手の届かない君に。

平塚冴子

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2学期

魔女との対決その1

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夏休みが終わり、始業式前日。
職員は翌日の準備、来学期からの打ち合わせの為に全員出勤していた。
昨日、あの映像研究部の撮影から帰宅したばかりで、今だに僕の心は不安定だった。

バシバシッ。
出席簿で清水先生が僕の頭を叩いた。
「なんだよ~夏休みをエンジョイできなかったのかぁ?それとも、何かあったのか?」
「…ウチのロバがオオカミに食われまして…ハハ。」
「…何だよ、それ。」
「あ、いや、何でもないです。」
いくら清水先生でも、田宮にディープキスした事は話せない。
「何でもなくない顔だな。
話したくないならそれでいいが。」
「すいません。」
「教育実習の先生が来るそうだ。
まぁ今回は、お前に任せるからヨロシクな。」
「はぁ。…はいい?今、何て?」
「教育実習生だよ。
お前だって経験済だろうが。
残念ながら男だし。お前が面倒みろ。
俺は今学期は忙しいからな。」
「聞いてないよぉ~!
こっちだって2週間以内に…!あ、いや。」
「2週間以内?」
「な、何でもないです。気にしないで下さい。」
「まぁ、実習生が来るのは1週間後だ。」
「了解です。」
時間が早すぎる…。僕の思考がついていかない。
田宮の側なら、きっと…ゆっくり考えられる。
後で旧理科準備室に行こう。
僕は清水先生に見られないように、そっと手帳に挟んだ田宮の写真に触れた…。

昼になり、食堂を訪れたが、田宮の姿は無かった。
部活もやってない今日はさすがに生徒自体がいなかった。
田宮も流石に今日は来ないか。
僕はくるりと向きを変えて旧理科準備室に足を向けた。
たとえ、田宮がいなくても、あそこなら落ち着いて考える事が出来る。

僕は旧理科準備室に入って、人骨標本のモモちゃんにかかった白衣を羽織り、コーヒーをいれた。
コーヒーを片手に中扉の小窓から旧理科室を覗いた。
「あ…いた。」
彼女が絵の仕上げをしているようだ。
昼飯も食わないで仕上げをしてるのかな。
なぜ…あんな酷い姉にそこまで…。
そういえば、彼女は他人に気を使う事はあっても、自ら甘えたり、ワガママを言う事は一切なかった。
だから…僕を…頼らなかったのか…。
「少しくらい、頼って欲しいのに…。」
胸をゆっくりと押し潰されるような息苦しさを感じた。
彼女が僕に甘える姿を想像してみる。
そしてまた、あのキスを思い出してしまう。
あんな風に理性が無くなったのは初めてだった。
僕は香苗と婚約してしまってるのに…。
香苗にはこんなに苦しい感情を持った事はない。

認めなきゃならないのか?
僕が彼女に恋愛感情を持っている事に…。
自分の気持ちを理解しておけと、久瀬は言った。
久瀬の方が全然大人じゃないか!
僕はやっぱり…無能な子供だ。

彼女が筆を置き、イーゼルから離れ、中扉近くの実験台に座った。
僕は頭を低くして、見つからないように覗いた。
彼女はスケッチブックを取り出し、パラパラとめくった。
あれは…僕をモデルにした…スケッチ。
彼女が僕のスケッチを物憂げに見つめた。
僕が見つめられてる錯覚に陥る。
彼女も…もしかして…キスの事を…思い出してるのかな。
だっら…いいのに…。
ふと、そう考えただけで僕の胸の鼓動が一気に高鳴って、身体中が熱をおびた。
あっ…欲情…している!?
ダメだ…こまま見ていたら、落ち着かなきゃ。
僕は机に移動し、丸椅子に腰掛け、机の上の小瓶から飴を取り出し口に入れた。
田宮がくれたフルーツキャンディは、丁度いい甘さでリラックス出来た。

絵が完成する前に、田宮美月に問いたださなければ。
あの魔女と対決するのか…。
清水先生でさえ、慎重になってる生徒だ。
おそらく、一筋縄ではいかないだろう…。
素直に認めるだろうか…。
それどころか、仕返しさえして来そうだ。

「はぁ。くそっ。普通の人間がどうやってあの魔女に勝てんだよ…。」
でも、僕がどうにかしないと…僕しか知らない事実なんだ…。
何もかもが上手く行かない状況に、苛立ちを覚え指を噛んだ。

考えたってしょうがない。
相手は魔女だ。とにかく、当たって砕けて、その先に何かを見つけなきゃ。
ビビってたら何も始まらない。
僕が彼女にしてやれる事をやらなきゃ。
そっと、机の前の壁に手を当てた。
この向こうに…君がいる。
そう思うだけで、幸せな気分になった。

翌日、始業式の準備が終わり、3組の教室に向かおうとすると、職員室の扉の前で葉月結菜が待ち伏せしていた。
また、厄介な奴が…。
「先生!婚約したって本当ですか?」
「あ、誰からそれ…。」
「映像研究部の人に聞いたんです。」
「あいつら…。本当だ…来年の予定で…。」
「ショック~。これならまだ、田宮さんがライバルの方が良かったわ。」
「へっ?」
「だって、簡単に勝てそうだもの。
あの娘、恋愛に興味ないタイプだし。
あ~あ、武本先生が田宮さんに気があると思ったのは、間違いだったみたい。」
…いや、間違いじゃありません…。
「そういう事だし、葉月も諦めて…。」
「諦める~?冗談でしょ!
年増女に負けられないわ!
絶対に先生を振り向かせるから。」
「葉月~頼む、お前が出て来ると、ややこしい事になるんだよ。」
今、それどころじゃない!魔女との対決に向かわなきゃならないんだ!
「嫌っ!」
そう言うと葉月は、僕の腕に絡みついてきた。
「あーもう!」
引き剥がそうとした、その時。
「あ~ら、先生。モテモテですね。」
甘ったるく、そしていやらしい喋り方の声が耳に響く。
魔女だ!!
田宮美月がそこに立っていた。
「でも、校内での行為は控えて下さいね。
学校の品位に関わりますから。クスッ。」
「…田宮!」
僕の横を通り過ぎようとした田宮美月を僕は、意を決して引き止めた。
「田宮にどうしても聞きたい事がある。
放課後は時間空いてるか?」
「あっ。ふ~~ん。そう。」
田宮美月は一瞬で事態を把握したようすだった。
「アノ話ですよね。
先生~~目が怖いですよ。
始業式の後、生徒会の書類を用意して待ってます。」
「生徒会室に行けばいいんだな。」
「ふふふ。アレには内緒なんですね。
じゃぁまた。楽しみにしてます。」
「…!」
僕なんかに負ける気がしないって訳だな。
田宮美月は颯爽と職員室に入って行った。
「先生!美月さんには気がないって!嘘ですか!」
「いい加減にしてくれ!!」
思わず、本気で葉月を叱ってしまった。
僕には葉月に気を回す程の余裕はなかった。
身震いする程の怪しい田宮美月の存在感は、僕を一気に緊張させた。
葉月の手を振り払い、教室へ向かった。
始業式の後…僕は魔女と戦う。
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