ」
「笑いながら、言わないでくれます。
まったく。」
「でも、まぁ、本を読めってのは本当だぞ。
お前、文系のくせに理解力足らね~し。」
「うっ!痛いところを…。」
恋愛マニュアルかぁ…読んでみようかな。

ブルルル。
田宮からのメッセージだ!
僕は勢いよくメッセージを開いた。

『委員会の資料まとめがあるので、終了後の4時に屋上で。』

「!!」
やった!彼女の方から…。
「何だ武本。嬉しそうじゃん。」
「べ、別に。」
メチャメチャ嬉しいだろ。これは!
屋上…2人きりで話せる。
ああ、でも色々と謝るのが先だな。
彼女に辛い想いさせてばかりだ僕は…。
僕が好きになればなるほど…傷つけてしまってる気がする。
本当に…謝らなきゃ…。

僕は早めに弁当箱を持って屋上に上がった。
時間をずらした方が噂になりにくい。
事件の後だ…慎重に動かないと。
屋上は風が強く少しだけ肌寒く感じた。
「白衣…持ってくりゃよかった。」
最近は金井先生と被るのが嫌で着ないようにしていた。

金井先生…田宮にキスするのかな…。
僕に宣言して行ったけど…。
田宮はどんな反応するんだろう…。
僕の時と同じ…無反応…?
それとも……。
「あ~~もう。何を想像してるんだ!僕は!」

「妄想中ですか?武本先生。」
「あ…。」
ひぇぇ~~!何てタイミングで現れるんだよ!
僕は少しだけヘコんだ。
「あの…弁当。美味かった。ありがとう。」
「よかった。全部食べてくれたんですね。」
彼女が微笑んだ。
うっ。可愛い~~!くそっ!

「田宮…ケガ…。まだ痛むのか?」
「薬飲んでますから。」
僕は包帯の巻かれた左腕をそっと持ち上げた。
「ごめん…僕のせいで…。」
「もう、謝ってもらってますから。結構です。」
「でも…傷が残ってしまう。」
「では、これは傷と思わず、勲章としましょう。勇者の勲章。」
そう言って彼女は陽の光に左腕を当てた。
どうして…もっと怒ってくれていいのに。
もっと罵倒して構わないのに…。
優しすぎるだろう…君は。

「田宮…昨日…君の母親に会った。」
「そう…。」
彼女は特に驚くような反応はしなかった。
柵に沿ってゆっくり歩き出した。
「君は母親を嫌いにはならないのか?あんな…。」
「嫌いだなんて…良くも悪くもあの人から私が産まれたのは事実です。
嫌いにはなれません。
ただ…むしろ可哀想な人ですね。」
「母親を嫌うかわりに…世界を…この世界を拒絶したいのか?」
彼女の足が止まった。

「ふふふ。だから…合わないって言ったのに…。先生には…私が…見えてしまってるから…怖いんです。」
「田宮…あ…ごめん…言いすぎたら謝る。
僕は君を傷つけてばかりだな…。」
核心を突いてしまったのかな。

「…私を…見ないでください。
…お願いします。」
「!!」
笑顔だった。満面の笑みだ。
…なのに…僕には…涙を溢れんばかりに流す彼女の姿が…幻が見えた…。

田宮の言葉は…そのまま取っちゃ…いけないんだ…。
ああ、そうだ…判ってた…。
僕は…君が…全然大丈夫なんかじゃないって!
「田宮…!」
僕は消えそうな彼女をグッと引き寄せて、抱きしめた。
「…嫌だ!!…僕は君を見つめる!
…君が泣き崩れてしまわないように…。
君が…消えてしまわないように…。
…君が嫌だと言ってもだ…!」
彼女の髪の香りが僕の顔に広がった。
「…先生。」
「君が独りで泣くくらいなら…僕も一緒に泣くから…。」
「…ダメだよ…先生。」
彼女は僕の胸のなかでシャツを握りしめながら小さく呟いた。

しばらく、僕は彼女を抱きしめたまま動かなかった。
「先生…もう行かなきゃ…。」
「…もう…少しだけ…。」
離したくなかった…このままずっと…。
彼女の体温が暖かくて、柔らかくて…。
「…先生、寒がりですね。」
「…あ…。」
「私を暖房にしないで下さいね。クスッ。」
彼女は僕の腕をすり抜けた。
「…そうだな。」
彼女は軽やかな足取りで屋上を出て行った。
彼女のいなくなった僕の胸は一段と寒さを感じた。
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