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ハードで楽しい深夜のお仕事

第33話

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「まぁ、新生院の噂はどれも断片的でハッキリしたものはないから。
 どうせ、上層部の女の子達が話してるのかじった奴が話したものだろ。
 気にしても仕方ないさ。」
 
 そう言って槇さんは先に仕事に取り掛かりに行った。
 僕は昼まで眠気を抑える為に、コーヒーにミルクを多めに入れて、流し込んだ。

 やっぱり、気にしてるんだな奈落。
 僕が最低限ドロップアウトしない事が、新生院 直さんに奈落を勝たせてあげられる条件だ。
 ライバルを意識する事は仕事の意欲にも繋がっている。
 姿形が見えないけど、存在だけでやる気にさせて貰える。

 よし!やるぞ!頑張るぞ!

 僕も気合いを新たに、縫製をしにミシンに向かった。

「とりあえず、この作業が終わったら、しばらく有村君はお休みだね。
 あとは当日、スタッフとして招待するから有村君も撮影やら設営を手伝ってね。」
「えっ!行ってもいいんですか?」
「もちろん。
 バイト代もキッチリ払うから。
 ま、本音を言うと人手が足りないだけなんだけどね。
 パフォーマーにはパフォーマンスだけに集中して貰いたいから、雑用全般こっちで引き受けたんだ。」
「行きます!やります!頑張ります!」
「ジキルとハイドの手伝いもあるかもしれないけど、そん時はよろしくね。」
「はい。
 2人とも冷酷執事って聞いてて、ちょっとイメージ湧かなかったんですけど。
 いい人達ですね。」
「ん…人によるかな。
 特に、ハイドに気に入られるなんて…有村君は珍しいよ。」
「えっ!そうなんですか?」
「ハイドは基本ジキル以外には厳しいからね。
 親族でもそうなんだ。」

  それは…ラッキーな事なんだろうかな…。
  少し不安を胸に抱えつつ、午前中に仕事を終える目標で作業に没頭した。

 

その後はラストスパートの集中力で、一馬君や春樹君が来てまた出掛けたのにも気が付かずに、衣装を仕上げて行った。

 「はい!終了!
 あとはクリーニングに回すだけだ。」
「だああああ!
 マラソン大会みたい…座ってたのに、完走した時と同じ感覚…!」

 僕は一気に身体の力を抜いた。
 ミシンから衣装を取り、槇さんは全ての衣装をまとめた。
 ダラリと両手を下げたままで、槇さんの方に視線を送った。
 槇さんは僕の様子を見て労いの言葉を掛けてくれた。

「お疲れ様。
 初っ端からハードな仕事で悪かったね。
 予算があれば人を雇ったり出来るけど、今回は生産性は基本的にゼロだからね。
 後々のアピールの為の素材作りと言ったところかな。」
「後々のアピールですか…?」
「仕事を受注するには、こちらの実績を見せる事が必要なんだ。
 その方が商談もまとまりやすい。」
「なるほど…でも、芸能部署との今回の仕事の関係があまりよくわからないんですけど。」
「ん、実はね豊田さん達は江戸村に雇われてはいるものの、ショーの契約しかしていないんだ。
 つまり無所属。
 今回、上手くパフォーマンス成功出来れば、とりあえず1年間、俺にマネージメントを任せて貰える事になってるんだ。」
「そうか!そして更なる実績を上げるんですね。」
「正解!俺としても一度にタレント数人扱える。
 だから、今回のプロデュースは赤字投資でも後々のことを考えると損どころか得ばかりなんだ。
 まさに、一石二鳥な訳だ。」

 さすが、槇さんだ…。
 考えてる事が一足も二足も先に向いてる。
 僕は今はいっぱいいっぱいで、この先のことを考える余裕もない感じなのに。
 
 人間ってつくづく、平等なんかじゃないんだって思う。
 まあ、平等だったら個性なんて要らなくなるんだけど。
 でも、こうも完璧な人を見ると、自分が同じ人間なのが不思議だ。
 唯一勝てるのが、高所恐怖症なところかな。
 別に高い所が好きでも強いわけでも無いけど。

 ぼ~っとしながら、椅子に身体を委ねてそんな事を考えていた。
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